Izo
<エンジェルショット>
「エンジェルショットストレートで!」
にこにこと効果音が似合うだろう笑顔を浮かべてバーテンダーのお兄さんに声をかけた。すうっと切れ長の目が確かめるようにこちらを見たから、こくんとかわい子ぶってうなずけば目が伏せられたから、通じてよかったなんてほっと息を吐く。
バーテンダーのお兄さんは、「お連れ様は?」なんて尋ねてくれるから、私は隣のもう半分以上出来上がっているクソ男にできるだけその気に見えるように腕を絡めて、体を寄せて、甘ったるい声で「マティーニ飲める男の人ってかっこいいよねぇ」なんて言ってやれば、クソ男は上機嫌でそれを頼む。
マティーニは35度。普通に飲めば……まあ、潰れる。
思惑通りさっさと潰れてくれたクソ男に溜息一つ。それを区切りだとみてくれたのか、バーテンのお兄さんがグラスを拭いていた手を止めた。
「タクシーは下に」
「あーえーっと私じゃなくて、彼を」
タクシーが来たことを告げてくれたお兄さんに分かるよう、隣の男を指させばきょとんと。そりゃそうだ。エンジェルショットは女性のsos。どんな女性がつぶれた男性のために頼むというのか。いや、まあ私が頼んだんだけど。これは潰れたこのクソ男を御家に送ってあげようとかそういう健気な女性なわけではない。
「タクシーにはここに降ろしておいてくださいとお伝えください」
そう言って渡した紙きれを見て、お兄さんは一瞬笑った。すぐにそれを隠すように俯いたから、なかなか真面目な人だ。仕事中だもんね。ごめんなさい、変な客で。
無理だったらいいと言えばお兄さんは持ち直したようで、上げた顔に薄い唇でカーブを描いて「喜んでエスコートさせていただきます」と軽々クソ男を担ぎ上げて運んでくれた。
ばいばい、クソ男。今度会った時も男だといいね、なんて。
モヒートを頼んでカラリと氷を回した。一口飲めばミントとライムが鼻を抜けて、さわやかな味が広がる。カクテル言葉は「心の渇きを癒して」。さわやかでほんのり甘いから飲みやすくって、ぐっと一気に飲み干したけど、渇きは癒されなくて自嘲してしまう。
世の中クソ男ばっかりだ。誰だ女を泣かせる男は!別に私は泣いてないけど!勝手にその気になって捕まえたのはお前のくせに飽きただと……?ふざけるな!
飽きるのはいいのだ。相性だってあるし、そのうちに冷めることだってある。でも、それならしっかり分かれて次に行けばいいものをどうして浮気なんてしやがるのか。本当に神経を疑う。
今回のクソ男も、私と付き合っていたくせにほかの女を抱いたとかなんとか。友人から「お前は見る目がない」と言われてるけど、もうさすがに同じパターン過ぎて見る目がないとかではなく、そういう男しかいないのでは?と疑うレベル。
男を送った先は、「おかまBar」で有名な繁華街。あそこに行けばいいも悪いも「目覚める」のだとか。深いことは知らない。とにかく何かに「目覚める」らしい。ばいばい、クソ男。次合うとき、クソ「男」じゃなければ手加減してあげるよ。
空になったグラスを置けば、いつの間に戻っていたのかクソ男を運んでくれたバーテンのお兄さんがすぐにグラスを下げてくれた。下げられるグラスを追うようにテーブルに落としていた目線を上げて、お礼を言えば微笑まれその美しさに変に心臓が鳴った。
え、今更気づいたけど本気できれいな男の人だ。
「何か飲まれますか?」
「あ、えっと」
形のいい唇で声を落とされてたじろぐ。それがどう見えたのか、くつっとお兄さんの喉が鳴った。ひえ……。
「良ければ適当にお作りしますよ」
「あ、じゃあ」
お願いします、と言う声は小さかったがお兄さんはちゃんと拾ってくれた。「かしこまりました」なんて小さくお辞儀すれば、緩く一本に縛られている髪が肩を流れた。長い黒髪、目元と口元に目立つ赤。普通の男だったら似合わないのだろうけど、彫刻のような美しさを持つお兄さんには服も、髪も、声も、この店の雰囲気もすべてがあっているように見えて。
「そんなに見られると穴が開いちまいそうだ」
