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長編:一兎を奪う

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「一兎を奪う」の夢小説設定
この小説のヒロインの名前です

2.最善の選択は自分でする

『神社に行ってくる!!』

 行ってらっしゃい、と母に手を振られ私は元気に神社に出かけたはずだ。小さなころから好きで通っていた近所の小さな神社へ。最近買った着物を着て。
 大学生になってバイトで一生懸命貯金をためて買った着物だ。昔から和物がすきで扇子やお香、巾着などを好きで持ち歩いていたのだが、着物は値が張るからと自分のお金で買おうと決めていて、それがやっとで叶い購入した。
 赤い椿柄の着物に黒い帯、帯揚げと帯締めは黄緑で。華やかすぎるかと思いつつたまにしか着ない着物だろうし好きな柄にしようと決めて。

両親が穏やかに笑っている。私は瞬きをした。おかしい、何がと言われたら何も言えないのだが、明らかにおかしかった。穏やかに笑っているのに両親は。

 確かめようと一歩近づいて。私の意識はそこで浮上した。



「起きたかい」

 薬の匂いが鼻をくすぐった。ぼんやりとした視界の中で男の声がして思わず肩をびくつかせれば、くつっと笑い声。それに促されてそっと視線を動かせば、意識を手放す前に見た化粧をした男が横に座っていた。

「気分は?」

 聞かれたが私は答えられなかった。なんと答えるのが正解かわからなかったのだ。私はかけられていた毛布の端を少し引いた。

「声は出るか?」
「……はい」

 寝ていたからか少しかすれたが声は出た。それに男はまた薄く笑い「俺はイゾウだ」と名乗った

「いぞう、さん」
「ああ」

 イゾウさんはうなずくといろんなことを教えてくれた。
 まずここはおそらく私がいた世界ではないということ。そしてここはモビーという白ひげ海賊団の船の医務室で安全だということ。

「……私のいた世界ではない?」
「たぶんな」

 たぶんとはどういうことなのかと尋ねれば、古い御伽噺を話された。

「むかし、おめェさんみたいにふとある島にある人間が落ちてきたらしい。そいつは男だったようだがな。街中に落ちたそいつは昏々と眠っていたが、その島を治めていた王が面白がって保護したんだとよ。ある日目が覚めたら落ちてきたその男は自分はこの世界の住人ではないと語り、助けてくれたことを感謝し、お礼に血をやる、と言ったんだとよ」
「血……?」
「ああ、何でも治すことのできる血だ」

 よくありそうな御伽噺に私はなんにも反応を返せなかった。この手の話しの落ちは見えるものだ。
どうにもその男の血液型はこの世界のだれにも合わない特別な血で、何でも治すことができる、と男が言った通り本当に何でも治った。王様はひどく喜び、男を城に住まわせた。が、住まわせたというのは表向きで実際は男を鎖でつなぎその身が朽ちるまで血を採ったのだという。

 私に記憶はないが、どうやら私もその男のようにある日落ちてきたのだという。私が落ちた島は白ひげ海賊団が領地としている島だったらしく、妙な人間が落ちてきて島も混乱している、と傘下から連絡が入ったのだと。
 連絡を受けて行ってみれば本当に島は混乱していて、なぜか海軍、と呼ばれる警察のような人たちもたくさんいて、その中心に私がいたらしい。と、そこまで話されてふと私は思い出した。

「あの、イゾウさんのほかに三人男の人がいたと思うんですけど」
「エースとマルコ、もう一人は海軍の青雉ってやつだな」
「……たぶん前者の二人、私が何かしてしまったと思うんですが」

 けがはなかったですか?と尋ねれば、イゾウさんはきょとんとした後面白そうに笑った。曰く、無駄に丈夫な野郎だから平気だそう。……そういう問題ではない気がするけど。

「イゾウ隊長」

 会話が切れるタイミングを見計らったように、仕切りのカーテン越しに声がかかりイゾウさんが返事をすれば入ってきたのはきれいなナースさんだった。ヒョウ柄のタイツにぎょっとするも優しく微笑まれては赤面するしかない。

