長編:一兎を奪う
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
23.当て馬役は必要ない
Side:サッチ
「それ一週間もかかるもんか?情報は持ってるって調べてから行ってるんだろ?」
電伝虫をつつきながら俺っちはうーんとうなっちまう。澄ました顔の電伝虫。相手はもちろんアイツ。
『面白がって教えてくれねェのさ。俺だって好きでこんなに長く――』
がっしゃーんと電話越しに音が響いて最後の方がそれに消えた。それから大きな笑い声と珍しく少しいらだったアイツの声。うん、賑やかだな?
「だいじょーぶか?」
『に、聞こえるんだったらエーギルにその腐った耳を診てもらうといいんじゃねェか?』
「うん、絶好調ってことは分かったぜ」
ハルタ並みの毒舌に少し笑っちまったが、んー……好きでこんなに長く船を離れているわけではないってのは本当みたいだな。だってなあ、言い合っている声が電話越しに聞こえるけど、めちゃくちゃ声にとげがあるんだぜ?
イゾウが遠征に出かけるのは珍しい。つーか、大体遠征っつーと、マルコかエース、もしくはナミュールが多いしな。その三人が早ェし、自由が効くから。まあ、遠征はだれが行ってもいいんだから別にそこはいいけどな。俺はいつも人を弄んでるような男が、一週間もかかるつって出て行ったことが意外でな?
「お前ならさくっと情報もらって帰ってくるんだと思ってたんだどな~」
『相性ってもんがあるだろ。俺はこいつと相性が――』
『いーーーーーぞーーーーーうーーー!!電話の相手、誰だ!?あれか、これか!!?』
『ぎゃはははは!!』
電伝虫がハウリングするほどの声が響き、思わず耳を離した。銃声の音もして……ってちょ、おいおい!!
「いらだってんのは分かるけど、そちらさんで事を荒立てるなよ!?」
『――ねえよ。サッチ、切るぞ』
「ちょっ、まてまて!!話を聞け!!?あのな、ユリトちゃんの事なんだけど、」
『手ェ出したら殺すぞ』
「怖ェえよ!!誰が出すかってんだ!?」
『早く用件を言わねえか』
「だーーーー!!自分勝手か!?」
急かされて「とにかく早く帰ってこい!!」と叫ぶように言って俺は電話を切った。いや、本当はもうちょっと丁寧に言ってやろうと思ったけどよ、うるさすぎて聞き取るのもやっとだろうと思ってな?サッチさん優しいだろ!!
切る直前まで電話越しに賑やかな声が響いていたから、切るとすっげー静かで。
「……イゾウ、一週間で帰って来られるのか?」
「一か月ぐらい帰れないんじゃない?ほっとけばいいよ」
「つってもよー……」
カウンターに座って、今日のおやつのイチゴのタルトを食べるのはハルタ。さっきから大きく頬張っては、不機嫌そうにゆらゆらフォークを揺らしている。あーあー……こいつもイゾウが遠征に出かけてから機嫌悪すぎ!!
「どいつもこいつもイゾウに構いすぎでむかつく。アイツが置いてったんだからほっとけばいいのにさ」
「そう言ってもよー、ユリトちゃん引き留められんのはイゾウだけだろ?」
「サッチまであの子船に乗せようとしてるんだ?」
「いい子だろ?気が利くし、働き者だし、飯もうまいし」
「そんな子どこでもいるよ。あの子じゃなくたっていい」
最後の一口をやっぱり大きく頬張って咀嚼しているこいつに俺っち溜息一つ。こういいながらもなんだかんだハルタが一番ユリトちゃんの事見てんだよなー、言うとすっげーにらまれるから言わねェけど。
イゾウが人に世話を焼くのと同じぐらい、ハルタが人を気にかけるのは珍しい。ハルタはおそらくこの船一番の現実主義。そして無駄なことは絶対しない利己主義。まあ、無駄なことでも楽しけりゃするんだけど。その辺は海賊だしな!
