6.望みと試練
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6.望みと試練
薄紅色の羽織は私の踊り子の衣装によく合った。分かれる間際に「これを舞台で使ってもいいですか?」と聞いたら好きにしろと言ってくれたから、今日はそれを使うつもりで。でも、明らかに自分のものではない上等な羽織を堂々と来ていてはお姉さま方に奪われてしまうかもしれないから、出番までそっと荷物置き場の影に隠し置いた。
今日の舞台は15時に終わる。夕方に出向すると言っていたから終わってすぐに出ればきっと間にあう。荷物は剣と羽織だけだから、それだけもって走ればいいのだから。
今まで聞くだけだった海の向こう。もうすぐ自分の目で見に行ける。
海は自由らしい。船長さんには話をしてあると言っていたけれど、私にできることはほとんど踊ることだけだ。それでも本当にいいのだろうか。もし、本当にいいと言うなら、今まで以上に綺麗に踊ろう。できるだけ感謝が伝わるように。
「麗しの踊り子たち、まずは余興からお楽しみください!」
羽織を天女の衣のように纏って舞台に出た。いつもの剣は腰に差したままだ。誰にも言っていないけれど最後の舞台なのだから、自分の好きなように踊りたかった。
―あした浜辺をさまよへは 昔のことぞ しのばるる―
曲は昨日、桔梗の人を皮切りに、白ひげ海賊団のみなさんが歌ってくれた曲。「浜辺の歌」と言うもので、歌詞を思い出しながら歌っては笑ってしまう。
この歌は夕暮れに、昔、恋した人を思い出しながら浜辺を彷徨い歩く歌詞なのだ。とらえようによっては少し切ない曲で、たぶんあの人は狙って歌ったのだろう。
つまり、今日の夕方来ないなら、この歌のようにずっと浜辺で後悔して彷徨うだろうと。だから来いと、一緒に海に出ればいい、と踊りを見てくれていた時からあの人は粋に伝えてくれていたのだ。
舞終わって頭を下げても拍手はない。本当はこれが普通なのだ。白ひげ海賊団のような海賊の方が特殊で、ほとんどの海賊は踊りを見に来ているのではなく、女を見に来ているのだから。
主演と入れ替わりで舞台のそでに引く。その瞬間の麗しい女たちに向けての歓声はいつもならみじめだけれど、今日は違う。もう、自分の出番は終わったのだ。もう、自分は「オドリコ」ではない。「胡蝶」。それが私だから。
やり残したこともなく、すっきりと「さあ、行くぞ……!」と気合を入れた瞬間、楽し気な歓声が、突如女の悲鳴に塗り変わった。驚いてそっと舞台袖から様子を窺えば客であるはずの海賊たちが舞台に上がり込んでいた。
「なんで、今日なの……!!」
思わず文句が口をつくのは仕方ない。だって、客の態度が悪いことはたまにある。でも、今日じゃなくたって……!!