「あら、目が覚めたのね」
「はい」
「気分は?」

 先ほどのイゾウさんと同じ質問に少し考えて「大丈夫です」といいとも悪いとも言わない、なんとも日本人らしい答えを返せば、ナースさんは「そう」とまた微笑んで、イゾウさんに何か耳打ちをするとにこりと笑ってすぐに出ていった。後ろを向いたときナース服の丈がパンツが見えてしまいそうなほど短くて、そっと目をそらした。それが分かったのかイゾウさんが横でくつりと笑った。

「……笑わないでくださいよ」
「いや、なに。同性だろうに、と思ってな」
「同性でもなんでも恥ずかしいものは恥ずかしいですよ」
「そりゃあずいぶんと初心だなァ」

 初心、と言われて私は顔をしかめた。初心……かもしれないがそこまで幼くない。眉間にしわを寄せた顔の何がおかしいのかイゾウさんはカラカラと笑いつつ「腕出してみろ」と言った。言われた通り腕を毛布から出せばなぜかガーゼや包帯で手当てがしてあり、まさかとイゾウさんの方を見ればああ、と肯定の返答が。

「俺たちが着く前まで、お前はあの場所で眠り続けていた。その間、ふざけた住人たちが御伽噺を試しちまったみてェでな、しかも本物だった。いま結果も出たぜ」

 ナースさんが耳打ちしたのはそのことだったのだろう。私は溜息一つついて、考えた。

「私の血も枯れるまで取るおつもりですか?」
「いや、そんなつもりはないさ。そのつもりだったのならおめェさんが起きるまで待つ必要はないだろ?」

 それはそうだ。でも、そうでないならどうして私を保護するような真似をしているのかが分からない。

「ほどほどに生かして血を採るとか」
「血の関連からいったん離れる気はないのか」
「殺すおつもりでしたらサクッと殺されたいな、と思いまして」
「だから、殺されることから離れろと言ってるんだが」

 大きな手の平が私の腕をそっと擦った。思わず肩をびくつかせるも、意地で目はイゾウさんの方をしっかり見れば、機嫌よさげに笑われて。

「あの時は捨てれられた子猫みてェだったが、いい目だな」

 あの時、とは助けられたときのことだろう。あの時は混乱していてとても情けなかったに違いない。けれど、今は状況も説明された。にわかには信じられないが、嘘を言っている様子もないし、自分の視覚、嗅覚、聴覚、とにかく感覚がこれは夢ではない、と言っているのだから受け止めるしか私には選択肢はないのだ。

 頬へと移った手の平。薄紫色の着物の袂が揺れて白檀の匂いが鼻をくすぐった。捨てられた子猫、と称されるあの時すがった匂いだ。
 さらりと一回頬を撫でてイゾウさんは席を立った。

ユリトです。私の名前」

 唐突に名乗れば、出ていこうとしていたイゾウさんの足が止まった。

「私がこの世界の人間でないと言うならば、戻れるまでこの船に乗せてください」

 自分の腕の傷は住人たちが御伽噺を試した、と言った。その御伽噺はこの世界では有名なのだろう。ということは適当なところで降ろしてくれ、というのは死に近い。いつバレかもわからないし、何より助けられた時爆発とかまるで戦争のような音がしていたのを覚えているからこの世界はそんなに甘い世界ではなく、小娘一人すぐ野たれ死ぬだろう。
 死にたくないと私はシンプルに思っている。だから生きるために最善の選択をしなければならない。最善の選択がこの船に乗せてもらうことならそうしなければ、そうできるようにしなければいけないのだ。生きて帰って、家族に会うために。

ベッドの上で正座をして、深々と頭を下げていればぽすんと頭を撫でられた。

「あの時『助けて』と言われたのは俺だ。手を取った以上責任は持つ」

 だから殺さない、とそう言いたいのか。尋ねたかったがイゾウさんはカーテンに手をかけていて、見えるのはその背だけで。非常に分かりにくいが言葉にもその背にも拒絶の意は見られなかったから。

「お世話になります」

 私はもう一度頭を下げた。
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