長編:一兎を奪ったそのあとで
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貴方に贈る赤
今日はイゾウの誕生日だ。だから、家族に島で時間つぶしをするように言われ、イゾウと共に島に追いやられ、ユリトとイゾウは言われた通り島で時間つぶしをするつもりだった。
「その、つもりだったんですがね……」
ぼんやりとぼやくユリトはとある男に抱えられていた。イゾウよりも太くて傷のある腕は、決して傷つける様なそぶりはないけれどこれは帰ったら説教だろうか、と少し遠い目をしてしまう。
「まあ、何だ。俺たちも別に差し合わせてここに来たわけじゃない。お頭はどうか知らないが、合流して理由も聞かずに怒られることはないんじゃねえか」
「そうだといいんですけど」
ユリトがうさぎの姿のままため息をつけば、男――ベン・ベックマンは指先で耳の間を撫でた。不器用な指先だったが、気を遣われているのは伝わる。ユリトはそっとその指先に鼻で触れて応えると、もう一度だけため息をついた。
この大きくて割と治安もいいらしい春島に船をとめてすぐに、イゾウと16番隊の隊員数名と共に島に追いやられた。イゾウの誕生日の準備のためだった。イゾウは「やらなくていい」と毎年言っているようだが、そんなこと聞くような家族ではない。いい笑顔で送り出されて、はじめはイゾウもため息をついていたが、ユリトの方へ顔を向けると苦笑した。
「ここはいい島だ。治安もいいし、景色もいい。桜というちょっと珍しい花もあるぞ」
「桜ですか?薄いピンク色の?」
「ユリトの世界にもあるのか。そうだ、白に近いピンク色で花弁は種類によって枚数が異な
るが、基本は5枚だな」
指を指された方を見れば確かに街の外側、小さな丘の方に大きな木が何本も植えられていて、それはまさしく二本の春の名所の様に見えた。思わず息をのんで、ぎゅっとイゾウの袂を握れば小さく空気が震えた。
「桜がよく見える宿もある。今日は陸に泊まるか」
「いいんですか?」
「今日ぐらいいいだろう。それに。誕生日プレゼントくれるんだろう?」
陸に降りる時、とりわけユリトと歩く時はイゾウはきっちり着物着る。元々容姿の整った男だ。慈愛を浮かべた瞳をまっすぐ向けられて、ユリトはうなずくほかなかった。
本当に綺麗な街で、店も華やかである。気を抜くとイゾウが何でも買い与えようとしてくるので、そのたびに断る羽目にはなるが全部が目新く、久しぶりの陸を楽しむには十分立った。
「小紋も何着か新調するか」
「イゾウさんは自分のものも買いましょうよ」
そんなたわいもない会話に乱入したのは電伝虫の呼び鈴で、それはイゾウを船に呼び戻すための連絡だった。隊長のイゾウを呼び戻すだけのことだ。緊急事態なのは明確で、ユリトも戻る準備をしようとうさぎの姿を取った。その姿ならイゾウが楽に運べるからだ。けれど、イゾウはユリトにここに残るように言った。
「ある意味やっかいな海賊がこの島に着いたらしくてな。隊員を何人かつけるから、適当に街で待っていてくれ」
そんなこんなでイゾウと分かれたまでは良かったのだ。ただ、またいつかの様に、人混みに流されて隊員ともはぐれる様なことさえなければ。ローの率いるハートの海賊団との縁もこんな感じだったなとデジャヴを感じていたが、二度もそう上手い話があるわけがない。割と治安がいいと言ってもそれは元の世界とは比べものにならない。結局ユリトは低俗な海賊に絡まれかけ、腕を捕まれたところでうさぎの姿で逃げた。そして裏路地のこじんまりとした本屋に逃げ込み、そこでベックマンに出会ったのだった。
ろくに確認もせずに直感で逃げ込んだため、勢いのままベックマンの足にぶつかったのは偶然か。能力を使った方が早く逃げられると思ってのことだったが、ユリトはまだ能力を使いこなせている訳ではない。思いのほかいい勢いのまま突っ込んで、そこそこ鼻が痛かった。
「能力を使って逃げるという機転はいいが、逃げ切れなかった場合見世物にされる危険が高い。まだ使いこなせないなら使うのは見極めた方がいいぞ。もっとも、白ひげのところのクルーに手を出す奴らはなかなかいないだろうが」
