一兎を奪う:番外編 夢と現と
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一兎を奪う:番外編
夢と現と
このお話は「長編:一兎を奪う」の番外編です。本編を読んでいらっしゃらない方は内容がよくわからない場合があります。
時間軸は※本編がすべて終了した後のお話※とさせていただきます(現在本編未完11/18現在)
*****
「流石のイゾウさんでも、皆相手じゃ潰れるでしょうよ……」
「……潰れてねェ……」
「はいはい、ほらお水飲んでください」
珍しくぐったりと甲板で伸びているのはイゾウさん。その傍らにはお酒の瓶やら杯やらが転がっているしイゾウさんを中心に他の屍も転がっている。その数は数えるのが面倒なほど。
飲み比べをしてイゾウさんが潰したのだ。一人で。お酒に強いのは知っていたけれど、16番隊のほとんどの人を一人で潰すほどの酒豪とはこれ如何に。イゾウさんは肝臓が三つ四つあるのではないかと疑う。でも、やっぱり流石に度数が高いものを中心に飲まされ続ければそれはつらかったようで、今はぴたりと瞼を閉じて横になってしまっている。いつも結われている髪も解かれて甲板の木の床に広がって水を飲ませようにも起き上がるのもつらいようなので仕方なく落ち着くまで待つことにした。
「ははは!!イゾウが伸びるとはなあ……!」
少し離れたところでこちらを見て笑っているのは私の父と母だ。大笑いする声にピクリと手が動いたがやっぱり起き上がる気力はないらしい。
「別に酔っ払いの言うことなんて放っておいていいんですよ?」
「酔っ払いの戯言ほど怖ェもんはねぇだろ」
ごろりと寝返りを打ってイゾウさんは言った。そうなのだろうか。
「イゾウの隊の隊員と飲み比べをして、全員に勝ったら娘をあげよう」。
そんなふざけた父の言い分にイゾウさんが乗るわけがないと思ったのだけれど、彼は意外なほど目を本気にさせて「分かった」と言った。すでに酔っ払いばかりの甲板だ。本人がいいと言えば乗らない人はいない。すぐに囃し立てる声が彼の背を押し16番隊の背を押し……そうして次々と人が潰れていった。
勝負を仕掛けたのは私の父なのに、その父は一滴もイゾウさんと杯を交わしていないと言うのだからズルもいいところだ。勝負ならば本人同士でやらなければ意味がないのではと思うのだが、イゾウさんは次々と隊員の人たちをつぶしていくだけで文句は一つも言わず。これで言い出しっぺがサッチさんだったら、と考えてすぐに「やると思うか?」とバッサリ切り捨てるイゾウさんと、しつこくして海に落とされるサッチさんが思い浮かぶのだから面白い。つまり本来なら乗るはずもないくだらない勝負ごとに自ら乗るのはやっぱり珍しくて。
「どうして乗ったんですか?」
「好いた女を貰えない男がみじめだと思わないのかい?」
ごろり。仰向けになって薄く開いた目は赤い。初めて見るその表情に少しだけ目を瞬かせる。色を濃くしたような目。見慣れないそれは落ち着かなくて、たじろいだのが分かったのかすぐに瞼を閉じてくれたからホッと息を吐いた。
「あと何人でしょうね」
ぐるりと甲板を見渡すと顔は真っ赤だがまだ体を起こしている16番隊の隊員さんが5人ほど。話しが決まったときにはすでに潰れている人もいたし、まさか全員がお酒を飲める人ではないから一隊の人数、大体100人を相手に飲んでいたわけではないが30人ほどと飲み比べ、後5人と言うのはすでにすさまじい数だ。残りの5人と視線を交わせば若干苦笑いで手をひらひらと振られた。うん、分かっている。これ以上飲ませるのはいくらイゾウさんでも危ない。私はそっと寝っ転がったままのイゾウさんの髪を梳いた。目は閉じたままだ。
