このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

桔梗の花は胡蝶と踊る:番外編

name

この章の夢小説設定
主人公の名前です。未設定の場合「胡蝶」になります。

桔梗の花は胡蝶と踊る:番外編(おまけ)
蝶がとまるは桔梗のみ


「なあなあ、胡蝶に体術教えなくていいのか?」
「必要ねェ」

 エースさんの言葉を考える間もなく否定したのはイゾウさん。今日のおやつのホットケーキを大きく切って頬張る姿はちょっとだけみためとのギャップがある。

 船に乗って数週間。まだまだ慣れないことも多いけど、船のみんなが優しくて案外やっていけている。親父さんも優しくて、本当なら女性は船に乗せないらしいのだけれど特例として乗っていていいと言ってくれた。「特例」と言う言葉にちょっと申し訳なくて委縮していれば、後からマルコさんが「特例つってもよくある特例だい。戦闘員としてじゃなければ結構女も乗ってるよい」と教えてくれて、海賊なのにと言ったら失礼かもしれないけれど、本当に海賊とは思えないほどみんな優しいと思った。

 とはいえ、海賊船に乗った以上はそう言うことで。

「体術覚えなくていいんですか?」

 海賊船に乗っている以上、いつ戦闘になるか分からない。私から聞いてみれば、切れ長の目が瞬いてくるりと回ったフォークが私を指した。

「親父の意向でこの船に女の戦闘員は乗ってねェ。乗ってる女たちは護身程度に体術を身につけてるだけだ。ようは自分の身だけ守れればいいんだ。胡蝶は問題ねェよ」
「……私戦えませんよ?」
「逃げられるだろ」

 その辺のやつらじゃ誰も捕まえられねェよ、と言ってイゾウさんはまた一口大きく頬張った。イゾウさんが言うならそうなのだろうけれど、本当にそうだろうかと矛盾したことを思う。この船に乗っているクルーの方たちは全員屈強な男性ばかりだし、とても自分が逃げられるとは思えない。だから。

「不安なら試すか?」

 私はそんな言葉にうなずいた。



「逃げる時間は5分だよい。お互い腰につけたリボンを取られたら戦闘不能。物理的に抑え込んでもいいが怪我させたら命はないと思えよい」

 おお!と返事をするのは2番隊と16番隊の方々。2番隊の皆さんには赤のリボンが、16番隊の皆さんには青のリボンがそれぞれ腰で揺れる。
 今日の鍛錬は2番隊の皆さんだったから彼らに頼んで鍛錬の延長として「しっぽとり」なるものを行うことになったのだ。単純にリボンを多く取った隊が勝ち。正し、16番隊はエースさんのリボンを取ったら、2番隊は私のリボンを取ったらその時点で終了となる。

「へへ、胡蝶!!手加減はしねェからな!」
「お手柔らかに頼みます」

 にかっと笑うエースさんにお辞儀を1つ。2番隊の皆さんもやる気十分だ。

「リボンは取らなくてもいい。誰を踏み台にしても犠牲にしてもいい。とにかく逃げ切ることだけを考えろ」
「それが戦闘時に必要ってことですよね」
「そうだ。実際船の上での戦闘なら、5分逃げ切れりゃ誰かしら助けに行ける」

 ぽすりと頭を撫でてくるイゾウさんは原則見学だ。「うっかり撃っちまったら長男坊にどやされるからな」と笑っていたけど目が笑っていなかった。仲間内でけが人が出るのは嫌なのでぜひ、積極的に休んでいて欲しい。

