4.一枚上手
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4.一枚上手
どくどくと心臓がうるさい。お姉さま方の視線が刺さるようだったけれど、それすらも気にしていられないほどに私は緊張していた。
桔梗の人に指名されたのだ。余興で踊るだけだった私はなぜか指名があったからと主演の後にもう一曲踊ることができて、しかもお姉さま方に奪われてしまって剣がなく(ただの嫉妬だ)、困っていればあの人が扇を貸してくれた。
嬉しくて、楽しくて夢中で舞って。拍手や賑やかな歌に合わせて踊れば、海賊さんたちもとても喜んでくれて。幸せな時間過ぎて、そのあと袖に引っ込んだらお姉さま方や、いろんな人に嫌味も言われたし、調子に乗るなと少しだけ叩かれたけど全然気にならなかった。
夜はお酌や、いわゆる夜のお相手に女は町や港に仕事に行く。夜の方が給料は良いのだけれど、私は下っ端だから行けるはずもなく。でも、今日はあの桔梗の人がみんなに聞こえるように私を指名してくれたから、こうして初めて夜の港に来ていた。
「扇を返すぐらいあたし達がやっておくわよ」
「……でも、私がお借りしたものですから」
行く前も、行く途中も嫌味を言われ借りた扇を取られそうになったが、私は一生懸命扇を守った。だってとっても高そうだしうっかり汚してしまったり壊してしまったら大変だ。何より自分で返したいから、奪われなくなんてなかった。返しに来いと言ってくれたのだから、ちゃんと返して。もし。もしも、話せたら、名前が聞きたい。
「すごい……」
港に近づくと大きな白いクジラをかたどった船が見えて、思わず声を漏らす。こんな大きな船は初めて見た。でも、そうだ。舞台を見に来てくれたのもすごい人数だったから、これぐらい大きくないとみんな乗れないだろう。船の上から昼間に見かけた海賊さんたちが手を振ってくれていた。たくさんいるから分かるはずもないのに、少し必死になってあの桔梗の人を探してしまって一人で少し恥ずかしくなった。もちろん見つけることなどできなかったけど、呼んでくれたのはあの人だからきっと会える、はず。
「おーい!!待ってたぜ!!」
「そっちから上がれーー!!」
「おいコラ、お前ら準備をしろ!!」
賑やかな声に楽しそうだと思わず笑ってしまう。
笑ってしまったから、調子に乗っていると思われたのだろう。お姉さまに小突かれて気を抜いていた私はたたらを踏んだ。
「あ……!?」
普段なら踏ん張れるぐらいの力。でも、慣れない砂浜のせいで足を取られた。ぐらりと揺れる視界。
これは転ぶ。でも、扇を汚すわけには……!
「砂浜には慣れてねェのか」
扇を胸に抱いた瞬間ぽすりと背中を支えられた。背に伝わる人肌に驚きつつも、見上げるように顔を上げれば、こちらをのぞき込むように見ているその人は返しに来いと指名してくれたその人で。
「桔梗の……」
「ん……?」
「あ、えっと違くて……!!」
――どうしよう……!――
驚きすぎて何を言えばいいのか。うまく言葉が出なくて、とりあえず顔が近いことに気が付いて飛び跳ねるように離れれば、またバランスを崩して。踏んだり蹴ったり。瞬時に手を引っ張られたから転ぶことはなかったけれど恥ずかしい。桔梗の人は気にしていないようで、むしろ可笑しかったようで笑ってくれているのが唯一の救いだけど。
「そそっかしいな」
「……申し訳ありません」
「すみません、その子はまだ未熟ものなので」
「構わねェよ、知ってて俺がこいつを指名したんだ。お前さんらは先に船に上がれ」
他の男どもが待ちくたびれちまうぞ、と色気をにじませたこの人の笑みにお姉さま方さえ、言葉を重ねることができないようだった。どんくさい私を引き取ろう、もとい、引き離そうとしたのだろうけどそもそも客である人からそう促されては食い下がることはできない。