「あいつら俺が強ェと分かっててひでェ飲み合わせに馬鹿高い度数の酒ばっか飲ませやがって……」
「でも全部飲みましたね」
「当たり前だろ」
「当たり前なんですか」
「好いた女を……」
「それはさっき聞きましたよ」
相当限界なのか会話のループ。もう聞いたと言っても結局最後まで繰り返す。「好いた女を貰えない男がみじめだと思わないかい」と言うセリフに答えるならば「別に」だ。それは意地悪しているとかではなく本心からそう思う。
口にしなくても伝わることが多い関係だ。今もまた、口にしなくても空気か何かで伝わったのか、またうっすらと瞼が開いた。その目がすがるような、咎めるような色を帯びているものだから、ああまた大事なことは伝わっていないのだろうな、なんて。
「イゾウ限界か?」
「限界だよ」
けたけたと笑いながら寄ってきた父に本人に代わって返事をした。
「馬鹿言うな。まだ飲める」
「床に這いながら言うセリフじゃないだろう」
「床じゃねえ、モビーだ、甲板だ。床じゃねえ。」
「口調のわりに発言がめちゃくちゃになる、といいネタになるなぁ。ありがとう」
父が来たからと私が少し開けたイゾウさんとの空間に腰を下ろした父はまるで子供にするかのようにイゾウさんの髪をぐしゃりと撫でた。それに少し驚いたが、そう言えば写真の中の二人はだいぶん仲が良かったように見えたなと思い出した。でもやっぱりイゾウさんは気に食わなかったのか力の入っていない手でその手を払った。
「人をネタにするな」
「イゾウが主人公の話に続きを書かなきゃいけないんだ。本人を題材にしなくて何を題材にするんだ?」
「お前自身でいいだろう」
「はは。あいにくそれはもう書いてしまったんだ。だから続編は君の話がいい」
それにその本は娘が気に入らなかったようだしね、とこちらを向く顔はなぜかはっきりしなかった。でも何となく笑っているような気がして「だって」と言い訳を言いかければ「それは何度も聞いたよ」とまた笑い声。酔っている父は良く笑う。そして話を聞かない。
「あなた、若者をいじめるものじゃありませんよ」
母も傍にやってきて、イゾウさんに水を渡した。流石に恰好がつかないと思ったのかイゾウさんが気力で起き上がり差し出されたコップを受け取った。私も用意してたのにと思ったことには気づかないふりをした。
「……俺はその本を読んだことねェぞ」
「当たり前だ。イゾウに元の世界に帰してもらって書いた本だ。イゾウが内容を知っていたら怖い話だ」
「読ませろ」
「今持ってると思うかい?」
あいにくあっちの世界さと笑う父。口頭でよければ話しましょうかと母が言う。イゾウさんは水を一口飲んでからゆっくりと首を横に振った。
夜風が頬を撫でる。少し冷たいそれはきっとちょうどよく酔いの回った肌をさらうだろう。解けたせいか少しイゾウさんの黒髪が乱れているのが気になって、そっと立ち上がった。片手に持ったコップの中身をじいっと見つめるイゾウさんの傍によりその髪を梳けば一瞬だけ頬を寄せられる。ふふっと両親が笑うのが聞こえたけれど別にいい。
「冷えてんじゃねえか」
「イゾウさんが熱いだけですよ」
「嘘つけ。そんな薄着でいるからだろう」
「……いつもはイゾウさんが傍にいるから」
宴の時、イゾウさんは絶対に私の傍を離れないからいつも傍らが温かかった。無駄なく体に筋肉がついているおかげで発熱でもしているのかそれは上着を着るよりも心地よい温かさで、いつも私はそれにそっと触れるように肩を並べていたものだから、今日も上着を着ていなかったのだ。でも、今日は父の売り言葉をイゾウさんが買って私の傍にはいなかったから確かに若干冷えているかもしれない。
コップを置いたイゾウさんがぐっと私の腕を引いた。お酒のせいで力加減がうまくいかなかったのか半ば押し倒す勢いでぶつかる。酔いが回って暑いのかほとんど半裸状態の胸にぴったりとくっつけば心臓の音がした。