「じゃあ始めるよい。よーい、始め!!」
「「おおー!!」」

大きな船の上。船内はなし。武器以外なら何を使ってもよし。

 一斉にとびかかってくる2番隊の隊員から逃がすように、とんと前に出てくれるのは16番隊の隊員さん。

胡蝶さん、下がれますか?」
「いや、下がらせるより飛ばせた方がいいんじゃないか?」
「エース隊長がいるんだぜ?空中に放って大丈夫か?」

 隊によって色があると教えてくれたのは船に乗ってすぐ。関われば分かると言われていたが、本当にそうだった。16番隊の色は、『冷静』と『判断』だ。

「まだ人数が多いので空中はともかく着地時に逃げ切れないかもです。アランさん、ベルントさん、ドラホミールさん。私が隙間を潜り抜けるのでお願いできますか?」

 言えば一瞬驚かれたように目が見開かれる。でも本当に一瞬。次の瞬間には「了解」とにっと笑ってベルントさんが甲板を蹴った。その背を追うようにして走り出せば、2番隊の隊員がとびかかってくる。足は止めない。アランさんとドラホミールさんが後ろで援護してくれるから。

胡蝶が後ろにいんぞ!!」
「はは。そう簡単に触らせっかよ!!」
胡蝶さん、右」
「はい!」

 隊の色は隊をまとめる隊長の色が濃く出るらしい。つまり16番隊の色はイゾウさんの色だ。まだ関わった日にちは浅いけれど、似ている空気は心地いいし読みやすい。甲板の端から端を目指して走る。息が切れないのは踊りもそれなりに体力が無いと踊れないから。
あ、そうか。そう言うことか。
ちらりとイゾウさんが見学している方を盗み見れば、イゾウさんはにいっと笑っていた。それを見て、確信する。確かに、逃げるだけなら私は捕まらないかもしれない。

胡蝶、上げるぜ」

 半身を返したドラホミールさんにうなずきを返して、組まれた腕に足を掛けた。そのまま反動と同時に跳躍する。

胡蝶が上に飛んだぞ!!」
「上がれ上がれ!!」
「バーカ、お前ら腰元みろよ」

 ドラホミールさんがけたけた笑う。言われた通り自分の腰に目をやった2番隊の隊員さんたちからは悲鳴が上がった。

「「うわ、やられた!!リボン取られちまってる!!」」

 一斉に無数の目が空中の私に向けられるので、私は苦笑いしつつひらりと手を振った。その手でぴらぴらと揺れるのは赤のリボン。

「油断すんなよ!!」

 16番隊の誰かに注意されうなずき一つ。
空中から見ると甲板の動きがよく見える。屈強な海賊たちが素手で取っ組み合っているのはなかなかのもの。大きな体を柔軟にねじってリボンを奪い合う動きは豪快なダンスのようで少し面白い。
 空中でバランスを取りながらマストの上にとんと乗れば、すかさず横から伸びてくる手はくるりと体を反転させることで交わした。

「よそみなんて余裕だな、胡蝶さん!」
「俺らも敵っすよ」
「分かってますよ」

 1、2、3。4人。マストの上はまっすぐ横に帆を張るための軸がある。もう少し下がれば見張り台もあるからそこにも人がいるかもしれない。
 とんと軽く蹴って駆け出す。下がれば襲われるなら前しかない。私の行動が意外だったのか4人がたじろぐ。一番前の男の人の肩に飛び乗って踏み台にし、ありったけの力で踏みこめば相手はバランスを崩す。崩した背に着地し膝を狙って足払い。まず一人、驚きに目を見開きながらマストから落ちた。