「よく分かりましたね」
「首にマークを吊り下げてるじゃねえか」
「これだけで信じます?」
「それぐらい白ひげのマークは重みがあるってことだ」
くつくつと笑う振動が腕から伝わる。ひらひらと揺れる奇抜なマントからは煙草のにおいがした。イゾウがよく吸っている煙管の香りよりも苦みが強く、体に悪そうな匂いだ。「煙草吸ってもいいですよ」と言えば、「両手が塞がっている」と言われたので、ユリトは腕から抜け出してベックマンの肩に乗った。
「落ちるなよ」
「慣れています。このマークを見ても貴方は逃げ出さず、私を保護したまま船に向かってくれています。貴方の船長さんは私たちの船に今いるらしい、『やっかいな』海賊さんですか?」
「マルコあたりならそういいそうだな。いや、アンタの場合イゾウがそう言ったのか」
「お知り合いですか」
「白ひげの船に女はナースしかいないはずだからな。イゾウのじゃなかったらアンタの度胸を買ってやるよ」
イゾウと面識がある。マルコのことも知っている。それでもなお恐れないと言うことは彼自身強い海賊と言うことだろうか。この世界で生きていくことになったとは言え、ユリトはまだこの世界についての知識が浅かった。
とにかく、ベックマンに敵意はないらしいからユリトはベックマンの肩の上でキョロキョロと街を見渡した。服やら装飾品やら食べ物が売っている中で一つの店に目を止める。
「あの」
「どうした?」
もっと警戒しろと家族の誰かがいたのなら叫んだことだろう。
「そこによってくれませんか?」
図太いユリトの頼みにベックマンはやはり楽しそうに笑った。
*
「で、結局赤髪のとこの副船長に助けられたって?」
「隊員さん達を叱るのはやめてくださいよ。本当に仕方のないことだったんですから」
船に戻る前にユリトとはぐれた隊員達とはあうことができた。店からちょうど出たところでばったり再会し、汗を滝のように流していた隊員はユリトの顔を見るや否や、目を見開き光の速さで電伝虫に向かって無事を叫んだ。再会できたことに「良かったな」と言うベックマンに、隊員が「ぎゃーーーーー!?ベン・ベックマン~!?」と叫んだのは割愛する。隊員はユリトのことしか目に入っていなかった。
涙目の隊員やら、ものすごく警戒している隊員やらを引き連れて、ベックマンと共に船に戻れば、思いのほか落ち着いているイゾウが待ち構えていてユリトは逆に疑ったが、イゾウは本当にいつも通りだった。
「何もされてねえか」
「はい。良くしていただきました」
腕を差し出されたから、緩んだベックマンの腕を軽く蹴ってイゾウの腕に移った。一度羽織の袖で包むように抱きしめられて数度撫でられた後、軽く海楼石を当てられて元の姿に戻った。
深い緑のストライプに、花が散った着物。羽織は前にイゾウが送ってくれた椿がらのものではなく、シンプルで落ち着いたベージュの羽織。カランコロン、と下駄を鳴らし地面に足をついたユリトの腰を当たり前の様にイゾウが支えた。
「はーん。その子がイゾウのか!」
「初めまして、ユリトと言います」
空気の揺れに踏ん張りながら、靴を慣らして前に出てきた赤い髪の男に挨拶をした。一瞬で船の空気が変わったことに、この赤い髪の男が「やっかいな」海賊の船長であることを察する。決して離れないように、話さないように回されたイゾウの腕が頼もしい。それさえあれば、目の前にいる男がどんなに「やっかい」でも、どんなに恐れられていようともどうでもいいと思えた。
じりじりと後ろで隊長達が神経を張っているのを肌で感じる。ベックマンもいつの間にか、その赤い髪の男の後ろにつき黙ってことの動きを待っている。赤い髪の男の手がユリトに伸ばされる。ユリトはその手をぎりぎりまで耐えて、それから弾いた。男の口元がにっと子を描く。
「お前、俺の船に来ねえか!」
「「誰が行くか!!このアホ!!」」
飛びかかった家族から守るように抱き上げられた。それからはもうどんちゃん騒ぎだ。ユリトをくれやらんの言い合いのなか取っ組み合いの怒鳴り合いで、ユリト自身も言われて速攻「お断りします」としっかり断っていたのだけれど、家族の声の方が大きく誰も聞いていなかった。
