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Beckman

背は髪、隣は匂い

副船長の黒髪は綺麗だ。

戦っている時、力強く、けれど無駄なく動くタッパのいい体。その逞しい背中からぴょんと黒が跳ね上がって動きを追うように空に線を引く。その軌跡を追って見るのが私はいっとう好きだった。
たまにくるっと体を反転させる時なんかも、うっかりその軌跡を追っていようものならタバコを燻らせる口元が見えてしまったりして。その楽しそうな危ない笑みに何度心臓を止めそうになったことか。

珍しく少し骨のある敵。
狙いは珍しくお頭じゃなくて副船長。
どんなに敵が強くとも、副船長が負けるわけはない。けれど。

まだまだ弱い私はいつもその背を追っていた。揺れる黒髪をずっと見ていたからその瞬間ももちろん目に入って。

追いかけていた背が防御のために一瞬低く。当然ながら反動で黒は跳ねる。
そして敵の剣がその軌跡にかかる--そう思った時には私はありったけの力で甲板を蹴っていた。

迷いなく振るった剣。
切り裂く音は二つ。

その一つに泣きそうになりながら私は正確に敵の胸を貫いた得物を抜いた。
顔にかかったのは返り血と、切れた長い黒髪。必死に飛び込んだというのに追っていた軌跡は途絶えてしまったのだ。

なんとなく悲しくて、私なんかにやられるような敵に副船長の髪を切られてしまったのも悔しくて、ぐっと眉間にしわを寄せていれば突然肩を引かれた。

「破天荒なのはお頭だけで十分なんだがな」

落とされたのは小さな笑い声。ぐいっと少し雑に頬に付いた血と髪を拭ったのは少しカサついた副船長の指だった。驚きつつも見上げれば、長い髪を縛っていたゴムも解けてしまったようで不揃いの髪が風に揺れていた。絶妙な長さ。妙に色気のあるそれはそれでとてもかっこいいけれど。

「……切れちゃいました」

やっぱりずっと追っていたものが消えてしまった消失感は大きい。

血に濡れた手に張り付いていた切れた黒髪。そっとつまみ上げれば大きな手がそれを払った。驚く間も無く血に汚れるのも構わずにそのまま腕を引かれてたたらを踏む。

「追うものがなくなったなら横に並べ。もうお前は隣でも戦えるはずだ」

引かれた力に従って副船長の横をすれ違う。その一瞬見たのは楽しそうな笑み。それから私は副船長の後ろ、つまり私の目の前の敵を捉えて。

トンと踏み出した音は二つ。
それから打撃と斬撃の音。

倒れた敵の音が同時に甲板に落ちてほうっと息を吐けば、ぽすりと強くて優しい温度が頭に落ちてきた。

「よくやった」

ふわりと香るタバコの匂い。隣に並んでいるせいか前よりも強くそれを感じて私は「ありがとうございます」と笑った。
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