長編:一兎を奪う
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29.それが兎の帰る場所
「いた!!」
目が覚めると聞いたのはそんな声。
だるい体。鼻をつく薬品の匂い。知っている声。戻ってきたのかと顔だけ声の方を向ければエ―スが窓のところにしゃがみこんでいた。片手で押さえたテンガロンハット。そばかすの浮かぶ頬をニッと上げて笑われる。
「えーす……」
「おう!!迎えに来たぞ、ユリト!!」
変わらない、周りを照らすような笑顔にもう尽きたと思っていた涙があふれた。
ああ、ごめんなさい。本当なら、私から戻らないといけなかったのに。
どうやら少し長く眠りすぎてしまったらしい。エ―スが窓から部屋に足を下ろすと同時に乱暴に扉が開いて、ぶわりと煙たくない煙に巻かれるがすぐに炎にかき消された。
「海賊がぬけぬけとよく入ってこれたな!」
「悪いな。でも、客人を取られたまんまじゃ、白ひげ海賊団の名が廃るだろ?」
真っ白な煙も、真っ赤な炎も怖くないけれど熱いものは熱いななんてのんきに思っていればそれを冷やすかのように煌めいたのは蒼。
「……まるこさん」
「ああ。ユリト、遅くなって悪かったな。客人なのに傷もつけちまった」
私を守るように大きく広げた翼で包んでくれた彼に首を横に振った。違うから。みんなが悪いんじゃなくて、私が悪いから。
どのぐらい眠っていたのか分からない。けれど、迎えに来てくれたのだと言う事実だけは分かって、勝手に抜け出してきた自分を、「帰ります」とまで宣言した自分を、迎えに来てくれたことに申し訳なさと情けなさが募って「ごめんなさい」と漏らせば笑われた。
「まあ、ユリトも悪ィとこがあったかもしれねぇが……今回はあいつの方が非があるよい」
「マルコ!俺はあとから行く。ユリト頼むぜ!!」
「よい」
「待て!!」
引き留める声だけあまり馴染みがない。視線だけなんとか動かして見れば、私をここまで連れてきてくれた白い髪の、おそらくスモーカーと呼ばれていた海兵さん。軒下でみっともなく泣く私に声をかけてくれた優しい海兵さんは能力者のようで、煙と炎の相性は悪いだろうと思った。明らかにエ―スが押していて、でも煙と炎だから決着はきっとつかない。でも、万が一けがをしてしまったら。
震える手を伸ばす、ばちっとはじいたのはエ―スの炎と海兵さんの白い煙。二人の間に透明な壁のような物ができて炎と煙は遮断された。見開かれた海兵さんの目がこちらに向く。それにやっぱりごめんなさいと謝って。聞こえたかどうか確認する前に私は抱えられて。きっとそのまま連れ去るつもりだったのだろうけれど、マルコさんは顔をしかめると一度私を下ろした。
「エ―ス。作戦変更だよい、先に降りろ」
「どうした!?」
「ユリトに海楼石が埋め込まれてやがる。能力者の俺達が運ぶのはリスクが高ェ。」
「どこに埋め込まれてんだ?」
「二の腕だ。この場で取り除くのは傷が残っちまう。すると、あいつがうるせえだろうよい」
「なら、あいつに任せればいいだろ!ユリト、来い!!」
何の話か。理解する前に腕をエ―スに引かれ、なぜだか立つこともままならないほど力の入らない足では「来い」と言われたものの半ば引きずられるようにベッドから出されて。
「おい、待てエ―ス!!」
「うるせえ、十分待っただろ!」
マルコさんの制止もあった様だけれど、気づいたときには私は窓から落下していた。
びゅうびゅうと風を着る音。ひゅっと胃が浮き恐怖で身が固くなった瞬間、鼻をかすめたのは白檀の匂い。目を見開く。ちりんと鈴が鳴った。でも匂いはそこからじゃなくて、もっともっと近くて。
