15.万能薬は存在しない
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
15.万能薬は存在しない
人のざわめき。市場の商人たちの活気ある声。
この島は割と治安がいいからと私はイゾウさんと島に降りた。治安がいいのに広い島で、海賊にも寛容な島はあまりないからみんなも喜んでいた。きっと今夜船に戻る人は少ないだろなぁなんてぼんやり思っていれば、「野暮なこと考えるなよ」とイゾウさんには笑われてしまったけれど。
「欲しいものはねえのか」
「毎回聞いてくれますけど、答えても答えなくても勝手に買ってきますよね」
「お前が必要なものも言わねえからだろ」
「じゃあ今回も何も言いませんけど、何を買うんですか?」
「花でも贈ってやろうか?」
「枯れてしまうので遠慮しておきます」
雑談をしながらぶらぶらと目的なく街を歩く。人の波にのまれそうになると、すいっと腕が伸びてきて引き寄せられる。途中で面倒になったのか手をつながれた。……心配性だ。
「うろちょろするな」
「だって人を避けなきゃじゃないですか」
「堂々と歩いてりゃ、人なんざ勝手に避けるさ」
横暴な言葉に溜息一つ。それはきっと海賊だからできることだ。やっぱり体格もそうだけれど、雰囲気とか全く違うし。一般人の私にはいくら堂々と歩いていても足を引っかけられて転ぶのが落ちだろう。
イゾウさんは今日、珍しく洋装だ。いつも結い上げている髪は一本にまとめられ、細身の黒のパンツに、白い半そでのシャツ。ものすごくシンプルな格好なのにさっきから行きかう人たちが二度見するのはやっぱり容姿のせいだろうか。和服の時はどちらかと言えば綺麗だからと言うことではなく、珍しいから視線が集まるから今日は少し変な感じだ。
「イゾウさん服とか買わないんですか?」
「なんだ。見繕ってくれんのかい?」
「うーん」
にやにやしているイゾウさんを上から下まで見て、首をひねった。だって絶対何を着せても似合う。いっそ女装でもさせようかと一瞬思ったが、もともと化粧をする人なんだから特に違和感もなくむしろその辺の女の人よりも綺麗になってしまって、船のみんなが嘆きそうだ。でも、服は少し見繕ってみたい。
「じゃあ、贈り合いしませんか。この島治安がいいんですよね?」
「贈り合いねェ……治安はいいが、他の海賊はいるから一人では歩くな」
イゾウさんが近くにいた隊員さんに声をかけた。私に付くように指示された隊員さんは快く引き受けてくれて、そこでイゾウさんと別れた。
その結果今に至る。
「ねえねえユリト!これとかいいんじゃない?」
「べポ、それは女ものだ。選ぶのは男ものだぞ」
「ユリト!!これ、これ!!こういうの着せればいいんじゃね!?」
「いや、その……」
あーだこーだとお店の中で言うのは、白熊のべポさんと、ペンギンさんにシャチさん。イゾウさんの服を一緒に見繕ってくれているのだけれどどうしてこうなった。三人(?)のつなぎにかかれているおそらく海賊のマークであろうそれに溜息が出てしまう。
イゾウさんと別れてすぐ、隊員さんとはぐれてしまったのだ。イゾウさんと歩いていた時はぐれなかったのは、イゾウさんだったからなんだなと分かったけれどもう遅い。名前を聞く前にはぐれた隊員さんはともかく、私は戦えないからとりあえず船に戻るかと決めたはずだったのだけれど、その道中べポさんにぶつかってしまって。
お互い不注意だった事故だったのだけれど、体格差のせいで私が転倒。慌てるべポさんに白熊がしゃべっていることに驚く私。声に出したら「熊なのにしゃべってすみません……」とめちゃくちゃ落ち込まれ、焦っているところに駆けつけてくれたのがペンギンさんとシャチさんで、二人が手早く擦りむいた腕を処置してくれたのだ。