私の方を振り返りつつ、先に船へを上がっていくお姉様方。中には横を通り過ぎるときに「あとでお話聞かせてね!」なんてお茶目に声をかけられるが冷や汗が流れるばかりだ。だってつまり、「あとで舞台裏な」と言う意味だから。今日は海賊さんたちのお相手をしなくちゃいけないから、今夜ではないだろうが明日が怖い。
「煽ったつもりはなかったんだが、ちと間違えたか」
「いつものことなので……お気になさらず」
「女はどこに行っても変わらず怖ェなァ」
どこか知ったような口ぶりに目を瞬かせれば、桔梗の人はにいっと笑った。うっかり色気をもろにぶつけられ息を詰まらせていればするりと彼の指先が胸元に滑って、抱きしめるように持っていた扇が流れるように抜き取られた。
「あ……。えっと、扇、ありがとうございました……」
「礼を言うのはこっちの方だ。急に頼んで悪かったな」
いい舞だった、ありがとさん。その言葉にぼっと顔が熱くなった。
う、嬉しい。心臓が飛び跳ねて、踊っている時よりも苦しくて仕方がない。
たぶん真っ赤であろう顔を隠すように手で頬を覆ったが、たいして隠せなかったようで桔梗の人は楽し気にのどを鳴らした。
海から風が吹いて、踊り子特有の薄くてひらひらした衣装を揺らす。その瞬間くしゅん、とくしゃみ。そっか、夜は気温が落ちるのか。お姉さま方が軽いコートのようなものを羽織っていた意味を今知った。いつも明日の準備や衣装の直しなどをさせられていて、夜に外なんて出たことないから知らなかった。まあ知っていても着る服なんてどうせ持っていないから意味ないのだけれど……くしゅん。もう一度くしゃみをしたと同時にふわりと何かが肩にかけられた。
「着てろ」
「え、あの。もうすぐに帰りますから、大丈夫です」
かけられたのは桔梗の人の羽織だった。薄紅色のそれは上品で、これまた高そう。
無事に扇を返せた。幸運なことに少しだけ会話もできて不可抗力とは言え触れ合いもできた。お礼も直接貰って……もう用は済んでしまったから、帰らなければ。ここで羽織を借りては返せない。そう思って返そうとしたのに、桔梗の人は不思議そうに目を瞬かせた。
「馬鹿。指名だと言っただろ?」
「え?」
「今夜、俺の話し相手をしろって言ってるんだ」
「え!?」
相手?話相手?嘘でしょう……?
私は間抜けにも口を開けて呆けてしまった。だって、何度も言うが私は下っ端で、顔も平凡で体つきも普通。むしろ子ども体系で、お姉さま方のような色っぽさなど皆無だ。そして、話すのが特別うまいわけでもない。それが何をどうして、こんなにも気品があって、高貴そうな男の人が指名すると言うのか。
「容姿云々で人を見る気はねェ。俺がただ話してェと思っただけだ。一緒に寝ろと言ってるわけでもねェ。本当に話をするだけだ」
昼間聞いたのと同じ大きい声ではないのによく通る綺麗な声。すっと心に馴染むようで、「どうだい?」と尋ねられた私は無意識にも首を縦に振っていた。自分で言うのもなんだが……ちょろすぎる、私……。
でも、桔梗の人には嬉しい返事だったようで、「いい子だ」と子供のようにぽすりと頭を撫でられて。
「え……わっ!?」
急にしゃがみ込んだ桔梗の人は私を掬い上げるように抱き上げた。驚いて反射的にもがいているうちにひょいひょいと靴を脱がされて、困惑していれば「靴に砂が入ると面倒だぞ」と。…なるほどそうか、と思いかけた自分が怖い。しっかりしろ、それならもう降ろしていいはずだ!
「お、降ろしてください……!」
「なんでだ?」
「歩けます……!」
「そうか、俺も歩けるぞ」
お前さんを持ったままでもな、と笑う彼はどうやら少し意地悪なようで降ろしてくれるそぶりが全くない。私が言っているのはそう言うことではないのに!
