Izo
<気品>
イゾウさんはキスするときも綺麗だ。
海賊なのに綺麗だなんのと話をするのは少しおかしいかもしれないし、島に停泊すれば家族のほとんどはそーいう女の人を目当てに町に繰り出すものばかりだし、別に今更そういう行為はしとやかにやれとは言わないけれど、綺麗な方がいいか、汚い方がいいかと言われればやっぱり前者で。
「なーに考えてんだ」
不意に頬を掠めたのは低い温度。そこからこぼされたのは落ち着く低音。驚いてのけぞれば、「おてんばだな」なんて大きな手が椅子から転げ落ちないように引っ張ってくれた。くつくつと笑うのはイゾウさん。気配がなかったのがさすがだ。
「島に降りていたんじゃなかったんですか?」
「必要なもんは揃えにな。終わったから戻ってきたのさ」
時計を見ればイゾウさんが降りてからさほど時間がたっていない。何食わぬ顔で煙管を吹かしているが、この人、またさぼったな……。
「優秀な隊員がいるから大丈夫さ」
「いつもそう言って任せてばっかでしょう?仲が悪くなっても知りませんよ?」
「そんなヘマしねェよ。それに、久しぶりの停泊なんだ。男はいろいろある」
ぼかしてはいるもののタイムリーな会話だ。答えなんて分かり切っているけれど、「イゾウさんは行かなくていいんですか?」なんて言ってみればさらりと「俺はむなしい男どもと違って、おめえさんがいるからなぁ」なんて。ふむ、我ながら愛されている。
ならば、愛されついでにちょっとねだってみようか、なんて。
「イゾウさん」
「ん?」
「キスしてほしいです」
「こりゃ珍しいこともあるもんだなァ」
明日は雨か?なんて言いながら、紅の引かれた唇がにいっと吊り上がった。意地悪そうな笑みだけど、ふっと私の顔に影が落ちるほどの距離になれば、それはまた色を変えるのを私は知っている。
ああほらね。
ふっと切れ長の目が伏せられて、長いまつげが影を落とす。男らしく節はあるけれど、綺麗な指がすくうように顎を滑り、そのまま包むように上を向かされる。そしてそのまま薄く開いた唇が私のそれを含むのだ。
「見すぎだろ」
「だって綺麗で」
吐息を感じる距離で、弧を描く赤。そこに滲むのは、ささやかな。
たまらなくなって、今度は私から唇を重ねた。不意打ちだったのか、イゾウさんが驚いている間に、綺麗に結われた髪に指を通した。
「あーあ。やりやがったな」
「降ろしてるの、好き」
「そりゃ結構だがな、降ろすと邪魔なんだよ」
「切る?」
「まさか」
長い髪がカーテンのように境界線を張る。コンコンとノックの音が聞こえた気がしたが、それすらも遮るようなその中で、もう一度幸せな温度を交わした。
「あ」
「借りてくぜ」
離れる瞬間に髪を結んでいたヘアゴムを取られた。コンコンとまたノック。どうやらイゾウさんに用事らしい。「めんどくせえなあ」なんてイゾウさんは言うけれど、ちゃんと出て行くところ彼らしいというか、思わず笑ってしまう。
手早く髪をまとめた彼の手が私の髪を一束掬い取って口付けた。少しかがんで、視線はこちら。色気を惜しみなく見せつつ、ちゅっと。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
満足げに背を向けて扉の向こうに消えた彼に、やっぱり綺麗だな、と私は笑みをこぼした。
イゾウさんはキスするときも綺麗だ。
海賊なのに綺麗だなんのと話をするのは少しおかしいかもしれないし、島に停泊すれば家族のほとんどはそーいう女の人を目当てに町に繰り出すものばかりだし、別に今更そういう行為はしとやかにやれとは言わないけれど、綺麗な方がいいか、汚い方がいいかと言われればやっぱり前者で。
「なーに考えてんだ」
不意に頬を掠めたのは低い温度。そこからこぼされたのは落ち着く低音。驚いてのけぞれば、「おてんばだな」なんて大きな手が椅子から転げ落ちないように引っ張ってくれた。くつくつと笑うのはイゾウさん。気配がなかったのがさすがだ。
「島に降りていたんじゃなかったんですか?」
「必要なもんは揃えにな。終わったから戻ってきたのさ」
時計を見ればイゾウさんが降りてからさほど時間がたっていない。何食わぬ顔で煙管を吹かしているが、この人、またさぼったな……。
「優秀な隊員がいるから大丈夫さ」
「いつもそう言って任せてばっかでしょう?仲が悪くなっても知りませんよ?」
「そんなヘマしねェよ。それに、久しぶりの停泊なんだ。男はいろいろある」
ぼかしてはいるもののタイムリーな会話だ。答えなんて分かり切っているけれど、「イゾウさんは行かなくていいんですか?」なんて言ってみればさらりと「俺はむなしい男どもと違って、おめえさんがいるからなぁ」なんて。ふむ、我ながら愛されている。
ならば、愛されついでにちょっとねだってみようか、なんて。
「イゾウさん」
「ん?」
「キスしてほしいです」
「こりゃ珍しいこともあるもんだなァ」
明日は雨か?なんて言いながら、紅の引かれた唇がにいっと吊り上がった。意地悪そうな笑みだけど、ふっと私の顔に影が落ちるほどの距離になれば、それはまた色を変えるのを私は知っている。
ああほらね。
ふっと切れ長の目が伏せられて、長いまつげが影を落とす。男らしく節はあるけれど、綺麗な指がすくうように顎を滑り、そのまま包むように上を向かされる。そしてそのまま薄く開いた唇が私のそれを含むのだ。
「見すぎだろ」
「だって綺麗で」
吐息を感じる距離で、弧を描く赤。そこに滲むのは、ささやかな。
たまらなくなって、今度は私から唇を重ねた。不意打ちだったのか、イゾウさんが驚いている間に、綺麗に結われた髪に指を通した。
「あーあ。やりやがったな」
「降ろしてるの、好き」
「そりゃ結構だがな、降ろすと邪魔なんだよ」
「切る?」
「まさか」
長い髪がカーテンのように境界線を張る。コンコンとノックの音が聞こえた気がしたが、それすらも遮るようなその中で、もう一度幸せな温度を交わした。
「あ」
「借りてくぜ」
離れる瞬間に髪を結んでいたヘアゴムを取られた。コンコンとまたノック。どうやらイゾウさんに用事らしい。「めんどくせえなあ」なんてイゾウさんは言うけれど、ちゃんと出て行くところ彼らしいというか、思わず笑ってしまう。
手早く髪をまとめた彼の手が私の髪を一束掬い取って口付けた。少しかがんで、視線はこちら。色気を惜しみなく見せつつ、ちゅっと。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
満足げに背を向けて扉の向こうに消えた彼に、やっぱり綺麗だな、と私は笑みをこぼした。