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Czan

 うちの上司はサボリ魔だ。

 目を離したら最後、海軍本部の建物内にいてくれればいいところで、能力を使って海に出られると手が出せない……と、私もお手上げだったのだが、同僚が泣いているのを見て私は思いついたのだ。

 別に追えばいいじゃない、と。

「あらら……この道走ってきちゃったの?」
「書類にサインお願いします!」

 走り続けたせいで切れる息を抑えながら満面の笑みで書類を差し出せば目を見開いて驚かれた。逃げられると思ったか、ざまあみそかつ、今日のお昼は何にしよう。低レベルな罵倒を内心で言いながら早くしてください、と書類を押し付ければ観念したようにクザンさんはペンを持ってくれた。

「ここまでお仕事熱心な子、初めてよ?」
「女の子が泣いていたら助けるのは当たり前です」
「待って待って、貴方も女の子でしょうが」

 こんな道走って、と眉下げるぐらいならサボるのを辞めてくれればいいのに。言ったどころで辞めないのは知っているので言わないが。

 私が走ってきたのはクザンさんが能力を活かして海を凍らせて作った氷の道だ。彼愛用の自転車が通れるほどの幅しかないが強度は彼の体重を支えられるほどなので十分。狭く滑るオプションは鍛錬にもなるだろうと走ってみての感想はそんなこと。

 流石に海のど真ん中まで追いかけられてまで仕事を拒む気にはならなかったのか、ため息ひとつつきながらさらりとペンが落とされた。そんなに枚数はないのですぐ終わる。返された書類にしっかりサインされているのを確認して、鞄に仕舞えば「ねぇ」と呼びかけられた。

「はい?」
「なんかずぶ濡れじゃない?」
「ああ。一回海に落ちましたから」
「落ちた...…?」

 困惑気味に繰り返されるが、氷の上を走って来たのだから滑っても不思議はないと思うのだが。彼の乗る自転車は滑ったことは無いのだろうか。首を傾げればため息を落とされる。

「書類も鞄も防水されてましたから平気ですよ」
「お前が防水じゃないでしょうが」

 そう言ってなぜか自転車を下りた上司は、瞬きする間に私をそれに乗せて。

「ちゃんと掴まってなさいよ」

 慌てて首だけで後ろを見れば、即席でサドルの後ろに氷の座席が作られていて。ぱき、と小さな氷の音のあとキコキコと漕ぎ出される自転車。

「びしょ濡れの部下を走って帰れなんて言えないでしょーが」

 あーサボり損ねた、とだるそうに溢す上司に思わず口元が緩む。この方はそういう人だ。

 「ダラけきった正義」その下にいる部下は正義の名の下に動いているというより、この上司を指標に動いている。サボりがちな上司だけれど、それは慕わない理由にはならない。

ただサボりを許すとは言っていないが。

「流石に寒いんで、サボるのはほどほどにして下さいね」

多分見えないだろうがにこりと笑ってそう言えば、一瞬の間。

「……どれぐらいあるの?」
「ほんの2山ほど」

 キコ、キコ、キコ。ほんの少しだけ遅くなった音。それに思わずくすくす笑えば、「あーなんだ……もういいや、忘れた」といつものセリフが落とされた。


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