長編:一兎を奪う
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19.生きる理由はなんだ
「遠征に行く。一週間は帰らねェ」
物音で目を覚ますと珍しくイゾウさんが先に起きていた。すでに化粧をすませ、着物に袖も通していて、傍らには一週間と言う割には少ない荷物。
まだ窓の外は薄暗いが、きっともうすぐに出るのだろう。半分寝ぼけながらも体を起こせばふわりと白檀の匂い。いつの間にかすぐ近くにイゾウさんがいて、長くて綺麗な指が首から下げているカギを掬った。反射的に手を伸ばしたけれどそれは空をかいて、静かな部屋に虚しくちゃりっと音が落ちた。
「俺がいない間はナース達と寝ろ」
「……ちゃんとカギ、しますよ?」
「カギなんて気休めだ。いくらでも壊せる」
言っていることは分かったけれどなぜか嫌だと思った。たぶん嫌だと言ったと思う。寝起きで頭がぼうっとしていてあまりよく覚えてないけど。でもイゾウさんはカギを返してくれなかった。
私が寝ぼけていることをいいことにそのままもう一度眠りに落とすようにせっかく起こした体をトンと押されてしまって私は布団に逆戻り。いつから起きていたのだろうか。布団からはすでに私の体温しか残っていなかった。
イゾウさんが何か考えてる。それが分かって寝かしつけようと髪を梳く手に抗って袖を引いた。けれど、馴染んだ匂いと体温に抗うのは難しくて私はすとんと再び眠りに落ちて。
「―――くれるか」
落とされた言葉は聞こえなかった。
イゾウさんが居ようが居まいが時間は同じように流れる。
ちゃんと朝起きて食堂に行けば、「おはよ」とサッチさんと4番隊の人たちが挨拶してくれてそれにおはようございますと返す。それからカウンターの端っこに座ったらぽんとみんなより少なめのプレートとコーヒーが一杯。私はみんなより早くに食堂に来ているのに、食べ終わるのはみんなと同じぐらいか遅いぐらい。食べている間もいろんな人たちから「おはよう」とあいさつを貰って、時には頭を撫でられて。
食べ終わって仕事。お皿洗いを手伝って、次は掃除。廊下と部屋を回るついでに洗濯物を受け取って、次はそれを。甲板に張られたロープに洗った衣類やシーツを干して、マルコさんの部屋に行けば本人はいないけれど書置きがある。簡単な英語で書かれたそれは私にも読める指示。今日は書庫の掃除をして欲しいらしい。傍に置いてあったカギをもって向かう。
余り使われていないのか、書庫は海図が置かれている場所以外はほこりが溜まっていた。高い本棚を見上げて、やっぱり掃除は上から下が基本だよねと椅子を引っ張ってきてそっとよじ登っていたら、ちょうど部屋を通りがかったヴァントさんにめちゃくちゃ怒られた。曰く、「船が揺れることだってあるから危険だ」と。
結局どれだけ平気だと言っても許してもらえず、棚の上の方はヴァントさんと手が空いていた人たちが軽く拭いてくれて、お礼を言って後はできるからとせっせと綺麗にしていればいつの間にか窓の外が暗くなっていて。あ、昼食食べ忘れたんだな。
晩御飯は食べに行かなきゃ、と軽い気持ちでドアの方を振り返ったら仁王立ちのマルコさんがいて言い訳をする間もなく、べちっと額を叩かれた。痛かった。「ちゃんと休憩はしろよい!飯を食え!!」と食堂に引っ張られてお皿にものすごく大量のご飯を盛られた。結局食べきれなくてエースに食べてもらった。エースは嬉しそうだった。
そしてイゾウさんの部屋に戻ろうとして、首に何も下がってないことに気が付いてああ、そう言えば部屋で寝ちゃいけなかったなと。
「ユリトは働き者ね~」
「そんなことないですよ」