おそらく、私の年齢を下に見ているようで服が見たいと伝えたら『「キャプテン」が来るまでは暇だから!』と怪我をさせてしまったお詫びにと『女の子一人じゃ危ないよ!』とのべポさんの一言でついてきてくれたのだけれど、できれば私はその「キャプテン」と言う人が戻ってくる前に帰りたい。
キャプテン=船長さんであることは察しがついているのだ。気性の荒い人ではないことを願うばかり。
「キャプテン遅いなぁ……」
「切らしてた薬品多かったもんなァ」
「ユリト、脱水になるから飲んでおけよ」
「ありがとうございます」
何とか服を選んで(結局自分とペンギンさんとで選んだ)ベンチで休憩しているとペンギンさんが飲み物をくれて、この短時間ですごくよくしてもらっているなぁとストローを加えていればふっと影が落ちた。
「……その子どもはどこで拾ってきたんだ」
「「キャ~プテ~ン!!おかえりなさ~い!!」」
私が振り返る前にすごい速さで三人が「キャプテン」に飛びついた。かなりの勢いだったけれどその人は全く揺らがず、ついでに表情も変わらなかったがどこか嬉しそうではあった。「戻った」と答えながら、クマのある目が私に向く。
長身でモデルみたい。もふもふの帽子に、長いコート。肩に担いでいる刀も長く、きっと私が持とうとしても引きずるだろう。
「で?その子供は?」
「あ、あのね。俺がぶつかっちゃって怪我させちゃったから一緒にいたの!」
「……診せろ」
担いでいた刀をペンギンさんに預け膝を付いたことで近づいた金色の目。目つきはきついが、かぶっている帽子のせいか雰囲気はあまり怖くはない。
すでに処置をしてある腕をそっと取られ、打ち身がないかとか曲げた時に痛みがないかを聞かれた。その姿は真剣で、海賊だろうけれど医療の知識が深い人なんだと言うことはすぐに分かった。
「これは……採血でもしたのか」
処置してあるところ以外は異常なしと診断したのか、刺青の入った手が肘の内側を指す。少し青くなっているそこを特に隠すこともないので「そうです」と答えれば眉間に皺が寄った。どうしたんだろうと思えば、「あ」と口を空けて見せられたので、つられて口を空ければぽいと何かが放り込まれた。甘い……チョコレートだ。
「何があって頻繁に採血してるのかはしらねェが、内出血がひでェ。採血が終わったらきっちり5分は押さえろ。おそらく軽い貧血も起こしてるだろうから、しっかり飯を食え。そもそも女は貧血になりやすい」
もごもごと咀嚼している間に、キャプテンさんは小さな巾着にチョコの小袋をいくつか入れると私に持たせた。お礼を言えばくしゃりと髪が撫でられて。とてもやさしい。
たぶん悪い人ではない気がする。そう思って名前を尋ねれば「知らないのか」と言われたが、答えてくれた。
「トラファルガー・ローだ。」
トラファルガー、と口ずさめば「ローでいい」と返ってきてありがたくそうさせてもらった。さすがに名前を呼ぶのに噛むのは避けたい。
それから「おれも」「おれも」と小袋にお菓子を詰める三人を尻目にローさんは私がさっき買った服を取り上げて、歩き始めた。荷物を取り上げられてしまったし、ついてこいと言っているようだったのでその背を追いかければそこはレストランで。困惑してる間にポンポンと注文をすませたローさんに食えと言われてご飯を食べた。パンよりもご飯をもぐもぐ食べていたらなぜか少し笑われた。
「パンは嫌いか?」
「どっちも食べますが、ご飯派ですね」
「俺の気が向いてるうちならどこにでも連れて行ってやるが?」
「えっと……じゃあ」
ここまで来たらとわがままを言ってみれば、少し驚いた様子だったが「分かった」と私が言ったお店に連れて行ってくれた。
ほんの少しの爪を渡して、交換してもらったのは一枚の紙。ビブルカード。
「よくビブルカードを知ってたな」
俺たちのことは知らない癖に、とニヒルに笑うローさんに曖昧に笑った。やはりそれなりに名の知れた海賊なのだろう。
