一兎を奪う:番外編(15.5話)万能薬は存在しないside:ロー
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※以下は一兎を奪う本編「15.万能薬は存在しない」のローsideの話となります。本編を未読ですと分からない箇所がある場合があります。あらかじめご承知おきください。
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一兎を奪う:番外編
万能薬は存在しないside:ロー
小さな町だが商業は栄えているようでうちの海賊団は人数が多いわけでもないからこれなら食料調達も問題なくできるだろう。
久々の停泊。クルーも買い出しが終われば自由に過ごすだろうと、俺は切らしている薬品を買いに行くかと船を出る。
「きゃぷてーん!どこ行くんすか?」
「切らしてる薬品を調達しに行く」
「今回量多いですよね。俺らも一緒に行きますよ」
シャチとペンギンが目ざとく出て行く俺を見つけて声を掛けてくる。呆れるほど、こいつらは俺にくっついてくる……別に悪いことではないが俺は首を横に振った。
「いや、俺一人で行く。小せェ島だ。能力で十分運べる」
お前らは好きにしろ、と船を後にした。後ろから少しの沈黙の後「お昼は一緒にたべましょーねー!!」と大きな声が聞こえて……どれだけついて来てェのか。少し可笑しかったが、背を向けたから見えなかっただろう。うちのクルーは良くなついている。躾はなってねェとこがあるが……まあ、海賊だ。こんなものだろう。
栄えている町は歩きやすい。海賊を商売相手として受け入れている島は特に、海軍さえいなければ面倒ごとも起こりにくい。
切らしていた薬品は問題なく手に入れることができた。割と質もいい。麻酔も調達できたから当分の心配はないだろう。能力を使えば限りなく患者の痛みと負担をなくすことはできるが、やはり能力だけでは施せない技術もある。そんなとき麻酔が無かったら普通の人間はショック死だ。麻酔も多用すればいいと言うものではないが、やはり必要なことはある。
医学は武器だ。俺は海賊だが医者でもあるから殺しは好まない。そうだからこそ、どうすれば「殺さずに」戦闘不能にできるのかを考えるし、それを可能にしているのは能力でもあるが、少なからず医学の知識によるものだ。ただ、それは逆に言えば、どこにどんな衝撃を与えれば即死にさせることができるのか分かっているということでもある。つまり、残酷な殺し方にするか楽な殺し方をするか選択ができるということだ。まあ、何度も言うが俺は医者だから「気を楽にしろ」とどんな敵であっても言うのだが。
結局人に手を掛けるのには変わりないから海軍にとっては些細なことなのだろう。『死の外科医』と言う大層な名前を付けられたときは笑ったものだ。「死の」なんて付けなくとも医者なら全員「死」を背負っているのにわざわざそうつけて呼ぶところが海軍らしいと思う。生まれ変わってもない話だが、もし俺が海軍に所属しこの能力を惜しみなく発揮していたらなんと呼ばれるのだろうか。少なくとも「死の」とは呼ばれないに違いない。海軍のそういうところが俺はひどく滑稽に感じる。
用事は済んだ。気のすむまで街もふらついたことだし、そろそろ合流するかと途中電伝虫で連絡があった場所に向かう。
普段なら裏道を抜けるか能力を使うところだが気まぐれに人ごみの中を歩いていれば鼻を掠めたのは独特の香り。香水……とはまた違う。何となく懐かしくなるような。つられるように視線を動かせば、髪を1つに束ねた男がちょうど横をすれ違って行った。
「……堅気じゃねェな」
人ごみを歩いていると言うのに軽い足取り。構えているようには見えないが、するすると器用に歩いていく様は単純に慣れていると言った感じではない。シンプルで清潔な格好にも関わらず、よく使いこまれた銃が腰から下がっていたのもしっかり見えた。
少し考えて、電伝虫を取り出す。海賊を疎まない島は歩きやすいが、たまに厄介な海賊が紛れ込んでいることもある。船番のクルーに近くに停泊している目立った船が見当たらないか見るよう連絡を入れておこうと道の脇に寄ったところで聞こえた声に動きを止めた。
「イゾウ隊長!」
男が一人、慌てたように俺の横を通り抜けた。振り向いたのはさっきの男だ。悟られないよう顔を見れば、男にしては随分と綺麗な顔をしている。頭の中に入っている手配書を思い返す前に「隊長」と呼ばれたことにまさかと思う。