ナースの皆さんの部屋を訪ねれば待ってましたと言わんばかりに目を輝かされ、お風呂に直行。あれよこれよと言う間に服を脱がされ「綺麗な肌ね……若いってうらやましい」なんて、私は貴方がたの体の方がうらやましいですけど……と顔を赤くした。
「いつも女風呂には来ないけど、お風呂どうしてたの?」
「イゾウさんの部屋のシャワーをお借りしてました」
「やだ!まさかイゾウ隊長と?」
「……違います」
「やーん!顔赤らめちゃってかわいいー!!」
かわいくないので、お願いだから裸なのに抱き着くのはやめて欲しい。もし顔が赤くなっていると言うなら、久しぶりの湯船とナースの皆さんのせいであることは間違いない。
お花のようないいにおいのする湯船に、女性らしい匂いのシャンプーにリンス。みるくの匂いのするボディーソープで全身くまなく洗われてすっごく恥ずかしい。はじめの方は抵抗していたのだけれど、同性とは言え何人もに引っ張られたり触られたりされれれば抵抗する気力もなくなると言うもの。
「イゾウ隊長と結局付き合ってるの?」
「いいえ」
若干ぐったりしながらも、ちゃぷんと湯船に浸れば尋ねられたのはそんなこと。軽く首を振れば前ほど過剰に反応されなかった。
「ユリトはイゾウ隊長のことが好き?」
「どちらかと言えば好きですね」
「微妙な言い方ねぇ」
「キスしたいとか、手をつなぎたいとかセックスしたいとか思わないの?」
「……最後のは思いません。残り二つはイゾウさんがしたいと思えば、です」
浴室一杯に広がっている花の匂いに違和感を感じるのはなぜだろうかと考えて首を振った。強くはないが主張の強いそれは馴染んだ匂いを忘れさせるようで少し怖い。忘れたくないから、思い出すのは父の姿。夢を見なくなってしばらくたつ。でも今日はきっと。
温かい指先が頬を撫でた。少し飛んでいた意識を引き戻すかのようなその温度にふと目を向ければ、リサさんが少し寂し気にこちらを見ていた。
「ユリトはなんか、生きていないみたいね」
ここにいるはずなのにどっかに行きそうだわ、なんて言葉にみんながうなずく。私はそうだろうかと首をかしげるばかり。でも。
「もっと自分のために生きなさいな」
その言葉に、心臓を掴まれたようだった。すんでのところで息を飲み込んだから表情には出なかっただろうが、胸が痛かった。
ぎゅうっと握りこんだ手が痛い。俯いた顔からは涙は出ない。ただ、思い出すのは家族の顔。
一週間、イゾウさんはいないと言った。今まで見たことない空気を纏った今朝の姿を思い出す。突然の遠征は少し不自然だ。イゾウさんの性格なら絶対に事前に言ってくれるだろうから。
……一週間、考えろということだろうか。
自分で決めろと彼は言った。いくらでも待つとも彼は言った。勝手にする代わりに勝手にしろとも言われている。きっと私は決めなければいけないんだろう。
「何か趣味とか見つけましょうよ!楽しいものを見つければ自然に地に足つくわ!」
「ナースやってみる?親父様がかっこいいわよ!馬鹿な男たちはちょっと面倒だけどね」
「料理は?あ、でも前にサッチ隊長に頼まれて作ったことあったわね?」
「裁縫とか?手先器用よね、ユリト」
色んな事を提案してくれるナースのみんなに少しだけ笑った。本当に妹のように思ってくれているんだなと。「ありがとう」とお礼を言えば、いいのよ!なんてまぶしい笑顔が返ってきて。
いつの間にか両腕に麗しいお姉さま方が一人ずつくっついていて、気づけば前にも後ろにも。嫌な予感がして速攻で身を捩ろうとしたけれど、その瞬間後ろから胸を鷲掴みにされて。
「まあいろいろやってみるといいわ!でもまずはおしゃれからね!!」
「間違いないわ!」
「ユリト、小柄だけどいい体系してるのよ!!」
「いつも緩い服着てるから分かりにくいけど、私たちの目はごまかせないわよ!!」
「きゃあ!!肌つるもちじゃない!!見せないと損、損!!」
