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Izo

<揃い>

 口に落とされた紅に、妖美な微笑み。惑わすように揺れる、綺麗な黒い髪。魅了されない人間がいるなら見てみたい、と零せば「俺は男だぜ?」と笑われたのはいつだったか。会えば綺麗だなんのと飽きずにいう私に小さな小瓶を渡してきたのは確かまだ髪がうんと短かったころで。

『何ですか、これ?』
『椿油だ。これから毎日少しずつ髪につけろ』

 それがなくなる頃には、と続けた先はにいっと釣り上げた口の中に隠されてしまったけれど、逆に何だかワクワクして「はい!」と大きく返事をしたのを覚えている。それからずっと伸ばし続けた髪は肩から背中へと伸びかけていてー。

閑話休題、さてどうしたものか。

 髪を引っ張られ、地味な痛みがする頭で考える。女が海賊であることがそんなにも珍しいのだろうか。
 今回の敵は甲板での戦闘を許すぐらいには少し手強く、そして根が腐っていた。

「この女を返して欲しかったら全員膝をつけ!!」

 下品な笑みとうるさい声が望むのは宝でも女でも命でもなく、白ひげ海賊団の醜態のみで、器の小さいものほど相手に膝をつかせようとする、いい典型例だなと笑いが溢れる。

「どうした、さっさとしろ!!」

 この女がどうなってもいいのか、なんて安っぽいセリフを吐きながら男が私の髪を乱暴に引いた。ああ、バカな男。家族を大切にする白ひげ海賊団の名は伊達ではない。殺気が増したのはその証拠で、その信念はもちろん私にもあって。
 女で海賊というのはやはりリスクが高いことがある。今のように人質になることもある。だから女っ気は限りなく、無くなるように以前まで髪など伸ばしたことなかったのだけれど。
あの人のような綺麗な黒髪には憧れていたけれど、それが家族を危険に晒すなら。

ざくり、という音が大きく響いた。

 私の髪をつかんでいた男の見開かれた目は発砲音とともに白く変わった。男に向けて振るうことのなかった短剣を下ろし振り向けば獲物をまっすぐこちらに構えたイゾウ隊長がいて。その強い目が少し不機嫌そうだからこっちの方が私には似合ってますよ、なんて笑って見せたが不揃いであろう私の髪に指を通す隊長は納得がいっていないようで。

「髪は惜しくないですけど、あの時の言葉の続きが知りたいです」

 そう言ってみれば、少し驚いたように目が見開かれ、それからにいっと唇がカーブを描いた。
私の手から短剣が抜き取られ、ざくりと響いた音はさっき聞いた音と限りなく似ていて。

黒い髪が青い空に線を引いた。

 唖然とする私の目に映るのは、口に落とされた紅に、妖美な微笑み。惑わすように揺れる、綺麗な黒い髪はないけれど、代わりのように男らしい首元が晒されていて。

「何も長くなきゃいけねェ事はなかったな」

ーそれがなくなる頃には、『俺と揃いだな』ー

今度は一緒に伸ばそうじゃねェか、そう笑う隊長に私は大きく頷いた。
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