2.桔梗の彼
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2.桔梗の彼
踊っている間が一番自由。踊っている間が一番楽しい。
白ひげ海賊団は大所帯だと聞いていたけれど、確かにすごい人数だった。勢いよく舞台へと飛び出したはいいものの、圧倒されるぐらいには。
踊るためのリズムカルな曲をかき消すほどのどんちゃん騒ぎに、これは踊っても踊らなくても楽しんでいるのでは……と一瞬自分の存在意義を考えたが仕事は仕事だ。私は一礼するとすぐに剣を構えた。
私が踊るのは剣舞だ。一番得意なのがこれだからなのだけれど、私が余興しかさせてもらえないのはこれのせいでもある。曰く、剣は野蛮だとお姉様方。まあ確かに、本来の使い方は戦うためのものだからそうだと言えばそうだけれど、観客が海賊ばかりなのに何をいまさら、とも思う。
曲が踊るための曲に切り替わった。ふっと体が軽くなる。つかの間の自由な時間だ、と頬を緩めたところで視線を感じて。
パチリ、目が合ったのは美しい男の人だった。
結い上げられた美しい黒髪。切れ長の目。口元に落とされた紅も間違いなく女物なのに、なぜか男の色気。桃色にも見えるうす紫の着物がこれ以上なくその人には似合っていて。
――桔梗の花みたいな人だ……――
気品があって、研ぎ澄まされたような美しさ。海賊でもこんなに綺麗な人がいるのか。
曲が始まってしまったから、目をずっと合わせることはできない。視線まで含めて踊りだから。それでも踊っている間、その鋭くも居心地のいい視線は感じられた。
少し軋む床を蹴り、剣を支えながらバク転をきめれば歓声が上がった。つま先でリズムを作りながら鈴を鳴らし、くるくると回って見せれば楽し気な拍手をもらう。
トントントン、シャン、シャララン。
心地いい。私は今、とても自由だ。
最後に剣を鞘に納め、踊り子の衣装を広げて一礼して見せれば口笛や「きれいだったぜ!!」「もう一曲やってくれ!!」など、囃し立てられた。余興だと言うのに、これだけ喜んでくれるなんて本当にいい海賊さんだ。
さすがに余興でもう一曲なんて踊れるわけがないので、私は一度その場でターンをして、もう一度頭を下げることで返した。
その間もずうっと感じる視線。我慢できずにそっとそちらに目をやれば、やっぱりパチリと目が合った。
合ったのはいいけど何も考えてなかったせいでちょっとたじろぐ。もう一度頭を下げようか。いやでもそれは調子に乗ってると思われそうだし、自意識過剰かもしれないし、得策ではない気がする。内心で冷や汗をかいていれば、それを見透かしているようにその人はくつっと。
――あ、笑った……――
それからその人はひらひらと手を振って、ごそごそと着物の袂を探るとこちらに向けて、ぽいと何かを投げた。
「あっ、え、わ……!?」
慌てたものの投げるのがうまかったおかげで、ぽすりときれいに手に収まったそれは桃色の和紙。ひねるように綴じられた、少し重みのあるこれはこの界隈で正式なおひねりだった。
この作法を知っているのは海賊さんのなかではあまりいない。驚いて顔を上げれば、男の人はまたひらひらと手を振っていて。
「おい、イゾウ!!何投げたんだ!!」
「いいもん見せてもらった礼だよ」
「俺も投げる!!」
「やめておけ、舞台を汚しちまうだろうが」
意外にも低くて、よく通る声。もう少し、聞いていたかったけど、袖からのお姉様方の視線が痛くなってきたし、座長にも目でさっさと下がれと促されたから、私はできるだけ影を潜めて袖に引っ込んだ。
踊り終わったというのに変な高揚感が体をぐるぐるとめぐっていた。心地悪くはない。むしろ、生きているという感覚が今までになく心を満たしていた。まだ耳に声が残っている。じいっと見られていた視線の熱が頬に集まっているのかとても暑い。
「桔梗の人……」
背の方からまた歓声が聞こえた。お姉さま方が、綺麗な舞を見せ始めたのだろう。彼女たちは顔も美しく、体も美しいからきっと私よりも目を楽しませるに違いない。私は手に残っている桃色の包みをぎゅっと握った。
滞在期間はどのぐらいなんだろうなんて考えても意味のないことまで頭をめぐる。踊り子の、しかも下っ端の自由時間なんてたかが知れているからもし長い期間停まるのだとしても会えないのに。踊りは何度も見るかもしれないけれど別の劇団も数えられないほどあるから、もう一度私たちの劇団で踊りを見てくれる可能性なんてとても低いのに。それでも、会えたら、と。会えたらいいなって。