カラン、と氷の音とともにグラスが置かれた。崩された口調に驚きつつ、お兄さんの言葉にはっとしてすみませんと目を伏せればくつくつと。
「見ても面白いもんでもねえだろう?」
「いや……お兄さんほどきれいな男の人を初めて見るので」
「ありがとよ。俺も、おめえさんみたいな面白いお嬢さんは初めてだぜ」
お嬢さん、と呼ばれたことと、口説くような言葉に目を見開いてしまったからかお兄さんがおかしそうに口元を隠した。色っぽい。いや、男性が色っぽいってなんだと思うだろうが、本当に。
切れ長の目がきゅうっと細まって私は肩をびくつかせた。何だろう、何でか少し怖い。いつの間にかテーブルの上に置いていた手にお兄さんの手が重なっている。え、なんで。
「あの男よりお嬢さんはずいぶん年齢が下だろう。本当に成人してるか?」
「成人は、してます、よ」
「はは。さっきまであんなに強気だったのになァ」
今は子猫みてぇじゃねえか、と言われてかっと頬が熱くなる。
なんだこれ、何だこれ……!?きざなセリフだ。職務怠慢だ。これはいったい何なんだ!
集まった熱を冷ましたくて作ってくれたカクテルを一口飲んだ。そしたら強い酒だったのかくらりと眩暈。ふらついた上半身を支えようと腕を引いたことで、重なっていた手の平は回収できた。だけど離れた手は変わりと言うように火照った頬にへと滑ってきて。
「酒の名前を聞く前に飲むとは男前だが、感心はしねえぞ」
すりっと目元を指でなぞられた。お酒を作るのに氷でも触っていたのか冷たい。けれど火照った頬にはそれが気持ちよくて。
耳障りではない低音。心地いい体温。回るアルコール。鈍る思考の中、唇がゆっくりなぞられて。
「どうだいお嬢さん、俺と付き合ってみないか」
私はそんな魅力的な言葉にうなずいたのだ。
「エンジェルショットストレートで!」
にこにこと効果音が似合うだろう笑顔を浮かべてバーテンダーのお兄さんに声をかけた。すうっと切れ長の目が確かめるようにこちらを見たから、こくんとかわい子ぶってうなずけば目が伏せられたから、通じてよかったなんてほっと息を吐く。
バーテンダーのお兄さんは、「お連れ様は?」なんて尋ねてくれるから、私は隣のもう半分以上出来上がっているクソ男にできるだけその気に見えるように腕を絡めて、体を寄せて、甘ったるい声で「マティーニ飲める男の人ってかっこいいよねぇ」なんて言ってやれば、クソ男は上機嫌でそれを頼む。
マティーニは35度。普通に飲めば……まあ、潰れる。
思惑通りさっさと潰れてくれたクソ男に溜息一つ。それを区切りだとみてくれたのか、バーテンのお兄さんがグラスを拭いていた手を止めた。
「タクシーは下に」
「あーえーっと私じゃなくて、彼を」
タクシーが来たことを告げてくれたお兄さんに分かるよう、隣の男を指させばきょとんと。そりゃそうだ。エンジェルショットは女性のsos。どんな女性がつぶれた男性のために頼むというのか。いや、まあ私が頼んだんだけど。これは潰れたこのクソ男を御家に送ってあげようとかそういう健気な女性なわけではない。
「タクシーにはここに降ろしておいてくださいとお伝えください」
そう言って渡した紙きれを見て、お兄さんは一瞬笑った。すぐにそれを隠すように俯いたから、なかなか真面目な人だ。仕事中だもんね。ごめんなさい、変な客で。
無理だったらいいと言えばお兄さんは持ち直したようで、上げた顔に薄い唇でカーブを描いて「喜んでエスコートさせていただきます」と軽々クソ男を担ぎ上げて運んでくれた。
ばいばい、クソ男。今度会った時も男だといいね、なんて。
モヒートを頼んでカラリと氷を回した。一口飲めばミントとライムが鼻を抜けて、さわやかな味が広がる。カクテル言葉は「心の渇きを癒して」。さわやかでほんのり甘いから飲みやすくって、ぐっと一気に飲み干したけど、渇きは癒されなくて自嘲してしまう。
世の中クソ男ばっかりだ。誰だ女を泣かせる男は!別に私は泣いてないけど!勝手にその気になって捕まえたのはお前のくせに飽きただと……?ふざけるな!
