3.目を奪われたのはこちら
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3.目を奪われたのはこちら Side:Izo
「珍しいな、イゾウ。気に入ったかァ」
ちょっとばかしのおひねりを投げた俺に親父は楽し気に言った。グラグラと機嫌よさげに笑う親父に、笑みを返す。言葉にしなくともそれだけで伝わるのは心地いい。
「久しぶりに見事な舞を見たぜ」
「グララララ!お前の舞も久しく見てねえなァ」
「言ってくれればいつでも舞うさ」
舞台ではさっきの剣舞の少女と入れ替わって、彼女よりもう少し年齢が上で色気を惜しみなくさらしだした女たちが扇を手に踊っている。確かにそれはそれで美しいがさっきの少女には及ばず、俺は静かに杯に目を落とした。
ひらりひらりとどこからか花びらが舞っている。それが一枚、杯に浮かんだ。桜の花だ。さっきの少女の衣装も桜色だったな、と考えて衣装はあまり似合ってなかったなァと思う。おそらくお下がりなのだろう。余興を任される踊り子はどこでも下っ端だ。衣装も、化粧もすべて主演よりも古いものを纏わせられる。それでも客には上等に見えるもので、俺は裏の事情を知っているから分かる程度のものだが。
剣を構え、強く美しく舞う少女。小柄だが、踊るための筋肉がきれいについているのか、とても見栄えがした。だが、美しく見えたのは舞のうまさだけではないだろう。
心の底から踊りを楽しみ、自由に舞いつつ、自由を切に願う様な。
「なあ、親父」
「あァ?なんだ?」
「はじめの嬢ちゃんの舞がもう一回観てェ」
「グララララ!!本当に珍しいなァ!!」
大きな声で笑うもんだから、他の家族もなんだなんだと騒ぎ始める。親父が座長を呼び寄せ、耳打ちをすれば若干いぶかしそうにしつつも座長は頭を下げて袖に一度引っ込んだ。
舞台は変わらず女が踊る。悪くはない。悪くはないが。心はさっきの少女を早く見せろと言っていて。
「……来たな」
主演が引っ込んだ入れ代わりではじめの少女が顔を出した。不安げに出てくる少女はうるさい家族に囃し立てられ、ますます困惑しているようだったが、下っ端とは言え踊り子だ。すぐに踊ればいいのだと気づいたのだろう。ぱっと顔つきが変わった。けれどすぐにへにょんと困ったように眉を下げやがるもんだから俺は首を傾げた。そして、その手には剣がないのを認めて、ああ、なるほど、と。
「扇は使えるか?」
うるさい男どもの声に負けないように少しだけ声を張って尋ねれば、少女の目が俺を捉えた。驚きに見開かれる黒の目は小動物のように丸く、愛らしい。返事が返ってこないから、ん?と首をかしげて見せれば慌てたように「はい……!」と返事をするところも好ましく、俺はくつりと笑いながら袂から取り出した扇を投げてやった。
「舞って見せてはくれないかい?」
少女は自分の手元に収まった扇と、俺を二度見比べてゆっくりとうなずいた。そしてぱっと扇を構えると美しく、自由に舞い始めた。
少女は笑っていた。楽しそうに。そこは俺がガキだったころとは違うなァと思った。俺は稽古に真面目に取り組んでいたが、舞うときの笑みはいわば仮面だったからこんなにも楽しそうには笑っていなかったはずだ。どちらかと言えば、主演の女たちのような打算的な笑みだったことだろう。
純粋な思いは形となってどんなものより心を打つ。いつの間にか家族の囃し立てる声も、踊るための曲も止んでいる。リズムを取るのは少女の鈴のみで、音がなくても踊れるのは知っているが音があった方が華やかに踊れるとも知っているから、俺はたぶん少女も知っているだろう曲を口ずさんでやった。
稽古でよく使われる曲だ。俺が良く船で歌っている歌だから、気づいた家族も一緒に歌い始める。リズムが多少あっているだけの、音程はめちゃくちゃで美しくもない野郎の声だが少女は楽しそうだった。剣舞も綺麗だったが、扇はもっと可憐な綺麗さがあって思った通りの美しさに俺は目を細めた。
「おめえは見る目があるなァ。どの女よりも綺麗ェじゃねえかァ」
「だろう?」
綺麗なものが好きなわけではねェが、純粋でまっすぐなものは好きだ。もしかすると、この海でどんな宝より価値があるかもしれねェ。何せこの時代だ。しかも、俺たちは海賊で、純粋さやまっすぐさとは真逆な存在だから。それを疎む海賊は多いが、俺は好む海賊だ。
そのうちに舞終わって、少女が扇を返すために舞台を降りようとしたのを手で制した。家族の目が鬱陶しいが仕方がない。
「今夜、お姉さま方と一緒に港の船にそれを返しに来な。指名だ」
