長編:一兎を奪う
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3.認識は早めに擦り合わせるべし
イゾウさんが「親父に話してくる」と医務室を出ていった。親父さん、と言うのはここの船長さんらしいから私も直接挨拶がしたい、と申し出たけどイゾウさんに「落ち着いてからでいい」とやんわり断られてしまった。
イゾウさんがいない間にとナースさんが私の怪我の状態を見てくれた。診察はいい。けれど私はなぜか目隠しされて診察をされた。曰く、腕の傷がグロいかららしい。
別に平気なのになあ、と思いながらもナースさんの気遣いを無駄にするわけにもいかず、目隠しをされて手当てを受けた。
「ふふ!さすが若いから綺麗な肌ねぇ」
「そんなことないですよ、お姉さん方の方がきれいです」
しっかり包帯を巻きなおされた後、ナースさん、リサさんがうっとりと私の頬に手を添えたが、鏡を見てほしいと切実に思う。あなたと私の顔は天と地、月とすっぽんほど差がある。どっちがすっぽんか?言わせるな。
それからリサさんが「お下がりで悪いけど」と着替えの洋服をくれて、そこでやっとで自分の服装が着物ではないことに気が付いた。そりゃそうだ。手当てをするのに着物のままではできない。じゃあ着物はどこに?と首を傾げればリサさんが申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめんなさいね、あなたの服の構造はイゾウ隊長にしか分からなくて……イゾウ隊長が預かってるわ」
なるほど。納得するとともに私は顔を覆った。つまりぼかしてはいるが脱がせたのもイゾウさんだということか。申し訳なさすぎる。なんで私はキモノなんか着ていたのだと後悔しても遅い。
赤い顔をパタパタしながらいかにも病人という服から、リサさんにもらった短パンとシャツに着替えた。短パンは私の膝が隠れないほどの丈で、これはモデル体型のリサさんが着たら、と考えてますます顔が赤くなるのが分かった。ナース服もそうだがなかなか露出が多い服装を好むのは何なのか。シャツは普通に柄物のシャツだったが、これは私にジャストサイズ。つまりリサさんが着たら、と考えてやめた。これ以上リンゴのようになるのはご遠慮したい。
「親父は『いくらでも乗ってろ』だとよ」
着替え終わったタイミングで戻ったイゾウさんにそう言われて私はもう一度「お世話になります」と頭を下げた。その顔がまだ赤かったらしく不思議そうにされたが、何でもないです、とごまかした。話せばまた笑われるのは目に見えてる。
「服は、大丈夫そうだな。リサ、他のナースにも頼めるか?」
「分かりました」
「何から何まですみません」
数日分の服を用意してくれると言うのでお礼を言って医務室を出た。
部屋まで案内するというイゾウさんについて行こうして盛大にバランスを崩し、なるほど、船の上だから揺れるのか、なんて冷静に思っていればボスンと勢いよく背中にぶつかった。ぶつかられた当人が揺らぐことはなかったが、ぶふっと真上から笑い声。
「担ぐか?」
「いえ」
断ったものの船の上は本当に初めてなので結局「それじゃ日が暮れちまうよ」と言われ手をつながれることで妥協した。恥ずかしい。
「船に乗ったことがないのか?」
「船どころか海が久しぶりです」
「そりゃァ退屈な毎日じゃねえか」
それだと降りた時にも苦労するかもな、なんていわれて少し遠い目になった。前途多難である。
この船のことを教えてもらいながら船内をとことこ歩く。揺れる着物の袂から白檀の匂いがやっぱりして、すんすん鼻を鳴らせば笑われてしまった。イゾウさんは草履のようなものを履いていて、少し地面をするように歩くからざっざと音がした。
手をつないで歩く私たちをぎょっとした目で見るお仲間さんたちがいていたたまれない気持ちになったが離すと転ぶので離せないのですみませんと終始心の中で謝った。転ぶだけなんです。深い意味はありません。