さくさくと私を抱きあげたまま船へと足を進められる。重いだろう、降ろしてくれと何度と言っても、笑われてついでになだめるように背をポンポンと叩かれるだけで降ろしてもらえない。でも、このまま船に上がればお姉さま方のあらぬ視線をいただくのは見えていて、必死に言葉を重ね、失礼にならない程度に抵抗を続けていれば「なあ」と呼びかけられて、降ろしてくれるのかとぱっと顔を上げた瞬間、ちゅっと唇に何かが触れた。
目を見開けば、綺麗な顔が視界一杯を占めていて。
「男ってのは抵抗される方が燃えるらしいぜ」
そんな言葉に私はぴたりと動きを止めた。
どくどくと心臓がうるさい。お姉さま方の視線が刺さるようだったけれど、それすらも気にしていられないほどに私は緊張していた。
桔梗の人に指名されたのだ。余興で踊るだけだった私はなぜか指名があったからと主演の後にもう一曲踊ることができて、しかもお姉さま方に奪われてしまって剣がなく(ただの嫉妬だ)、困っていればあの人が扇を貸してくれた。
嬉しくて、楽しくて夢中で舞って。拍手や賑やかな歌に合わせて踊れば、海賊さんたちもとても喜んでくれて。幸せな時間過ぎて、そのあと袖に引っ込んだらお姉さま方や、いろんな人に嫌味も言われたし、調子に乗るなと少しだけ叩かれたけど全然気にならなかった。
夜はお酌や、いわゆる夜のお相手に女は町や港に仕事に行く。夜の方が給料は良いのだけれど、私は下っ端だから行けるはずもなく。でも、今日はあの桔梗の人がみんなに聞こえるように私を指名してくれたから、こうして初めて夜の港に来ていた。
「扇を返すぐらいあたし達がやっておくわよ」
「……でも、私がお借りしたものですから」
行く前も、行く途中も嫌味を言われ借りた扇を取られそうになったが、私は一生懸命扇を守った。だってとっても高そうだしうっかり汚してしまったり壊してしまったら大変だ。何より自分で返したいから、奪われなくなんてなかった。返しに来いと言ってくれたのだから、ちゃんと返して。もし。もしも、話せたら、名前が聞きたい。
「すごい……」
港に近づくと大きな白いクジラをかたどった船が見えて、思わず声を漏らす。こんな大きな船は初めて見た。でも、そうだ。舞台を見に来てくれたのもすごい人数だったから、これぐらい大きくないとみんな乗れないだろう。船の上から昼間に見かけた海賊さんたちが手を振ってくれていた。たくさんいるから分かるはずもないのに、少し必死になってあの桔梗の人を探してしまって一人で少し恥ずかしくなった。もちろん見つけることなどできなかったけど、呼んでくれたのはあの人だからきっと会える、はず。
「おーい!!待ってたぜ!!」
「そっちから上がれーー!!」
「おいコラ、お前ら準備をしろ!!」
賑やかな声に楽しそうだと思わず笑ってしまう。
笑ってしまったから、調子に乗っていると思われたのだろう。お姉さまに小突かれて気を抜いていた私はたたらを踏んだ。
「あ……!?」
普段なら踏ん張れるぐらいの力。でも、慣れない砂浜のせいで足を取られた。ぐらりと揺れる視界。
これは転ぶ。でも、扇を汚すわけには……!
「砂浜には慣れてねェのか」
扇を胸に抱いた瞬間ぽすりと背中を支えられた。背に伝わる人肌に驚きつつも、見上げるように顔を上げれば、こちらをのぞき込むように見ているその人は返しに来いと指名してくれたその人で。
「桔梗の……」
「ん……?」
「あ、えっと違くて……!!」
――どうしよう……!――
驚きすぎて何を言えばいいのか。うまく言葉が出なくて、とりあえず顔が近いことに気が付いて飛び跳ねるように離れれば、またバランスを崩して。踏んだり蹴ったり。瞬時に手を引っ張られたから転ぶことはなかったけれど恥ずかしい。桔梗の人は気にしていないようで、むしろ可笑しかったようで笑ってくれているのが唯一の救いだけど。
「そそっかしいな」
「……申し訳ありません」
「すみません、その子はまだ未熟ものなので」
「構わねェよ、知ってて俺がこいつを指名したんだ。お前さんらは先に船に上がれ」
他の男どもが待ちくたびれちまうぞ、と色気をにじませたこの人の笑みにお姉さま方さえ、言葉を重ねることができないようだった。どんくさい私を引き取ろう、もとい、引き離そうとしたのだろうけどそもそも客である人からそう促されては食い下がることはできない。
