Beckman
「副船長って怒るんですか?」
「怒るぞ」
赤髪海賊団の副船長は実に聡明でいつも冷静だ。だから興味本位でお頭に聞いてみたのだけれど、その答えは意外にも即答だった。
「俺がいい例だろ?」
そうため息をついて言うお頭の目の前には書類の山。溜め込んだ書類を片付けるまでは船長室から出るなと副船長に椅子にくくりつけられているのだ。その程度の拘束など解くのは容易いとは思うがそうしないのはこれ以上缶詰にされるのが怖いのだろう。
「お頭は叱られているのであって怒られているわけではないと思いますけど」
「同じさ。あいつは不機嫌にさせるだけでも怖ェ」
「本当に怖いならもっと早くに処理するでしょう?」
怖い怖いと言いながらわざとらしく腕を擦るお頭に食い下がればきょとりと子供のような輝きをする瞳がこちらを向く。
「なんだ、そんなにベックがキレるとこが見てェのか?」
興味本位だと言いながら頷けばお頭は唸りしばし考えたのち「見ねェ方がいいぞ」と困ったように笑ったのだった。
そしてその言葉の通り私は今見ない方が良かったかも知れないと思っている。
「無事か」
へたり込んだ私に落とされた声に私は声を発することができなかった。はくっと息だけが漏れて、呼吸がうまくできなくて苦しい。白い髪と鋭い目を持つその顔は見慣れたものであるはずなのに、纏う空気と鈍く光る目が耐えきれないほどの殺気を帯びていて。私に向けられているわけではないのに体が震えた。
動けないでいる私があまりよろしくない、服が乱れた格好をしているのを見てか、素早く副船長が着ていたマントを巻いてくれたが、距離が近づいたことによって余計に謎の圧迫感が増加し、ついに完全に呼吸ができなくなった。
「ベック」
副船長を呼んだのはお頭だ。霞む視界で赤が揺れた。
「殺気を収めろ。窒息死しちまう」
おどけた口調はわざとだろう。沈黙の後大きなため息が一つ落とされた瞬間、重い空気が解けた。
「無事か」
ため息と同時にもう一度尋ねられ、今度は頷いて見せた。
連れ去られた。抵抗した。拷問された。黙秘した。襲われかけた。副船長が来た。そして仲間でさえも死を覚悟するほどの殺気だ。そして今、私を腕に抱えて船に戻る副船長にさっきまでのそれはない。
副船長が怒る時、それはつまりそういうことなのだろう。
「副船長」
腕の中で呼べば、どうしたと目でたずねられて。
副船長の怒ったところは見なきゃよかった、と思うぐらいには恐怖が体を支配した。けれど、助けに飛び込んで来た副船長が銃で思いっきり敵を殴りつけたのを見て別の意味でも見なきゃ良かったと思った。だって。
「クソかっこよかった…」
沈黙。そして「…そうか」と言う副船長の声と大笑いするお頭の声が響いた。
「怒るぞ」
赤髪海賊団の副船長は実に聡明でいつも冷静だ。だから興味本位でお頭に聞いてみたのだけれど、その答えは意外にも即答だった。
「俺がいい例だろ?」
そうため息をついて言うお頭の目の前には書類の山。溜め込んだ書類を片付けるまでは船長室から出るなと副船長に椅子にくくりつけられているのだ。その程度の拘束など解くのは容易いとは思うがそうしないのはこれ以上缶詰にされるのが怖いのだろう。
「お頭は叱られているのであって怒られているわけではないと思いますけど」
「同じさ。あいつは不機嫌にさせるだけでも怖ェ」
「本当に怖いならもっと早くに処理するでしょう?」
怖い怖いと言いながらわざとらしく腕を擦るお頭に食い下がればきょとりと子供のような輝きをする瞳がこちらを向く。
「なんだ、そんなにベックがキレるとこが見てェのか?」
興味本位だと言いながら頷けばお頭は唸りしばし考えたのち「見ねェ方がいいぞ」と困ったように笑ったのだった。
そしてその言葉の通り私は今見ない方が良かったかも知れないと思っている。
「無事か」
へたり込んだ私に落とされた声に私は声を発することができなかった。はくっと息だけが漏れて、呼吸がうまくできなくて苦しい。白い髪と鋭い目を持つその顔は見慣れたものであるはずなのに、纏う空気と鈍く光る目が耐えきれないほどの殺気を帯びていて。私に向けられているわけではないのに体が震えた。
動けないでいる私があまりよろしくない、服が乱れた格好をしているのを見てか、素早く副船長が着ていたマントを巻いてくれたが、距離が近づいたことによって余計に謎の圧迫感が増加し、ついに完全に呼吸ができなくなった。
「ベック」
副船長を呼んだのはお頭だ。霞む視界で赤が揺れた。
「殺気を収めろ。窒息死しちまう」
おどけた口調はわざとだろう。沈黙の後大きなため息が一つ落とされた瞬間、重い空気が解けた。
「無事か」
ため息と同時にもう一度尋ねられ、今度は頷いて見せた。
連れ去られた。抵抗した。拷問された。黙秘した。襲われかけた。副船長が来た。そして仲間でさえも死を覚悟するほどの殺気だ。そして今、私を腕に抱えて船に戻る副船長にさっきまでのそれはない。
副船長が怒る時、それはつまりそういうことなのだろう。
「副船長」
腕の中で呼べば、どうしたと目でたずねられて。
副船長の怒ったところは見なきゃよかった、と思うぐらいには恐怖が体を支配した。けれど、助けに飛び込んで来た副船長が銃で思いっきり敵を殴りつけたのを見て別の意味でも見なきゃ良かったと思った。だって。
「クソかっこよかった…」
沈黙。そして「…そうか」と言う副船長の声と大笑いするお頭の声が響いた。