うす紫色の着物の、桔梗の彼。もしもう一度会えたら、名前を聞きたい。それでどうこうと言うことはないけれど、ただ知りたいと思った。
踊っている間が一番自由。踊っている間が一番楽しい。
白ひげ海賊団は大所帯だと聞いていたけれど、確かにすごい人数だった。勢いよく舞台へと飛び出したはいいものの、圧倒されるぐらいには。
踊るためのリズムカルな曲をかき消すほどのどんちゃん騒ぎに、これは踊っても踊らなくても楽しんでいるのでは……と一瞬自分の存在意義を考えたが仕事は仕事だ。私は一礼するとすぐに剣を構えた。
私が踊るのは剣舞だ。一番得意なのがこれだからなのだけれど、私が余興しかさせてもらえないのはこれのせいでもある。曰く、剣は野蛮だとお姉様方。まあ確かに、本来の使い方は戦うためのものだからそうだと言えばそうだけれど、観客が海賊ばかりなのに何をいまさら、とも思う。
曲が踊るための曲に切り替わった。ふっと体が軽くなる。つかの間の自由な時間だ、と頬を緩めたところで視線を感じて。
パチリ、目が合ったのは美しい男の人だった。
結い上げられた美しい黒髪。切れ長の目。口元に落とされた紅も間違いなく女物なのに、なぜか男の色気。桃色にも見えるうす紫の着物がこれ以上なくその人には似合っていて。
――桔梗の花みたいな人だ……――
気品があって、研ぎ澄まされたような美しさ。海賊でもこんなに綺麗な人がいるのか。
曲が始まってしまったから、目をずっと合わせることはできない。視線まで含めて踊りだから。それでも踊っている間、その鋭くも居心地のいい視線は感じられた。
少し軋む床を蹴り、剣を支えながらバク転をきめれば歓声が上がった。つま先でリズムを作りながら鈴を鳴らし、くるくると回って見せれば楽し気な拍手をもらう。
トントントン、シャン、シャララン。
心地いい。私は今、とても自由だ。
最後に剣を鞘に納め、踊り子の衣装を広げて一礼して見せれば口笛や「きれいだったぜ!!」「もう一曲やってくれ!!」など、囃し立てられた。余興だと言うのに、これだけ喜んでくれるなんて本当にいい海賊さんだ。
さすがに余興でもう一曲なんて踊れるわけがないので、私は一度その場でターンをして、もう一度頭を下げることで返した。
その間もずうっと感じる視線。我慢できずにそっとそちらに目をやれば、やっぱりパチリと目が合った。
合ったのはいいけど何も考えてなかったせいでちょっとたじろぐ。もう一度頭を下げようか。いやでもそれは調子に乗ってると思われそうだし、自意識過剰かもしれないし、得策ではない気がする。内心で冷や汗をかいていれば、それを見透かしているようにその人はくつっと。
――あ、笑った……――
それからその人はひらひらと手を振って、ごそごそと着物の袂を探るとこちらに向けて、ぽいと何かを投げた。
「あっ、え、わ……!?」
慌てたものの投げるのがうまかったおかげで、ぽすりときれいに手に収まったそれは桃色の和紙。ひねるように綴じられた、少し重みのあるこれはこの界隈で正式なおひねりだった。
この作法を知っているのは海賊さんのなかではあまりいない。驚いて顔を上げれば、男の人はまたひらひらと手を振っていて。
「おい、イゾウ!!何投げたんだ!!」
「いいもん見せてもらった礼だよ」
「俺も投げる!!」
「やめておけ、舞台を汚しちまうだろうが」
意外にも低くて、よく通る声。もう少し、聞いていたかったけど、袖からのお姉様方の視線が痛くなってきたし、座長にも目でさっさと下がれと促されたから、私はできるだけ影を潜めて袖に引っ込んだ。
踊り終わったというのに変な高揚感が体をぐるぐるとめぐっていた。心地悪くはない。むしろ、生きているという感覚が今までになく心を満たしていた。まだ耳に声が残っている。じいっと見られていた視線の熱が頬に集まっているのかとても暑い。
「桔梗の人……」
背の方からまた歓声が聞こえた。お姉さま方が、綺麗な舞を見せ始めたのだろう。彼女たちは顔も美しく、体も美しいからきっと私よりも目を楽しませるに違いない。私は手に残っている桃色の包みをぎゅっと握った。
滞在期間はどのぐらいなんだろうなんて考えても意味のないことまで頭をめぐる。踊り子の、しかも下っ端の自由時間なんてたかが知れているからもし長い期間停まるのだとしても会えないのに。踊りは何度も見るかもしれないけれど別の劇団も数えられないほどあるから、もう一度私たちの劇団で踊りを見てくれる可能性なんてとても低いのに。それでも、会えたら、と。会えたらいいなって。
うす紫色の着物の、桔梗の彼。もしもう一度会えたら、名前を聞きたい。それでどうこうと言うことはないけれど、ただ知りたいと思った。