私の方を振り返りつつ、先に船へを上がっていくお姉様方。中には横を通り過ぎるときに「あとでお話聞かせてね!」なんてお茶目に声をかけられるが冷や汗が流れるばかりだ。だってつまり、「あとで舞台裏な」と言う意味だから。今日は海賊さんたちのお相手をしなくちゃいけないから、今夜ではないだろうが明日が怖い。
「煽ったつもりはなかったんだが、ちと間違えたか」
「いつものことなので……お気になさらず」
「女はどこに行っても変わらず怖ェなァ」
どこか知ったような口ぶりに目を瞬かせれば、桔梗の人はにいっと笑った。うっかり色気をもろにぶつけられ息を詰まらせていればするりと彼の指先が胸元に滑って、抱きしめるように持っていた扇が流れるように抜き取られた。
「あ……。えっと、扇、ありがとうございました……」
「礼を言うのはこっちの方だ。急に頼んで悪かったな」
いい舞だった、ありがとさん。その言葉にぼっと顔が熱くなった。
う、嬉しい。心臓が飛び跳ねて、踊っている時よりも苦しくて仕方がない。
たぶん真っ赤であろう顔を隠すように手で頬を覆ったが、たいして隠せなかったようで桔梗の人は楽し気にのどを鳴らした。
海から風が吹いて、踊り子特有の薄くてひらひらした衣装を揺らす。その瞬間くしゅん、とくしゃみ。そっか、夜は気温が落ちるのか。お姉さま方が軽いコートのようなものを羽織っていた意味を今知った。いつも明日の準備や衣装の直しなどをさせられていて、夜に外なんて出たことないから知らなかった。まあ知っていても着る服なんてどうせ持っていないから意味ないのだけれど……くしゅん。もう一度くしゃみをしたと同時にふわりと何かが肩にかけられた。
「着てろ」
「え、あの。もうすぐに帰りますから、大丈夫です」
かけられたのは桔梗の人の羽織だった。薄紅色のそれは上品で、これまた高そう。
無事に扇を返せた。幸運なことに少しだけ会話もできて不可抗力とは言え触れ合いもできた。お礼も直接貰って……もう用は済んでしまったから、帰らなければ。ここで羽織を借りては返せない。そう思って返そうとしたのに、桔梗の人は不思議そうに目を瞬かせた。
「馬鹿。指名だと言っただろ?」
「え?」
「今夜、俺の話し相手をしろって言ってるんだ」
「え!?」
相手?話相手?嘘でしょう……?
私は間抜けにも口を開けて呆けてしまった。だって、何度も言うが私は下っ端で、顔も平凡で体つきも普通。むしろ子ども体系で、お姉さま方のような色っぽさなど皆無だ。そして、話すのが特別うまいわけでもない。それが何をどうして、こんなにも気品があって、高貴そうな男の人が指名すると言うのか。
「容姿云々で人を見る気はねェ。俺がただ話してェと思っただけだ。一緒に寝ろと言ってるわけでもねェ。本当に話をするだけだ」
昼間聞いたのと同じ大きい声ではないのによく通る綺麗な声。すっと心に馴染むようで、「どうだい?」と尋ねられた私は無意識にも首を縦に振っていた。自分で言うのもなんだが……ちょろすぎる、私……。
でも、桔梗の人には嬉しい返事だったようで、「いい子だ」と子供のようにぽすりと頭を撫でられて。
「え……わっ!?」
急にしゃがみ込んだ桔梗の人は私を掬い上げるように抱き上げた。驚いて反射的にもがいているうちにひょいひょいと靴を脱がされて、困惑していれば「靴に砂が入ると面倒だぞ」と。…なるほどそうか、と思いかけた自分が怖い。しっかりしろ、それならもう降ろしていいはずだ!
「お、降ろしてください……!」
「なんでだ?」
「歩けます……!」
「そうか、俺も歩けるぞ」
お前さんを持ったままでもな、と笑う彼はどうやら少し意地悪なようで降ろしてくれるそぶりが全くない。私が言っているのはそう言うことではないのに!
さくさくと私を抱きあげたまま船へと足を進められる。重いだろう、降ろしてくれと何度と言っても、笑われてついでになだめるように背をポンポンと叩かれるだけで降ろしてもらえない。でも、このまま船に上がればお姉さま方のあらぬ視線をいただくのは見えていて、必死に言葉を重ね、失礼にならない程度に抵抗を続けていれば「なあ」と呼びかけられて、降ろしてくれるのかとぱっと顔を上げた瞬間、ちゅっと唇に何かが触れた。
目を見開けば、綺麗な顔が視界一杯を占めていて。
「男ってのは抵抗される方が燃えるらしいぜ」
そんな言葉に私はぴたりと動きを止めた。