長編:一兎を奪う
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18.優しい白檀は意気地なし
Side:Izo
「入るぜ、親父」
軽く声をかけてでかい扉を押せば、相変わらず酒を飲む親父の姿に思わず苦笑いしちまった。麗しいナースのお姉さま方や、口うるさい長男坊に何度注意されても飲むのをやめねェもんだから困ったものだ。
「来たか」
「おう。珍しいな、親父が俺を呼び出すなんて」
「グラララララ!おめェは呼び出さねえと来ねェじゃねえか!」
そうだなと答えればにやりと笑み。……親父に敵うとは思ってねェが手のひらに乗せられている感覚はいまだになれないなと肩を竦める。
「顔を見せねェってことは元気だと思ってくれよ」
「違ェねえな」
機嫌よく酒を煽る親父の前に胡坐をかいて座る。呼び出されるのは珍しいが、船に乗ったときからたまにこういうことはあった。呼び出される時は決まって、酒の相手をしろだの、一曲踊れだの、何か話せだのどうでもいいような要件ばかり。今回もそれかと思ったが、どうやら少し違うらしい。
得物を取り出して自分の前に置く。忠義を誓うように両方のこぶしを床に付ければ、親父は金の目を細めた。
「相変わらず察しのいい息子だなァ!」
「鈍い男の方が好みならそうするぜ」
「グラララララ。自分の事となると鈍いのがおめェの悪いところだがなァ」
それはどういう意味か。図りかねて無言で返すも表情からは何も読み取れず内心で溜息一つ。エースと親父を足して割ってくれたらと思うのはいつものことだ。あいつぐらい分かりやすかったら苦労がねェ。
「なんの話だと言いたげだァ」
「……いや、ユリトのことだと言うことは分かる。が、その先が見えねェ」
ユリトが乗ってしばらくになる。船にも馴染み、自分にできることをよくやっていると思う。掃除に洗濯、書類仕事の手伝いに料理。女だからか、あいつの出身のせいかは知らないが、細やかな気配りに助けられている野郎どもは多い。
船に馴染んできて落ち着いて話をするには最適なタイミングだ。だが、ユリトではなく俺を呼び出したのはなぜか。
ユリトを船から下ろせ……ということではないはず。馴染んでいるのも確かだし、何より親父は『好きなだけいろ』と言った。約束を破るような男じゃねェ。
少し考えたが、明確な答えは出ず。しかし黙ったままなのもと思って口を開く。
「俺か」
答えは笑み。どうやら正解らしい。
「マルコが言ってたぜ。『イゾウは欲しいと思ったと言った』ってな」
あの日の宴かと俺は目を細めた。どうやら長男坊は俺のことまで世話を焼きたがるらしい。若干溜息をもらしてしまうのも仕方がない。
「その言葉は確かかァ?」
「ああ。じゃなきゃユリトを傍に置いたりしねェよ」
即答した俺に刺さる金の目。ああ、これは、と身構えたがそれが無意味なことも分かっていて。
「傍に置くってのはそう簡単なことじゃねェ」
深く重く響いた言葉は部屋に沈黙を落とした。
答えを探るように懸命に空気を読んでも全く見つからない。あまりない感覚にジワリと汗がにじむ。こういう焦りや緊張は好きじゃねェな、と思わず乾いた笑い声。……ああ、情けねェ。
俺が参っているのが分かったのか親父は楽し気だ。……全く、いい趣味なことで。
「おめェが一番大人びてると思っていたが、そうでもねえなァ」
「……息子は何年たっても息子だろ」
「グラララララ!!」
叱られているわけではないのに息のしづらい感覚があるのはなんなんだろうな。俺は足を崩して後ろに手を付いた。
「あいにく、察しの悪ィ息子なもんでな。はっきり言ってくれると助かる」