飽きるのはいいのだ。相性だってあるし、そのうちに冷めることだってある。でも、それならしっかり分かれて次に行けばいいものをどうして浮気なんてしやがるのか。本当に神経を疑う。
今回のクソ男も、私と付き合っていたくせにほかの女を抱いたとかなんとか。友人から「お前は見る目がない」と言われてるけど、もうさすがに同じパターン過ぎて見る目がないとかではなく、そういう男しかいないのでは?と疑うレベル。
男を送った先は、「おかまBar」で有名な繁華街。あそこに行けばいいも悪いも「目覚める」のだとか。深いことは知らない。とにかく何かに「目覚める」らしい。ばいばい、クソ男。次合うとき、クソ「男」じゃなければ手加減してあげるよ。
空になったグラスを置けば、いつの間に戻っていたのかクソ男を運んでくれたバーテンのお兄さんがすぐにグラスを下げてくれた。下げられるグラスを追うようにテーブルに落としていた目線を上げて、お礼を言えば微笑まれその美しさに変に心臓が鳴った。
え、今更気づいたけど本気できれいな男の人だ。
「何か飲まれますか?」
「あ、えっと」
形のいい唇で声を落とされてたじろぐ。それがどう見えたのか、くつっとお兄さんの喉が鳴った。ひえ……。
「良ければ適当にお作りしますよ」
「あ、じゃあ」
お願いします、と言う声は小さかったがお兄さんはちゃんと拾ってくれた。「かしこまりました」なんて小さくお辞儀すれば、緩く一本に縛られている髪が肩を流れた。長い黒髪、目元と口元に目立つ赤。普通の男だったら似合わないのだろうけど、彫刻のような美しさを持つお兄さんには服も、髪も、声も、この店の雰囲気もすべてがあっているように見えて。
「そんなに見られると穴が開いちまいそうだ」
カラン、と氷の音とともにグラスが置かれた。崩された口調に驚きつつ、お兄さんの言葉にはっとしてすみませんと目を伏せればくつくつと。
「見ても面白いもんでもねえだろう?」
「いや……お兄さんほどきれいな男の人を初めて見るので」
「ありがとよ。俺も、おめえさんみたいな面白いお嬢さんは初めてだぜ」
お嬢さん、と呼ばれたことと、口説くような言葉に目を見開いてしまったからかお兄さんがおかしそうに口元を隠した。色っぽい。いや、男性が色っぽいってなんだと思うだろうが、本当に。
切れ長の目がきゅうっと細まって私は肩をびくつかせた。何だろう、何でか少し怖い。いつの間にかテーブルの上に置いていた手にお兄さんの手が重なっている。え、なんで。
「あの男よりお嬢さんはずいぶん年齢が下だろう。本当に成人してるか?」
「成人は、してます、よ」
「はは。さっきまであんなに強気だったのになァ」
今は子猫みてぇじゃねえか、と言われてかっと頬が熱くなる。
なんだこれ、何だこれ……!?きざなセリフだ。職務怠慢だ。これはいったい何なんだ!
集まった熱を冷ましたくて作ってくれたカクテルを一口飲んだ。そしたら強い酒だったのかくらりと眩暈。ふらついた上半身を支えようと腕を引いたことで、重なっていた手の平は回収できた。だけど離れた手は変わりと言うように火照った頬にへと滑ってきて。
「酒の名前を聞く前に飲むとは男前だが、感心はしねえぞ」
すりっと目元を指でなぞられた。お酒を作るのに氷でも触っていたのか冷たい。けれど火照った頬にはそれが気持ちよくて。
耳障りではない低音。心地いい体温。回るアルコール。鈍る思考の中、唇がゆっくりなぞられて。
「どうだいお嬢さん、俺と付き合ってみないか」
私はそんな魅力的な言葉にうなずいたのだ。