長編:一兎を奪う
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20.皆は家族と言うけれど
side Marco
朝っぱらから悲鳴が聞こえて新聞を読んでいた顔を上げれば、全力で走ってくるユリトで。比較的いつも冷静で、どちらかと言えばあまり取り乱すことのないユリトが一体どうしたと思っていれば、これまた珍しく俺を見つけるなり素早く身を寄せてきて。
「どうした、よい……」
尋ねた言葉がぎこちなくなってしまったのは、ユリトの服装のせいだ。
頼りなさそうな細い紐が一本ずつ肩にあるだけのトップスは花柄で、鎖骨と肩がざっくり見える。柔らかそうな布地はひらひらふわふわと胸元からウエストを覆ってはいるが、それに従って視線を下ろせば、短けェショートパンツ。程よく肉のついた白い生足が目の毒だ。
「ナースさんたちが怖いです……」
その言葉ですべてを察した。
……イゾウがいなくてよかったよい。ああ、いたらこんなことにはなってねェか。俺は思わず遠い目を。ナースは後で説教だよい。
流石に多少の動揺はすれど、理性が吹っ飛ぶほど若くもねェ。幸いまだ朝早い食堂だ。若い奴らが来る前にと素早くシャツを脱いで着せてやった。
「自分の服はイゾウの部屋か?似合ってるがな、若ェ奴らの目の毒だ。着替えに行ってこい」
な、と極力肌に触れねェように促すも、のぞき込んだユリトの顔は真っ赤になっていて。
「どうしたよい」
「いや、あの……その、シャツは大丈夫です!着替えてきます!!」
着せたはずのシャツを押し付けられ、声をかける間もなく走っていく。あっけにとられるも、ぴょんと跳ねるように結ばれた黒髪とそこからちらりと見えた耳が赤いのを見てしまえば、俺は顔を覆って溜息をつくしかない。
いや、待て。エースも半裸だろい……。というか、昨日まで普通に話してたろい。
気が遠くなるようだが、イゾウが遠征に出て行ってまだ一日だ。俺の勝手な予想だと、アイツの方が耐えきれねェんじゃねえかと思っていたんだが、案外そうじゃねェのかもしれねえ。完全に予想外だ。これは、家族への被害が一番大きい。
「……イゾウ、早く帰って来いよい」
じゃなきゃ、バカやる家族が出るよい……。そんなことをつぶやいても、あの食えない男が今日帰ってくることは絶対にない。
ユリトと言う存在はすでにこの船に馴染んでいる。だが、彼女の存在は良くも悪くもイレギュラー。どれだけ馴染もうと、纏う空気は海賊の俺たちとは程遠い。母親なんぞ顔も覚えてねェ荒くれものばかりだが、そんな野郎どもが時に母親と錯覚するような柔らかい空気。極力見せねェようにはしてるが、こっちの世界に来て汚ェ場面も見ただろうに曇ることのない瞳。
それはある意味、海賊が欲しがる極上の宝だ。
「ユリト!!これ頼めるか?」
「ユリト、これやるよ!」
「ユリトこれなんだけどよ……」
ユリト、ユリト、ユリト、呼ぶ声の多さに頭痛がする。
「イゾウがいないからねー。ここぞとばかりに話かけたいんでしょ」
「ンなことは分かってんだい」
「ほっとけばいいじゃん」
見てて面白いし、と甲板を見下ろしながら溢すハルタにまで頭痛がしそうだ。テメエは呑気に言いやがって。何かあってからでは遅ェだろい!家族が何かするとは思いたくねェが、若ェ野郎も多いんだ。危険因子は取り除いておきたい。
たむろする隊員たちを適当に蹴散らして、ユリトには食堂でサッチの手伝いをするように頼んだ。俺はこれから鍛錬だから付いてられねェ。今日非番なのは四番隊。誰か隊長各が着いてりゃ間違いは起こらねえはずだ。
イゾウが居ねェだけでこれだけ影響が出るのか、と溜息を溢さずにはいられない。急な遠征は親父の指示だから不満はねえが、俺でもエースでもなくイゾウに行かせたのは何なのか。16番隊自体に影響はねェってのに、ふわふわしている連中が多いってのは困ったもんだ。