「お、初めのおじょーちゃんじゃん?」
「ぶはっ!おめえロリコンかよ!!」
「何言ってんだ、子ども見てェな女がよがるとこ見てみたいだろ……!?」
「うっわ!!キッモ!!」
「……ルールを守らないお客様は困ります」
袖も滑り込んできた海賊たちと鉢合わせた。できるならできるだけ穏便に事を収めたいと思ったが、返ってきたのは下品な笑い声だ。
「ルールだってよ!!こりゃ傑作だ!!俺たちは海賊だぜ!!」
「ルールなんて知るかよ!」
「……そうですか」
ならば、こちらも遠慮がいらない。私はすっと剣を抜いた。
「『オドリコ』!!」と、舞台の方からお姉さま方の声が聞こえた。私はとんと床を蹴り、目の前の男たちを飛び越えた。驚く声が聞こえるが、いったい何を見ていたというのか。私は踊り子なのだ。飛んだり跳ねたりは舞の基本だ。
舞台に飛び出せば、震えあがったお姉さま方が男たちに囲まれていた。「オドリコ」「オドリコ」と名前を呼ばれるのは、剣が使えるのは私だけだから。でも、私は「オドリコ」ではない。
「……お姉さま方を放してください」
「放すと思うか?」
卑劣な笑み。これは相手にするのではなく、逃げたほうがよかったな、なんて思ってももう遅い。
涙を流していまだに「オドリコ」「オドリコ」とすがる声が鬱陶しいが、女らしいとも思う。今まで私を虐げ、いじめてきた人たちだ。正直助ける義理なんてないのだけれど、一応世話になった場所と人だからこのまま放置して海を渡るのは後味が悪い気がして。
床を蹴って、近くの男の肩に乗った。驚いて腕を振り回す男から、次の男へ、次へ、次へとそれこそ、花に止まっては飛び立つ蝶のように私は男たちを踏み台にして、舞台の外へと飛び出した。
「待て!!」
「おい、女が逃げたぞ!!」
「ぶっ殺せ!!」
ひらり、着地した時に羽織が舞った。落とさないようにしっかり腰に結んで私は走る。途中で日の高さを見て、まだ少し時間があることに少しだけ安堵した。
――絶対、間に合わせるんだ……!――
だって約束した。間に合わないなんて絶対に後悔する。それは……嫌だ。
海賊が相手でも怖いとは思わなかった。ただ追われたまま港に行くわけにはいかない。そりゃあ白ひげ海賊団は私でも知っているぐらいなのだから強いだろうけど、これから世話になるだろうに初めから厄介ごとを持ち込みたくはない。
「いたぞ!!捕まえろ!!」
「……っ!」
走る、走る、走る。街中は人が避けてしまうからだめだから、街はずれの森を。木と木の影をうまく使ってどんどん撒いていく。息が切れ始めるが、足は止められない。時間はもともとぎりぎりなのだから。
森をうまく抜ければ港に出られるのだ。潮の匂いで方角は分かる。昨日教えてもらったから、靴はもう脱ぎ捨てた。海に出られて、自由になれるなら、靴なんて安いものだ。ちらりと振り返れば、追いかけてこれているのは3人だけだった。
でも、これなら、と思ったのが悪かったのだろう。
「あ……!」
最後の木を蹴って砂浜に着地をした瞬間、バランスを崩した。踏ん張っても、足の裏はさらさらと崩れる砂を掴めずむなしくもその場にべしゃり。私はさっと血の気が引く。
――これだと、海賊たちを相手にできない……!――
慣れない砂。急いで立ち上がって試しにその場で跳ねてみても全然跳べず、鞘に収まっている剣をぎゅっと握った。
剣を扱えると言っても護身用だ。しかも剣舞の延長に自己流で練習していただけで合って、言ってしまえば脅し用。実践なんてしたことない。
「……でも、やるしか、ない……!」
ぐっと剣を握って、立ち上がる。海賊とは言え3人だ。しかも私は今から海賊船に乗るのだから、同業者だと思えば怖くない。
