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Beckman

「ぱーぱ!」

栗色の髪の毛が跳ね上がり宙に美しく線を描いたかと思うと、「ぱぱ」と呼ばれた男の赤と混じった。赤い髪の男の背に乗っかるように飛びつきじゃれついている女は昔俺が拾ってきた女だ。

正確な年齢は分からないが拾ってきたときはまだ10ほどだったと思う。たまたま停泊した無人島の浜辺に彼女はいた。
船を停めた岸とは真反対の海岸でぼうっと海を見ていた少女の目がこちらを向いたとき、海のように澄んでいて単純に綺麗だと思ったのを覚えている。
なぜ無人島にいるのかとか両親はなどと尋ねるのは無粋だった。無人島に子供一人で、しかも着の身着のままとなれば考えられる過去は少ししかなく、どれもが幸せなものではないのだから。

『ウチに来るか』

尋ねたのは気まぐれだ。なんとなくそうしてもいいと思ったから。膝をついて手を差し出せば小さなそれにぎゅうっと力強く握られた。
小さな彼女を片腕に乗せ船に戻れば赤い髪の男が面白がらないはずがなかった。「ぱぱって呼べよ!」なんて小さな子供に男が言えば純粋なそれはこくりと一つ頷いて言われた通りにするのは当たり前の話だった。そうして俺は小さな手を一度離したのだ。

この船では珍しい、軟らかい声に目を閉じた。昔の子供らしく単に高い声ではなく、落ち着いた女の声。その声で「ぱぱ」と呼ばれるのは俺ではない。赤い髪の男は「ぱぱ」と呼ばれるたびに勝ち誇ったような顔を俺に向けてくる。だがこの男は分かっていない。
親は子供がどこまで育とうと親でなければいけないのだ。それがどういうことか。

それはつまり、子供がどれだけ食べごろになろうと食ってはならないということだ。

彼女の名前を口にした。あの日と変わらない美しい海のような目がこっちを向く。俺は今どんな顔をしているのだろうか。彼女の目が、頬が、やっとかというようにじわじわと期待に染まっていく。

じゃれついていた赤から離れ、とんと甲板を軽く蹴って彼女が俺の腕に飛び込んだ。難なく受け止めれば彼女の腕がぎゅうっと抱きついてきて、そっと抱き返しつつ俺が見るのは驚きに目を見開いた赤い髪の。

「娘をもらうぞ、ぱぱさん?」

「却下!!」という「ぱぱ」の声は愛しい娘の笑顔に消えた。


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