「……確認したいのですが……この高さって落ちても平気ですか」
「お、おう。鍛えてるから大丈夫だと思うぜ」
「良かったです」

 なら遠慮しなくていい。今の人は一応シュラウドの上に落ちるようにしたけれど、息を合わせているわけでもない屈強な男性を思ったところに放り出すのは厳しい。
 少しだけ呆気に取られていた2番隊の人たちも気を取り直したのか掴みかかってくる。けれど、広い甲板ならいざ知らず狭いマストの上だ。まっすぐな木材は稽古に使う平均台にそっくりで、「戦わなくていいのなら」きっと私の方が合っている。ちらりと甲板を見下ろして、私はまたとんと地面を蹴った。
 ふわりと体が宙に浮いて気持ちがいい。空中で身を反転させて体をそらせバク転をするように手を伸ばす。一番手前にいた人の肩に手をついてそのまま反動で身を起こす。2人目がたたらを踏んだ。3人目に着地、もう一度ありったけの力で跳躍すれば3人目もバランスを崩し前に、そして立て直そうとしていた2人目に突っこんで二人一緒にマストの下へ。リボンは取っていないけれど、下にはたくさん人がいるから誰かが取ってくれるに違いない。

「……胡蝶さん容赦ないっすね……」
「皆さんに手加減なんてできませんよ……。失礼ですし、全力でやらないと皆さんもやりにくいでしょう……?」
「それはそうだな……!」

 踊り子時代の不埒な海賊の脚ならいざ知らず、身内の海賊を下に落とすのはそれなりに戸惑う。けれどこれは鍛錬で、踊りの練習と一緒でないがしろにしてはいけないと思うから私も全力でリボンを取るし、相手をかわす。

私が前に出る前に追い詰めようと判断したのかこっちに駆けてくる。後ろに跳躍して見張り台の横を通り抜ける時は一度横軸にぶら下がって避けた。もう一度軸に着地した時に見張り台の中に人が見えて悔しそうにしていたから私の判断は正しかったようだ。

「よそ見するなよ!」
「それはお互い様です」

 平均台には終わりがある。後ろに跳躍し続けていた私はぴたりと足を止めた。とびかかってくる隊員とタイミングを合わせて。

「え……」
「あ、まって。泳げますよね……?」

 確認するの忘れてた。でももう遅い。私は避けてしまった。勢いのままでは隊員さんは止まれず、悲鳴とともに平均台の終わり、つまり海の方へと姿を消した。

「……誰か助けに行ってくれるよね」

 ぽつりとこぼした言葉に答えたのは派手に何かが海に落ちる音だった。

「あと1分!!」

 マルコさんの声が響いていつの間に増えたのか見物のクルーの方たちが囃し立てる。私はマストの上を飛び移り走りと忙しくしていた足を一度止めた。疲れたからではない。ひょいとマストの上に上がってくる人を見つけたからだ。

「エースさん」
「おう!あと一分だつーからよ、一対一でやろうぜ!」

 にっと明るい笑みを浮かべ言い切るや否や、ぴっと銃の形を取った指先が向けられて炎が飛んできた。

「武器はなしなのでは……」
「武器は、な。『能力』の制限はなかったからな」
「なるほど……?」

 ぎょっとしながらもよければエースさんは楽しそうに笑った。一応手加減してくれているのだろうけれど、これでは不用意に跳ぶわけにもいかない。空中では避けられないし、いつも羽織っているいぞーさんから貰ったショール。それは跳躍すればふわりと花咲くように広がるから気に入っているのだけれど、炎が襲ってくるとなればそれは危険でしかない。

「あと30秒!!」
「逃げ切る気か?」
「そうしろと言われましたから」

 嘘だ。取れるなら取りたい。

 ちらりと甲板を見下ろすと2番隊と16番隊の残っている数はざっと見ても5:5。勝ちか負けか引き分けか分からない。でも、ここで私がエースさんのリボンを取ってしまえば確実に16番隊の勝ちなのだ。勝ち負けにこだわることが目的ではないけれど、どうせならと思う自分は存外欲張りらしい。
 踊りは相手に合わせて踊ることもあるから、かわしたり逃げたり、相手の体を使ってパフォーマンスをするのはできる。でもがっつり体術に応用できるかと言われるとそれは難しいところで。エースさんのバランスを崩させるにしても触れなければならない。爛々と目を輝かせる彼にそれをするのは自滅行為だと言うことは分かる。
 やはり逃げ切るしかないかと思ったその時、ふっと視線を感じた。顔を向けた先には私が踊るときに使っている剣を構えているイゾウさんがいた。その目は楽しそうに笑っていて、剣を持つその腕がまっすぐにこっちに向けられたから。