桔梗の人が乗っている船はもう少し先にある。ちょうど、まっすぐ走ったところに。大きな船だから、ここからでも船首が見える。白いクジラの船首。だから、きっと間に合う。
「やってくれたな嬢ちゃん」
後ろからの汚い声に冷や汗が出る。大丈夫、しっかりしろと叱咤しながら振り返って、私は絶望した。
こっちに向けられている三つの銃口。
相手も剣だったらまだ分からなかった。相手が銃だとしても、剣の達人なら銃弾さえも切れるのかもしれないが、私はそうではないし、まずこの開けた空間で避ける術すら知らない。
ただ分かるのは、私はあの歌のように、夕暮れに恋した人のことを思い出して砂浜を歩くことも許されないのだということで。
とっさに、腰に巻いていたあの人の羽織を外して胸に抱いた。せめて、服だけでも傍にと思って。
――返せなくて、ごめんなさい――
響く銃声が、どこか遠くのことのように聞こえた。
薄紅色の羽織は私の踊り子の衣装によく合った。分かれる間際に「これを舞台で使ってもいいですか?」と聞いたら好きにしろと言ってくれたから、今日はそれを使うつもりで。でも、明らかに自分のものではない上等な羽織を堂々と来ていてはお姉さま方に奪われてしまうかもしれないから、出番までそっと荷物置き場の影に隠し置いた。
今日の舞台は15時に終わる。夕方に出向すると言っていたから終わってすぐに出ればきっと間にあう。荷物は剣と羽織だけだから、それだけもって走ればいいのだから。
今まで聞くだけだった海の向こう。もうすぐ自分の目で見に行ける。
海は自由らしい。船長さんには話をしてあると言っていたけれど、私にできることはほとんど踊ることだけだ。それでも本当にいいのだろうか。もし、本当にいいと言うなら、今まで以上に綺麗に踊ろう。できるだけ感謝が伝わるように。
「麗しの踊り子たち、まずは余興からお楽しみください!」
羽織を天女の衣のように纏って舞台に出た。いつもの剣は腰に差したままだ。誰にも言っていないけれど最後の舞台なのだから、自分の好きなように踊りたかった。
―あした浜辺をさまよへは 昔のことぞ しのばるる―
曲は昨日、桔梗の人を皮切りに、白ひげ海賊団のみなさんが歌ってくれた曲。「浜辺の歌」と言うもので、歌詞を思い出しながら歌っては笑ってしまう。
この歌は夕暮れに、昔、恋した人を思い出しながら浜辺を彷徨い歩く歌詞なのだ。とらえようによっては少し切ない曲で、たぶんあの人は狙って歌ったのだろう。
つまり、今日の夕方来ないなら、この歌のようにずっと浜辺で後悔して彷徨うだろうと。だから来いと、一緒に海に出ればいい、と踊りを見てくれていた時からあの人は粋に伝えてくれていたのだ。
舞終わって頭を下げても拍手はない。本当はこれが普通なのだ。白ひげ海賊団のような海賊の方が特殊で、ほとんどの海賊は踊りを見に来ているのではなく、女を見に来ているのだから。
主演と入れ替わりで舞台のそでに引く。その瞬間の麗しい女たちに向けての歓声はいつもならみじめだけれど、今日は違う。もう、自分の出番は終わったのだ。もう、自分は「オドリコ」ではない。「胡蝶」。それが私だから。
やり残したこともなく、すっきりと「さあ、行くぞ……!」と気合を入れた瞬間、楽し気な歓声が、突如女の悲鳴に塗り変わった。驚いてそっと舞台袖から様子を窺えば客であるはずの海賊たちが舞台に上がり込んでいた。
「なんで、今日なの……!!」
思わず文句が口をつくのは仕方ない。だって、客の態度が悪いことはたまにある。でも、今日じゃなくたって……!!