いやな予感ほど当たるもの。駆け寄った男の腕に掘られた刺青のマークは知らないほうが可笑しい海賊団を示すもの。自分たちが停泊した後に来たのだろう。そうでなければ世界的に名を知られている海賊団の船など見落とすわけがない。
思わずため息をついた俺は悪くない。まあ、クルーの中に無鉄砲に喧嘩を吹っ掛けるような真似をする奴らはいねェから大丈夫か。
俺は一応話の内容は耳に入れ能力でその場を離れた。
無鉄砲に喧嘩を吹っ掛けるようなクルーはいなくとも、厄介ごとになぜか巻き込まれるクルーはいる。
「で?その子どもは?」
「あ、あのね、俺がぶつかっちゃって怪我させちゃったから一緒にいたの!」
「……診せろ」
シャチ達と合流してみればなぜか一緒にいる子ども。聞けばべポがぶつかって転ばせてしまったと言う。さっきの男たちの会話を思い出し、子どもを見る。控えめに言っても自分の顔は優しい顔ではないと思うのだがまっすぐに見上げてくる目は黒。それと同じ髪は跳ねるように結ばれている。特に目立った顔ではない。恰好も白いシャツに緩い形のパンツ、サンダルと、どこにでもいるような子どもだが、そうだと言えない理由は匂いだ。先ほど嗅いだ独特の匂いと同じ匂いが子どもからする。
厄介ごとをさらに大きくする趣味はないので思わずため息をつきそうになるのをこらえる。そして敵意のないことを示すためにペンギンに刀を預け、膝をついた。
内出血の跡が残る腕を指摘すれば肯定が返ってきて、眉間に皺が寄った。どんなにうまくやっても内出血が起きることはあるが、転んだ患部を診るついでにもう片方の腕を見てもそのあとがあるのは、頻繁な採血によるものではないだろうか。……何をそんなに採血をすることがあるのだろうか。どこか悪いのか、と思考が回るのは職業病か。
あの海賊団の元に置かれていてまさか理不尽な扱いを受けているとは思わないが、気休めのチョコレートを差しだせば素直に空く口。助言をしてやれば同様にあまりに素直にうなずくものだから、つい頭を撫でれば黒い目は瞬いた。汚れていない瞳でじいっと見られて名前を聞かれ、答えればなぜだか言いづらそうに口ずさむものだから笑いをこらえて「ローでいい」と言えば、明らかに助かったという顔をする。やはり素直だ。
そもそも一緒に昼を食べると約束して合流した昼時。どうせならもう少し一緒にいてもいいかと子どもの荷物を取り上げ歩き出す。子どもは何も言っていないのに少し距離を空けてつつ後ろをついてくる。もう少し警戒をしろとも言いたくなるが、何となく賢い子どものように見えるから自分で考えて判断した行動だと思うと面白い。名前を聞けば「ユリトです」と。海賊を信用するのはどうかと思うが、今の自分は完全に興味と善意で行動をしているからその方が気分がいいのは確かで。
「……キャプテン」
「ああ、知ってる。しばらくしたら必ず船の近くに送ると伝えろ」
「すぐ返さなくていいんっすか……」
「いい。何か言われれば『イゾウ隊長のだと知ってる』と言え」
「アイアイ」
見られているのに気づいたペンギンとシャチが耳打ちをしてくるが首を横に振る。あの海賊団の家族に手を出せばどうなるかは有名な話だが、こちらに危害を加えるつもりはない。二人は緊張した表情だったが、言って否と言われれば返せばいい。
戻ってきた二人からは「夕刻までに西の海岸へ」と伝えられた。
「大事な人から貰ったんです」
「渡すつもりはないけれど、もし、があったら渡そうと思って」と独り言のようにこぼす少女。その伏せた目に映している人間にはきっと見せないのだろう一片。何かを決めつつも、実行するのはどこかためらっているようなそれ。俺は「そうか」と相槌を打った。
ビブルカードは命の紙。渡すつもりはない、と言うことはもう「死」が決まっているのだろうか。もしくは決めているのだろか。目を細めても何も見えない。能力を使えば何か病を見つけることができたかもしれないが、俺はそれをしなかった。
本人が決めている「死」を歪めるのは無粋だ。しかし、この少女はどこで死ぬのだろうか。なぜかふと、冷たい雪の積もった街を思い出した。それから、不謹慎にもこの少女が死ぬところを思い浮かべその「大事な人」とやらから貰ったビブルカードを眺めながら逝くのだろうかと思った。その時何を思うのだろう。自分は死にながら、そいつには生きて欲しいと願うのだろうか。……何となく苛立った。
「え、もらえませんよ」
「別に持っていて困るもんじゃねェだろ。交換だ」
死は他者に認知されてこそ死となる。誰にも知られない死は死と成り得ない。死はそもそも孤独であると言うのが原則であるが、知られない死ほど孤独なものはない。俺は医者だ。いつかカードが燃えるのを見てやろう。自分のカードを渡したのは嫌がらせだ。死を決めた人間は残していく人間が重りになることがあるから。
