Beckman
※学パロです
隣の席は
大学の講義というのは基本的には傾聴型。大学の先生、といっても専門は研究だから教え方なんかに期待してはいけない。喋っていることは専門用語ばかりでちんぷんかんぷん。ならば板書は真面目に!と思ってもその文字が酷すぎて読めないということもあれば、そのそもそも板書自体がない場合もある。
同じ授業でも先生が違って、どちらの先生の授業を取るかで天国か地獄かを決まることもあって……。
「ああ……やっぱり……」
人気の授業はすぐに定員になってしまう。
広い講義室のはずなのに人が溢れていて、きっともう席なんて空いてない。でも、どうしてもこの授業は取りたくて、溢れている人たちはみんな友達連れだというのに背を押され、一人なら座れるかもと果敢に人混みの中に突っ込んだ。
「前時の授業さえなかったら余裕だったのに……」
前の授業は必修科目。オリエンテーションだから早く終わると思っていたのに期待は外れ。初めぐらい早く終わってくれてもいいのに、文句を言っても仕方がない。ため息を吐きそうになるのをぐっと堪えてきょろきょろ周りを見渡せば、あった。
一つだけ。窓側の一番端っこから2番目が空いている。だけどやった!と思ったのも一瞬でその席に座るために声をかけなければいけないだろう一番端に座っている男の子を見てどきりとした。
すごい強面。
え、なんでそんなしかめっ面なの?と思うぐらいには怖い雰囲気。大人っぽいすっと通った鼻筋に、何故かきつい印象を与える目元。一つに結ばれた黒髪は背に流れるほど長くて綺麗だけれど、どうしてそんなに伸ばしたんだろう……?だって男の子だよね?いや、性別で髪の長さをきめちゃいけないとは思うけれど、この時期にしては薄着の格好をしているせいか体格がはっきり見えて、その鍛えてるんだろうなと思う身体とその髪型がなんとなく、ヤのつくお兄さん感を助長している気がする。
どうしよう。でも、そこしか空いていないし。
うろうろと視線を彷徨わせ少しだけ離れたところで迷っていると、ふっとその男の子の視線が上がった。
丁度教授が入ってきたらしく「座れなかった人は来年にでも取れ〜」と言った。なんてひどい話、と思いながら私はその男の子から目が離せなくなっていて。
すいっと黒い目が空いいる横の席に向いたかと思うと合点が言ったと言った様子で一つうなずき、もう一度私に目線をあわせると——。
こんこん
空いている席を手の甲で叩くような動作。それから立ち上がって私が入れるように動いてくれた。背が高い。立ち上がって、邪魔にならないようにか少し身を屈めながら待ってくれたから慌てて座った。
「あの、えっと……ありがとう」
「いや、気づかなくて悪かった」
座ってなんとかお礼を言えば低い声。でも、予想に反して優しい声にびっくりして目を見開いてしまったら不思議そうにされてしまって、慌てて「なんでもないの……!」とあわあわ手を振ればくつっと笑われた。
わ、ギャップ……!
声と控えめな笑みにさっきまでの印象が消えた。でも、大人っぽい印象だけは変わらなくて何故かどきどきして緊張する。私はそっと気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
この授業は面白いと聞いていた通り珍しく板書もしっかりしてくれて、話も面白い。夢中でノートを取りながら、ふっと横を見れば私よりも綺麗に取られたノートが目に入る。
鼻をくすぐるウッディ系の香り。男性らしい節のある指がペンを軽く操って、さらさらと流れていく。色ペンは一切使ってない。けど見やすいなんですごい。筆圧が低い流れのある文字がやっぱり大人っぽいななんて。
前を向くとスマホを触っている子も結構いる。眠ってしまっている子もいるけど横からはさらさらとペンの音。なんとなく嬉しくて、心地良くてペンを握る手にぎゅっと力を込めた。
「席、空けてくれてありがとうございました」
授業が終わってもう一度お礼を言えば「いや」とまた短い答え。お互い立ち上がってしまったからそのまま別れてしまえばいいのになんとなく離れ難くて。
「……この講義はテストが難しいらしいな」
「あ、私過去問持ってるよ!!」
そわそわと視線を彷徨わせていれば彼が言った。思ったより大きな声が出てしまって慌てて口を手で覆えば、きつめの目がぱちりと瞬いてそれからまたくくっと喉が鳴った。
「なら、共有してもらえるか?」
「……もちろん」
少し恥ずかしく思いながらもスマホで連絡先を交換した。コードを出してくれたからカメラで読み取ればぴろんと表示。
「……ベン・ベックマンくん?」
「ああ。まァ……好きに呼んでくれ」
「わかった」
返事をしつつぽん、と猫が「了解!」と言っているスタンプを送れば、またぱちぱちと目が瞬き、少しだけ笑み。意外によく笑うんだなと思っていれば彼からも生真面目に「よろしく頼む」と送られてきて私も可笑しくてちょっとだけ笑った。
「じゃあ、お家に帰ったら送るね」
「頼む」
また来週に、と背を向けた彼にふふっと笑った。