「ハルタはユリトちゃんの何が気に入らねェわけ?」
「あの子じゃない。イゾウが気に食わないんだよ、僕は」
「イゾウが?」
俺っちは首をかしげちまう。ハルタとイゾウは結構喧嘩つーか、冷戦みてェなやり取りはよくしてるけど、別に仲が悪ィわけじゃねェ。あんまり喜べることじゃねェけど、人をからかうときのこいつらの息の合いようと言ったら、あのマルコでさえ脱力して何もいえないほどだしな。
「イゾウのどこが?」
「はっきり言葉にしないとこ」
「……いつもの事じゃね?」
「だから嫌いなんじゃん」
「きらい」
くるりとフォークが回されて、皿とぶつかって軽い音。皿をこちらに寄せてくるからまた首をかしげながら受け取る。
「大事なことは言葉にしなきゃ伝わるわけないんだよ」
あいつはそれを分かってない、と吐き捨てるように言いハルタは紅茶を口にした。
ふうん……ハルタは自分の思ったこともはっきり言うし、ごまかさない。だから阿吽の呼吸というか、あの二人の雰囲気はあまり好きじゃねえのかもな。
イゾウとユリトちゃんは誰が見ても仲がいいし、船の中には「あれは実質恋人」とか言っている奴もいるけど会話が多いわけじゃない。それでもなぜか伝わっているのか何なのか。俺たちにはよくわからないタイミングでささやかな……海賊にしてはマジで健全すぎるほどささやかで、うーん、上品な?スキンシップをたまに見る。
「善人ぶっちゃってさ。いくら波長が合っても、似ていても、僕らは海賊であの子は平和な世界のただの女の子。全く違うんだよ」
「それはそうね」
「合わせようとするだけ無駄。無意識だろうから余計救えない馬鹿」
「きゃーハルタちゃん辛辣ぅ!」
「うざっ」
暴言を吐きながらも口元には薄く笑み。うんうん、愚痴ぐらいなら聞くってんだ!家族でも不満があるときはあるし、でも家族だから仲がいい方がいいもんな。
「僕はサッチも意外だったけどね」
「ん?」
「ユリトは女の子だけど、サッチがあんまり近づかないからさ」
「なんか何気に失礼じゃね!?俺が女の子にだらしないみたいな!!女の子がかわいいのがいけねェと思わねえ!?」
「サッチが馬鹿だと思う」
「ひどい!!」
いやでも、だってよ!女の子は正義だろォ!?かわいいしよ、いいにおいするし、やわらけえし!!俺っちナースの子たちもだいっ好きよ!
「女について語らなくていいからね」
「俺っちまだ何も言ってない!!」
「顔に出てる。顔がうるさい。そもそも存在がうるさい」
「マジで容赦ねえな!?」
おいおいと泣く真似をしてもどーせ冷たい視線しか飛んでこないので、おとなしく俺はちょっとだけ考えた。
あーたしかに?ユリトちゃんとは普通に仲いいけど、口説いたり、べたべたしたりはしてねえかも?俺のドストライクってわけじゃねえってのもあるけど普通にかわいいし、いい子だし、かわいいし、何か純情!って感じで、興味がねえってわけじゃねえんだけどな。でも、なんつーか……。
「ユリトちゃんって不安定じゃね?」
「サッチがそんな繊細なこと言うとは思わなかった、続けて?」
「ちょっと、俺っち結構乙女だっつーの!繊細よ!!あー……別に自惚れじゃねえよ?でも、ユリトちゃんってさ、俺っちが本気で口説いちまったら、それを理由にこっちに『残る』と思うのよ。それはよくねえだろ?」
ユリトちゃんは否定してるみてェだけど、ユリトちゃんはイゾウのことが好きだ。ンでもって、イゾウもはっきり言ってねえみてぇだけどユリトちゃんのことはたぶん好きだ。じゃなきゃ自分の部屋にいさせるってのはしねえだろうしな!でも、二人は付き合ってねえってのが事実。両想いなのに、両片思いみたいな変な関係は、おそらくユリトちゃんがこっちの世界の人間じゃなくっていつか自分の世界に帰る子だから。
ユリトちゃんは「帰りたい」なんては口にしてねェけど、たまに寂しそうな顔とか、遠くを見るような目をしてるんだ。俺たちでも気づくことをイゾウが気づかねェわけがねえ。気づいているからイゾウは好きだってはっきり言ってねェんだろうな。でもなあ……。
「これでも何人もの女の子を口説いてきたらから言えるけどよ。どんな女の子でも求められた方が嬉しいし、安心するわけよ。その点は俺っちはハルタに同意だな」
どんなに態度に好意がにじんでいても、はっきりしなけりゃ不安に決まってる。まあ、男なら言葉でもなんでもいいから好いた女に安心を与えてやるのは基本中の基本だな!
