長編:一兎を奪う
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17.色気は万人に通用するもの
天気のいい日。エーギルさんの手伝いをしていたら甲板の方が騒がしくなって、気になって顔を出せばなぜかびしょ濡れのイゾウさんがいた。
「どうしたんですか?」
「バカが落ちた」
そう言って指を指す方を見れば、伸びているエースさんが隊員の人たちに回収されているところだった。……何をしてて落ちたのかは知らないが能力者って大変だな。
能力者は泳げねえっつーのに落ちやがるから世話が焼ける……と呆れたように溜息をつくイゾウさんは、潜ったせいで結った髪が崩れていた。不機嫌そうにそれに手をかけて完全に崩していくその姿にはた、と。
「どうした?」
濡れた着物から腕を抜いたイゾウさんが視線に気づいてこちらに目を向けた。その黒い目を彩るまつ毛にまで水滴が光っていて。
「なんというか……水も滴る、ですね」
綺麗な黒髪と男性にしては綺麗な肌を水滴が飾っている。崩した髪が濡れた肌に色っぽくくっついていて、それに促されるように視線を移せば着崩れた着物から腕を抜いた、鍛え上げられた体が目に入る。
きっと私の顔は赤い。視線をそらせばいいのに出来ずにいれば、イゾウさんがくつっと笑う。揶揄われるかと思ったが、すっと伸びてきた手は私の目を覆った。
「そういう目ができるってのはいい発見だが、今はよくねェなァ」
「……ごめんなさい?」
「分かってねェのも問題だな」
目を覆われたままイゾウさんが隊員を呼ぶのを聞いた。そのすぐ後にばさりと音がして手が避けられればバスタオルを羽織ったイゾウさん。私はパチリと瞬き。
「髪だけ結ってくれ。簡単にでいい」
「あ、はい」
よくわからないまま言われた通り髪を縛った。イゾウさんは前髪も長いから一緒に一本でまとめてしまうか迷ったが、結局横に流して耳にかけた。けっして形のいい耳に引かれたわけでは……ない。
「くすぐってェ」
「ご、ごめんなさい」
「ちょっと、いちゃつくなら部屋でやってくれない?」
ハルタさんの声が聞こえたと思ったらべしっと後ろから叩かれてたたらを踏む。当たり前だが正面にいたイゾウさんにぶつかってしまって本人がふらつくことなんてもちろんなかったが大変申し訳なくて。
「すみません……」
「いや、今のはハルタが悪ィだろ」
「僕に気づいてて言わなかったイゾウもイゾウでしょ。無駄に見た目だけはいいんだから、目の毒。早く船内行って着替えるなりなんなりして」
「野郎に褒められてもうれしくねェなァ」
「斬っていい?」
「いや、ほんとすみません……」
じとっとした目に耐えきれなくて私は下を向いたが、イゾウさんはくつくつ笑っている。ハルタさん相手にこの態度がとれるのはおそらくイゾウさんぐらいだろう。
「イゾウ、ユリトが濡れる」
「ああ、悪い」
ぽたり、頬に冷たい水滴。ハルタさんに肩を引かれて、少し低い体温から離れた。
「風呂行ってくる、べたついて仕方ねェ」
そう言ってイゾウさんはぽすりと私の頭をなでると船内へと足を進めた。
残された私たちは盛大な溜息ひとつ。
「あの色気は何とかならないんですかね」
「本人曰く『もって生まれたもんだ』らしいから無理でしょ」
ハルタさんが頬に付いた水滴をぬぐってくれて、「気を付けなよ」と忠告をしてくれた。
「付き合ってるならすぐ食われるよ」
噛みつかないように口でも縫っておこうか?というハルタさんの言葉に私は笑いを溢す。だってそれはない。
「心配無用ですよ『取って食いやしねえ』そうなので」
実際あの日から一緒に寝ているけれど、手を出されたことはないしスキンシップは多いけどそれだけだ。態度で示してくれているのに疑うのはよくないと首を横に振ればべしっとさっきより強めに額を弾かれた。
「いっ!?」
「ド鈍すぎて言葉にもならないんだけど。あと、イゾウは阿保すぎ。嫌い」
どういう意味だろうか。辛辣な言葉に首を傾げつつ痛む額を撫でていれば、背後でドボン!と音が。それから追うように隊員たちの騒がしい声が響いて。
「……ハルタさん」
「僕は絶対飛び込まないよ」
