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Izo

拗ねて甘えて

ドボン。

そんな音に誰もが動きを止めた。

何にもない日が続いていた。戦闘も停泊予定の島も遠くて、さらに気候まで珍しく安定していて。本当に何にもないから甲板でバカ騒ぎでもしようという話になって、珍しく堅物の一番隊隊長も乗り気で、親父の許可も出たからとみんなでワイワイ準備をして、料理も出してさあ!宴だ!となった瞬間冒頭に至る。

初めに状況を把握したのが私で。気づいた時には私も甲板を蹴っていて。

ドボン。

ロープを下ろせ!だの浮き輪持ってこい!だのいう声を背に私は海を泳ぎ、始めの音の原因である男に手を伸ばした。

「何やってるんですか、イゾウ隊長...」

プカプカと浮いている隊長にため息ひとつ。グランドラインの海に落ちるなどバカの道楽。隊長はバカじゃないのにどんな気の迷いか。
こっちが必死で手を伸ばしているというのに隊長は本当に浮いているだけで、やっとの事で腕を掴めば無抵抗でこちらに流れてきた。

「何やってるんですか」

二度目の問いかけに切れ長の目がすうっと。ぼんやりとしている目を見とめて私は二度目のため息。

「寝ぼけてるんですか」
「いや、目がさめるだろうと」
「覚めてないじゃないですか」

呆れつつ片手で隊長の手を引き、片手でロープを握る。上に合図を送った瞬間ぱっと手が離れて。驚く間も無く絡めるように手が握られた。え、と声が洩れる間に抱きしめられるように腰に腕が回され、私が握っていたロープは隊長に奪われた。

「おめえさんじゃあ俺を支えきれねえだろ」

分かっているならなぜ落ちたのか。尋ねようにも隊長の香りが強くてクラクラする。繋がれたままの手は珍しく隊長の方が温かかった。
グッとロープが引かれる。それに合わせて腰に回されている腕に支えられて、ついでと言わんばかりに絡まっている手をぎゅうっと握られて。

そこまでなら支えるためだと理解できた。でも、ふと首筋に隊長の鼻先が当たって。首の薄い皮を含まれた感触にもしかしてと。
正解だというようにぢゅっと強く皮膚を吸われて思わずべしっと。

「甘えたいならそう言ってください」
「甘えたい」
「遅いんですよ」

ああもう、跡は首筋についてしまっただろう。全くもって甘え下手な人だ。

大方何にもないから好きなだけ寝ていようと思っていた隊長は、ふと目を覚ましたら私がいなくて拗ねたのだろう。何もないから「好きなやつと」好きなだけ寝たかったのに、と言ったところか。

「お風呂はいったら寝ますか?」
「寝かせると思うか?」

甲板に引き上げられてやれやれと首を振る。
心配してくれる家族に軽く手を振って、とんとんと自分の首筋をさせば、にんまりとヤジが飛んで、その賑やかな声を背に私たちは二人で部屋に戻った。
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