「まして、ユリトは男を選べば自分の生きてた『世界』とさよならなんだからね。ほんと、イゾウは馬鹿で阿保で肝心なところで考えが浅くてポンコツなんだよね。あと、女々しい。ほんとついてんのって言いたくなる」
「……お前さァ……かわいい顔してんだからよ、もうちょっとなんつーか……」
「なに?僕も男なんだけど?文句あるなら問答無用で斬るけど?」
「ちょっ、ナニをだよ!?怖ェよ!」
ハルタが言うとマジでやりそうなもんだから、ひゅんってなっちまったじゃねえか!!冷や汗かくわ!!
さりげなく股をガードしながらも、目を伏せてカウンターをにらむハルタに息を吐いた。なるほどなあ……今回ばかりはハルタの方が正論つーか、いい男っつーか、うんまあ確かに、イゾウが馬鹿かもな。だってなァ……。
欲しいものを我慢できるようなやつは海賊をやってねェよ。
ふと、もうよく馴染んだ気配がこちらに近づいているのを取らえて俺たちは入り口に目をやった。軽い足音はむさくるしい野郎のそれではない。ドアが開いて姿を見せたのは小柄で黒くて綺麗な髪をぴょんと結んだユリトちゃん。
「サッチさん、これ頼まれてたのできたので持ってきました」
「おー!ありがとね!!すっげ、刺しゅうまでしてくれたの?」
「すみません勝手に」
「いいって!むしろ嬉しい!大事にするわ!」
渡されたのは黄色のバンダナ。いつも俺が首に巻いてるやつなんだけど、どっかに引っかけたのか少し裂けてしまったのをユリトちゃんが縫ってくれたのだ。
黄色バンダナに、「Thatch」と赤の刺繍。色合い的にオムライスみてェだなって笑ったらユリトちゃんも「そうですね」と笑った。
「最近いろんな奴の衣服に刺繍入れてるでしょ」
「皆さん気に入ってくれてるみたいで、頼まれるんですよ」
「僕のに入れたら約束守らないからね」
「はるひゃさ……」
「おいおいハルタ……」
ハルタがユリトちゃんの頬を引っ張るもんだから、ユリトちゃんが困ってる。抵抗はしてるけど、まあ力の差は歴然つーか、かわいいけど痛そうだから俺は軽くハルタの手を叩いて離してやった。そしたらじいっと猫みてェな目がユリトちゃんを見つめてから、ハルタは席を立った。それからハルタはめちゃくちゃ珍しいことに、ユリトちゃんの頭を乱雑に撫でて食堂を出て行った。俺は目をぱちくり。あんまりハルタはそういうことしねェんだけどな。やっぱ、なんだかんだユリトちゃんの事気にかけてんだよなあ……まあ、とりあえず。
「ユリトちゃんおやつ食う?」
今日はイチゴタルトだぜ、と言ってはみたけど首を横に振られてしまった。まあ、予想通りなんだけどね!ユリトちゃんはあんまり甘いもん食わねえの。出せば普通に食うから俺は気づかなかったんだけどな、イゾウが「いらねェなら食わなくても食うやつらが沢山いる。食いたかったら食え」といつだったか一緒におやつ食いに来た時に言ってるのを聞いて知ったんだよな。別に嫌いなわけじゃないらしいけど、それからあんまり甘いものは食べなくなったからそう言うことなんだろう。
緑茶だけ淹れてあげて、カウンターに勧める。うーん、やっぱり顔色悪ィな?
「寝れてねえの?」
「そんなことないですよ。エースが一緒に昼寝してくれてますし」
ふふっと笑うユリトちゃんに、うん、それが寝れてねえって言うのよ?という言葉は一応飲み込んだ。ユリトちゃんってたまーにこういう天然発言するのよな。なんつーか素直でね、「寝れてる」って嘘ついちまえばいいのに、律儀に嘘でも本当でもない微妙な言葉選びをすんだよ。かわいいよなァ。叱られないように言い訳する子どもみてェで、つったら失礼か。
「ナースの部屋で寝れねえならイゾウの部屋使えば?」
「カギ取られちゃったのでダメなんですよ」
「律儀に守ってんの偉いね~。鍵なんてあってもなくてもおんなじよ?マルコなんかはじめ鍵つけてたけど、ノックもしねえわ、鍵してんのに『開かねえな?』つってドア破壊するやつらばっかで早々に鍵諦めてたしな」
「あーやっぱり鍵意味ないんですね」
「まあね。でも、イゾウの部屋の鍵があってもなくてもおんなじってのはちょーっと意味がちげえのよ」
ちっちっち、と指を揺らせば少しだけ黒い目が瞬いた。うん、ちょっとだけ気が向いたか?
