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Izo

<理由はもういらない>


「何回言わせれば気が済むんですか」

 柵に身を預け煙管をふかす男の襟元を私は眉をひそめながら掴んだ。

白ひげ海賊団16番隊隊長、イゾウ隊長。

 大所帯のこの船でも着物を着ているのはこの人しかいない。下手をしたら女性よりも綺麗な顔をしている彼はしかし、やはり男で、着崩した襟元から覗く鍛え上げられた体にため息が出る。

「着物はしっかり着るものですよ」
「半裸な奴らだっているだろう?」

 マルコやエースはいいのかい?だなんてくつくつ笑うところを見ればからかってるのは明確で腹たつが、無言で手早く襟を合わせ直した。

「お二人は誇りを見せるためだとお聞きしてるので」
「ヘェ...それじゃあ俺もいいじゃねェか」

 俺もあるぜ、誇り。という言葉に一瞬動きを止めかかるがすぐに睨みつける。

「...嘘ですね?」
「さぁな」

 絶対嘘だ。その証拠にイゾウ隊長の肩が震えているし、機嫌良さげに煙管を手で弄んでいる。この人はこうやって人を弄ぶのが好きなのは知っていたが、実際弄ばれると少し悔しくて。ちょっと大げさにため息をつけば、イゾウ隊長が片眉をひょいと上げた。

「なんだ、不満そうだなァ?」
「私がどうして毎回貴方の着崩しを直すのかご存知ですか?」
「うん?」

 こてんと首をかしげるイゾウ隊長に少し真面目な顔を向ければ無言で言葉を促されるから。

「高貴な人は肌を晒さないでしょう」

 貴方が安く見られるのは嫌なんですよ、と言葉を投げて。
妖美な顔に鍛え上げられた体。アンバランスのようで均等の取れている容姿は惜しげも無く晒されるのは惜しい気がして。毎日直してもしっかり着てくれる日はないし、なんならすぐ着崩されるけどそれでも毎日私は直しに向かう。
 いい捨てのように踵を返せばカツンと背後で金属の鳴る音が。ついでのように、なァ、と声を投げられて。

あ、まずい。気づいたがもう遅い。

「着物の着崩れってのは簡単に直せるもンじゃねェよなァ?」

 ピクリと一瞬体が動く。振り返るのは避けたが、クツリという笑い声に観念して振り向けば予想通りの顔をしたイゾウ隊長が立っていて。さあ言えと言うように黒い瞳とかち合って。ぐっと一度言葉を詰まらせたが、ここで負けては女が廃る。

「貴方のために覚えました、と言えばご満足ですか?」

 精一杯挑発的に笑みを見せればすっとカーブを描く紅。今にも逃げ出したくなる足をぐっと抑えていれば。

「覚えるように仕向けたのは誰かを知ってるか?」

 思わぬ言葉に目を見開いた。ふっと優しく頬に触れる手は紛れもなく隊長のもので。

「明日からは毎日抱擁でも交わすかい?」

広げられた腕に「は...い」と辛うじて返事をした。

そばに行く理由はもういらない。
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