長編:一兎を奪う
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21.兎の目は澄んだ水
Side:ナミュール
「お前さ、俺たちのことを気持ち悪ィって思わねえのか?」
船に乗っている他の世界から来たというユリトと言う少女、聞けば少女と言う年齢ではないらしいのだけれどまあそれはいい。
ユリトは働き者だ。いつもは16番隊を中心に、雑務を手伝ってくれていてイゾウが遠征に出かけている今は毎日手伝う隊を変えているらしく、今日は俺の8番隊。
手伝うことと言っても8番隊は魚人族を中心に組まれた隊。鍛錬ついでの食料調達は海の中で行われるのでただの見学とも言っていい。暇だろうから、この機会にと聞いてみれば二つの黒い目玉は瞬いた。
「それは見た目のことを言ってます?」
「ああ。魚人はユリトの世界にはいないんだろ?」
「いませんね。でも、特に気持ち悪いとは思ったことないですよ」
見学しつつ何か作っていた手を止めてユリトは首を少しだけ傾げた。「そういう種族もいるんだなーと思ったぐらいですね」と。
気持ち悪いとはっきり言う様な人間じゃないとは思ったが、その言葉は本当に純粋にそう思っているようで軽く毒気を抜かれた。ごまかすように手元のそれはなんだ?と聞けば「ミサンガですよ」と返ってきた。
「あ、でも初めて触れる時は少し考えましたね」
「気持ち悪いからか?」
「それ、言わせたいんですか?違いますよ。どこかで海の生物は人の体温でやけどをするって見たことがあった気がして」
知らずに触れてケガさせちゃいましたなんて笑えないですからと笑う少女に今度こそ何も言えない。すべての人がこういうやつらだったらもっと楽しかっただろうか、と考えていや、変わらないかと思い直した。
「優しいな」
「ビスタ」
ひょいと落ちた声に顔を上げればトレードマークのシルクハットと黒いひげ。今日の非番の隊だったなと思えば、ビスタは自然な動作でユリトの横に座った。
「お嬢さんの世界の人間はみんなそう優しいのか?」
「どうでしょう。この世界の人たちとあまり変わらないと思いますよ。ひどい人はひどいし、優しい人は優しい」
「ならば、お嬢さんは優しいのだな」
「そう感じてくださるのなら嬉しいですね」
ふふっと控えめな笑いに控えめな返答。少しだけむず痒く感じるのはその謙虚さが自分たちの持つものと真逆だからだろうか。
黒い目玉に黒い髪。実年齢よりも若く見える容姿にどちらとも言えぬ言葉選び。ものすごくどこかの隊長に似ていると思っていや、と首を振った。
全く違う。ユリトは穏やかな水流、澄み切った水のような人間だ。自分達とは真逆。それを明確に分かっているやつらは隊長のやつらぐらいだろうが、無意識にその澄んだ水を汚さないようにと動いているやつは多い。それが、いいか悪いかどうかはどうとも言えないが。
「お嬢さんのその高い道徳心と豊富な技能、知識はどこから得たものだ?」
「豊富かは分かりませんが、私の世界では15歳になるまでは原則教育を保証されていました。だから自分の国の文字は書けますし、ある程度の知識などは身につけていますね」
「ほう、それは素晴らしいことだな」
「どうでしょうね」
衣食住に教育など、最低限の生活は原則保証されているその世界は俺たちから見ればものすごく恵まれているように聞こえたがユリトは薄く笑うだけで肯定はしなかった。……慎ましいと言えばそうだが、あいにく察することができるほど繊細な心を持ち合わせた海賊ではない。アイツなら読み取るんだろうなと思いつつ、「違うのか?」と素直に尋ねれば、ユリトは少し考えたあと口を開いた。
「いつも決められた道を歩いていると、道がなくなったとき迷子ですよ」
黒い瞳が揺れている。その表情は初めて見た気がしたのは気のせいではないらしく、隣のビスタも目を瞬かせていた。その揺れはすぐに、ふふっと溢された笑みに隠されてしまったが、その笑いは馴染みのあるものだったから俺たちは目を見合わせてしまった。
この笑みはアイツによく似ている。それこそいいのか悪いのかは分からないが。
小さな手が赤い糸で何本もミサンガを編んでいる。そんなに何本も編んでどうするのか、なんて野暮なことは聞かない。
優しい少女。この船にユリトを拒むような家族は乗っていない。
「道に迷いそうなときは手を引いてもらえばいいと思うぞ」
ビスタがそう言いながらどこから出したのかその黒髪に花を一輪差し込んだ。慣れていないのか慌ててその花に触れようとする手を押さえて、ビスタは頭を一撫でするとどこかに行ってしまった。自由な奴だ。
「ばら……ドライフラワーですね」
結局そっと髪から外した花を優しく両手で持つユリト。その目はやはり澄んだ水のようで、心地いい。
でも、俺はその水を汚したって構わないのではないかとも思う。
水は循環するものだ。自然の働きでろ過され一定の清潔を保つ。たとえ汚れたとしても何度でも綺麗になる。むしろ綺麗な水を大事にためておく方が難しいだろう。
人間は魚人に比べれば泳ぐのは下手だし、水を扱うのも同様だ。アイツは泳ぐのはうまい方だったと思うが、水の扱いはどうだったか。
「俺は水の中なら手を引いてやれるぞ」
ビスタのように女が喜びそうなキザなことも気の利いた一言も言えないが、そんなことユリトは気にしないだろうと思いついたことを口にした。
好ましいと思った瞳が瞬いて、それからきゅうっと細くなる。
「機会があれば、ぜひ」
「任せておけ」
やはり控えめな言葉に俺は小指を差しだした。