「イゾウの部屋に無断で入るバカはいねえのよ」
イゾウの部屋に無断で入るのは自殺行為なのだ。ノックして返事がなければ諦めたほうが身のため。そこで興味本位で覗いて寝ていたりしたらもう終わりだな。ご愁傷様だってんだ。一応不在でも入っていい時は張り紙がしてあったりするんだけど、してねェ時に入るとどういうわけかなぜか8割の確率で気づかれて呼び出しされる。まあ「入ったろ?」とにっこり言われるだけなんだけど、クルーの何人かは大抵トラウマになってるな。あ、ちなみにこの場合はイゾウは怒ってるわけじゃなくて反応で遊んでるだけだけど!
「だから別に鍵がなくてもだいじょーぶ!今イゾウが不在なのは周知されてるし、入る奴なんていねえよ。心配ならエースとかドアの前に置いとけばいいし」
そっと指先で目のすぐ下の白い肌に触れれば、そこにはうっすらクマがある。
ユリトちゃんは少しだけ困ったように笑っているけど、伸ばした手は弾かれない。そのことに少しだけ安堵しちまう。怖がらせると弾かれちまうんだろ?よく知らねえけど。
な、と促せばうなずきが返ってきたから俺はよし、と笑った。
食堂から出て行く小さな女の子。食べない、と断られちまったイチゴのタルトを頬張りながら、俺は電伝虫に目を落とす。
「女がいつまでも待ってくれると思ったら大間違いだぜ?」
男を待つ女は確かにいい女。でも、それと同じぐらい一人で歩ける女もいい女。
イゾウに欲しいものがあるように、彼女にだって欲しいものが一つや二つあるに決まってる。
悔しいことに、俺っちよりはるかにモテるのにな、女のあしらいはぴか一でも、女を愛すのは初心者ってか。んなわけねえだろ……。
「ったく、早く帰って来いってんだ」
とりあえず、今晩はゆっくり寝られるようにホットミルクでも作ってあげよ!
Side:サッチ
「それ一週間もかかるもんか?情報は持ってるって調べてから行ってるんだろ?」
電伝虫をつつきながら俺っちはうーんとうなっちまう。澄ました顔の電伝虫。相手はもちろんアイツ。
『面白がって教えてくれねェのさ。俺だって好きでこんなに長く――』
がっしゃーんと電話越しに音が響いて最後の方がそれに消えた。それから大きな笑い声と珍しく少しいらだったアイツの声。うん、賑やかだな?
「だいじょーぶか?」
『に、聞こえるんだったらエーギルにその腐った耳を診てもらうといいんじゃねェか?』
「うん、絶好調ってことは分かったぜ」
ハルタ並みの毒舌に少し笑っちまったが、んー……好きでこんなに長く船を離れているわけではないってのは本当みたいだな。だってなあ、言い合っている声が電話越しに聞こえるけど、めちゃくちゃ声にとげがあるんだぜ?
イゾウが遠征に出かけるのは珍しい。つーか、大体遠征っつーと、マルコかエース、もしくはナミュールが多いしな。その三人が早ェし、自由が効くから。まあ、遠征はだれが行ってもいいんだから別にそこはいいけどな。俺はいつも人を弄んでるような男が、一週間もかかるつって出て行ったことが意外でな?
「お前ならさくっと情報もらって帰ってくるんだと思ってたんだどな~」
『相性ってもんがあるだろ。俺はこいつと相性が――』
『いーーーーーぞーーーーーうーーー!!電話の相手、誰だ!?あれか、これか!!?』
『ぎゃはははは!!』
電伝虫がハウリングするほどの声が響き、思わず耳を離した。銃声の音もして……ってちょ、おいおい!!
「いらだってんのは分かるけど、そちらさんで事を荒立てるなよ!?」
『――ねえよ。サッチ、切るぞ』
「ちょっ、まてまて!!話を聞け!!?あのな、ユリトちゃんの事なんだけど、」
『手ェ出したら殺すぞ』
「怖ェえよ!!誰が出すかってんだ!?」
『早く用件を言わねえか』
「だーーーー!!自分勝手か!?」
急かされて「とにかく早く帰ってこい!!」と叫ぶように言って俺は電話を切った。いや、本当はもうちょっと丁寧に言ってやろうと思ったけどよ、うるさすぎて聞き取るのもやっとだろうと思ってな?サッチさん優しいだろ!!