「放っておけばいいのに」
「何かあったらイゾウが帰ってきたときに面倒だろい」
「イゾウが置いて行ったんだよ。自業自得でしょ」
ニコニコと笑いながら毒を吐く。ハルタがイゾウへのあたりが強いのはいつものことだが、発車がかかってるように見えるのは気のせいか。別に無理に仲良くする必要はねェが、俺たちは立場上隊長だ。番号に優劣はなく、常に対等の立場で隊をまとめる役割。
あんまり私的な感情で目の敵にしているならと少し咎めるような目で見れば、猫のような目はふいっとそっぽを向いた。……本当に猫みてェだよい。俺は溜息一つ。
「俺はアイツが欲しがるところを初めて見たんだよい。少しぐらい手を貸してやってもいいだろい」
「ユリトは家族?」
「もう、家族同然じゃねえのか?」
「みたいだね。きっとあの馬鹿もそれを狙って離れたんだろうけど、ほんと馬鹿だよね」
蹴散らしたはずの隊員はどこから湧くのかまたユリトの周りに集まって笑っている。ああ、あれはきっと破れた服を繕ってもらおうってやつらだねい。ナースに頼んでもやってはくれるが料金が発生する。ユリトに頼めば長くても一日で返ってくるし、返されるときユリトから声をかけてもらえるって魂胆なわけだ。バカだが賢いとはこのこと。
中心でユリトが笑っている。イゾウに似た笑い方だなと思った瞬間横から舌打ち。怒りに近いその感情は一体誰に向いているのやら。
「家族は大事だろい」
「偽りの家族は家族じゃないでしょ」
かしゃんと鳴ったのは剣の音。跳躍のために一瞬しゃがみこんで、得物を押さえた姿はさながら騎士のよう。……そう言ったら殺されそうだが。
トンと柵を蹴る音に俺は溜息一つ。たなびくマフラーを掴む気はない。ただ、面倒なことは起こすなよと心の中で。
「あーなんだい……覚悟して帰って来いよい」
俺は今どこにいるとも分からない家族に、届かぬ忠告を溢した。
side Marco
朝っぱらから悲鳴が聞こえて新聞を読んでいた顔を上げれば、全力で走ってくるユリトで。比較的いつも冷静で、どちらかと言えばあまり取り乱すことのないユリトが一体どうしたと思っていれば、これまた珍しく俺を見つけるなり素早く身を寄せてきて。
「どうした、よい……」
尋ねた言葉がぎこちなくなってしまったのは、ユリトの服装のせいだ。
頼りなさそうな細い紐が一本ずつ肩にあるだけのトップスは花柄で、鎖骨と肩がざっくり見える。柔らかそうな布地はひらひらふわふわと胸元からウエストを覆ってはいるが、それに従って視線を下ろせば、短けェショートパンツ。程よく肉のついた白い生足が目の毒だ。
「ナースさんたちが怖いです……」
その言葉ですべてを察した。
……イゾウがいなくてよかったよい。ああ、いたらこんなことにはなってねェか。俺は思わず遠い目を。ナースは後で説教だよい。
流石に多少の動揺はすれど、理性が吹っ飛ぶほど若くもねェ。幸いまだ朝早い食堂だ。若い奴らが来る前にと素早くシャツを脱いで着せてやった。
「自分の服はイゾウの部屋か?似合ってるがな、若ェ奴らの目の毒だ。着替えに行ってこい」
な、と極力肌に触れねェように促すも、のぞき込んだユリトの顔は真っ赤になっていて。
「どうしたよい」
「いや、あの……その、シャツは大丈夫です!着替えてきます!!」
着せたはずのシャツを押し付けられ、声をかける間もなく走っていく。あっけにとられるも、ぴょんと跳ねるように結ばれた黒髪とそこからちらりと見えた耳が赤いのを見てしまえば、俺は顔を覆って溜息をつくしかない。
いや、待て。エースも半裸だろい……。というか、昨日まで普通に話してたろい。