敵うわけがねェと諦めた言葉に親父の笑い声。つられて笑ってしまえば幾分か楽になった。本当に情けねェ話だ。
「お前は海賊らしくならねェとな」
「昔にも言われたな。あのクソガキ時代よりかは海賊らしくなったと思うが」
「欲しいものも奪えねェうちは半人前だ」
そうだろう?と言われた言葉にそういうことかと背中を床につけた。可笑しいわけではない。くつくつと喉が鳴ってしまうのはもはや癖だ。腕で顔を覆って「あー……」だか何だか思わず声にならねェようなうめき声。
「長男坊を誤魔化せても親父は無理だよなァ……」
「今回ばかりはおめェの方がガキだろうよ」
一瞬息を飲んだ。そして体を起こしかけたが、やめた。そしてまた漏れるのはうめき声。他の家族がいたら絶対やらないが親父だけならふるまいなどどうでもいい。
「この船一番の色男が台無しだなァ?」
「親父……勘弁してくれ……」
欲しい。
けれど、猟師は獲物を追いかけたりなどしない。
欲しい。けれど、銃は持ちたくない。
欲しい。できるなら、生きたまま。傷一つなく。
広い部屋に親父が酒を飲む音だけが聞こえる。それこそ駄々をこねるガキのようだが、俺はごろりと寝返りを打った。そしてぽつりと。
「……欲しいものがなかったんだ」
「そんなことは知ってらァ。だから欲しいものがあるなら奪えと言ってんだ、ハナッタれ」
欲しいものは奪ってでも手に入れる。それが海賊。
だが、俺はあいつにこう言ったのだ。『いくらでも待つ』と『自分で決めろ』と。それを違えるのは――とそこまで考えて自嘲した。ただの言い訳だ。
「なあ親父」
人が人を好きになる条件に、価値観の類似があると読んだのはいつのことだったか。もしかしたらどこかのコックが言っていたことかもしれない。
「家族ってのはいいよなァ」
俺はあいつの大事なものを知っている。
床に転がったままこぼした言葉に「バカ息子だなァ」と言う声だけが返ってきた。
Side:Izo
「入るぜ、親父」
軽く声をかけてでかい扉を押せば、相変わらず酒を飲む親父の姿に思わず苦笑いしちまった。麗しいナースのお姉さま方や、口うるさい長男坊に何度注意されても飲むのをやめねェもんだから困ったものだ。
「来たか」
「おう。珍しいな、親父が俺を呼び出すなんて」
「グラララララ!おめェは呼び出さねえと来ねェじゃねえか!」
そうだなと答えればにやりと笑み。……親父に敵うとは思ってねェが手のひらに乗せられている感覚はいまだになれないなと肩を竦める。
「顔を見せねェってことは元気だと思ってくれよ」
「違ェねえな」
機嫌よく酒を煽る親父の前に胡坐をかいて座る。呼び出されるのは珍しいが、船に乗ったときからたまにこういうことはあった。呼び出される時は決まって、酒の相手をしろだの、一曲踊れだの、何か話せだのどうでもいいような要件ばかり。今回もそれかと思ったが、どうやら少し違うらしい。
得物を取り出して自分の前に置く。忠義を誓うように両方のこぶしを床に付ければ、親父は金の目を細めた。
「相変わらず察しのいい息子だなァ!」
「鈍い男の方が好みならそうするぜ」
「グラララララ。自分の事となると鈍いのがおめェの悪いところだがなァ」
それはどういう意味か。図りかねて無言で返すも表情からは何も読み取れず内心で溜息一つ。エースと親父を足して割ってくれたらと思うのはいつものことだ。あいつぐらい分かりやすかったら苦労がねェ。
「なんの話だと言いたげだァ」
「……いや、ユリトのことだと言うことは分かる。が、その先が見えねェ」
ユリトが乗ってしばらくになる。船にも馴染み、自分にできることをよくやっていると思う。掃除に洗濯、書類仕事の手伝いに料理。女だからか、あいつの出身のせいかは知らないが、細やかな気配りに助けられている野郎どもは多い。