切る直前まで電話越しに賑やかな声が響いていたから、切るとすっげー静かで。
「……イゾウ、一週間で帰って来られるのか?」
「一か月ぐらい帰れないんじゃない?ほっとけばいいよ」
「つってもよー……」
カウンターに座って、今日のおやつのイチゴのタルトを食べるのはハルタ。さっきから大きく頬張っては、不機嫌そうにゆらゆらフォークを揺らしている。あーあー……こいつもイゾウが遠征に出かけてから機嫌悪すぎ!!
「どいつもこいつもイゾウに構いすぎでむかつく。アイツが置いてったんだからほっとけばいいのにさ」
「そう言ってもよー、ユリトちゃん引き留められんのはイゾウだけだろ?」
「サッチまであの子船に乗せようとしてるんだ?」
「いい子だろ?気が利くし、働き者だし、飯もうまいし」
「そんな子どこでもいるよ。あの子じゃなくたっていい」
最後の一口をやっぱり大きく頬張って咀嚼しているこいつに俺っち溜息一つ。こういいながらもなんだかんだハルタが一番ユリトちゃんの事見てんだよなー、言うとすっげーにらまれるから言わねェけど。
イゾウが人に世話を焼くのと同じぐらい、ハルタが人を気にかけるのは珍しい。ハルタはおそらくこの船一番の現実主義。そして無駄なことは絶対しない利己主義。まあ、無駄なことでも楽しけりゃするんだけど。その辺は海賊だしな!
「ハルタはユリトちゃんの何が気に入らねェわけ?」
「あの子じゃない。イゾウが気に食わないんだよ、僕は」
「イゾウが?」
俺っちは首をかしげちまう。ハルタとイゾウは結構喧嘩つーか、冷戦みてェなやり取りはよくしてるけど、別に仲が悪ィわけじゃねェ。あんまり喜べることじゃねェけど、人をからかうときのこいつらの息の合いようと言ったら、あのマルコでさえ脱力して何もいえないほどだしな。
「イゾウのどこが?」
「はっきり言葉にしないとこ」
「……いつもの事じゃね?」
「だから嫌いなんじゃん」
「きらい」
くるりとフォークが回されて、皿とぶつかって軽い音。皿をこちらに寄せてくるからまた首をかしげながら受け取る。
「大事なことは言葉にしなきゃ伝わるわけないんだよ」
あいつはそれを分かってない、と吐き捨てるように言いハルタは紅茶を口にした。
ふうん……ハルタは自分の思ったこともはっきり言うし、ごまかさない。だから阿吽の呼吸というか、あの二人の雰囲気はあまり好きじゃねえのかもな。
イゾウとユリトちゃんは誰が見ても仲がいいし、船の中には「あれは実質恋人」とか言っている奴もいるけど会話が多いわけじゃない。それでもなぜか伝わっているのか何なのか。俺たちにはよくわからないタイミングでささやかな……海賊にしてはマジで健全すぎるほどささやかで、うーん、上品な?スキンシップをたまに見る。
「善人ぶっちゃってさ。いくら波長が合っても、似ていても、僕らは海賊であの子は平和な世界のただの女の子。全く違うんだよ」
「それはそうね」
「合わせようとするだけ無駄。無意識だろうから余計救えない馬鹿」
「きゃーハルタちゃん辛辣ぅ!」
「うざっ」
暴言を吐きながらも口元には薄く笑み。うんうん、愚痴ぐらいなら聞くってんだ!家族でも不満があるときはあるし、でも家族だから仲がいい方がいいもんな。
「僕はサッチも意外だったけどね」
「ん?」
「ユリトは女の子だけど、サッチがあんまり近づかないからさ」
「なんか何気に失礼じゃね!?俺が女の子にだらしないみたいな!!女の子がかわいいのがいけねェと思わねえ!?」
「サッチが馬鹿だと思う」
「ひどい!!」
いやでも、だってよ!女の子は正義だろォ!?かわいいしよ、いいにおいするし、やわらけえし!!俺っちナースの子たちもだいっ好きよ!