「助けて……とは言ってくれねえよな」
柔らかく受け止められて、聞こえた声に涙を流した。返事ができなくて抱えられているのをいいことにぎゅっと首に腕を回せば「悪かった」と小さな謝罪。顔を埋めながらそれに首を横に振れば、ぐっと強く強く抱きしめられた。
強い強い白檀の匂い。初めてすがった匂いとそれは変わらなくて「ごめんなさい」とこぼした。待っていてくれたのにごめんなさい。ちゃんと話さなくてごめんなさい。いろんな意味を込めての謝罪はどれだけ言っても足りない気がする。でも。
「私を、親父さんのところに連れて行ってくれますか……」
「当たり前だ」
ただのわがまま。それなのに、「何のために来たと思ってる」と言う返事ににぼろぼろと涙がこぼれる。
部屋から抜け出したとは言え、落ちただけ。まだ海軍の敷地内なのだろう、「いたぞ!」とか「捕まえろ!」とか喧噪が。頭を押さえられて、がんっ!と銃声。それを合図にしたかのようにますます声が大きくなって。
「イゾウ!」
エ―スとマルコさんも降りてきて横に着地した。それこそ初めてこの世界に来たときと同じで、また何もかもはじめから始まったように感じた。
「俺がモビーに戻るまで頼む」
「ああ!任せとけ!」
「エ―ス、道を作ってやれ」
「ああ!」と熱くて優しい大きな炎が壁を作り、海兵さん達が見えなくなった。街に抜けるまでの一本の道。海兵さん達がよけると、目の前に白い鯨の船が止まっているのが見えて、全員で叫んでいるのか名前を呼ばれるのが聞こえた気がした。
耳は塞がない。ただただ流れてしまう涙だけ、必死に拭った。
「船に戻ったら話がある」
「私も、お話があります」
返事をしよう。勝手にしろとも、いつまでも待つとも言われた返事を。船につくまでのしばらく、私は必死に彼に抱きついた。守るように、離さないように抱えてくれる彼の腕はとても温かかった。
「いた!!」
目が覚めると聞いたのはそんな声。
だるい体。鼻をつく薬品の匂い。知っている声。戻ってきたのかと顔だけ声の方を向ければエ―スが窓のところにしゃがみこんでいた。片手で押さえたテンガロンハット。そばかすの浮かぶ頬をニッと上げて笑われる。
「えーす……」
「おう!!迎えに来たぞ、ユリト!!」
変わらない、周りを照らすような笑顔にもう尽きたと思っていた涙があふれた。
ああ、ごめんなさい。本当なら、私から戻らないといけなかったのに。
どうやら少し長く眠りすぎてしまったらしい。エ―スが窓から部屋に足を下ろすと同時に乱暴に扉が開いて、ぶわりと煙たくない煙に巻かれるがすぐに炎にかき消された。
「海賊がぬけぬけとよく入ってこれたな!」
「悪いな。でも、客人を取られたまんまじゃ、白ひげ海賊団の名が廃るだろ?」
真っ白な煙も、真っ赤な炎も怖くないけれど熱いものは熱いななんてのんきに思っていればそれを冷やすかのように煌めいたのは蒼。
「……まるこさん」
「ああ。ユリト、遅くなって悪かったな。客人なのに傷もつけちまった」
私を守るように大きく広げた翼で包んでくれた彼に首を横に振った。違うから。みんなが悪いんじゃなくて、私が悪いから。
どのぐらい眠っていたのか分からない。けれど、迎えに来てくれたのだと言う事実だけは分かって、勝手に抜け出してきた自分を、「帰ります」とまで宣言した自分を、迎えに来てくれたことに申し訳なさと情けなさが募って「ごめんなさい」と漏らせば笑われた。
「まあ、ユリトも悪ィとこがあったかもしれねぇが……今回はあいつの方が非があるよい」
「マルコ!俺はあとから行く。ユリト頼むぜ!!」
「よい」
「待て!!」