「おーい、飲みには負けたんじゃないのか?」
「うるせえ。海賊は奪ってなんぼだろう」
「ははは。確かにそうだが奪えないところに行ってしまったらどうしようもないだろう」
なあ、と父が私を見た。帰ろう、と言うように差し出された手を私は掴まなかった。帰りたくないわけではないけれど。
嘘のない言葉がこぼれ落ちる。
「イゾウさんが勝とうが負けようが、私は―――」
ぴたりと胸にくっついた耳がドクリと大きな音を捉えた。
*
「起きたか」
急に声が大きく聞こえて私は瞼を持ち上げた。持ち上げた?寝ていたのかと気づくのと、真顔のイゾウさんがこちらをのぞき込んでいるのを認識したのはほぼ同時。
「飲めるか?」
「ん……。私は……?」
コップを差しだされ水を一口。なんだか既視感。
「ちょっと目を離した隙に家族が強い酒を飲ませちまったのさ」
「宴は……?」
「終わった」
大丈夫か?と尋ねられて瞬きを数回繰り返した。夢だったのか。妙にリアルな夢だった。夢ではイゾウさんがつぶれていたのに、現実では私がつぶれていたらしい。よく考えれば分かるはずだった。父と母がこの世界に来られるはずがないのだからあれは夢だ。
例え夢だとしても二人が楽しそうに笑っているのを見られたので嬉しい。実際あのような勝負をかけられたとしてイゾウさんは乗るのだろうかと考えて乗らないだろうなと思う。乗るにしてもあんなに馬鹿正直にお酒を飲むとは思えない。父もそれなりに賢い人だけれど、イゾウさんもだから。
不意におなかに回っていた腕に軽く力が込められた。イゾウさんにもたれかかるように横向きに座らされた私をさらに密着させるようにずらされる。耳の後ろらへんに顔を寄せられてそのまま唇を寄せられるからぞくりとした。
「イゾウさん?」
「俺はもしお前が俺の手の届かないところに行こうとも、奪いに行く自信がある」
「……それは熱烈ですね」
「飲み比べに勝とうが負けようが、どこかに行こうが行かまいが俺はお前を離したりしない」
瞬き一つ。夢の中をイゾウさんはのぞき込んだのだろうか。それぐらいの既視感。
「イゾウさんさっきからちょっと理屈が通ってませんよ、酔ってます?」
「うるせェ」
「酔ってますね」
珍しい。正夢のようなものか、とふと部屋の小さな机に目をやれば、徳利と杯が……二つとコップが一つ。心臓が跳ねた。
「イゾウさん、誰と飲んでいたんですか?」
「さあな」
「イゾウさん」
「知らねェ」
ぐっと体重がかかって布団に二人もろとも倒れ込んだ。今気づいたけれどやっぱりイゾウさんも酔っている。むしろ私の方が醒めているのではないか、それぐらい密着した肌が燃えるように熱い。
「……夢で、父と母に会ったんです」
「……お前の母親に会ったのは初めてだ」
「飲み比べしていましたよ、イゾウさんと」
「ああ……途中で終わったがな」
「何を賭けてたんですか?」
「……それは分かってて聞いてんだろ」
不満げにぎゅうっと抱きしめられる。仰向けになっている私に容赦なくイゾウさんがのしかかっているからかなり重たい。けれどその圧が心地よくも感じて少しだけ笑った。
散らばった黒髪を夢の中でやったのと同じように整えるように指で梳いた。
夢か現実かおそらく半々の不確実な出来事。きっと私の夢と、イゾウさんが見た現実を足して2で割ったら真実なのだろう。
ぽつぽつとすり合わせを行えば、私の夢ではイゾウさんが酔いつぶれ。現実では私が酔いつぶれた。夢では私がイゾウさんの面倒を見ていた。現実ではイゾウさんが私に水を飲ませていた。そうして夢と事実を組み合わせると、どうやらイゾウさんが聞けなかったのは私の答え、おそらくイゾウさんにとっては父と母の許可らしい。
