長編:一兎を奪う
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番外編:雪とおつかい
冬島特有の寒さに鼻先と頬を赤くした彼女を見て少しだけ口元が緩む。少しだけ空気が揺れたのが伝わってしまったのか「何ですか」と見あげてくるのが愛らしい。「いいや」と答えれば「そうですか」と。
雪に映える赤の着物。小花が散るそれは少し幼いが、黒い帯がぴたりとそれを納めていて、自分の趣味で集めていた着物やら小物を広げてやった少し前の時間を思い出す。似合うと思った色の着物を指せば、帯はこれだと返答があり、ならばと選んでやったのは帯の中心を走る黄緑の帯締めとそれを遊ぶように通された銀の扇を模した帯留め。最近は表情が緩んで来たとは言えまだまだ薄い笑みに隠すことの多い感情が広げられたそれらによって滲み出て見えた。
「着ていいんですか?」と律儀に聞いてくるから「着せてやろうか」と返せば真剣に「……着せてもらった方が綺麗に着れるかも」なんて零すものだから可笑しくて、可笑しくて。「襦袢は自分で着な」と良い返事を返せばぱっと花開くような顔を見れたのは十分な収穫だった。
しんしんと雪が積もる中、片手に赤の番傘、他方に小さな手を握る俺は一体何者に見えているか。願わくば、今だけは兄妹ではないと思われたい。兄妹ではないならばなんだっていい。ただ、今だけでいいから兄妹以外の、兄妹以上の何かであると思われたかった。それ程までに自分の持ち物で飾った彼女は愛おしく、欲しいと思わせ、そしてその緩んだ表情をずっと見れたらと望む程に魅力的だった。
「お酒、買えますかね」
「お前さんに売らねえ店主なら、酒もそれぐらいのもんだってことだろうよ」
「……私はともかく、イゾウさんを見て、ならそうでしょうね」
「ありがとさん」
少し特別に思っている相手からの褒め言葉は心地いい。特にこいつは思ってもいない褒め言葉は言わないからじんわりと胸に馴染む言葉は甘味のように美味く感じる。くつくつと笑えば何を勘違いしたかしてないか繋いでいる手にぎゅっと力が込められた。
「くすぐってェ」
「……結構全力なのですが」
「そいつはちと心配だな。折っちまいそうだ」
二人でゆっくりと向かった島1番の酒を売るという酒屋の店主は身なりや礼儀にうるさいと聞いていた通り、確かに気難しそうな老体だった。しかしどうやら理由があるらしく話を聞けば海賊だから売らないわけでも、一般人なら売るわけでもないようだった。
「丹精込めて作った酒を、見合う人間に飲んでもらいてェと思うのは普通だろう?」
彼女は念のため試飲せずに、俺だけが口にしたそれは噂通り上等で、しかし繊細な味は確かに常人では分からないだろうと思った。水から洗練されているのだろう。口当たりのいいそれはしっかりと米の香りがし、喉を通れば心地よい熱を身体に灯す。素直に美味いと口のすれば老体は満足げに少し笑った。
何が気に入られたのか分からないが——彼女のことを気に入らない一般人は僅かだと思うが——機嫌のいい店主は彼女に酒の話とこの島の話をし始めた。彼女が楽しそうに聞いていたから俺は何も言わずただ二人の声に耳を傾けるばかりだったがその時間は決して退屈ではなかった。
少し長居をしたが振り続ける雪は遅くなるとその分積もるからそろそろ船に戻るべきだろうと声をかければ「お嬢さんにこれをやろう」と厳しい顔を少し緩めた老体は彼女に一人分の酒の入った瓶をくれた。透明な瓶に入ったそれは濁り酒のようで「甘いから飲みやすいだろう」と渡されたそれを彼女は嬉しそうに受け取った。
ドアを開けるとすでに来た時よりも雪が積もっていた。それでも彼女は普通に外に出て行こうとするものだから呆れつつ止めた。潔いのは好ましいが、流石にこの雪では危険の前に歩けないだろう。それにせっかく着飾った彼女を濡らすのはもったいない。
彼女に赤い番傘を持たせ、自分は肩に酒瓶を引っ掛けた。きょとりとしている彼女を他方で抱き上げ礼を言って店を出た。彼女が制止の声を上げたが無視だ。店主が「この雪だから甘えておきなさい」と言えば彼女も黙った。
「イゾウさん」
「なんだい」
「……重くないですか?」
「全く。傘だけ頼む。あとその貰った酒も落とすなよ」
「……はい」
自分でも膝程まである雪は歩きづらいが腕の中の彼女は心地よい。自分に寄りかかれるように持ち上げているから体温がじんわりと伝わる。冬島のきつい寒さもこれならばいいと思えた。普段から船の誰よりも近い距離にはいるが、船の上で人目があるところではこいつは甘えてなど来ないから。
すりっと擦り寄られ、冷えた鼻先が首筋に触れた。彼女には少し寒すぎるのかもしれない。少しだけ歩調を早めれば呼びかけられて。
「イゾウさん」
「ん?」
「着物、また着せてください」
「……ああ」
勿論だと答えればささやかに空気が揺れた。ほとんどいいように使われた「おつかい」だったが彼女が楽しかったのならまあいい。ふふっと笑った彼女に今度は俺が頬を寄せれば「冷たい」と文句を言われた。いや、文句というより心配か。
「今度は夏島がいいな」
「暑い方が苦手です」
「浴衣を着せてやるよ」
そう言えばまたぱっと華やいだ。俺はやっぱり可笑しくて幸せで少しだけ声を上げて笑った。