「女について語らなくていいからね」
「俺っちまだ何も言ってない!!」
「顔に出てる。顔がうるさい。そもそも存在がうるさい」
「マジで容赦ねえな!?」
おいおいと泣く真似をしてもどーせ冷たい視線しか飛んでこないので、おとなしく俺はちょっとだけ考えた。
あーたしかに?ユリトちゃんとは普通に仲いいけど、口説いたり、べたべたしたりはしてねえかも?俺のドストライクってわけじゃねえってのもあるけど普通にかわいいし、いい子だし、かわいいし、何か純情!って感じで、興味がねえってわけじゃねえんだけどな。でも、なんつーか……。
「ユリトちゃんって不安定じゃね?」
「サッチがそんな繊細なこと言うとは思わなかった、続けて?」
「ちょっと、俺っち結構乙女だっつーの!繊細よ!!あー……別に自惚れじゃねえよ?でも、ユリトちゃんってさ、俺っちが本気で口説いちまったら、それを理由にこっちに『残る』と思うのよ。それはよくねえだろ?」
ユリトちゃんは否定してるみてェだけど、ユリトちゃんはイゾウのことが好きだ。ンでもって、イゾウもはっきり言ってねえみてぇだけどユリトちゃんのことはたぶん好きだ。じゃなきゃ自分の部屋にいさせるってのはしねえだろうしな!でも、二人は付き合ってねえってのが事実。両想いなのに、両片思いみたいな変な関係は、おそらくユリトちゃんがこっちの世界の人間じゃなくっていつか自分の世界に帰る子だから。
ユリトちゃんは「帰りたい」なんては口にしてねェけど、たまに寂しそうな顔とか、遠くを見るような目をしてるんだ。俺たちでも気づくことをイゾウが気づかねェわけがねえ。気づいているからイゾウは好きだってはっきり言ってねェんだろうな。でもなあ……。
「これでも何人もの女の子を口説いてきたらから言えるけどよ。どんな女の子でも求められた方が嬉しいし、安心するわけよ。その点は俺っちはハルタに同意だな」
どんなに態度に好意がにじんでいても、はっきりしなけりゃ不安に決まってる。まあ、男なら言葉でもなんでもいいから好いた女に安心を与えてやるのは基本中の基本だな!
「まして、ユリトは男を選べば自分の生きてた『世界』とさよならなんだからね。ほんと、イゾウは馬鹿で阿保で肝心なところで考えが浅くてポンコツなんだよね。あと、女々しい。ほんとついてんのって言いたくなる」
「……お前さァ……かわいい顔してんだからよ、もうちょっとなんつーか……」
「なに?僕も男なんだけど?文句あるなら問答無用で斬るけど?」
「ちょっ、ナニをだよ!?怖ェよ!」
ハルタが言うとマジでやりそうなもんだから、ひゅんってなっちまったじゃねえか!!冷や汗かくわ!!
さりげなく股をガードしながらも、目を伏せてカウンターをにらむハルタに息を吐いた。なるほどなあ……今回ばかりはハルタの方が正論つーか、いい男っつーか、うんまあ確かに、イゾウが馬鹿かもな。だってなァ……。
欲しいものを我慢できるようなやつは海賊をやってねェよ。
ふと、もうよく馴染んだ気配がこちらに近づいているのを取らえて俺たちは入り口に目をやった。軽い足音はむさくるしい野郎のそれではない。ドアが開いて姿を見せたのは小柄で黒くて綺麗な髪をぴょんと結んだユリトちゃん。
「サッチさん、これ頼まれてたのできたので持ってきました」
「おー!ありがとね!!すっげ、刺しゅうまでしてくれたの?」
「すみません勝手に」
「いいって!むしろ嬉しい!大事にするわ!」
渡されたのは黄色のバンダナ。いつも俺が首に巻いてるやつなんだけど、どっかに引っかけたのか少し裂けてしまったのをユリトちゃんが縫ってくれたのだ。
黄色バンダナに、「Thatch」と赤の刺繍。色合い的にオムライスみてェだなって笑ったらユリトちゃんも「そうですね」と笑った。
「最近いろんな奴の衣服に刺繍入れてるでしょ」
「皆さん気に入ってくれてるみたいで、頼まれるんですよ」
「僕のに入れたら約束守らないからね」
「はるひゃさ……」
「おいおいハルタ……」
ハルタがユリトちゃんの頬を引っ張るもんだから、ユリトちゃんが困ってる。抵抗はしてるけど、まあ力の差は歴然つーか、かわいいけど痛そうだから俺は軽くハルタの手を叩いて離してやった。そしたらじいっと猫みてェな目がユリトちゃんを見つめてから、ハルタは席を立った。それからハルタはめちゃくちゃ珍しいことに、ユリトちゃんの頭を乱雑に撫でて食堂を出て行った。俺は目をぱちくり。あんまりハルタはそういうことしねェんだけどな。やっぱ、なんだかんだユリトちゃんの事気にかけてんだよなあ……まあ、とりあえず。
「ユリトちゃんおやつ食う?」
今日はイチゴタルトだぜ、と言ってはみたけど首を横に振られてしまった。まあ、予想通りなんだけどね!ユリトちゃんはあんまり甘いもん食わねえの。出せば普通に食うから俺は気づかなかったんだけどな、イゾウが「いらねェなら食わなくても食うやつらが沢山いる。食いたかったら食え」といつだったか一緒におやつ食いに来た時に言ってるのを聞いて知ったんだよな。別に嫌いなわけじゃないらしいけど、それからあんまり甘いものは食べなくなったからそう言うことなんだろう。
緑茶だけ淹れてあげて、カウンターに勧める。うーん、やっぱり顔色悪ィな?
