長編:一兎を奪ったそのあとで
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5.お出かけ
「どこを見たい?」
そう尋ねる男の横には誰もいない。
街ゆく人は不思議そうな顔をしながらも、男の肩にうさぎが1匹いるのを見つけるとパチリと一つ瞬きをしてああなるほどな、と言うように視線はどこかに行ってしまう。
ユリトからすればそっちの方が不思議だ。おそらくイゾウの見た目がいいことも作用しているのだろうが、この世界は変なところが寛容である。
「ユリト」
「お腹空きました」
「じゃあ飯にするか」
するりと時々肩に乗るユリトを撫でるイゾウの袂からは白檀の匂い。ユリトがひくりと鼻をひくつかせればイゾウも小さく笑った。
カランコロン。下駄の音は一つだけ。
本調子じゃないユリトを島に送り出すには条件があると船医であるエーギルがいい、その条件がうさぎの状態で降りろと言うものだったのだ。ユリトはそこまでして降りようとは思わなかったのだけれど船にずっといるのも面白くないだろうとイゾウが連れ出して。
「うさぎを乗せた海賊だなんてなんだか間抜けじゃないですか……?」
「そうか?」
意見しても本人は対して気にせず。適当なレストランに入ってユリトを椅子に下ろしたイゾウは懐からブレスレットを出してユリトにつけた。瞬間体は元に戻り、ユリトはくてりとイゾウにもたれかかった。海楼石だ。
「……不便」
「能力を扱えるようになるまではしかたねえな」
まだ能力をうまく使いこなせない自分が悪いのだけれどため息を一つ。イゾウは「焦ることはねえだろ」と言うがやはり不便なものは不便なのだ。
くるりとパスタが巻かれたフォークが差し出され、不服ながらも動くのは億劫なので口を開ければ笑いながらそっと口に運ばれる。
美味しい。でも自分で食べたい。ああ、もう……フォークそのまま使うし……。
言いたいことはたくさんあるのだけど、イゾウはユリトに一口食べさせたら自分も一口食べ、ユリトが飲み込んだタイミングでもう一口食べさせと無駄なく繰り返すので文句を言う暇がない。いらないと口を閉じてしまえば結局喋れないし、フォークが退いたタイミングで口を開けばすかさずフォークが戻ってくる。……余程ご飯を食べさせたいらしい。
「イゾウさ……んぐ」
「食え」
「ごういんですって……んっく」
「細い。軽い。太れ」
「言い方……」
心配しているのは分かるけど。じとりとした目を向ければストローをさしたグラスが寄せられるのだからもう何も言うまい。強引、だけれど絶妙にうまい世話は確かにただ申し訳ないだけで嫌ではないから。
こくっと一口飲めばやっぱりイゾウはそのままもそれを自分の口にも運ぶ。気にしてないのかわざとか。じいっと見ていればくくっと笑い声。……確信犯だった。
「気にしねえだろ?」
「私は、です」
「俺も、だ」
ならいいけど。
ストローがまた寄せられる。寄せる前に男性にしては細い指で付いてしまった紅を拭うところマメだ。それこそ、別に気にしないのに。
「ユリト」
「は……んっ!?」
一口飲んだところで取り上げられて、次にくれたのは口づけだった。ちゅっと軽いものだったけどひどく驚いてしまって。
イゾウはそんなユリトを見て満足そうに笑った。
「お前さんの紅買いに行くぞ」
「……キスする必要性なかったですよね?」
「あった」
「いや絶対なかっ……黙るので2回目は勘弁してください」
「遠慮するな」
「や……」
ユリトがきゅっと目をつぶってもイゾウは言葉通りもう一度軽い口づけを送った。小さな拒絶の言葉も聞こえていないわけではないけれど、真っ赤になってぎゅっと構える仕草は拒絶と捉えるにはいささか無理があるのだ。
恥ずかしいのか、慣れていないのか。おそらく、というか確実に両方だろう。ユリトは家族しか知らないから。
「スキンシップを控えてください」
「俺は少ない方だし、そりゃ無理だ」
真っ赤な顔のまま睫毛を震わせる彼女にくっと笑う。
海楼石で抵抗もろくにできないのに可哀そうだとも思わなくもないが許してくれるだろう彼女に甘えている。まあ、徐々に「慣らしていけば」そのうち許すも何もなくなるだろうとも考えて。
ゆっくりとユリトが食べられる分だけ食べさせて、残りは手早くイゾウが平らげた。それからブレスレットを外してやればうさぎの姿とはいえ、海楼石をつけているよりかは動きやすくなったユリトは不満げに足で椅子を叩いた。
怒っているのだろうがイゾウから見れば愛らしく見えてしまう抗議に耐えきれず笑えば、ついにユリトは渾身の勢いでイゾウの腹に突撃した。もちろん痛くなどない。
「悪かったって」
「知りません」
カランコロン。下駄の音は一足だけ。
