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Crocodile

お風呂の話


彼はお風呂に入る時、不機嫌だ。

彼は能力者だから水が嫌い。しかも能力が「砂」だからなのか他の能力者よりも倍以上に嫌いだ。晩御飯を食べて少し仕事をしてからか、のんびりした後に無言で立ち上がったらそれは彼がお風呂に行く合図なのだけれど、毎回毎回その眉間のシワのすごいこと。そんなに嫌なら入らなきゃいいのに、彼は1日一回ではなく、外に出て汚れたとかそういうのでもお風呂に入ることがあるからすごいというかなんというか。身だしなみを気にする彼らしいけど、どうせなら楽しくお風呂に入れればいいのになあとは私もずっと思っていて。

「で?」
「バスボムって知りません?」

そんな意図で購入した丸い入浴剤を外から帰ってきた彼に見せれば、バカかという目で見られてしまって首をかしげる。そしたら呆れたように「湯船に浸かると思うか?」だなんて言われてしまって私は瞬き一つ。

……いや、湯船に入っているとはもちろん思っていなかったのだけれど、そう普通に返されるとも思っていなくて……。
ええっと、つまり彼ならもう少し意地悪な言葉を投げてくると思ったから拍子抜けしてしまったのだ。

可愛らしいバスボムは到底彼には似合わない。でも彼は「私は好きそうだ」と思うだろうと思ったから、これを見せれば「なんだ、一緒に入りてェのか?」ぐらいニヤッと笑って言ってくると思ったのだ。そしたら「はい」と答えて驚かせて、そのまま勢いで一緒に風呂に入ってしまえばいいと思っていたのだけれど。自分と一緒に入れば楽しいだなんて自意識過剰だったか、と思ってももう遅い。

もじもじしてしまったから私が言いたいことが違うと言うのが分かったのか、鰐の様な鋭い目が不可解そうに揺れた。「いややっぱいいです」と後ずさったけど素早く鉤爪に腰を捕まえられてしまって、逃げられない状況に。

「何企んでいやがる」
「いえ、何にも……」
「言え」

ぐっと引き寄せられて慌てて彼の胸に手をついて距離を取るも目線を上げればじいっと攻め立てる様な目とぶつかって。私はうっと眉を下げた。

「その……、一緒に入れば、少しは楽しいかなあって……」

顔を真っ赤にしてしどろもどろに彼をお風呂に誘う私のなんて滑稽な事か。恥ずかしすぎて目を覆った瞬間、襲ったのは浮遊感。慌てて彼にしがみつけばくつくつと振動が伝わって、顔を上げれば機嫌良さそうな顔が目に入り、逆に私の口元は引きつった。

「のぼせるなよ?」

いや、私がのぼせたらあなたも上がれませんよね?とは言えず、問答無用で風呂場に連行された。お風呂場で身ぐるみを剥がされて、恥ずかしくて抵抗したが彼には無意味。
誰だ能力者は水に弱いとか言ったやつ!浸からなきゃなんとかなるなんて聞いてない!
その後どうなったかはお風呂場に増えた多種多様な入浴剤から察してほしい。

お風呂に行く時、彼はとてもご機嫌だ。
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