一瞬動きを止めた後、こくこくと動く首。隣で親父が機嫌よさげに笑っている。家族が囃し立てるが、俺は立ち上がって先に船に戻ると伝えて席をたった。
「珍しいな、イゾウ。気に入ったかァ」
ちょっとばかしのおひねりを投げた俺に親父は楽し気に言った。グラグラと機嫌よさげに笑う親父に、笑みを返す。言葉にしなくともそれだけで伝わるのは心地いい。
「久しぶりに見事な舞を見たぜ」
「グララララ!お前の舞も久しく見てねえなァ」
「言ってくれればいつでも舞うさ」
舞台ではさっきの剣舞の少女と入れ替わって、彼女よりもう少し年齢が上で色気を惜しみなくさらしだした女たちが扇を手に踊っている。確かにそれはそれで美しいがさっきの少女には及ばず、俺は静かに杯に目を落とした。
ひらりひらりとどこからか花びらが舞っている。それが一枚、杯に浮かんだ。桜の花だ。さっきの少女の衣装も桜色だったな、と考えて衣装はあまり似合ってなかったなァと思う。おそらくお下がりなのだろう。余興を任される踊り子はどこでも下っ端だ。衣装も、化粧もすべて主演よりも古いものを纏わせられる。それでも客には上等に見えるもので、俺は裏の事情を知っているから分かる程度のものだが。
剣を構え、強く美しく舞う少女。小柄だが、踊るための筋肉がきれいについているのか、とても見栄えがした。だが、美しく見えたのは舞のうまさだけではないだろう。
心の底から踊りを楽しみ、自由に舞いつつ、自由を切に願う様な。
「なあ、親父」
「あァ?なんだ?」
「はじめの嬢ちゃんの舞がもう一回観てェ」
「グララララ!!本当に珍しいなァ!!」
大きな声で笑うもんだから、他の家族もなんだなんだと騒ぎ始める。親父が座長を呼び寄せ、耳打ちをすれば若干いぶかしそうにしつつも座長は頭を下げて袖に一度引っ込んだ。
舞台は変わらず女が踊る。悪くはない。悪くはないが。心はさっきの少女を早く見せろと言っていて。
「……来たな」
主演が引っ込んだ入れ代わりではじめの少女が顔を出した。不安げに出てくる少女はうるさい家族に囃し立てられ、ますます困惑しているようだったが、下っ端とは言え踊り子だ。すぐに踊ればいいのだと気づいたのだろう。ぱっと顔つきが変わった。けれどすぐにへにょんと困ったように眉を下げやがるもんだから俺は首を傾げた。そして、その手には剣がないのを認めて、ああ、なるほど、と。
「扇は使えるか?」
うるさい男どもの声に負けないように少しだけ声を張って尋ねれば、少女の目が俺を捉えた。驚きに見開かれる黒の目は小動物のように丸く、愛らしい。返事が返ってこないから、ん?と首をかしげて見せれば慌てたように「はい……!」と返事をするところも好ましく、俺はくつりと笑いながら袂から取り出した扇を投げてやった。
「舞って見せてはくれないかい?」
少女は自分の手元に収まった扇と、俺を二度見比べてゆっくりとうなずいた。そしてぱっと扇を構えると美しく、自由に舞い始めた。
少女は笑っていた。楽しそうに。そこは俺がガキだったころとは違うなァと思った。俺は稽古に真面目に取り組んでいたが、舞うときの笑みはいわば仮面だったからこんなにも楽しそうには笑っていなかったはずだ。どちらかと言えば、主演の女たちのような打算的な笑みだったことだろう。
純粋な思いは形となってどんなものより心を打つ。いつの間にか家族の囃し立てる声も、踊るための曲も止んでいる。リズムを取るのは少女の鈴のみで、音がなくても踊れるのは知っているが音があった方が華やかに踊れるとも知っているから、俺はたぶん少女も知っているだろう曲を口ずさんでやった。
稽古でよく使われる曲だ。俺が良く船で歌っている歌だから、気づいた家族も一緒に歌い始める。リズムが多少あっているだけの、音程はめちゃくちゃで美しくもない野郎の声だが少女は楽しそうだった。剣舞も綺麗だったが、扇はもっと可憐な綺麗さがあって思った通りの美しさに俺は目を細めた。
「おめえは見る目があるなァ。どの女よりも綺麗ェじゃねえかァ」
「だろう?」
綺麗なものが好きなわけではねェが、純粋でまっすぐなものは好きだ。もしかすると、この海でどんな宝より価値があるかもしれねェ。何せこの時代だ。しかも、俺たちは海賊で、純粋さやまっすぐさとは真逆な存在だから。それを疎む海賊は多いが、俺は好む海賊だ。
そのうちに舞終わって、少女が扇を返すために舞台を降りようとしたのを手で制した。家族の目が鬱陶しいが仕方がない。
「今夜、お姉さま方と一緒に港の船にそれを返しに来な。指名だ」
一瞬動きを止めた後、こくこくと動く首。隣で親父が機嫌よさげに笑っている。家族が囃し立てるが、俺は立ち上がって先に船に戻ると伝えて席をたった。