迎えが来た時、わずかにユリトの空気が揺れた。あの独特の香りを纏う男に引き寄せられたのは確かだが、近づいた距離を許したのは確かにユリトだった。なるほど、この男が大事な人とやらか。俺たちが危害を与えていないことを確かめるように男が振り返れば、ユリトはその手を握った。どこか不安定な子ども。それでもしっかりとその男の手を握ったその姿に昔の自分を垣間見る。
不安定な中のつながりは本人が思う以上に強固で甘美で、呪いにすらなりうる。
「……お前は自分の血が万能薬と言ったな。でもそれは違ェ。心の傷に薬は効かねェ」
決めた死を歪めるのは無粋だ。
だが、死が確かに誰かを傷つけることを教えるのは許されるだろう。
「覚えておきますから、力になれることがあれば言ってくださいね」
「……ませたガキだな」
「死ぬのにか?」とは言わなかった。俺は海賊だが、医者だ。生きるつもりが少しでもあるならばそれを摘み取る趣味はねェ。
素直で賢く、礼儀も身についている。察しもいい。「いい女になりそうだ」と笑えば、間抜けに目を瞬かせたのも好ましかった。
「出航だ」
『アイアイ、キャプテン!』
能力を使って船へ。もし、紙が燃えることが無かったらまた会うこともあるだろう。俺の鼻が匂いを忘れる前に会えたなら、また少しの間掻っ攫うのもいいかもしれない。
「ねえ、キャプテン!ユリトに手紙書こうよ!!」
「キャプテン、血液検査の結果出ました」
「キャプテン!!めっちゃイカした便せんありますよ!!」
こいつらもなぜか気に入ったらしい。不思議なガキだと俺は小さく笑った。
Fin.
リクエスト:一兎ヒロインでローとの絡み
本編をローさん視点で書かせていただきました。ローさんと歩いている間迎えが来なかったのもこういうことでした、と言うお話。ヒロインが感じているよりもずっとローさんは大人ですね。ローさんと絡ませると途端にヒロインが幼くなる感じが新鮮でした!
リクエストありがとうございました!
※以下はおまけです
リクエストにしては真面目も真面目なお話だったので、終始シリアスだったわけではないよーという閑話を。海辺で迎えが来るちょっと前のお話です(ヒロイン視点)
補足:ヒロインはこの話の前後どちらに置いてもローさんの能力を正確に知りません。このお話で面白い能力だなぁ、本編で、瞬間移動もできるのかー程度です。
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番外編:それはまた違った色
事の発端は、「ローさんの能力ってどんなものなんですか?」という私の発言にさかのぼる。
「キャプテン!!なんで俺なんすか!!」
「おい、その体粗末に扱うなよ」
「粗末に扱えないのが分かってるから動けないんじゃないですか!!」
戻してください!!とほとんど半泣きで言うのは私だ。いや、正確に言えば、私の姿をしたシャチさんなんだけど。
海の近くまで戻ってきて、シャチさんが「遊ぼう!」と言い出した。それに乗ったのはべポさんで、ちらりとローさんを見ればペンギンさんが「キャプテンは遊べないんだ」と教えてくれて。そして冒頭の通り、私が能力者なのかと聞けば、しばらく考えたローさんが「ROOM」と唱えたのだ。
ドームのようなものが広がり、ローさんが私とシャチさんを入れ替える動作をしたと思ったらこうなっていた。さっきまでローさんの横にいたはずの私はなぜかローさんの目の前に移動していて。混乱していれば視界は高く声は低くて。
聞けば、「こういうこともできる能力だ」の事。シャチさんと私の精神を入れ替えた状態らしく、今はシャチさんが私で、私がシャチさんといった具合だ。……なんだかとってもややこしい。シャチさんの体に入っていようが、私は私なので、私として話そう(やっぱりややこしい……)
「シャチさん背高いんですね。視界が全く違います」
「ユリトが入ってる方がシャチが頭よさそうに見えるな」
「もうこのままでいいんじゃない?」
「ペンギンは超失礼だし、べポはこのままで言い訳ねえから!!」
戻せ戻せと声をあげるシャチさんは、私の体だからか声をあげるだけでやってもさっきからその場でぴょんぴょん跳ねるのみだ。たぶん私の体を傷つけないように細心の注意を払ってくれているのだろうけど、自分の声で叫ばれるとは何とも変な感じ。ローさんは「うるせぇ」と言いつつも愉快そうに笑っている。
「体痛かったり、変な感じしない?大丈夫?」
