長編:一兎を奪ったそのあとで
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6.黄色い手紙と誕生日
真っ黄色の便せんに、海賊のマーク。見慣れたそれを渡してくれるのは今日の新聞をたまたま受け取った家族である。本来海賊同士が何かやりとりをすることはないらしい。やりとりするにしても、この広い海の上で手紙でやりとりしようとするのは無謀にも近い。これが成立するのはお互いに手紙を届けてくれる鳥たちと会話ができる船員が乗っていることに他ならない。
封蝋が落とされた手紙を開けると、差出人はローではなかった。お世辞にもうまいとは言えない文字で最後には動物の手形がぽんと押された便船は、あの船の航海士であるベポのものだ。
「また手紙が来たのか」
ふんわりと白檀の香りがして、後ろから腕が絡みついた。肩を数度撫でてそのまま落ち着く。「おはよう」「おはようございます」と言葉を交わすのは毎日同じだ。
「届いたには届いたんですけど」
「なんかあったのか」
「どうやら今回は少し遅かったみたいで」
動物に委ねて届けられる手紙は、動物の気分によって届くスピードはまちまちだ。今回は手紙の日付からかなり経っていた。そうなることも見越して手紙を書いてくれたのだろうが、まさか「キャプテンの誕生日なんだ!」と書かれた日付当日に届くとは。
もう少し早く届いてくれれば、カードぐらい送れたかもしれないが、これでは難しい。どうしたものか。少し遅れてしまうが手紙を出すのが一番いいかもしれない。そう考えてふと上を見上げる。
「そういえば、イゾウさんももうすぐ誕生日じゃないですか?」
「お前さんに言った覚えはねえんだが」
「ナースさんとか、親父さんとか、いろんな人が教えてくださいましたよ。きっとイゾウさんは教えてくれないだろうからって」
「余計なことしやがるなァ。あまり誕生日にこだわりがねえのさ。家族はみんな酒の理由に持ってこいだと祝ってくれるがな」
海賊には見えない、控えめな笑みと共にすいっと影が濃く落とされる。上を向いた顎を支える様に指が滑らされ、そのままそっと頬に口づけが落とされた。一緒にいるようになって確信したが、この男はささやかなスキンシップが好みらしい。いやらしさを感じさせないのは本当に海賊らしくないなと思う一方(偏見か)、そちらの免疫がめっぽうない自分としてはありがたくもある。正式に船に乗ってから、イゾウのことをほとんど知らないことに気がついた。イゾウが自分から自身の話をすることはほとんどない。家族から少しずつ話の流れで聞いてはいるが、知っていることと言えば出身が少し特殊だと言うことぐらいだ。
そのうちに知れたらと思う。しかし、別に知れなくてもいいかとも思う。過去を知らない今でも、別に彼のことを思うことも考えることもできるのだから。
「誕生日プレゼント何がいいですか?」
「特に欲しいものはないな。傍にいてくれ」
「イゾウさんらしいですね」
「らしくない方がいいのかい」
「いえ。らしいな、と思っただけです」
体を反転させて正面から抱きつく。それから上を向いて手を伸ばせば少し屈んでくれることをいいことに、赤が引かれた口にそっと自分のそれをすりあわせた。離れる前に鼻同士も触れさせれば、ふっと息をこぼされる。
「それ、兎の癖だろ」
「ばれました?」
「実を食ってからキスよりそればっかされるからな」
確かに言われてみれば、兎の姿の時はよく鼻を寄せているかも知れない。最も、イゾウが肩に乗せてあちこち連れて行くものだから、返事の代わりに頬に鼻を寄せているのだが。
ふと、珍しくイゾウの手に刀が握られていることに気がつく。その刀にぐるぐると紫色の紐が巻き付けてあるのをみて、そういえばローもとても長い刀を背負っていたなと思い出す。聞いてみれば下緒と言うらしい。編めるかどうか聞いてみたが笑われてしまった。巻き付いているから分かりにくいがかなり長いもので、手で編むのはできなくはないがとても時間がかかるらしい。