冬島特有の寒さに鼻先と頬を赤くした彼女を見て少しだけ口元が緩む。少しだけ空気が揺れたのが伝わってしまったのか「何ですか」と見あげてくるのが愛らしい。「いいや」と答えれば「そうですか」と。
雪に映える赤の着物。小花が散るそれは少し幼いが、黒い帯がぴたりとそれを納めていて、自分の趣味で集めていた着物やら小物を広げてやった少し前の時間を思い出す。似合うと思った色の着物を指せば、帯はこれだと返答があり、ならばと選んでやったのは帯の中心を走る黄緑の帯締めとそれを遊ぶように通された銀の扇を模した帯留め。最近は表情が緩んで来たとは言えまだまだ薄い笑みに隠すことの多い感情が広げられたそれらによって滲み出て見えた。
「着ていいんですか?」と律儀に聞いてくるから「着せてやろうか」と返せば真剣に「……着せてもらった方が綺麗に着れるかも」なんて零すものだから可笑しくて、可笑しくて。「襦袢は自分で着な」と良い返事を返せばぱっと花開くような顔を見れたのは十分な収穫だった。
しんしんと雪が積もる中、片手に赤の番傘、他方に小さな手を握る俺は一体何者に見えているか。願わくば、今だけは兄妹ではないと思われたい。兄妹ではないならばなんだっていい。ただ、今だけでいいから兄妹以外の、兄妹以上の何かであると思われたかった。それ程までに自分の持ち物で飾った彼女は愛おしく、欲しいと思わせ、そしてその緩んだ表情をずっと見れたらと望む程に魅力的だった。
「お酒、買えますかね」
「お前さんに売らねえ店主なら、酒もそれぐらいのもんだってことだろうよ」
「……私はともかく、イゾウさんを見て、ならそうでしょうね」
「ありがとさん」
少し特別に思っている相手からの褒め言葉は心地いい。特にこいつは思ってもいない褒め言葉は言わないからじんわりと胸に馴染む言葉は甘味のように美味く感じる。くつくつと笑えば何を勘違いしたかしてないか繋いでいる手にぎゅっと力が込められた。
「くすぐってェ」
「……結構全力なのですが」
「そいつはちと心配だな。折っちまいそうだ」
二人でゆっくりと向かった島1番の酒を売るという酒屋の店主は身なりや礼儀にうるさいと聞いていた通り、確かに気難しそうな老体だった。しかしどうやら理由があるらしく話を聞けば海賊だから売らないわけでも、一般人なら売るわけでもないようだった。
「丹精込めて作った酒を、見合う人間に飲んでもらいてェと思うのは普通だろう?」
彼女は念のため試飲せずに、俺だけが口にしたそれは噂通り上等で、しかし繊細な味は確かに常人では分からないだろうと思った。水から洗練されているのだろう。口当たりのいいそれはしっかりと米の香りがし、喉を通れば心地よい熱を身体に灯す。素直に美味いと口のすれば老体は満足げに少し笑った。
何が気に入られたのか分からないが——彼女のことを気に入らない一般人は僅かだと思うが——機嫌のいい店主は彼女に酒の話とこの島の話をし始めた。彼女が楽しそうに聞いていたから俺は何も言わずただ二人の声に耳を傾けるばかりだったがその時間は決して退屈ではなかった。
少し長居をしたが振り続ける雪は遅くなるとその分積もるからそろそろ船に戻るべきだろうと声をかければ「お嬢さんにこれをやろう」と厳しい顔を少し緩めた老体は彼女に一人分の酒の入った瓶をくれた。透明な瓶に入ったそれは濁り酒のようで「甘いから飲みやすいだろう」と渡されたそれを彼女は嬉しそうに受け取った。
ドアを開けるとすでに来た時よりも雪が積もっていた。それでも彼女は普通に外に出て行こうとするものだから呆れつつ止めた。潔いのは好ましいが、流石にこの雪では危険の前に歩けないだろう。それにせっかく着飾った彼女を濡らすのはもったいない。
彼女に赤い番傘を持たせ、自分は肩に酒瓶を引っ掛けた。きょとりとしている彼女を他方で抱き上げ礼を言って店を出た。彼女が制止の声を上げたが無視だ。店主が「この雪だから甘えておきなさい」と言えば彼女も黙った。
「イゾウさん」
「なんだい」
「……重くないですか?」
「全く。傘だけ頼む。あとその貰った酒も落とすなよ」
「……はい」
自分でも膝程まである雪は歩きづらいが腕の中の彼女は心地よい。自分に寄りかかれるように持ち上げているから体温がじんわりと伝わる。冬島のきつい寒さもこれならばいいと思えた。普段から船の誰よりも近い距離にはいるが、船の上で人目があるところではこいつは甘えてなど来ないから。
すりっと擦り寄られ、冷えた鼻先が首筋に触れた。彼女には少し寒すぎるのかもしれない。少しだけ歩調を早めれば呼びかけられて。
「イゾウさん」
「ん?」
「着物、また着せてください」
「……ああ」
勿論だと答えればささやかに空気が揺れた。ほとんどいいように使われた「おつかい」だったが彼女が楽しかったのならまあいい。ふふっと笑った彼女に今度は俺が頬を寄せれば「冷たい」と文句を言われた。いや、文句というより心配か。
「今度は夏島がいいな」
「暑い方が苦手です」
「浴衣を着せてやるよ」
そう言えばまたぱっと華やいだ。俺はやっぱり可笑しくて幸せで少しだけ声を上げて笑った。
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