途中で飲み比べが終わったのなら不戦勝でもいいだろうにそうしないのが少し真面目と言うか頑固と言うか。
「イゾウさん」
彼は酔っても記憶があるタイプなのだろうか。それすらもまだよく分かっていない、知らないことがまだまだある関係。でも、それでも私は。
「私は―――」
耳に口を寄せてそうっと溢せばごろりと横に転がって、そのまま唇が重なった。お酒の匂いと味が濃くてまた酔ってしまいそうだったけれど、そしたらまた夢が見られるかなと思うとそれはそれでいいなと思う。
「アイツ今度来たら必ず潰してやる……」
「母の方が強いですよ。今度は私を起こしてくださいね。そして四人で飲みましょう。……できたらもっと大人数で、甲板で、皆で、親父さんも呼んで。家族全員で」
「……ああ、そうだな」
夢は夢。現実は現実。叶うかもわからない夢を不思議なことが沢山起こるグランドラインならかなえてくれるだろうか。
「叶うさ」
「私何も言ってません」
「悪ィな、顔に描いてあったもんだからよ」
「もう……」
例え叶わなくても寂しくはない。温かい腕に包まれて私はまた眠りに落ちた。
心地よい眠りの中で、父がイゾウさんに潰されて、母が笑い、イゾウさんが満足げにしている夢を見た。
リクエスト:夢主の両親がOP世界へトリップ・イゾウさんが夢主との結婚を賭けて夢主父と飲み比べをする
リクエストお待たせしてすみませんでした!
とても楽しい香りのするリクエストをいただいたのにも関わらず、不思議で若干シリアス風味のお話で大変申し訳なく思います……ただ、私は書いていて楽しかったです!!ありがとうございます!!
本編が無事に終了しましたら、またご両親がOP世界にトリップすることがあるかもしれません。なんといってもグランドラインですから 笑
本編もまた更新していきますのでのんびり待っていただけたら幸いです。
リクエストありがとうございました!
夢と現と
このお話は「長編:一兎を奪う」の番外編です。本編を読んでいらっしゃらない方は内容がよくわからない場合があります。
時間軸は※本編がすべて終了した後のお話※とさせていただきます(現在本編未完11/18現在)
*****
「流石のイゾウさんでも、皆相手じゃ潰れるでしょうよ……」
「……潰れてねェ……」
「はいはい、ほらお水飲んでください」
珍しくぐったりと甲板で伸びているのはイゾウさん。その傍らにはお酒の瓶やら杯やらが転がっているしイゾウさんを中心に他の屍も転がっている。その数は数えるのが面倒なほど。
飲み比べをしてイゾウさんが潰したのだ。一人で。お酒に強いのは知っていたけれど、16番隊のほとんどの人を一人で潰すほどの酒豪とはこれ如何に。イゾウさんは肝臓が三つ四つあるのではないかと疑う。でも、やっぱり流石に度数が高いものを中心に飲まされ続ければそれはつらかったようで、今はぴたりと瞼を閉じて横になってしまっている。いつも結われている髪も解かれて甲板の木の床に広がって水を飲ませようにも起き上がるのもつらいようなので仕方なく落ち着くまで待つことにした。
「ははは!!イゾウが伸びるとはなあ……!」
少し離れたところでこちらを見て笑っているのは私の父と母だ。大笑いする声にピクリと手が動いたがやっぱり起き上がる気力はないらしい。
「別に酔っ払いの言うことなんて放っておいていいんですよ?」
「酔っ払いの戯言ほど怖ェもんはねぇだろ」
ごろりと寝返りを打ってイゾウさんは言った。そうなのだろうか。
「イゾウの隊の隊員と飲み比べをして、全員に勝ったら娘をあげよう」。
そんなふざけた父の言い分にイゾウさんが乗るわけがないと思ったのだけれど、彼は意外なほど目を本気にさせて「分かった」と言った。すでに酔っ払いばかりの甲板だ。本人がいいと言えば乗らない人はいない。すぐに囃し立てる声が彼の背を押し16番隊の背を押し……そうして次々と人が潰れていった。