少しの間があったが、同じように小指がそっと差し出されて、それは優しく絡み合った。
Side:ナミュール
「お前さ、俺たちのことを気持ち悪ィって思わねえのか?」
船に乗っている他の世界から来たというユリトと言う少女、聞けば少女と言う年齢ではないらしいのだけれどまあそれはいい。
ユリトは働き者だ。いつもは16番隊を中心に、雑務を手伝ってくれていてイゾウが遠征に出かけている今は毎日手伝う隊を変えているらしく、今日は俺の8番隊。
手伝うことと言っても8番隊は魚人族を中心に組まれた隊。鍛錬ついでの食料調達は海の中で行われるのでただの見学とも言っていい。暇だろうから、この機会にと聞いてみれば二つの黒い目玉は瞬いた。
「それは見た目のことを言ってます?」
「ああ。魚人はユリトの世界にはいないんだろ?」
「いませんね。でも、特に気持ち悪いとは思ったことないですよ」
見学しつつ何か作っていた手を止めてユリトは首を少しだけ傾げた。「そういう種族もいるんだなーと思ったぐらいですね」と。
気持ち悪いとはっきり言う様な人間じゃないとは思ったが、その言葉は本当に純粋にそう思っているようで軽く毒気を抜かれた。ごまかすように手元のそれはなんだ?と聞けば「ミサンガですよ」と返ってきた。
「あ、でも初めて触れる時は少し考えましたね」
「気持ち悪いからか?」
「それ、言わせたいんですか?違いますよ。どこかで海の生物は人の体温でやけどをするって見たことがあった気がして」
知らずに触れてケガさせちゃいましたなんて笑えないですからと笑う少女に今度こそ何も言えない。すべての人がこういうやつらだったらもっと楽しかっただろうか、と考えていや、変わらないかと思い直した。
「優しいな」
「ビスタ」
ひょいと落ちた声に顔を上げればトレードマークのシルクハットと黒いひげ。今日の非番の隊だったなと思えば、ビスタは自然な動作でユリトの横に座った。
「お嬢さんの世界の人間はみんなそう優しいのか?」
「どうでしょう。この世界の人たちとあまり変わらないと思いますよ。ひどい人はひどいし、優しい人は優しい」
「ならば、お嬢さんは優しいのだな」
「そう感じてくださるのなら嬉しいですね」
ふふっと控えめな笑いに控えめな返答。少しだけむず痒く感じるのはその謙虚さが自分たちの持つものと真逆だからだろうか。
黒い目玉に黒い髪。実年齢よりも若く見える容姿にどちらとも言えぬ言葉選び。ものすごくどこかの隊長に似ていると思っていや、と首を振った。
全く違う。ユリトは穏やかな水流、澄み切った水のような人間だ。自分達とは真逆。それを明確に分かっているやつらは隊長のやつらぐらいだろうが、無意識にその澄んだ水を汚さないようにと動いているやつは多い。それが、いいか悪いかどうかはどうとも言えないが。
「お嬢さんのその高い道徳心と豊富な技能、知識はどこから得たものだ?」
「豊富かは分かりませんが、私の世界では15歳になるまでは原則教育を保証されていました。だから自分の国の文字は書けますし、ある程度の知識などは身につけていますね」
「ほう、それは素晴らしいことだな」
「どうでしょうね」
衣食住に教育など、最低限の生活は原則保証されているその世界は俺たちから見ればものすごく恵まれているように聞こえたがユリトは薄く笑うだけで肯定はしなかった。……慎ましいと言えばそうだが、あいにく察することができるほど繊細な心を持ち合わせた海賊ではない。アイツなら読み取るんだろうなと思いつつ、「違うのか?」と素直に尋ねれば、ユリトは少し考えたあと口を開いた。
「いつも決められた道を歩いていると、道がなくなったとき迷子ですよ」
黒い瞳が揺れている。その表情は初めて見た気がしたのは気のせいではないらしく、隣のビスタも目を瞬かせていた。その揺れはすぐに、ふふっと溢された笑みに隠されてしまったが、その笑いは馴染みのあるものだったから俺たちは目を見合わせてしまった。
この笑みはアイツによく似ている。それこそいいのか悪いのかは分からないが。
小さな手が赤い糸で何本もミサンガを編んでいる。そんなに何本も編んでどうするのか、なんて野暮なことは聞かない。
優しい少女。この船にユリトを拒むような家族は乗っていない。
「道に迷いそうなときは手を引いてもらえばいいと思うぞ」
ビスタがそう言いながらどこから出したのかその黒髪に花を一輪差し込んだ。慣れていないのか慌ててその花に触れようとする手を押さえて、ビスタは頭を一撫でするとどこかに行ってしまった。自由な奴だ。
「ばら……ドライフラワーですね」
結局そっと髪から外した花を優しく両手で持つユリト。その目はやはり澄んだ水のようで、心地いい。
でも、俺はその水を汚したって構わないのではないかとも思う。
水は循環するものだ。自然の働きでろ過され一定の清潔を保つ。たとえ汚れたとしても何度でも綺麗になる。むしろ綺麗な水を大事にためておく方が難しいだろう。
人間は魚人に比べれば泳ぐのは下手だし、水を扱うのも同様だ。アイツは泳ぐのはうまい方だったと思うが、水の扱いはどうだったか。
「俺は水の中なら手を引いてやれるぞ」
ビスタのように女が喜びそうなキザなことも気の利いた一言も言えないが、そんなことユリトは気にしないだろうと思いついたことを口にした。
好ましいと思った瞳が瞬いて、それからきゅうっと細くなる。
「機会があれば、ぜひ」
「任せておけ」
やはり控えめな言葉に俺は小指を差しだした。
少しの間があったが、同じように小指がそっと差し出されて、それは優しく絡み合った。