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Beckman

 副船長はお頭の右腕だ。

「じゃあ私は副船長の右腕になる」

 そんなことを言ったのはみんなが食事を取っている時のことで、みんな一瞬手を止めるも次の瞬間には「頑張れよ!」と大笑い。ああこれは本気にされてないな、とちゃんと感じてはいたが撤回するつもりは全くなかった。

「副船長」

 それから私は優秀な助手になるために色々やった。書類整理に書庫の掃除、備品管理に情報収集。副船長は初めこそ少し驚いていたが、そのうちに私がいるのが普通になったのか黙って書類を受け取ってくれたり気まぐれに一緒に珈琲を飲んだりしてくれた。

  私はそれで満たされていた。多忙な副船長をどうにか支えたいとずっと思っていたから。

 赤髪海賊団は強いから、挑んで来る敵も強いことがある。それは重々理解していたけれどやはり不測の事態はある。
 
 決して油断していたわけではない。けれど視覚からの攻撃が当たりどころが悪く一瞬できた隙を救われた。

「ベン・ベックマンの女か?」

 宙ぶらりんに持ち上げられながらも敵を睨みつける私の視界の端にはお頭の赤い髪がチラついた。出血が止まらない。視界が霞む。けれどあの赤のために戦い死ぬのなら本望だ。だってあの赤は副船長の誇りでもあるのだから。

 そう思った。思っていたから。

「弱ェな」

 にたりと笑いながらそう敵に言われた瞬間の絶望と言ったら。
なんと言った?私が?副船長の右腕の私が?

 真っ赤な、というよりどす黒い赤が甲板に飛び散った。私たちの誇りとは似ても似つかぬ汚らわしい色。舌打ち一つ。

  足に仕込んでいた短剣はうまく敵の喉元を掻き切った。副船長の右腕が弱いという誇りの「汚れ」は一応殺せただろう。が、さすがに限界だ。

 揺れる視界に傾く体。衝撃に構えたが思った衝撃は来なくて。

「ふく...せんちょ」
「馬鹿か、お前は」

 いつもよりしかめっ面な副船長に笑みがこぼれた。

「みぎ、うで...なりた、くて」
「お前が死んだらまた俺の睡眠時間が減るぞ。休憩も取らず書類に向かうかもな。備品のチェックにも手が回らねぇ」

 そう言いながら早急にけれど丁寧に抱き上げられた。まぶたが落ちそうだ。このまま寝てしまえたらどんなに幸せだろうか。そう思ったらコツンと額を叩かれた。

「俺の『右腕』はそんなにヤワじゃねェだろ?」

 遠のきかけた意識に落とされた声。落ちかけた瞼は開かれる。少し霞む視界にはにやっと笑う副船長。どくりと強く心臓が波打った。

「それでいい」

 私は副船長の右腕だ。

 目覚めたら笑顔のお頭の鉄拳が待っているだろうけど、そんなことがどうでもよくなるぐらい満たされて。

「おきたらこーひー」
「ああ、一緒に飲もう」

 私はもっと強くなる


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