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Izo

<ねぼすけの目覚まし>
※現パロ

「朝ですよー」

 しゃっとカーテンを開けて日の光を部屋いっぱいに取り込めば、部屋の主はすぐさま芋虫と化した。上品な薄紫のシーツに包まった男はめっぽう朝に弱い。

「いぞーさん、朝でーす」
「……ねる」
「私会社行っていいですか?」
「……おきる」

 寝ぼけた声だが反応が返ってくる今朝は調子がいい方だ。ほとんど寝ているくせにシーツを引っ張ってもびくともしない。根気強くシーツの上からゆすればやっとでもぞもぞと顔を出す。
 眉間にしわを寄せて乱れた髪が顔にかかっている。うめくような寝息のような声が色っぽく顔の造形とも相まって非常に目の保養だけど起きてもらわないと「私が」会社に遅れるのは明確で溜息一つ。まあ、会社に遅れたとしても会社の人たちは彼のことを知っていて、なおかつ朝に弱いことを知っているから笑ってくれるのだけれど。

 でも、遅れるのは私であって彼ではないのだから、私は遅刻を避けたいわけで。

 彼の職業は小説家だから別に起きる必要はない。けれど、私が会社勤めだから朝一緒に起きる、と言い出したのは同居し始めてすぐだったと思う。どうやら同居しているのに朝起きたら私がいない、と言うのが嫌だったらしい。
 朝が弱く朝に起きるのを心から嫌っていた彼が朝と私とを天平に掛け、私を取ってくれたわけだが、結局自力で起きるのは無理らしくこうして私が朝起こすことになっている。
 ちなみに一度起こすのを諦めて会社に行ったら後が面倒だったのでどれだけ朝起こすのに苦労しようとも、もう絶対にしないと心に決めている。

「いぞーさん、起きないと出ていきますけど」
「おきる」

 ゆっくりと起き上がった彼はそのままベッドの端に腰かけている私に腕を絡み付けてきて、一度だけぎゅうっと抱きしめる。それからあーとかうーとかうなった後、怠慢な動作で体を離し、不機嫌そうに口を開くのだ。

「……おはよう」
「はい、おはようございます」

 朝ご飯できてますよ、と言えば「ああ」とはっきりとした返事が返ってきて、本当に今日は調子がいいな、と思ってもしかして、と。

「書きあがりました?」
「あともう少しだ」

 なるほど昨夜は筆が進んだらしいなと笑みを溢せば、彼はベッドから足を下ろした。それからキッチンに向かう私の後ろをカルガモのようにくっついてきて、焼けたパンとサラダとスープをさらに乗せ、紅茶をいれている間もずっとそうで私は首を傾げた。
 いつもなら朝食ができるまで絶対にベッドから降りないのに、珍しいこともあるものだと思っていればするりとまた腰に腕が絡みついた。

「なんですか」
「……今日は早く帰ってくるか?」

 パチリ、瞬き一つ。珍しい。イゾウさんが聞いてくるなんて、と肩越しに振り返ればけだるげな目とかち合って。けれどその瞳の奥が珍しく揺れていることに気が付いて、そう言えば最近は仕事が忙しくて朝しか会っていなかったなと気が付く。

 イゾウさんは朝私とともに起きるが、そのあともう一度寝るのだ。そして15時ぐらいに起きて活動を始める。夜の方が仕事がはかどるとかで半分昼夜逆転しているので、私の仕事が忙しく真夜中にしか帰ってこられないとイゾウさんは仕事中で部屋から出てこないから実質会うのは朝だけになる。

 つまり、イゾウさんはもう少し二人の時間を取りたい、と言っているわけで。……思わずにやけてしまった。

「善処します」
「それは無理だって意味だろ」
「んーじゃあ、いぞーさんも努力してくださいよ」

 後ろから抱き込むように回されていた腕を取り、くるりと体を反転させた。向き合う体制に変わって私は彼を見上げ、するっと手を伸ばしてそのシャープな顎を包むように触れれば頬を擦り寄せられ思わず笑った。本当に犬のようだな、と笑えば無駄のない動きで静かに顔が近付けられるのだから本当にこの男はちゃっかりしている。
 催促されるまま軽く背伸びをして彼の薄い唇に私のそれを触れさせた。触れるだけのつもりだったのに、彼が一瞬含むように唇を動かしたものだから思わず肩を跳ねさせてしまった。それにくつっと笑い声。私は悔しくてもう一度背伸びして。

 静かに何度か唇を重ね、至近距離で視線を交わせば黒い切れ長の目はその先をどん欲に求めていて。私は素直で結構、と肩を竦めた。

「絶対に今日上げる」
「期待してます」

 努力しろ、と言ったのは原稿の話だ。毎回毎回、イゾウさんはぎりぎりにしか上げないから担当者が泣いているのはもう知っている。しかも上げられるのに上げないからたちが悪いことこの上ないのだが、作品は絶対面白いから文句は言えず、担当者は藁にもすがる思いだったのだろう。私と同居していることを知ったらしい担当者に、「どうにかして余裕をもって原稿を上げさせてください!!」と土下座されたから、私はこうしてたまに彼のやる気を引き出すようにしているのだ。

 すりっと首筋に顔が寄せられた。そのまま唇を寄せられるものだから制止も兼ねてぺしりと頭を叩いたのだけれど遅かった。ぴりっとした痛みに溜息一つ。

「見えるところにつけないでって言ってるじゃないですか」
「つけときゃ早く帰ってこられるだろ」

 首に咲いたであろう赤い花を満足げに指でなぞる男はきっと原稿を上げる。そして、私はこの花のせいで会社仲間に生ぬるい視線をもらい、絶対に定時で返される。
 それでいいのか、白ひげカンパニー。身内に優しいというか甘い会社で私は心配だ。

「帰ってこなかったら明日一日家から出さねえからな」
「明日は有休取りましたよ」

 私の返しに彼は一瞬動きを止めた。私はしてやったりと笑ってやる。有休取った、それでどうとは言わないが、好きに取ってくれて構いませんよと言う態度を取れば、早急に一度だけキスされた。

「おめえさんには敵わねェなあ」

 悔しそうに、でも幸せそうにこぼす彼の背をポンポンと叩いて「明日は一緒にねぼうしましょうね」と言えば、返事の代わりに抱きしめられて。

 明日の朝は彼の好きな寝坊に決めた。彼の目覚ましはお休みだ。



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