勝負を仕掛けたのは私の父なのに、その父は一滴もイゾウさんと杯を交わしていないと言うのだからズルもいいところだ。勝負ならば本人同士でやらなければ意味がないのではと思うのだが、イゾウさんは次々と隊員の人たちをつぶしていくだけで文句は一つも言わず。これで言い出しっぺがサッチさんだったら、と考えてすぐに「やると思うか?」とバッサリ切り捨てるイゾウさんと、しつこくして海に落とされるサッチさんが思い浮かぶのだから面白い。つまり本来なら乗るはずもないくだらない勝負ごとに自ら乗るのはやっぱり珍しくて。
「どうして乗ったんですか?」
「好いた女を貰えない男がみじめだと思わないのかい?」
ごろり。仰向けになって薄く開いた目は赤い。初めて見るその表情に少しだけ目を瞬かせる。色を濃くしたような目。見慣れないそれは落ち着かなくて、たじろいだのが分かったのかすぐに瞼を閉じてくれたからホッと息を吐いた。
「あと何人でしょうね」
ぐるりと甲板を見渡すと顔は真っ赤だがまだ体を起こしている16番隊の隊員さんが5人ほど。話しが決まったときにはすでに潰れている人もいたし、まさか全員がお酒を飲める人ではないから一隊の人数、大体100人を相手に飲んでいたわけではないが30人ほどと飲み比べ、後5人と言うのはすでにすさまじい数だ。残りの5人と視線を交わせば若干苦笑いで手をひらひらと振られた。うん、分かっている。これ以上飲ませるのはいくらイゾウさんでも危ない。私はそっと寝っ転がったままのイゾウさんの髪を梳いた。目は閉じたままだ。
「あいつら俺が強ェと分かっててひでェ飲み合わせに馬鹿高い度数の酒ばっか飲ませやがって……」
「でも全部飲みましたね」
「当たり前だろ」
「当たり前なんですか」
「好いた女を……」
「それはさっき聞きましたよ」
相当限界なのか会話のループ。もう聞いたと言っても結局最後まで繰り返す。「好いた女を貰えない男がみじめだと思わないかい」と言うセリフに答えるならば「別に」だ。それは意地悪しているとかではなく本心からそう思う。
口にしなくても伝わることが多い関係だ。今もまた、口にしなくても空気か何かで伝わったのか、またうっすらと瞼が開いた。その目がすがるような、咎めるような色を帯びているものだから、ああまた大事なことは伝わっていないのだろうな、なんて。
「イゾウ限界か?」
「限界だよ」
けたけたと笑いながら寄ってきた父に本人に代わって返事をした。
「馬鹿言うな。まだ飲める」
「床に這いながら言うセリフじゃないだろう」
「床じゃねえ、モビーだ、甲板だ。床じゃねえ。」
「口調のわりに発言がめちゃくちゃになる、といいネタになるなぁ。ありがとう」
父が来たからと私が少し開けたイゾウさんとの空間に腰を下ろした父はまるで子供にするかのようにイゾウさんの髪をぐしゃりと撫でた。それに少し驚いたが、そう言えば写真の中の二人はだいぶん仲が良かったように見えたなと思い出した。でもやっぱりイゾウさんは気に食わなかったのか力の入っていない手でその手を払った。
「人をネタにするな」
「イゾウが主人公の話に続きを書かなきゃいけないんだ。本人を題材にしなくて何を題材にするんだ?」
「お前自身でいいだろう」
「はは。あいにくそれはもう書いてしまったんだ。だから続編は君の話がいい」
それにその本は娘が気に入らなかったようだしね、とこちらを向く顔はなぜかはっきりしなかった。でも何となく笑っているような気がして「だって」と言い訳を言いかければ「それは何度も聞いたよ」とまた笑い声。酔っている父は良く笑う。そして話を聞かない。
「あなた、若者をいじめるものじゃありませんよ」