本日二度目の救出は、ハルタさんの気まぐれと八つ当たりで蹴落とされた隊員さんがこなしてくれた。
天気のいい日。エーギルさんの手伝いをしていたら甲板の方が騒がしくなって、気になって顔を出せばなぜかびしょ濡れのイゾウさんがいた。
「どうしたんですか?」
「バカが落ちた」
そう言って指を指す方を見れば、伸びているエースさんが隊員の人たちに回収されているところだった。……何をしてて落ちたのかは知らないが能力者って大変だな。
能力者は泳げねえっつーのに落ちやがるから世話が焼ける……と呆れたように溜息をつくイゾウさんは、潜ったせいで結った髪が崩れていた。不機嫌そうにそれに手をかけて完全に崩していくその姿にはた、と。
「どうした?」
濡れた着物から腕を抜いたイゾウさんが視線に気づいてこちらに目を向けた。その黒い目を彩るまつ毛にまで水滴が光っていて。
「なんというか……水も滴る、ですね」
綺麗な黒髪と男性にしては綺麗な肌を水滴が飾っている。崩した髪が濡れた肌に色っぽくくっついていて、それに促されるように視線を移せば着崩れた着物から腕を抜いた、鍛え上げられた体が目に入る。
きっと私の顔は赤い。視線をそらせばいいのに出来ずにいれば、イゾウさんがくつっと笑う。揶揄われるかと思ったが、すっと伸びてきた手は私の目を覆った。
「そういう目ができるってのはいい発見だが、今はよくねェなァ」
「……ごめんなさい?」
「分かってねェのも問題だな」
目を覆われたままイゾウさんが隊員を呼ぶのを聞いた。そのすぐ後にばさりと音がして手が避けられればバスタオルを羽織ったイゾウさん。私はパチリと瞬き。
「髪だけ結ってくれ。簡単にでいい」
「あ、はい」
よくわからないまま言われた通り髪を縛った。イゾウさんは前髪も長いから一緒に一本でまとめてしまうか迷ったが、結局横に流して耳にかけた。けっして形のいい耳に引かれたわけでは……ない。
「くすぐってェ」
「ご、ごめんなさい」
「ちょっと、いちゃつくなら部屋でやってくれない?」
ハルタさんの声が聞こえたと思ったらべしっと後ろから叩かれてたたらを踏む。当たり前だが正面にいたイゾウさんにぶつかってしまって本人がふらつくことなんてもちろんなかったが大変申し訳なくて。
「すみません……」
「いや、今のはハルタが悪ィだろ」
「僕に気づいてて言わなかったイゾウもイゾウでしょ。無駄に見た目だけはいいんだから、目の毒。早く船内行って着替えるなりなんなりして」
「野郎に褒められてもうれしくねェなァ」
「斬っていい?」
「いや、ほんとすみません……」
じとっとした目に耐えきれなくて私は下を向いたが、イゾウさんはくつくつ笑っている。ハルタさん相手にこの態度がとれるのはおそらくイゾウさんぐらいだろう。
「イゾウ、ユリトが濡れる」
「ああ、悪い」
ぽたり、頬に冷たい水滴。ハルタさんに肩を引かれて、少し低い体温から離れた。
「風呂行ってくる、べたついて仕方ねェ」
そう言ってイゾウさんはぽすりと私の頭をなでると船内へと足を進めた。
残された私たちは盛大な溜息ひとつ。
「あの色気は何とかならないんですかね」
「本人曰く『もって生まれたもんだ』らしいから無理でしょ」
ハルタさんが頬に付いた水滴をぬぐってくれて、「気を付けなよ」と忠告をしてくれた。
「付き合ってるならすぐ食われるよ」
噛みつかないように口でも縫っておこうか?というハルタさんの言葉に私は笑いを溢す。だってそれはない。
「心配無用ですよ『取って食いやしねえ』そうなので」
実際あの日から一緒に寝ているけれど、手を出されたことはないしスキンシップは多いけどそれだけだ。態度で示してくれているのに疑うのはよくないと首を横に振ればべしっとさっきより強めに額を弾かれた。
「いっ!?」
「ド鈍すぎて言葉にもならないんだけど。あと、イゾウは阿保すぎ。嫌い」
どういう意味だろうか。辛辣な言葉に首を傾げつつ痛む額を撫でていれば、背後でドボン!と音が。それから追うように隊員たちの騒がしい声が響いて。
「……ハルタさん」
「僕は絶対飛び込まないよ」
本日二度目の救出は、ハルタさんの気まぐれと八つ当たりで蹴落とされた隊員さんがこなしてくれた。