「愛されていますね」
「今更なに言ってるんだ」
「いや、改めてですよ」
白ひげが笑っている。騒ぎが収まるまではもうしばらくかかりそうだ。
「お前をここにとどめるのに赤髪のところに聞きに行ったことがある。その対価がお前に会わせることだった」
「初耳なんですけど。赤髪さんって言うんですか?」
「赤髪のシャンクス。赤髪海賊団船長だ。親父と同じ4皇だが……ま、親父に敵うヤツはいねえよ」
にやっと笑った横顔にユリトも口元を緩めた。それはイゾウが改めて言わなくとも確信していることだ。
白ひげの足下で抱えられたまま船を見渡す。どうやらそのまま宴になるようで、誕生日パーティーはどこへやら。イゾウを見るがただ機嫌よさげに船を眺めているのでまあ本人がいいならいいかと思う。もしかしてシャンクスが来るのを知っていたのかも、と聞いてみたが「さあな」と濁された。広い海の上で連絡を取ったとしても気軽に会うのは敵わない世界だ。けれど、今日自分に着せられた着物や、前回のことがあったにもかかわらず隊員に任せたイゾウ、ベックマンだけにはじめに会った偶然から海賊の勘というのはあるのかも知れない。
鮮やかな赤い髪が、真っ青な海と空に映えている。家族にどれだけ囲まれようとも笑っていなす男の強さは推測できるし、口を大きく開けて快活に笑う姿は魅力がある。それでも、ユリトは自分に似合う赤はそれではないと自信を持って言えた。
イゾウへの好意を改めて感じる。絶対的な信頼と、揺らぐことのない好意に少し戸惑いながらも、胸が温まるのを確かに感じた。
「イゾウさん」
懐からさっき店で買ったものを取り出し、抱えられたまま呼びかけた。「ん?」と振り返ったイゾウの口をそっと小指でなぞる。綺麗な唇に鮮やかな赤が走り、長い睫に飾られた切れ長の瞳がパチリと一回瞬いた。
「誕生日、おめでとうございます」
赤がユリトに移る。はやし立てる家族の声が騒々しい。自分からけしかけておいて、真っ赤になったユリトをイゾウが笑った。
今日はイゾウの誕生日だ。だから、家族に島で時間つぶしをするように言われ、イゾウと共に島に追いやられ、ユリトとイゾウは言われた通り島で時間つぶしをするつもりだった。
「その、つもりだったんですがね……」
ぼんやりとぼやくユリトはとある男に抱えられていた。イゾウよりも太くて傷のある腕は、決して傷つける様なそぶりはないけれどこれは帰ったら説教だろうか、と少し遠い目をしてしまう。
「まあ、何だ。俺たちも別に差し合わせてここに来たわけじゃない。お頭はどうか知らないが、合流して理由も聞かずに怒られることはないんじゃねえか」
「そうだといいんですけど」
ユリトがうさぎの姿のままため息をつけば、男――ベン・ベックマンは指先で耳の間を撫でた。不器用な指先だったが、気を遣われているのは伝わる。ユリトはそっとその指先に鼻で触れて応えると、もう一度だけため息をついた。
この大きくて割と治安もいいらしい春島に船をとめてすぐに、イゾウと16番隊の隊員数名と共に島に追いやられた。イゾウの誕生日の準備のためだった。イゾウは「やらなくていい」と毎年言っているようだが、そんなこと聞くような家族ではない。いい笑顔で送り出されて、はじめはイゾウもため息をついていたが、ユリトの方へ顔を向けると苦笑した。
「ここはいい島だ。治安もいいし、景色もいい。桜というちょっと珍しい花もあるぞ」
「桜ですか?薄いピンク色の?」
「ユリトの世界にもあるのか。そうだ、白に近いピンク色で花弁は種類によって枚数が異な
るが、基本は5枚だな」
指を指された方を見れば確かに街の外側、小さな丘の方に大きな木が何本も植えられていて、それはまさしく二本の春の名所の様に見えた。思わず息をのんで、ぎゅっとイゾウの袂を握れば小さく空気が震えた。
「桜がよく見える宿もある。今日は陸に泊まるか」
「いいんですか?」
「今日ぐらいいいだろう。それに。誕生日プレゼントくれるんだろう?」