母も傍にやってきて、イゾウさんに水を渡した。流石に恰好がつかないと思ったのかイゾウさんが気力で起き上がり差し出されたコップを受け取った。私も用意してたのにと思ったことには気づかないふりをした。
「……俺はその本を読んだことねェぞ」
「当たり前だ。イゾウに元の世界に帰してもらって書いた本だ。イゾウが内容を知っていたら怖い話だ」
「読ませろ」
「今持ってると思うかい?」
あいにくあっちの世界さと笑う父。口頭でよければ話しましょうかと母が言う。イゾウさんは水を一口飲んでからゆっくりと首を横に振った。
夜風が頬を撫でる。少し冷たいそれはきっとちょうどよく酔いの回った肌をさらうだろう。解けたせいか少しイゾウさんの黒髪が乱れているのが気になって、そっと立ち上がった。片手に持ったコップの中身をじいっと見つめるイゾウさんの傍によりその髪を梳けば一瞬だけ頬を寄せられる。ふふっと両親が笑うのが聞こえたけれど別にいい。
「冷えてんじゃねえか」
「イゾウさんが熱いだけですよ」
「嘘つけ。そんな薄着でいるからだろう」
「……いつもはイゾウさんが傍にいるから」
宴の時、イゾウさんは絶対に私の傍を離れないからいつも傍らが温かかった。無駄なく体に筋肉がついているおかげで発熱でもしているのかそれは上着を着るよりも心地よい温かさで、いつも私はそれにそっと触れるように肩を並べていたものだから、今日も上着を着ていなかったのだ。でも、今日は父の売り言葉をイゾウさんが買って私の傍にはいなかったから確かに若干冷えているかもしれない。
コップを置いたイゾウさんがぐっと私の腕を引いた。お酒のせいで力加減がうまくいかなかったのか半ば押し倒す勢いでぶつかる。酔いが回って暑いのかほとんど半裸状態の胸にぴったりとくっつけば心臓の音がした。
「おーい、飲みには負けたんじゃないのか?」
「うるせえ。海賊は奪ってなんぼだろう」
「ははは。確かにそうだが奪えないところに行ってしまったらどうしようもないだろう」
なあ、と父が私を見た。帰ろう、と言うように差し出された手を私は掴まなかった。帰りたくないわけではないけれど。
嘘のない言葉がこぼれ落ちる。
「イゾウさんが勝とうが負けようが、私は―――」
ぴたりと胸にくっついた耳がドクリと大きな音を捉えた。
*
「起きたか」
急に声が大きく聞こえて私は瞼を持ち上げた。持ち上げた?寝ていたのかと気づくのと、真顔のイゾウさんがこちらをのぞき込んでいるのを認識したのはほぼ同時。
「飲めるか?」
「ん……。私は……?」
コップを差しだされ水を一口。なんだか既視感。
「ちょっと目を離した隙に家族が強い酒を飲ませちまったのさ」
「宴は……?」
「終わった」
大丈夫か?と尋ねられて瞬きを数回繰り返した。夢だったのか。妙にリアルな夢だった。夢ではイゾウさんがつぶれていたのに、現実では私がつぶれていたらしい。よく考えれば分かるはずだった。父と母がこの世界に来られるはずがないのだからあれは夢だ。
例え夢だとしても二人が楽しそうに笑っているのを見られたので嬉しい。実際あのような勝負をかけられたとしてイゾウさんは乗るのだろうかと考えて乗らないだろうなと思う。乗るにしてもあんなに馬鹿正直にお酒を飲むとは思えない。父もそれなりに賢い人だけれど、イゾウさんもだから。
不意におなかに回っていた腕に軽く力が込められた。イゾウさんにもたれかかるように横向きに座らされた私をさらに密着させるようにずらされる。耳の後ろらへんに顔を寄せられてそのまま唇を寄せられるからぞくりとした。
「イゾウさん?」
「俺はもしお前が俺の手の届かないところに行こうとも、奪いに行く自信がある」
「……それは熱烈ですね」
「飲み比べに勝とうが負けようが、どこかに行こうが行かまいが俺はお前を離したりしない」