私がきゃいきゃいと響く楽し気な声に負けないぐらい大きな悲鳴を上げたのは言うまでもない。
「遠征に行く。一週間は帰らねェ」
物音で目を覚ますと珍しくイゾウさんが先に起きていた。すでに化粧をすませ、着物に袖も通していて、傍らには一週間と言う割には少ない荷物。
まだ窓の外は薄暗いが、きっともうすぐに出るのだろう。半分寝ぼけながらも体を起こせばふわりと白檀の匂い。いつの間にかすぐ近くにイゾウさんがいて、長くて綺麗な指が首から下げているカギを掬った。反射的に手を伸ばしたけれどそれは空をかいて、静かな部屋に虚しくちゃりっと音が落ちた。
「俺がいない間はナース達と寝ろ」
「……ちゃんとカギ、しますよ?」
「カギなんて気休めだ。いくらでも壊せる」
言っていることは分かったけれどなぜか嫌だと思った。たぶん嫌だと言ったと思う。寝起きで頭がぼうっとしていてあまりよく覚えてないけど。でもイゾウさんはカギを返してくれなかった。
私が寝ぼけていることをいいことにそのままもう一度眠りに落とすようにせっかく起こした体をトンと押されてしまって私は布団に逆戻り。いつから起きていたのだろうか。布団からはすでに私の体温しか残っていなかった。
イゾウさんが何か考えてる。それが分かって寝かしつけようと髪を梳く手に抗って袖を引いた。けれど、馴染んだ匂いと体温に抗うのは難しくて私はすとんと再び眠りに落ちて。
「―――くれるか」
落とされた言葉は聞こえなかった。
イゾウさんが居ようが居まいが時間は同じように流れる。
ちゃんと朝起きて食堂に行けば、「おはよ」とサッチさんと4番隊の人たちが挨拶してくれてそれにおはようございますと返す。それからカウンターの端っこに座ったらぽんとみんなより少なめのプレートとコーヒーが一杯。私はみんなより早くに食堂に来ているのに、食べ終わるのはみんなと同じぐらいか遅いぐらい。食べている間もいろんな人たちから「おはよう」とあいさつを貰って、時には頭を撫でられて。
食べ終わって仕事。お皿洗いを手伝って、次は掃除。廊下と部屋を回るついでに洗濯物を受け取って、次はそれを。甲板に張られたロープに洗った衣類やシーツを干して、マルコさんの部屋に行けば本人はいないけれど書置きがある。簡単な英語で書かれたそれは私にも読める指示。今日は書庫の掃除をして欲しいらしい。傍に置いてあったカギをもって向かう。
余り使われていないのか、書庫は海図が置かれている場所以外はほこりが溜まっていた。高い本棚を見上げて、やっぱり掃除は上から下が基本だよねと椅子を引っ張ってきてそっとよじ登っていたら、ちょうど部屋を通りがかったヴァントさんにめちゃくちゃ怒られた。曰く、「船が揺れることだってあるから危険だ」と。
結局どれだけ平気だと言っても許してもらえず、棚の上の方はヴァントさんと手が空いていた人たちが軽く拭いてくれて、お礼を言って後はできるからとせっせと綺麗にしていればいつの間にか窓の外が暗くなっていて。あ、昼食食べ忘れたんだな。
晩御飯は食べに行かなきゃ、と軽い気持ちでドアの方を振り返ったら仁王立ちのマルコさんがいて言い訳をする間もなく、べちっと額を叩かれた。痛かった。「ちゃんと休憩はしろよい!飯を食え!!」と食堂に引っ張られてお皿にものすごく大量のご飯を盛られた。結局食べきれなくてエースに食べてもらった。エースは嬉しそうだった。
そしてイゾウさんの部屋に戻ろうとして、首に何も下がってないことに気が付いてああ、そう言えば部屋で寝ちゃいけなかったなと。
「ユリトは働き者ね~」
「そんなことないですよ」
ナースの皆さんの部屋を訪ねれば待ってましたと言わんばかりに目を輝かされ、お風呂に直行。あれよこれよと言う間に服を脱がされ「綺麗な肌ね……若いってうらやましい」なんて、私は貴方がたの体の方がうらやましいですけど……と顔を赤くした。