陸に降りる時、とりわけユリトと歩く時はイゾウはきっちり着物着る。元々容姿の整った男だ。慈愛を浮かべた瞳をまっすぐ向けられて、ユリトはうなずくほかなかった。
本当に綺麗な街で、店も華やかである。気を抜くとイゾウが何でも買い与えようとしてくるので、そのたびに断る羽目にはなるが全部が目新く、久しぶりの陸を楽しむには十分立った。
「小紋も何着か新調するか」
「イゾウさんは自分のものも買いましょうよ」
そんなたわいもない会話に乱入したのは電伝虫の呼び鈴で、それはイゾウを船に呼び戻すための連絡だった。隊長のイゾウを呼び戻すだけのことだ。緊急事態なのは明確で、ユリトも戻る準備をしようとうさぎの姿を取った。その姿ならイゾウが楽に運べるからだ。けれど、イゾウはユリトにここに残るように言った。
「ある意味やっかいな海賊がこの島に着いたらしくてな。隊員を何人かつけるから、適当に街で待っていてくれ」
そんなこんなでイゾウと分かれたまでは良かったのだ。ただ、またいつかの様に、人混みに流されて隊員ともはぐれる様なことさえなければ。ローの率いるハートの海賊団との縁もこんな感じだったなとデジャヴを感じていたが、二度もそう上手い話があるわけがない。割と治安がいいと言ってもそれは元の世界とは比べものにならない。結局ユリトは低俗な海賊に絡まれかけ、腕を捕まれたところでうさぎの姿で逃げた。そして裏路地のこじんまりとした本屋に逃げ込み、そこでベックマンに出会ったのだった。
ろくに確認もせずに直感で逃げ込んだため、勢いのままベックマンの足にぶつかったのは偶然か。能力を使った方が早く逃げられると思ってのことだったが、ユリトはまだ能力を使いこなせている訳ではない。思いのほかいい勢いのまま突っ込んで、そこそこ鼻が痛かった。
「能力を使って逃げるという機転はいいが、逃げ切れなかった場合見世物にされる危険が高い。まだ使いこなせないなら使うのは見極めた方がいいぞ。もっとも、白ひげのところのクルーに手を出す奴らはなかなかいないだろうが」
「よく分かりましたね」
「首にマークを吊り下げてるじゃねえか」
「これだけで信じます?」
「それぐらい白ひげのマークは重みがあるってことだ」
くつくつと笑う振動が腕から伝わる。ひらひらと揺れる奇抜なマントからは煙草のにおいがした。イゾウがよく吸っている煙管の香りよりも苦みが強く、体に悪そうな匂いだ。「煙草吸ってもいいですよ」と言えば、「両手が塞がっている」と言われたので、ユリトは腕から抜け出してベックマンの肩に乗った。
「落ちるなよ」
「慣れています。このマークを見ても貴方は逃げ出さず、私を保護したまま船に向かってくれています。貴方の船長さんは私たちの船に今いるらしい、『やっかいな』海賊さんですか?」
「マルコあたりならそういいそうだな。いや、アンタの場合イゾウがそう言ったのか」
「お知り合いですか」
「白ひげの船に女はナースしかいないはずだからな。イゾウのじゃなかったらアンタの度胸を買ってやるよ」
イゾウと面識がある。マルコのことも知っている。それでもなお恐れないと言うことは彼自身強い海賊と言うことだろうか。この世界で生きていくことになったとは言え、ユリトはまだこの世界についての知識が浅かった。
とにかく、ベックマンに敵意はないらしいからユリトはベックマンの肩の上でキョロキョロと街を見渡した。服やら装飾品やら食べ物が売っている中で一つの店に目を止める。
「あの」
「どうした?」
もっと警戒しろと家族の誰かがいたのなら叫んだことだろう。
「そこによってくれませんか?」
図太いユリトの頼みにベックマンはやはり楽しそうに笑った。
*
「で、結局赤髪のとこの副船長に助けられたって?」
「隊員さん達を叱るのはやめてくださいよ。本当に仕方のないことだったんですから」
船に戻る前にユリトとはぐれた隊員達とはあうことができた。店からちょうど出たところでばったり再会し、汗を滝のように流していた隊員はユリトの顔を見るや否や、目を見開き光の速さで電伝虫に向かって無事を叫んだ。再会できたことに「良かったな」と言うベックマンに、隊員が「ぎゃーーーーー!?ベン・ベックマン~!?」と叫んだのは割愛する。隊員はユリトのことしか目に入っていなかった。