「お、初めのおじょーちゃんじゃん?」
「ぶはっ!おめえロリコンかよ!!」
「何言ってんだ、子ども見てェな女がよがるとこ見てみたいだろ……!?」
「うっわ!!キッモ!!」
「……ルールを守らないお客様は困ります」
袖も滑り込んできた海賊たちと鉢合わせた。できるならできるだけ穏便に事を収めたいと思ったが、返ってきたのは下品な笑い声だ。
「ルールだってよ!!こりゃ傑作だ!!俺たちは海賊だぜ!!」
「ルールなんて知るかよ!」
「……そうですか」
ならば、こちらも遠慮がいらない。私はすっと剣を抜いた。
「『オドリコ』!!」と、舞台の方からお姉さま方の声が聞こえた。私はとんと床を蹴り、目の前の男たちを飛び越えた。驚く声が聞こえるが、いったい何を見ていたというのか。私は踊り子なのだ。飛んだり跳ねたりは舞の基本だ。
舞台に飛び出せば、震えあがったお姉さま方が男たちに囲まれていた。「オドリコ」「オドリコ」と名前を呼ばれるのは、剣が使えるのは私だけだから。でも、私は「オドリコ」ではない。
「……お姉さま方を放してください」
「放すと思うか?」
卑劣な笑み。これは相手にするのではなく、逃げたほうがよかったな、なんて思ってももう遅い。
涙を流していまだに「オドリコ」「オドリコ」とすがる声が鬱陶しいが、女らしいとも思う。今まで私を虐げ、いじめてきた人たちだ。正直助ける義理なんてないのだけれど、一応世話になった場所と人だからこのまま放置して海を渡るのは後味が悪い気がして。
床を蹴って、近くの男の肩に乗った。驚いて腕を振り回す男から、次の男へ、次へ、次へとそれこそ、花に止まっては飛び立つ蝶のように私は男たちを踏み台にして、舞台の外へと飛び出した。
「待て!!」
「おい、女が逃げたぞ!!」
「ぶっ殺せ!!」
ひらり、着地した時に羽織が舞った。落とさないようにしっかり腰に結んで私は走る。途中で日の高さを見て、まだ少し時間があることに少しだけ安堵した。
――絶対、間に合わせるんだ……!――
だって約束した。間に合わないなんて絶対に後悔する。それは……嫌だ。
海賊が相手でも怖いとは思わなかった。ただ追われたまま港に行くわけにはいかない。そりゃあ白ひげ海賊団は私でも知っているぐらいなのだから強いだろうけど、これから世話になるだろうに初めから厄介ごとを持ち込みたくはない。
「いたぞ!!捕まえろ!!」
「……っ!」
走る、走る、走る。街中は人が避けてしまうからだめだから、街はずれの森を。木と木の影をうまく使ってどんどん撒いていく。息が切れ始めるが、足は止められない。時間はもともとぎりぎりなのだから。
森をうまく抜ければ港に出られるのだ。潮の匂いで方角は分かる。昨日教えてもらったから、靴はもう脱ぎ捨てた。海に出られて、自由になれるなら、靴なんて安いものだ。ちらりと振り返れば、追いかけてこれているのは3人だけだった。
でも、これなら、と思ったのが悪かったのだろう。
「あ……!」
最後の木を蹴って砂浜に着地をした瞬間、バランスを崩した。踏ん張っても、足の裏はさらさらと崩れる砂を掴めずむなしくもその場にべしゃり。私はさっと血の気が引く。
――これだと、海賊たちを相手にできない……!――
慣れない砂。急いで立ち上がって試しにその場で跳ねてみても全然跳べず、鞘に収まっている剣をぎゅっと握った。
剣を扱えると言っても護身用だ。しかも剣舞の延長に自己流で練習していただけで合って、言ってしまえば脅し用。実践なんてしたことない。
「……でも、やるしか、ない……!」
ぐっと剣を握って、立ち上がる。海賊とは言え3人だ。しかも私は今から海賊船に乗るのだから、同業者だと思えば怖くない。
桔梗の人が乗っている船はもう少し先にある。ちょうど、まっすぐ走ったところに。大きな船だから、ここからでも船首が見える。白いクジラの船首。だから、きっと間に合う。
「やってくれたな嬢ちゃん」
後ろからの汚い声に冷や汗が出る。大丈夫、しっかりしろと叱咤しながら振り返って、私は絶望した。
こっちに向けられている三つの銃口。
相手も剣だったらまだ分からなかった。相手が銃だとしても、剣の達人なら銃弾さえも切れるのかもしれないが、私はそうではないし、まずこの開けた空間で避ける術すら知らない。
ただ分かるのは、私はあの歌のように、夕暮れに恋した人のことを思い出して砂浜を歩くことも許されないのだということで。
とっさに、腰に巻いていたあの人の羽織を外して胸に抱いた。せめて、服だけでも傍にと思って。
――返せなくて、ごめんなさい――
響く銃声が、どこか遠くのことのように聞こえた。