「いつも女風呂には来ないけど、お風呂どうしてたの?」
「イゾウさんの部屋のシャワーをお借りしてました」
「やだ!まさかイゾウ隊長と?」
「……違います」
「やーん!顔赤らめちゃってかわいいー!!」
かわいくないので、お願いだから裸なのに抱き着くのはやめて欲しい。もし顔が赤くなっていると言うなら、久しぶりの湯船とナースの皆さんのせいであることは間違いない。
お花のようないいにおいのする湯船に、女性らしい匂いのシャンプーにリンス。みるくの匂いのするボディーソープで全身くまなく洗われてすっごく恥ずかしい。はじめの方は抵抗していたのだけれど、同性とは言え何人もに引っ張られたり触られたりされれれば抵抗する気力もなくなると言うもの。
「イゾウ隊長と結局付き合ってるの?」
「いいえ」
若干ぐったりしながらも、ちゃぷんと湯船に浸れば尋ねられたのはそんなこと。軽く首を振れば前ほど過剰に反応されなかった。
「ユリトはイゾウ隊長のことが好き?」
「どちらかと言えば好きですね」
「微妙な言い方ねぇ」
「キスしたいとか、手をつなぎたいとかセックスしたいとか思わないの?」
「……最後のは思いません。残り二つはイゾウさんがしたいと思えば、です」
浴室一杯に広がっている花の匂いに違和感を感じるのはなぜだろうかと考えて首を振った。強くはないが主張の強いそれは馴染んだ匂いを忘れさせるようで少し怖い。忘れたくないから、思い出すのは父の姿。夢を見なくなってしばらくたつ。でも今日はきっと。
温かい指先が頬を撫でた。少し飛んでいた意識を引き戻すかのようなその温度にふと目を向ければ、リサさんが少し寂し気にこちらを見ていた。
「ユリトはなんか、生きていないみたいね」
ここにいるはずなのにどっかに行きそうだわ、なんて言葉にみんながうなずく。私はそうだろうかと首をかしげるばかり。でも。
「もっと自分のために生きなさいな」
その言葉に、心臓を掴まれたようだった。すんでのところで息を飲み込んだから表情には出なかっただろうが、胸が痛かった。
ぎゅうっと握りこんだ手が痛い。俯いた顔からは涙は出ない。ただ、思い出すのは家族の顔。
一週間、イゾウさんはいないと言った。今まで見たことない空気を纏った今朝の姿を思い出す。突然の遠征は少し不自然だ。イゾウさんの性格なら絶対に事前に言ってくれるだろうから。
……一週間、考えろということだろうか。
自分で決めろと彼は言った。いくらでも待つとも彼は言った。勝手にする代わりに勝手にしろとも言われている。きっと私は決めなければいけないんだろう。
「何か趣味とか見つけましょうよ!楽しいものを見つければ自然に地に足つくわ!」
「ナースやってみる?親父様がかっこいいわよ!馬鹿な男たちはちょっと面倒だけどね」
「料理は?あ、でも前にサッチ隊長に頼まれて作ったことあったわね?」
「裁縫とか?手先器用よね、ユリト」
色んな事を提案してくれるナースのみんなに少しだけ笑った。本当に妹のように思ってくれているんだなと。「ありがとう」とお礼を言えば、いいのよ!なんてまぶしい笑顔が返ってきて。
いつの間にか両腕に麗しいお姉さま方が一人ずつくっついていて、気づけば前にも後ろにも。嫌な予感がして速攻で身を捩ろうとしたけれど、その瞬間後ろから胸を鷲掴みにされて。
「まあいろいろやってみるといいわ!でもまずはおしゃれからね!!」
「間違いないわ!」
「ユリト、小柄だけどいい体系してるのよ!!」
「いつも緩い服着てるから分かりにくいけど、私たちの目はごまかせないわよ!!」
「きゃあ!!肌つるもちじゃない!!見せないと損、損!!」
私がきゃいきゃいと響く楽し気な声に負けないぐらい大きな悲鳴を上げたのは言うまでもない。