涙目の隊員やら、ものすごく警戒している隊員やらを引き連れて、ベックマンと共に船に戻れば、思いのほか落ち着いているイゾウが待ち構えていてユリトは逆に疑ったが、イゾウは本当にいつも通りだった。
「何もされてねえか」
「はい。良くしていただきました」
腕を差し出されたから、緩んだベックマンの腕を軽く蹴ってイゾウの腕に移った。一度羽織の袖で包むように抱きしめられて数度撫でられた後、軽く海楼石を当てられて元の姿に戻った。
深い緑のストライプに、花が散った着物。羽織は前にイゾウが送ってくれた椿がらのものではなく、シンプルで落ち着いたベージュの羽織。カランコロン、と下駄を鳴らし地面に足をついたユリトの腰を当たり前の様にイゾウが支えた。
「はーん。その子がイゾウのか!」
「初めまして、ユリトと言います」
空気の揺れに踏ん張りながら、靴を慣らして前に出てきた赤い髪の男に挨拶をした。一瞬で船の空気が変わったことに、この赤い髪の男が「やっかいな」海賊の船長であることを察する。決して離れないように、話さないように回されたイゾウの腕が頼もしい。それさえあれば、目の前にいる男がどんなに「やっかい」でも、どんなに恐れられていようともどうでもいいと思えた。
じりじりと後ろで隊長達が神経を張っているのを肌で感じる。ベックマンもいつの間にか、その赤い髪の男の後ろにつき黙ってことの動きを待っている。赤い髪の男の手がユリトに伸ばされる。ユリトはその手をぎりぎりまで耐えて、それから弾いた。男の口元がにっと子を描く。
「お前、俺の船に来ねえか!」
「「誰が行くか!!このアホ!!」」
飛びかかった家族から守るように抱き上げられた。それからはもうどんちゃん騒ぎだ。ユリトをくれやらんの言い合いのなか取っ組み合いの怒鳴り合いで、ユリト自身も言われて速攻「お断りします」としっかり断っていたのだけれど、家族の声の方が大きく誰も聞いていなかった。
「愛されていますね」
「今更なに言ってるんだ」
「いや、改めてですよ」
白ひげが笑っている。騒ぎが収まるまではもうしばらくかかりそうだ。
「お前をここにとどめるのに赤髪のところに聞きに行ったことがある。その対価がお前に会わせることだった」
「初耳なんですけど。赤髪さんって言うんですか?」
「赤髪のシャンクス。赤髪海賊団船長だ。親父と同じ4皇だが……ま、親父に敵うヤツはいねえよ」
にやっと笑った横顔にユリトも口元を緩めた。それはイゾウが改めて言わなくとも確信していることだ。
白ひげの足下で抱えられたまま船を見渡す。どうやらそのまま宴になるようで、誕生日パーティーはどこへやら。イゾウを見るがただ機嫌よさげに船を眺めているのでまあ本人がいいならいいかと思う。もしかしてシャンクスが来るのを知っていたのかも、と聞いてみたが「さあな」と濁された。広い海の上で連絡を取ったとしても気軽に会うのは敵わない世界だ。けれど、今日自分に着せられた着物や、前回のことがあったにもかかわらず隊員に任せたイゾウ、ベックマンだけにはじめに会った偶然から海賊の勘というのはあるのかも知れない。
鮮やかな赤い髪が、真っ青な海と空に映えている。家族にどれだけ囲まれようとも笑っていなす男の強さは推測できるし、口を大きく開けて快活に笑う姿は魅力がある。それでも、ユリトは自分に似合う赤はそれではないと自信を持って言えた。
イゾウへの好意を改めて感じる。絶対的な信頼と、揺らぐことのない好意に少し戸惑いながらも、胸が温まるのを確かに感じた。
「イゾウさん」
懐からさっき店で買ったものを取り出し、抱えられたまま呼びかけた。「ん?」と振り返ったイゾウの口をそっと小指でなぞる。綺麗な唇に鮮やかな赤が走り、長い睫に飾られた切れ長の瞳がパチリと一回瞬いた。
「誕生日、おめでとうございます」
赤がユリトに移る。はやし立てる家族の声が騒々しい。自分からけしかけておいて、真っ赤になったユリトをイゾウが笑った。
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