「ローさんも刀を持っていたのでいいかと思ったんですけど」
「下緒は難しいが、普通に飾り結びでぶら下げられるものを作ればいいだろう。教えてやるよ」
ただし、と念を押される。飾りを作るのに使う紐はこっちで用意すると。それに苦笑いすればピンっと鼻を弾かれて「また血を染みこませた糸を組み込まれちゃ困る」とすごまれる。長く眠る前に大量のミサンガを編んだことをまだ根に持っているらしい。赤いミサンガ。糸のほとんどは普通に島で買った安い糸だったのだけれど、編み込まれた糸の何本かにほんの少し自分の血を染みこませたものを使って編んだのは、ちょっとした実験のつもりだった。ローが手紙で「血を飲み込まなくとも、触れていれば効く。即効性は落ちるが」と教えてくれたからミサンガに仕込んだのは良かったものの、その結果が出たのが眠りについてからだったのがまずかった。16番隊を中心に配っていたミサンガが鍛錬中軽い怪我をした船員に効いた。軽いかすり傷は見る間に消え、それを見て隊員はものすごい勢いでミサンガを外し、イゾウは無言で医務室に向かったと言う。
「もう血を使っても眠くなりませんよ」
「だめだ。むやみやたらに使うんじゃねえ」
「ローさんのものには編み込みたいんですが」
「一本編み込めば十分だろ。エーギルにもらってくる」
そんなこんなで飾り結びを習い、一本だけ少量の血を染みこませたものを作った。よく考えれば人に贈るものに血をつけて贈るのは狂気を感じさせなくもない気がするが、ローは医者だ。セーフだと思うことにした。
少しゆがみのある飾りを封筒に入れて、遅れた謝辞と誕生日の祝いを記したカードを添えた。同じ封筒にイゾウも何か記したカードを入れ込むものだから聞けば「大事な嫁の血をやるんだ。有効に使って貰わねェとな」と言う。自分の血はまだ分からないことが多い。編み込むことを許したのはそういうことだったかと肩をすくめれば、なだめる様に目尻に唇を寄せられる。
「……また手紙かよい」
「お願いします、マルコさん」
海を渡って手紙を渡してくれる鳥に交渉してくれるのはいつもマルコだった。自分もできないことはないが、マルコの方が慣れている。ため息をつきながらもマルコは手紙を任されてくれるので、優しい兄である。
「お願いします」
機嫌の良さそうなニュース・クーに手紙を託す。完全に動物の気分次第であるので、届くのはいつか分からない。だが、どうやら今回捕まえたカモメは顔を覚えてくれていたらしく、返事をするように「クェ!」と鳴いた。顎をすってやって促せば、軽快に空へ飛び立った。
「早く届きそうで良かった」
「動物に好かれやすくなったな」
「そのうち島に降りたときに熊にでも食われそうだよい」
「それは人の状態でも同じでは?」
軽口を叩いていれば、昼食を知らせるベルが鳴った。真っ青でどこまでも広がる海に「誕生日、おめでとうございます」と贈れば、確かに届いた気がした。
*
遠いどこかの海の上。海上に出てきた船を待っていたかのように一羽のカモメが降り立った。「クェ!」と鳴いたそのカモメは、船内から出てきた細身の男に近寄ると、薄紫の上品な便箋を差し出す。受け取った男は中を開いてふっと笑みをこぼした。
「律儀なやつだ」
駄賃の様にカモメに餌をやって、近くにいた船員に引き留めておくように言う。「あ、ユリトから来たんだね!」と嬉しそうに笑った白クマは言われたとおりカモメと世間話をし始める。その横で男は持っていたメモにこう記してまたカモメに託した。
【あいにく怪我をする予定はない。研究もただじゃねェんでな、知りたきゃ直接聞きに来い】