気が遠くなるようだが、イゾウが遠征に出て行ってまだ一日だ。俺の勝手な予想だと、アイツの方が耐えきれねェんじゃねえかと思っていたんだが、案外そうじゃねェのかもしれねえ。完全に予想外だ。これは、家族への被害が一番大きい。
「……イゾウ、早く帰って来いよい」
じゃなきゃ、バカやる家族が出るよい……。そんなことをつぶやいても、あの食えない男が今日帰ってくることは絶対にない。
ユリトと言う存在はすでにこの船に馴染んでいる。だが、彼女の存在は良くも悪くもイレギュラー。どれだけ馴染もうと、纏う空気は海賊の俺たちとは程遠い。母親なんぞ顔も覚えてねェ荒くれものばかりだが、そんな野郎どもが時に母親と錯覚するような柔らかい空気。極力見せねェようにはしてるが、こっちの世界に来て汚ェ場面も見ただろうに曇ることのない瞳。
それはある意味、海賊が欲しがる極上の宝だ。
「ユリト!!これ頼めるか?」
「ユリト、これやるよ!」
「ユリトこれなんだけどよ……」
ユリト、ユリト、ユリト、呼ぶ声の多さに頭痛がする。
「イゾウがいないからねー。ここぞとばかりに話かけたいんでしょ」
「ンなことは分かってんだい」
「ほっとけばいいじゃん」
見てて面白いし、と甲板を見下ろしながら溢すハルタにまで頭痛がしそうだ。テメエは呑気に言いやがって。何かあってからでは遅ェだろい!家族が何かするとは思いたくねェが、若ェ野郎も多いんだ。危険因子は取り除いておきたい。
たむろする隊員たちを適当に蹴散らして、ユリトには食堂でサッチの手伝いをするように頼んだ。俺はこれから鍛錬だから付いてられねェ。今日非番なのは四番隊。誰か隊長各が着いてりゃ間違いは起こらねえはずだ。
イゾウが居ねェだけでこれだけ影響が出るのか、と溜息を溢さずにはいられない。急な遠征は親父の指示だから不満はねえが、俺でもエースでもなくイゾウに行かせたのは何なのか。16番隊自体に影響はねェってのに、ふわふわしている連中が多いってのは困ったもんだ。
「放っておけばいいのに」
「何かあったらイゾウが帰ってきたときに面倒だろい」
「イゾウが置いて行ったんだよ。自業自得でしょ」
ニコニコと笑いながら毒を吐く。ハルタがイゾウへのあたりが強いのはいつものことだが、発車がかかってるように見えるのは気のせいか。別に無理に仲良くする必要はねェが、俺たちは立場上隊長だ。番号に優劣はなく、常に対等の立場で隊をまとめる役割。
あんまり私的な感情で目の敵にしているならと少し咎めるような目で見れば、猫のような目はふいっとそっぽを向いた。……本当に猫みてェだよい。俺は溜息一つ。
「俺はアイツが欲しがるところを初めて見たんだよい。少しぐらい手を貸してやってもいいだろい」
「ユリトは家族?」
「もう、家族同然じゃねえのか?」
「みたいだね。きっとあの馬鹿もそれを狙って離れたんだろうけど、ほんと馬鹿だよね」
蹴散らしたはずの隊員はどこから湧くのかまたユリトの周りに集まって笑っている。ああ、あれはきっと破れた服を繕ってもらおうってやつらだねい。ナースに頼んでもやってはくれるが料金が発生する。ユリトに頼めば長くても一日で返ってくるし、返されるときユリトから声をかけてもらえるって魂胆なわけだ。バカだが賢いとはこのこと。
中心でユリトが笑っている。イゾウに似た笑い方だなと思った瞬間横から舌打ち。怒りに近いその感情は一体誰に向いているのやら。
「家族は大事だろい」
「偽りの家族は家族じゃないでしょ」
かしゃんと鳴ったのは剣の音。跳躍のために一瞬しゃがみこんで、得物を押さえた姿はさながら騎士のよう。……そう言ったら殺されそうだが。
トンと柵を蹴る音に俺は溜息一つ。たなびくマフラーを掴む気はない。ただ、面倒なことは起こすなよと心の中で。
「あーなんだい……覚悟して帰って来いよい」
俺は今どこにいるとも分からない家族に、届かぬ忠告を溢した。