引き留める声だけあまり馴染みがない。視線だけなんとか動かして見れば、私をここまで連れてきてくれた白い髪の、おそらくスモーカーと呼ばれていた海兵さん。軒下でみっともなく泣く私に声をかけてくれた優しい海兵さんは能力者のようで、煙と炎の相性は悪いだろうと思った。明らかにエ―スが押していて、でも煙と炎だから決着はきっとつかない。でも、万が一けがをしてしまったら。
震える手を伸ばす、ばちっとはじいたのはエ―スの炎と海兵さんの白い煙。二人の間に透明な壁のような物ができて炎と煙は遮断された。見開かれた海兵さんの目がこちらに向く。それにやっぱりごめんなさいと謝って。聞こえたかどうか確認する前に私は抱えられて。きっとそのまま連れ去るつもりだったのだろうけれど、マルコさんは顔をしかめると一度私を下ろした。
「エ―ス。作戦変更だよい、先に降りろ」
「どうした!?」
「ユリトに海楼石が埋め込まれてやがる。能力者の俺達が運ぶのはリスクが高ェ。」
「どこに埋め込まれてんだ?」
「二の腕だ。この場で取り除くのは傷が残っちまう。すると、あいつがうるせえだろうよい」
「なら、あいつに任せればいいだろ!ユリト、来い!!」
何の話か。理解する前に腕をエ―スに引かれ、なぜだか立つこともままならないほど力の入らない足では「来い」と言われたものの半ば引きずられるようにベッドから出されて。
「おい、待てエ―ス!!」
「うるせえ、十分待っただろ!」
マルコさんの制止もあった様だけれど、気づいたときには私は窓から落下していた。
びゅうびゅうと風を着る音。ひゅっと胃が浮き恐怖で身が固くなった瞬間、鼻をかすめたのは白檀の匂い。目を見開く。ちりんと鈴が鳴った。でも匂いはそこからじゃなくて、もっともっと近くて。
「助けて……とは言ってくれねえよな」
柔らかく受け止められて、聞こえた声に涙を流した。返事ができなくて抱えられているのをいいことにぎゅっと首に腕を回せば「悪かった」と小さな謝罪。顔を埋めながらそれに首を横に振れば、ぐっと強く強く抱きしめられた。
強い強い白檀の匂い。初めてすがった匂いとそれは変わらなくて「ごめんなさい」とこぼした。待っていてくれたのにごめんなさい。ちゃんと話さなくてごめんなさい。いろんな意味を込めての謝罪はどれだけ言っても足りない気がする。でも。
「私を、親父さんのところに連れて行ってくれますか……」
「当たり前だ」
ただのわがまま。それなのに、「何のために来たと思ってる」と言う返事ににぼろぼろと涙がこぼれる。
部屋から抜け出したとは言え、落ちただけ。まだ海軍の敷地内なのだろう、「いたぞ!」とか「捕まえろ!」とか喧噪が。頭を押さえられて、がんっ!と銃声。それを合図にしたかのようにますます声が大きくなって。
「イゾウ!」
エ―スとマルコさんも降りてきて横に着地した。それこそ初めてこの世界に来たときと同じで、また何もかもはじめから始まったように感じた。
「俺がモビーに戻るまで頼む」
「ああ!任せとけ!」
「エ―ス、道を作ってやれ」
「ああ!」と熱くて優しい大きな炎が壁を作り、海兵さん達が見えなくなった。街に抜けるまでの一本の道。海兵さん達がよけると、目の前に白い鯨の船が止まっているのが見えて、全員で叫んでいるのか名前を呼ばれるのが聞こえた気がした。
耳は塞がない。ただただ流れてしまう涙だけ、必死に拭った。
「船に戻ったら話がある」
「私も、お話があります」
返事をしよう。勝手にしろとも、いつまでも待つとも言われた返事を。船につくまでのしばらく、私は必死に彼に抱きついた。守るように、離さないように抱えてくれる彼の腕はとても温かかった。