【プレゼントありがとう。大事にする。】
「何もねえなら、何よりだ」
機嫌よさげな声が青空に溶けた。
真っ黄色の便せんに、海賊のマーク。見慣れたそれを渡してくれるのは今日の新聞をたまたま受け取った家族である。本来海賊同士が何かやりとりをすることはないらしい。やりとりするにしても、この広い海の上で手紙でやりとりしようとするのは無謀にも近い。これが成立するのはお互いに手紙を届けてくれる鳥たちと会話ができる船員が乗っていることに他ならない。
封蝋が落とされた手紙を開けると、差出人はローではなかった。お世辞にもうまいとは言えない文字で最後には動物の手形がぽんと押された便船は、あの船の航海士であるベポのものだ。
「また手紙が来たのか」
ふんわりと白檀の香りがして、後ろから腕が絡みついた。肩を数度撫でてそのまま落ち着く。「おはよう」「おはようございます」と言葉を交わすのは毎日同じだ。
「届いたには届いたんですけど」
「なんかあったのか」
「どうやら今回は少し遅かったみたいで」
動物に委ねて届けられる手紙は、動物の気分によって届くスピードはまちまちだ。今回は手紙の日付からかなり経っていた。そうなることも見越して手紙を書いてくれたのだろうが、まさか「キャプテンの誕生日なんだ!」と書かれた日付当日に届くとは。
もう少し早く届いてくれれば、カードぐらい送れたかもしれないが、これでは難しい。どうしたものか。少し遅れてしまうが手紙を出すのが一番いいかもしれない。そう考えてふと上を見上げる。
「そういえば、イゾウさんももうすぐ誕生日じゃないですか?」
「お前さんに言った覚えはねえんだが」
「ナースさんとか、親父さんとか、いろんな人が教えてくださいましたよ。きっとイゾウさんは教えてくれないだろうからって」
「余計なことしやがるなァ。あまり誕生日にこだわりがねえのさ。家族はみんな酒の理由に持ってこいだと祝ってくれるがな」
海賊には見えない、控えめな笑みと共にすいっと影が濃く落とされる。上を向いた顎を支える様に指が滑らされ、そのままそっと頬に口づけが落とされた。一緒にいるようになって確信したが、この男はささやかなスキンシップが好みらしい。いやらしさを感じさせないのは本当に海賊らしくないなと思う一方(偏見か)、そちらの免疫がめっぽうない自分としてはありがたくもある。正式に船に乗ってから、イゾウのことをほとんど知らないことに気がついた。イゾウが自分から自身の話をすることはほとんどない。家族から少しずつ話の流れで聞いてはいるが、知っていることと言えば出身が少し特殊だと言うことぐらいだ。
そのうちに知れたらと思う。しかし、別に知れなくてもいいかとも思う。過去を知らない今でも、別に彼のことを思うことも考えることもできるのだから。
「誕生日プレゼント何がいいですか?」
「特に欲しいものはないな。傍にいてくれ」
「イゾウさんらしいですね」
「らしくない方がいいのかい」
「いえ。らしいな、と思っただけです」
体を反転させて正面から抱きつく。それから上を向いて手を伸ばせば少し屈んでくれることをいいことに、赤が引かれた口にそっと自分のそれをすりあわせた。離れる前に鼻同士も触れさせれば、ふっと息をこぼされる。
「それ、兎の癖だろ」
「ばれました?」
「実を食ってからキスよりそればっかされるからな」
確かに言われてみれば、兎の姿の時はよく鼻を寄せているかも知れない。最も、イゾウが肩に乗せてあちこち連れて行くものだから、返事の代わりに頬に鼻を寄せているのだが。
ふと、珍しくイゾウの手に刀が握られていることに気がつく。その刀にぐるぐると紫色の紐が巻き付けてあるのをみて、そういえばローもとても長い刀を背負っていたなと思い出す。聞いてみれば下緒と言うらしい。編めるかどうか聞いてみたが笑われてしまった。巻き付いているから分かりにくいがかなり長いもので、手で編むのはできなくはないがとても時間がかかるらしい。