白ひげ海賊団は1600人ほどのクルーと傘下で成り立っていて、16の隊に分けられているらしい。イゾウさんはその16番隊隊長で、そのうちほかの隊長にも紹介すると言われた。クルーには各隊長から伝わるようになるらしく、さすが大規模になると連絡がしっかりしているのだな、と思った。すれ違うクルーの中にはあまり見かけないような見た目をしている人たちもいたが、嫌悪はなかった。
そういう世界なんだなあ、とぼんやりしていればここだ、とイゾウさんが足を止めた。
「俺の部屋だ、ここで寝起きしろ」
ドアを開けられ一歩。隊長各は広い部屋を一部屋与えられているらしく一人分にしては広いスペースと、シャワールーム、トイレ、軽い洗面までついていた。
部屋の半分が少し高くなっておりそこは畳が敷かれていた。この世界にもあるのかと感心してふと壁際に目をやると私の着物がかけられていて思わず「あっ」と声を出た。
「心配しなくとも長襦袢も帯も全部ちゃんと取ってあるぜ」
「すみません」
謝ればすっと私の口元に伸びてくる長い指。なんだ、と顔を上げればイゾウさんがかがんでいてそのきれいな顔が近くにあった。
「そういう時は謝るんじゃねェ、礼を言うんだ」
窓を背にしているせいで影の落ちた顔で、にいっと笑われる。指が離された唇で「ありがとうございます」と言えば満足げに笑われた。きっと私の顔は真っ赤だろう。隠すようにそっぽを向けばますます笑われるので私は眉を寄せた。
「どうしてそんなにキザに言うんですか。普通に言ってくださればそうしますよ」
「普通に言ったら面白くねェだろ」
悪びれもなくそう言ってのけるので私は大きく溜息をついた。
面白さを理由にこれからもこの調子なら間違いなく疲弊する。私の心臓が壊れる前に慣れることを祈るばかりだ。
「ベッドはねェ。布団だが、知ってるか」
「どっちも知ってます」
「じゃあ問題ねえな」
夜は適当に寝ろと言われ、寝るときはイゾウさんがいないときはカギをしろと首から部屋のカギをかけられた。肌身離さずつけろよ、と。
かけられたカギに鈴と飾りなのか円柱状のキーホルダーが付いていて尋ねれば「迷子防止だ」と言われ頬がひきつった。
「……この部屋イゾウさんも一緒ですよね?」
「カギは俺も持ってるから心配ねェぞ」
「いえ、一応尋ねたいんですけど私いくつに見えてますか?」
それはまさかと思って尋ねた疑問。この船が広いのは歩いてきて分かったが、迷子防止……これ以外にも先ほどからの言葉や対応の節々に見られる子ども扱いにさすがに引っかかる。
きょとんと瞬く黒い瞳。それから私がわざわざ尋ねたことで何かを察したのかすいっと目がそらされた。
「いいですよ、素直にどうぞ」
「15」
「そこからあと5歳あげてください」
返答に即答で訂正を投げて口だけで笑みを浮かべれば、驚く間も与えず「悪かった」と言わせることができたのでまあよしとしよう。
そもそも日本人は童顔で、ここの人たちは背が高いし顔も西洋寄りの人が多かったからたぶん余計に私は幼く見えるだろうからあんまり気にしていない。うん、あんまり。
「信用してますので」
「当たり前だ」
調子に乗って茶化せば少しだけむすっとした顔で返される。私は思わず笑った。
ほぼ初対面の一応恩人にこれだけ軽口が叩けるなら、私も何とかやっていけるだろう。帰るまでの謎の自信がわいてくる。
イゾウさんは話しやすい。甘えるのは好きではないがどうしようもない時は頼らせてもらおう。
「風呂はそこのシャワーかナースと一緒に入れ」
「イゾウさんは一緒に入らないんですか」
化粧をしていたとしても男であることは着崩した着物から覗いている体つきで分かる。けれど、子ども扱いした罪は重いぞとにっこり笑って冗談を投げれば容赦なく鉄拳が落とされて。
「……いたい、です」