「寝れてねえの?」
「そんなことないですよ。エースが一緒に昼寝してくれてますし」
ふふっと笑うユリトちゃんに、うん、それが寝れてねえって言うのよ?という言葉は一応飲み込んだ。ユリトちゃんってたまーにこういう天然発言するのよな。なんつーか素直でね、「寝れてる」って嘘ついちまえばいいのに、律儀に嘘でも本当でもない微妙な言葉選びをすんだよ。かわいいよなァ。叱られないように言い訳する子どもみてェで、つったら失礼か。
「ナースの部屋で寝れねえならイゾウの部屋使えば?」
「カギ取られちゃったのでダメなんですよ」
「律儀に守ってんの偉いね~。鍵なんてあってもなくてもおんなじよ?マルコなんかはじめ鍵つけてたけど、ノックもしねえわ、鍵してんのに『開かねえな?』つってドア破壊するやつらばっかで早々に鍵諦めてたしな」
「あーやっぱり鍵意味ないんですね」
「まあね。でも、イゾウの部屋の鍵があってもなくてもおんなじってのはちょーっと意味がちげえのよ」
ちっちっち、と指を揺らせば少しだけ黒い目が瞬いた。うん、ちょっとだけ気が向いたか?
「イゾウの部屋に無断で入るバカはいねえのよ」
イゾウの部屋に無断で入るのは自殺行為なのだ。ノックして返事がなければ諦めたほうが身のため。そこで興味本位で覗いて寝ていたりしたらもう終わりだな。ご愁傷様だってんだ。一応不在でも入っていい時は張り紙がしてあったりするんだけど、してねェ時に入るとどういうわけかなぜか8割の確率で気づかれて呼び出しされる。まあ「入ったろ?」とにっこり言われるだけなんだけど、クルーの何人かは大抵トラウマになってるな。あ、ちなみにこの場合はイゾウは怒ってるわけじゃなくて反応で遊んでるだけだけど!
「だから別に鍵がなくてもだいじょーぶ!今イゾウが不在なのは周知されてるし、入る奴なんていねえよ。心配ならエースとかドアの前に置いとけばいいし」
そっと指先で目のすぐ下の白い肌に触れれば、そこにはうっすらクマがある。
ユリトちゃんは少しだけ困ったように笑っているけど、伸ばした手は弾かれない。そのことに少しだけ安堵しちまう。怖がらせると弾かれちまうんだろ?よく知らねえけど。
な、と促せばうなずきが返ってきたから俺はよし、と笑った。
食堂から出て行く小さな女の子。食べない、と断られちまったイチゴのタルトを頬張りながら、俺は電伝虫に目を落とす。
「女がいつまでも待ってくれると思ったら大間違いだぜ?」
男を待つ女は確かにいい女。でも、それと同じぐらい一人で歩ける女もいい女。
イゾウに欲しいものがあるように、彼女にだって欲しいものが一つや二つあるに決まってる。
悔しいことに、俺っちよりはるかにモテるのにな、女のあしらいはぴか一でも、女を愛すのは初心者ってか。んなわけねえだろ……。
「ったく、早く帰って来いってんだ」
とりあえず、今晩はゆっくり寝られるようにホットミルクでも作ってあげよ!