「ローさんも刀を持っていたのでいいかと思ったんですけど」
「下緒は難しいが、普通に飾り結びでぶら下げられるものを作ればいいだろう。教えてやるよ」
ただし、と念を押される。飾りを作るのに使う紐はこっちで用意すると。それに苦笑いすればピンっと鼻を弾かれて「また血を染みこませた糸を組み込まれちゃ困る」とすごまれる。長く眠る前に大量のミサンガを編んだことをまだ根に持っているらしい。赤いミサンガ。糸のほとんどは普通に島で買った安い糸だったのだけれど、編み込まれた糸の何本かにほんの少し自分の血を染みこませたものを使って編んだのは、ちょっとした実験のつもりだった。ローが手紙で「血を飲み込まなくとも、触れていれば効く。即効性は落ちるが」と教えてくれたからミサンガに仕込んだのは良かったものの、その結果が出たのが眠りについてからだったのがまずかった。16番隊を中心に配っていたミサンガが鍛錬中軽い怪我をした船員に効いた。軽いかすり傷は見る間に消え、それを見て隊員はものすごい勢いでミサンガを外し、イゾウは無言で医務室に向かったと言う。
「もう血を使っても眠くなりませんよ」
「だめだ。むやみやたらに使うんじゃねえ」
「ローさんのものには編み込みたいんですが」
「一本編み込めば十分だろ。エーギルにもらってくる」
そんなこんなで飾り結びを習い、一本だけ少量の血を染みこませたものを作った。よく考えれば人に贈るものに血をつけて贈るのは狂気を感じさせなくもない気がするが、ローは医者だ。セーフだと思うことにした。
少しゆがみのある飾りを封筒に入れて、遅れた謝辞と誕生日の祝いを記したカードを添えた。同じ封筒にイゾウも何か記したカードを入れ込むものだから聞けば「大事な嫁の血をやるんだ。有効に使って貰わねェとな」と言う。自分の血はまだ分からないことが多い。編み込むことを許したのはそういうことだったかと肩をすくめれば、なだめる様に目尻に唇を寄せられる。
「……また手紙かよい」
「お願いします、マルコさん」
海を渡って手紙を渡してくれる鳥に交渉してくれるのはいつもマルコだった。自分もできないことはないが、マルコの方が慣れている。ため息をつきながらもマルコは手紙を任されてくれるので、優しい兄である。
「お願いします」
機嫌の良さそうなニュース・クーに手紙を託す。完全に動物の気分次第であるので、届くのはいつか分からない。だが、どうやら今回捕まえたカモメは顔を覚えてくれていたらしく、返事をするように「クェ!」と鳴いた。顎をすってやって促せば、軽快に空へ飛び立った。
「早く届きそうで良かった」
「動物に好かれやすくなったな」
「そのうち島に降りたときに熊にでも食われそうだよい」
「それは人の状態でも同じでは?」
軽口を叩いていれば、昼食を知らせるベルが鳴った。真っ青でどこまでも広がる海に「誕生日、おめでとうございます」と贈れば、確かに届いた気がした。
*
遠いどこかの海の上。海上に出てきた船を待っていたかのように一羽のカモメが降り立った。「クェ!」と鳴いたそのカモメは、船内から出てきた細身の男に近寄ると、薄紫の上品な便箋を差し出す。受け取った男は中を開いてふっと笑みをこぼした。
「律儀なやつだ」
駄賃の様にカモメに餌をやって、近くにいた船員に引き留めておくように言う。「あ、ユリトから来たんだね!」と嬉しそうに笑った白クマは言われたとおりカモメと世間話をし始める。その横で男は持っていたメモにこう記してまたカモメに託した。
【あいにく怪我をする予定はない。研究もただじゃねェんでな、知りたきゃ直接聞きに来い】
【プレゼントありがとう。大事にする。】
「何もねえなら、何よりだ」
機嫌よさげな声が青空に溶けた。