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七夕2019

七夕の話:エース
「ふぁなばひほ?」
「そう、七夕」

 肉を頬張っているエースに、「今日の宴は七夕だからなんだよ」と教えてあげれば尋ね返された。むぐむぐとハムスターのように頬を膨らませていたエースはごっくんとそれらを飲み込むと汚れた指をぺろりと舐めて「そりゃなんだ?」と。

「言い伝えがあるんだけど、まあ簡単に言えば願い事をする日だよ」
「願い事?」
「そう。願い事を短冊に書くと叶うって言う……」
「願いっつーのは自分で叶えるもんじゃねえのか?」

 きょとり、と黒い目が瞬いた。いや、その目をしたいのは私の方だ。きっとエースのことだから、願い事を書くと叶うんだよ、と教えてあげたら喜んで「肉が食いてェ!」ぐらいは書くだろうと思っていたのにこれは予想外。ぱちぱちと瞬きしていれば、エースもぱちぱちと……だめだ、これでは話がつかない。

「何か叶えてェ願いがあんのか?」

 うんうんとうなっていれば尋ねられたのはそんなこと。私は「へ」と間抜けな声。
 そうだ。願い事の話を持ち掛けたのはその流れで、お願い事を聞いてもらおうと思ったから。べつに普通に言ったって聞いてくれるとは分かっているけど何となく照れくさくて。理由を付ければ素直に言えるとそう思ったのにごもっともなことを言われてしまって言えなくなってしまって。
 言えよ、というエースはもう私に願い事があると確信しているようで、私はたじろいでしまって、それを見たエースがちょっとだけむすっとしてしまった。

「言わねェと叶うもんも叶わねえだろ」

 これまたごもっともな意見。澄んだ黒い目にじいっと見つめられてついに私はささやかな願いを口にした。

「あの……ストライカーに、乗ってみたくて……」

 小さな声だったが、しっかりと聞きとってくれたらしいエースはそんなことかと笑った。そして善は急げと言わんばかりに「今から行くぞ!」と腕を引っ張るものだから私はたたらを踏んだ。
 掴まれた手首から高めの体温がじんわりと広がる。それが照れくさくて嬉しくて思わず口を緩ませていれば「あ、そうだ」とエースが振り向いてどうしたのだろうと首を傾げていればふっと影が落ちて。

「タダで願いを叶えるってのもな?」

 ご機嫌な顔でペロッと舌を出したエースはすぐにくるりと前を向いた。鼻歌を歌う彼の後ろ、私は顔を真っ赤にさせるしかなくて。熱を帯びた唇は少しだけ肉の味がした。
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