「もう一発いるか?」
出会ってこの一いい笑顔に私は全力で首を横に振ったのだった。
イゾウさんが「親父に話してくる」と医務室を出ていった。親父さん、と言うのはここの船長さんらしいから私も直接挨拶がしたい、と申し出たけどイゾウさんに「落ち着いてからでいい」とやんわり断られてしまった。
イゾウさんがいない間にとナースさんが私の怪我の状態を見てくれた。診察はいい。けれど私はなぜか目隠しされて診察をされた。曰く、腕の傷がグロいかららしい。
別に平気なのになあ、と思いながらもナースさんの気遣いを無駄にするわけにもいかず、目隠しをされて手当てを受けた。
「ふふ!さすが若いから綺麗な肌ねぇ」
「そんなことないですよ、お姉さん方の方がきれいです」
しっかり包帯を巻きなおされた後、ナースさん、リサさんがうっとりと私の頬に手を添えたが、鏡を見てほしいと切実に思う。あなたと私の顔は天と地、月とすっぽんほど差がある。どっちがすっぽんか?言わせるな。
それからリサさんが「お下がりで悪いけど」と着替えの洋服をくれて、そこでやっとで自分の服装が着物ではないことに気が付いた。そりゃそうだ。手当てをするのに着物のままではできない。じゃあ着物はどこに?と首を傾げればリサさんが申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめんなさいね、あなたの服の構造はイゾウ隊長にしか分からなくて……イゾウ隊長が預かってるわ」
なるほど。納得するとともに私は顔を覆った。つまりぼかしてはいるが脱がせたのもイゾウさんだということか。申し訳なさすぎる。なんで私はキモノなんか着ていたのだと後悔しても遅い。
赤い顔をパタパタしながらいかにも病人という服から、リサさんにもらった短パンとシャツに着替えた。短パンは私の膝が隠れないほどの丈で、これはモデル体型のリサさんが着たら、と考えてますます顔が赤くなるのが分かった。ナース服もそうだがなかなか露出が多い服装を好むのは何なのか。シャツは普通に柄物のシャツだったが、これは私にジャストサイズ。つまりリサさんが着たら、と考えてやめた。これ以上リンゴのようになるのはご遠慮したい。
「親父は『いくらでも乗ってろ』だとよ」
着替え終わったタイミングで戻ったイゾウさんにそう言われて私はもう一度「お世話になります」と頭を下げた。その顔がまだ赤かったらしく不思議そうにされたが、何でもないです、とごまかした。話せばまた笑われるのは目に見えてる。
「服は、大丈夫そうだな。リサ、他のナースにも頼めるか?」
「分かりました」
「何から何まですみません」
数日分の服を用意してくれると言うのでお礼を言って医務室を出た。
部屋まで案内するというイゾウさんについて行こうして盛大にバランスを崩し、なるほど、船の上だから揺れるのか、なんて冷静に思っていればボスンと勢いよく背中にぶつかった。ぶつかられた当人が揺らぐことはなかったが、ぶふっと真上から笑い声。
「担ぐか?」
「いえ」
断ったものの船の上は本当に初めてなので結局「それじゃ日が暮れちまうよ」と言われ手をつながれることで妥協した。恥ずかしい。
「船に乗ったことがないのか?」
「船どころか海が久しぶりです」
「そりゃァ退屈な毎日じゃねえか」
それだと降りた時にも苦労するかもな、なんていわれて少し遠い目になった。前途多難である。
この船のことを教えてもらいながら船内をとことこ歩く。揺れる着物の袂から白檀の匂いがやっぱりして、すんすん鼻を鳴らせば笑われてしまった。イゾウさんは草履のようなものを履いていて、少し地面をするように歩くからざっざと音がした。
手をつないで歩く私たちをぎょっとした目で見るお仲間さんたちがいていたたまれない気持ちになったが離すと転ぶので離せないのですみませんと終始心の中で謝った。転ぶだけなんです。深い意味はありません。