瞬き一つ。夢の中をイゾウさんはのぞき込んだのだろうか。それぐらいの既視感。
「イゾウさんさっきからちょっと理屈が通ってませんよ、酔ってます?」
「うるせェ」
「酔ってますね」
珍しい。正夢のようなものか、とふと部屋の小さな机に目をやれば、徳利と杯が……二つとコップが一つ。心臓が跳ねた。
「イゾウさん、誰と飲んでいたんですか?」
「さあな」
「イゾウさん」
「知らねェ」
ぐっと体重がかかって布団に二人もろとも倒れ込んだ。今気づいたけれどやっぱりイゾウさんも酔っている。むしろ私の方が醒めているのではないか、それぐらい密着した肌が燃えるように熱い。
「……夢で、父と母に会ったんです」
「……お前の母親に会ったのは初めてだ」
「飲み比べしていましたよ、イゾウさんと」
「ああ……途中で終わったがな」
「何を賭けてたんですか?」
「……それは分かってて聞いてんだろ」
不満げにぎゅうっと抱きしめられる。仰向けになっている私に容赦なくイゾウさんがのしかかっているからかなり重たい。けれどその圧が心地よくも感じて少しだけ笑った。
散らばった黒髪を夢の中でやったのと同じように整えるように指で梳いた。
夢か現実かおそらく半々の不確実な出来事。きっと私の夢と、イゾウさんが見た現実を足して2で割ったら真実なのだろう。
ぽつぽつとすり合わせを行えば、私の夢ではイゾウさんが酔いつぶれ。現実では私が酔いつぶれた。夢では私がイゾウさんの面倒を見ていた。現実ではイゾウさんが私に水を飲ませていた。そうして夢と事実を組み合わせると、どうやらイゾウさんが聞けなかったのは私の答え、おそらくイゾウさんにとっては父と母の許可らしい。
途中で飲み比べが終わったのなら不戦勝でもいいだろうにそうしないのが少し真面目と言うか頑固と言うか。
「イゾウさん」
彼は酔っても記憶があるタイプなのだろうか。それすらもまだよく分かっていない、知らないことがまだまだある関係。でも、それでも私は。
「私は―――」
耳に口を寄せてそうっと溢せばごろりと横に転がって、そのまま唇が重なった。お酒の匂いと味が濃くてまた酔ってしまいそうだったけれど、そしたらまた夢が見られるかなと思うとそれはそれでいいなと思う。
「アイツ今度来たら必ず潰してやる……」
「母の方が強いですよ。今度は私を起こしてくださいね。そして四人で飲みましょう。……できたらもっと大人数で、甲板で、皆で、親父さんも呼んで。家族全員で」
「……ああ、そうだな」
夢は夢。現実は現実。叶うかもわからない夢を不思議なことが沢山起こるグランドラインならかなえてくれるだろうか。
「叶うさ」
「私何も言ってません」
「悪ィな、顔に描いてあったもんだからよ」
「もう……」
例え叶わなくても寂しくはない。温かい腕に包まれて私はまた眠りに落ちた。
心地よい眠りの中で、父がイゾウさんに潰されて、母が笑い、イゾウさんが満足げにしている夢を見た。
リクエスト:夢主の両親がOP世界へトリップ・イゾウさんが夢主との結婚を賭けて夢主父と飲み比べをする
リクエストお待たせしてすみませんでした!
とても楽しい香りのするリクエストをいただいたのにも関わらず、不思議で若干シリアス風味のお話で大変申し訳なく思います……ただ、私は書いていて楽しかったです!!ありがとうございます!!
本編が無事に終了しましたら、またご両親がOP世界にトリップすることがあるかもしれません。なんといってもグランドラインですから 笑
本編もまた更新していきますのでのんびり待っていただけたら幸いです。
リクエストありがとうございました!
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