「っおい、胡蝶!?」

 エースさんの攻撃を避けると同時に足を踏み外した。エースさんの目が大きく見開かれるのが見えて申し訳ないなと思いながら重力には逆らえず、がくんと体が落ちる。

 自分の意思で跳躍する時とは違う胃が浮く感覚。薄く開けた目で甲板を横目で見ると他の人も慌ててるのが見えた。
 きっと隊員の方たちなら落ちても追いかけてはこないだろう。でも私だからなのかエースさんもぴょんとマストの上から飛び降りてきて、落ちる私を庇おうとしてくれているのか手が伸ばされる。私は手を伸ばして……ひゅっと飛んできた剣を掴んだ。

 驚くエースさんに濁し笑いをしながらその剣をマストに突き立て落下を止める。そして間もなく私の横を落下するエースさんの腰に手を伸ばして。

「取った……!」

 ぷらりとマストの途中でぶら下がったまま、私は赤いリボンを揺らしたのだった。

 


「お疲れさん」
「ありがとうございます」

 機嫌よく笑うイゾウさんからコップを受け取って一口飲む。汗をかいたから冷たい水がおいしい。
 勝負は引き分けだった。エースさんが私がリボンを取ると同時にリボンを取っていたから。でもそれはきっちり5分ぴったりの時に取られただけだったから、上出来だとみんな言ってくれた。

 ある程度逃げられるとは分かったけれど、武器を持っていたらどうだろうかとうなればイゾウさんが笑った。「心配性だな」と言われるが、だってそもそもこの船に乗る直前どこかの海賊さんに銃を向けられ動けなかったのは私だ。

「銃は避けられない気がします……」
「バァーカ、それこそ無駄な心配だ。お前を撃たせるわけねェだろう?」

 撃たれる前に撃っちまうよ、と言われ驚いて目を見開けば、当たり前だろうと言わんばかりに目元に口づけを1つ落とされる。言葉はないけれど、黙らせるだけの色気があってすうっと美しく弧を描く唇に顔を染めればくつっと喉の音。
本気か、からかわれているのか……今の場合は前者かな。

「まあでも、体力があって困ることはねえだろう。気にするなら鍛錬に付き合ってやんな」
「え?」
「毎日踊るんでもいいけどな、たまには船員とも遊んでやれ」

 イゾウさんがそう言った瞬間休憩をしていた食堂のドアがばーんと開いた。

胡蝶!!もう一回やろうぜ!!』

 叫ぶ2番隊の隊員さんたちはすでに汗だくなのにいい笑顔で、にこにこと「早く早く!!」と言わんばかりの目を向けられて全員に犬の耳と尻尾が見えた。
 隊には色がある。2番隊隊長はエースさんだ。まだ何の色かは分からないけれど、絶対にエースさんの色がしっかり隊員に浸透しているのは明らかだ。

 さすがに私はへとへとなのだけれど、とちらりと横を見ればイゾウさんは笑っている。その奥の16番隊の皆さんにも視線を配るも「諦めろ」と全員に苦笑された。どうやらこうなった2番隊は止められないらしい。

「私、膝笑ってます……」
「そうか。じゃあ」

 ぐいっと体が浮いて、踊りで跳躍する時ともさっきマストから落ちた時とも違う浮遊感。気づいた時には背中と膝裏に温かい手が回されていた。

「次は俺も入る。ハンデとして胡蝶を抱えながらやってやるからお前らが取れなかったら甲板掃除だ」

 言うが早いか私を抱えたままイゾウさんが外へと足を向ける。2番隊の悲鳴とともに私の「降ろしてください!!」と言う叫び声が響いたのは言うまでもない。
2/2ページ
スキ