白ひげ海賊団は1600人ほどのクルーと傘下で成り立っていて、16の隊に分けられているらしい。イゾウさんはその16番隊隊長で、そのうちほかの隊長にも紹介すると言われた。クルーには各隊長から伝わるようになるらしく、さすが大規模になると連絡がしっかりしているのだな、と思った。すれ違うクルーの中にはあまり見かけないような見た目をしている人たちもいたが、嫌悪はなかった。
そういう世界なんだなあ、とぼんやりしていればここだ、とイゾウさんが足を止めた。
「俺の部屋だ、ここで寝起きしろ」
ドアを開けられ一歩。隊長各は広い部屋を一部屋与えられているらしく一人分にしては広いスペースと、シャワールーム、トイレ、軽い洗面までついていた。
部屋の半分が少し高くなっておりそこは畳が敷かれていた。この世界にもあるのかと感心してふと壁際に目をやると私の着物がかけられていて思わず「あっ」と声を出た。
「心配しなくとも長襦袢も帯も全部ちゃんと取ってあるぜ」
「すみません」
謝ればすっと私の口元に伸びてくる長い指。なんだ、と顔を上げればイゾウさんがかがんでいてそのきれいな顔が近くにあった。
「そういう時は謝るんじゃねェ、礼を言うんだ」
窓を背にしているせいで影の落ちた顔で、にいっと笑われる。指が離された唇で「ありがとうございます」と言えば満足げに笑われた。きっと私の顔は真っ赤だろう。隠すようにそっぽを向けばますます笑われるので私は眉を寄せた。
「どうしてそんなにキザに言うんですか。普通に言ってくださればそうしますよ」
「普通に言ったら面白くねェだろ」
悪びれもなくそう言ってのけるので私は大きく溜息をついた。
面白さを理由にこれからもこの調子なら間違いなく疲弊する。私の心臓が壊れる前に慣れることを祈るばかりだ。
「ベッドはねェ。布団だが、知ってるか」
「どっちも知ってます」
「じゃあ問題ねえな」
夜は適当に寝ろと言われ、寝るときはイゾウさんがいないときはカギをしろと首から部屋のカギをかけられた。肌身離さずつけろよ、と。
かけられたカギに鈴と飾りなのか円柱状のキーホルダーが付いていて尋ねれば「迷子防止だ」と言われ頬がひきつった。
「……この部屋イゾウさんも一緒ですよね?」
「カギは俺も持ってるから心配ねェぞ」
「いえ、一応尋ねたいんですけど私いくつに見えてますか?」
それはまさかと思って尋ねた疑問。この船が広いのは歩いてきて分かったが、迷子防止……これ以外にも先ほどからの言葉や対応の節々に見られる子ども扱いにさすがに引っかかる。
きょとんと瞬く黒い瞳。それから私がわざわざ尋ねたことで何かを察したのかすいっと目がそらされた。
「いいですよ、素直にどうぞ」
「15」
「そこからあと5歳あげてください」
返答に即答で訂正を投げて口だけで笑みを浮かべれば、驚く間も与えず「悪かった」と言わせることができたのでまあよしとしよう。
そもそも日本人は童顔で、ここの人たちは背が高いし顔も西洋寄りの人が多かったからたぶん余計に私は幼く見えるだろうからあんまり気にしていない。うん、あんまり。
「信用してますので」
「当たり前だ」
調子に乗って茶化せば少しだけむすっとした顔で返される。私は思わず笑った。
ほぼ初対面の一応恩人にこれだけ軽口が叩けるなら、私も何とかやっていけるだろう。帰るまでの謎の自信がわいてくる。
イゾウさんは話しやすい。甘えるのは好きではないがどうしようもない時は頼らせてもらおう。
「風呂はそこのシャワーかナースと一緒に入れ」
「イゾウさんは一緒に入らないんですか」
化粧をしていたとしても男であることは着崩した着物から覗いている体つきで分かる。けれど、子ども扱いした罪は重いぞとにっこり笑って冗談を投げれば容赦なく鉄拳が落とされて。
「……いたい、です」
「もう一発いるか?」
出会ってこの一いい笑顔に私は全力で首を横に振ったのだった。