「しいて言うならサングラスが見にくいですね」
「外していいぞ」
「だめだから!!それ俺のアイデンティティ!!帽子もだめぇええ!!」
叫ぶシャチさん。私ってそんな大きい声出たのか。そしてサングラスと帽子はアイデンティティなのか。なるほど。本人が嫌がってることをしてはいけないなと思いつつ、ふと、ペンギンさんの方を見てじいっとのぞき込んでみる。それもアイデンティティなのだろうか。あ、帽子下げた。
「企業秘密だ、ユリト。あとシャチの顔でのぞき込むのはやめてくれ、殴りたくても殴れない」
「まってまってまって!?中身俺なら殴るのかよ!?」
「大丈夫、ちゃんとグーでやってやるよ」
「ひどい!!」
とことんからかわれるシャチさん。愛されてるなあと思いながら、まさか他の人の体で動けるようになるような能力だとは思わなかったので、他人の体ってこうなっているのかと自分(シャチさん)を自分で触れてみる。手はごつごつしていて、腕や足はつなぎの上から触れる限りめちゃくちゃ鍛えられている。とんとんと軽くその場で飛んでみても跳躍力が全く違って驚いた。
「シャチの体だ。多少乱暴に扱っても平気だぞ」とけたけた笑うペンギンさんにうなずいて「いや平気じゃねェよ!!」と突っ込みを入れまくるシャチさんに近寄る。
こうやって近づくとかなり私が小さいことが分かった。……分かりたくないけど確かにこれだと年齢を間違えられても可笑しくない気がする。
自分で自分の顔を見ると変な感じ。シャチさんも同じことを思ったのか「俺ってこんな顔してんのな!」と笑っている。自分が笑うとこんな風なのか、と思ったが自分はここまで快活に笑うことなどめったにないからこれはシャチさんの笑い方なんだろうなと思う。つまり、体は自分でも入っている人が違うことで多少印象が変わると言うことだ。鏡に映る自分は反転しているから相手から見る自分ではない、とは言うけれど、こうして能力を使っても客観的な自分を見られないと言うのは少し面白い気がする。
「失礼します」
「うおっ」
自分の体に断りを入れるのも変だけど、中身シャチさんだし一応声を掛けて持ち上げた。バランスを取るために慌ててシャチさんが首に手を回してくれたのだけれど……驚いた。
軽い。
「どうしたユリト?持ち上げなくても傷つけたりしねェよ?キャプテン怖ェし」
「あ、いや。そうじゃなくて……」
持ち上げているのは自分の体だから体重は知っている。のに、知っている体重よりもっと軽く感じるのはシャチさんの体が鍛えられているからだろうか。もしそうだとしたら……。べポさんは分からないけど、ペンギンさんを見て、ローさんを見て、船にいるみんなを思い出す。……道理でひょいひょい担がれるわけだ。
「おーい、ユリト。遠い目になってるぞ」
「シャチさん、自分の体でどのぐらいの重さまで持ち上げられます?」
「は……?えーっと、ペンギンとキャプテンぐらいだったら余裕じゃね?べポまで入れるとちょっときちぃかも」
「待ってください、成人男性2人抱えられるんですか……」
じゃあどれだけ体重を増やしても担がれるのは免れられないのか。胃が痛い……。よく担がれるから何とか防止ができないものかと思ったのだけれど難しそうだ。
思わずため息をつけば「なんかよく分からねェけど、元気出せ?」と頭をわしゃわしゃ撫でられた。優しい。
「キャプテ~ン、シャチがユリトの体で自分の頭撫でてる~!」
「げぇ!?これもアウトなんすか!?」
「さあな。それを判断するのは俺じゃねェだろう」
「いやまあ、今シャチがユリトを抱えてる時点でそもそもアウトなんじゃないか?」
「マジかよ!?まってください俺まだ死にたくないんすけど!?ユリト~!!」
急に慌て始めたシャチさんに早急に降ろせと言われて目を瞬かせていれば、私が私の腕から消える。見ればペンギンさんが私を抱えてにこっと笑っていて。
「ROOM」
広がった青いドームのようなもの。また初めの様にくるりとローさんが手を返せばぱっと視界が変わった。そしてその瞬間、目に映ったのはペンギンさんに思いっきり背中を蹴られるシャチさんで。
ばしゃーん!!と派手な水音。思いっきり海へとすっころんだシャチさんは言わずもがなびしょ濡れだ。
「やりやがったなペンギン!!」
「おっと、待て。俺は今ユリトを抱えてるんだ」
「卑怯臭ェ!!」
「俺めっちゃ理不尽じゃん!!」と叫ぶシャチさんを二人と一匹が笑う。
それを見て、私も少しだけ笑った。
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