船に馴染んできて落ち着いて話をするには最適なタイミングだ。だが、ユリトではなく俺を呼び出したのはなぜか。
ユリトを船から下ろせ……ということではないはず。馴染んでいるのも確かだし、何より親父は『好きなだけいろ』と言った。約束を破るような男じゃねェ。
少し考えたが、明確な答えは出ず。しかし黙ったままなのもと思って口を開く。
「俺か」
答えは笑み。どうやら正解らしい。
「マルコが言ってたぜ。『イゾウは欲しいと思ったと言った』ってな」
あの日の宴かと俺は目を細めた。どうやら長男坊は俺のことまで世話を焼きたがるらしい。若干溜息をもらしてしまうのも仕方がない。
「その言葉は確かかァ?」
「ああ。じゃなきゃユリトを傍に置いたりしねェよ」
即答した俺に刺さる金の目。ああ、これは、と身構えたがそれが無意味なことも分かっていて。
「傍に置くってのはそう簡単なことじゃねェ」
深く重く響いた言葉は部屋に沈黙を落とした。
答えを探るように懸命に空気を読んでも全く見つからない。あまりない感覚にジワリと汗がにじむ。こういう焦りや緊張は好きじゃねェな、と思わず乾いた笑い声。……ああ、情けねェ。
俺が参っているのが分かったのか親父は楽し気だ。……全く、いい趣味なことで。
「おめェが一番大人びてると思っていたが、そうでもねえなァ」
「……息子は何年たっても息子だろ」
「グラララララ!!」
叱られているわけではないのに息のしづらい感覚があるのはなんなんだろうな。俺は足を崩して後ろに手を付いた。
「あいにく、察しの悪ィ息子なもんでな。はっきり言ってくれると助かる」
敵うわけがねェと諦めた言葉に親父の笑い声。つられて笑ってしまえば幾分か楽になった。本当に情けねェ話だ。
「お前は海賊らしくならねェとな」
「昔にも言われたな。あのクソガキ時代よりかは海賊らしくなったと思うが」
「欲しいものも奪えねェうちは半人前だ」
そうだろう?と言われた言葉にそういうことかと背中を床につけた。可笑しいわけではない。くつくつと喉が鳴ってしまうのはもはや癖だ。腕で顔を覆って「あー……」だか何だか思わず声にならねェようなうめき声。
「長男坊を誤魔化せても親父は無理だよなァ……」
「今回ばかりはおめェの方がガキだろうよ」
一瞬息を飲んだ。そして体を起こしかけたが、やめた。そしてまた漏れるのはうめき声。他の家族がいたら絶対やらないが親父だけならふるまいなどどうでもいい。
「この船一番の色男が台無しだなァ?」
「親父……勘弁してくれ……」
欲しい。
けれど、猟師は獲物を追いかけたりなどしない。
欲しい。けれど、銃は持ちたくない。
欲しい。できるなら、生きたまま。傷一つなく。
広い部屋に親父が酒を飲む音だけが聞こえる。それこそ駄々をこねるガキのようだが、俺はごろりと寝返りを打った。そしてぽつりと。
「……欲しいものがなかったんだ」
「そんなことは知ってらァ。だから欲しいものがあるなら奪えと言ってんだ、ハナッタれ」
欲しいものは奪ってでも手に入れる。それが海賊。
だが、俺はあいつにこう言ったのだ。『いくらでも待つ』と『自分で決めろ』と。それを違えるのは――とそこまで考えて自嘲した。ただの言い訳だ。
「なあ親父」
人が人を好きになる条件に、価値観の類似があると読んだのはいつのことだったか。もしかしたらどこかのコックが言っていたことかもしれない。
「家族ってのはいいよなァ」
俺はあいつの大事なものを知っている。
床に転がったままこぼした言葉に「バカ息子だなァ」と言う声だけが返ってきた。