けれど下駄を鳴らす男は楽し気で、肩に乗せられたうさぎはつんとそっぽを向いていたものの耳はしっかりと男の方に向いていた。
「どこを見たい?」
そう尋ねる男の横には誰もいない。
街ゆく人は不思議そうな顔をしながらも、男の肩にうさぎが1匹いるのを見つけるとパチリと一つ瞬きをしてああなるほどな、と言うように視線はどこかに行ってしまう。
ユリトからすればそっちの方が不思議だ。おそらくイゾウの見た目がいいことも作用しているのだろうが、この世界は変なところが寛容である。
「ユリト」
「お腹空きました」
「じゃあ飯にするか」
するりと時々肩に乗るユリトを撫でるイゾウの袂からは白檀の匂い。ユリトがひくりと鼻をひくつかせればイゾウも小さく笑った。
カランコロン。下駄の音は一つだけ。
本調子じゃないユリトを島に送り出すには条件があると船医であるエーギルがいい、その条件がうさぎの状態で降りろと言うものだったのだ。ユリトはそこまでして降りようとは思わなかったのだけれど船にずっといるのも面白くないだろうとイゾウが連れ出して。
「うさぎを乗せた海賊だなんてなんだか間抜けじゃないですか……?」
「そうか?」
意見しても本人は対して気にせず。適当なレストランに入ってユリトを椅子に下ろしたイゾウは懐からブレスレットを出してユリトにつけた。瞬間体は元に戻り、ユリトはくてりとイゾウにもたれかかった。海楼石だ。
「……不便」
「能力を扱えるようになるまではしかたねえな」
まだ能力をうまく使いこなせない自分が悪いのだけれどため息を一つ。イゾウは「焦ることはねえだろ」と言うがやはり不便なものは不便なのだ。
くるりとパスタが巻かれたフォークが差し出され、不服ながらも動くのは億劫なので口を開ければ笑いながらそっと口に運ばれる。
美味しい。でも自分で食べたい。ああ、もう……フォークそのまま使うし……。
言いたいことはたくさんあるのだけど、イゾウはユリトに一口食べさせたら自分も一口食べ、ユリトが飲み込んだタイミングでもう一口食べさせと無駄なく繰り返すので文句を言う暇がない。いらないと口を閉じてしまえば結局喋れないし、フォークが退いたタイミングで口を開けばすかさずフォークが戻ってくる。……余程ご飯を食べさせたいらしい。
「イゾウさ……んぐ」
「食え」
「ごういんですって……んっく」
「細い。軽い。太れ」
「言い方……」
心配しているのは分かるけど。じとりとした目を向ければストローをさしたグラスが寄せられるのだからもう何も言うまい。強引、だけれど絶妙にうまい世話は確かにただ申し訳ないだけで嫌ではないから。
こくっと一口飲めばやっぱりイゾウはそのままもそれを自分の口にも運ぶ。気にしてないのかわざとか。じいっと見ていればくくっと笑い声。……確信犯だった。
「気にしねえだろ?」
「私は、です」
「俺も、だ」
ならいいけど。
ストローがまた寄せられる。寄せる前に男性にしては細い指で付いてしまった紅を拭うところマメだ。それこそ、別に気にしないのに。
「ユリト」
「は……んっ!?」
一口飲んだところで取り上げられて、次にくれたのは口づけだった。ちゅっと軽いものだったけどひどく驚いてしまって。
イゾウはそんなユリトを見て満足そうに笑った。
「お前さんの紅買いに行くぞ」
「……キスする必要性なかったですよね?」
「あった」
「いや絶対なかっ……黙るので2回目は勘弁してください」
「遠慮するな」
「や……」
ユリトがきゅっと目をつぶってもイゾウは言葉通りもう一度軽い口づけを送った。小さな拒絶の言葉も聞こえていないわけではないけれど、真っ赤になってぎゅっと構える仕草は拒絶と捉えるにはいささか無理があるのだ。
恥ずかしいのか、慣れていないのか。おそらく、というか確実に両方だろう。ユリトは家族しか知らないから。
「スキンシップを控えてください」
「俺は少ない方だし、そりゃ無理だ」
真っ赤な顔のまま睫毛を震わせる彼女にくっと笑う。
海楼石で抵抗もろくにできないのに可哀そうだとも思わなくもないが許してくれるだろう彼女に甘えている。まあ、徐々に「慣らしていけば」そのうち許すも何もなくなるだろうとも考えて。
ゆっくりとユリトが食べられる分だけ食べさせて、残りは手早くイゾウが平らげた。それからブレスレットを外してやればうさぎの姿とはいえ、海楼石をつけているよりかは動きやすくなったユリトは不満げに足で椅子を叩いた。
怒っているのだろうがイゾウから見れば愛らしく見えてしまう抗議に耐えきれず笑えば、ついにユリトは渾身の勢いでイゾウの腹に突撃した。もちろん痛くなどない。
「悪かったって」
「知りません」
カランコロン。下駄の音は一足だけ。
けれど下駄を鳴らす男は楽し気で、肩に乗せられたうさぎはつんとそっぽを向いていたものの耳はしっかりと男の方に向いていた。