大事な人が自分のカードをくれたのだと話せば、そうかとうなずいてくれてローさんのカードを差しだされた。
「え、もらえませんよ」
「別に持っていて困るもんじゃねェだろ。交換だ」
半ば強引に交換させられ、私の紙の切れ端はローさんの手の中に。なぜこんなにも気に入られているのか分からない。気に入られないよりはいいのかもしれないけれど、でも無条件によくされるのは申し訳ない。
「どうして良くしてくれるんですか?」
「……俺の気まぐれだ」
ぽすんと頭を撫でてくるその手は優しく、どこか面倒を見るお兄さんのようで。妹でもいるのかな。私に合わせるような歩幅。少し先を歩いているのにたまに振り返る。
のんびりと街を歩いて、海の近くまで戻ってきていた。べポさんとシャチさんがつなぎをまくって海で遊んでいる。そのシャチさんの背中にガーゼやら包帯やらが巻かれているのを見つけて、私は腰につけていたポシェットを漁った。
取り出したのは試験官。それを見たローさんの目がいぶかし気に揺らいだ。
「お前の血か?」
「そうです。お礼に、とこれを差しだすのは控えめに言っても気持ち悪いかと思いますけど、役に立つと思うので」
簡単に説明をして受け取ってもらえば、ローさんはシャチさんを呼んだ。「目をつぶって上向け」と言われたシャチさんは素直にもそうしたが故にずぼっと試験官をつっこまれて。
「ゴッホ!?なっ、きゃぷ、げっほ!!?」
むせつつも喉が動いて飲み込まれたそれ。ローさんが追いはぎのようにシャチさんの背に張られたガーゼをべりっとはがすものだから、「いってェ!!?ひどいっすよキャプテン!!」とシャチさん。
「……お前体に異常は?」
「へ?……あっれ、体軽い!!ていうか傷治ってないっすか!?」
すげえ!!と感動しているシャチさんに、試験官を見つめるローさん。
「今のどこで買った薬っすか?ていうか酒?」
「……酒?」
「あれ、酒じゃないんですか?無理やり口に入れられたんでよく分かんなかったですけど、めちゃくちゃうまい酒だと思ったんすけど」
ローさんが試験官に少し残った血を揺らし、それを指に垂らすと匂いを嗅いだ後口に含んだ。自分の血だと思うと大変微妙な気持ちになるが、ローさんは顔色一つ変えずにじっと何かを考えていた。
「これのせいで血を採られてるのか?」
「採られてるのではなく、採っていただいてるんです。役に立てるように」
じわじわと眠気が昇ってくる。べポさんに「眠いの?」と聞かれたけれど大丈夫だと笑った。
「ペンギン」
「はい」
残りの血をペンギンさんが袋にパッキングして、それをつなぎのポケットに入れた。それからローさんは私の方に向き直るとべしっと。……額が地味に痛い。
額を押さえながら見上げれば、呆れたような金色の目と合った。
「都合のいい話には何かあるのが常だ。血の使い方を間違えればお前の命が危ェんだろう?海賊だって分かってる人間にそうひょいひょい渡すもんじゃねェ」
「……ローさんは医者でしょう?」
「海賊の、な。医者だからこその忠告だ。使い方がよく分かってねえ薬品ほど危ェものはねェ」
海風が吹き抜けて、その瞬間素早くローさんの後ろにべポさんとペンギンさんとシャチさんが並んだ。そのすぐにふわりと知った匂いが鼻に届いて、温かい手が肩に置かれた。
「ユリト」
軽く引き寄せられて、頭を撫でられる。その手が滑ってぎゅっと私の手とつながれた。さくりと砂浜が音を立てる。イゾウさんの背中に視界を遮られて、見えるのはゆらりと揺れる黒い髪だけ。
「妹が 世話になったな」
「有名な海賊団に貸しを付けとくのも悪くねえだろ」
イゾウさんが首だけで私の方を見るから、軽く首を横に振った。海賊船に乗っていると言った覚えはない。どこで気づいたのかは分からないが、怪我はないし、むしろ良くしてもらったから荒っぽいのは嫌だと手を握ればイゾウさんは何も言わなかった。
「お兄さんが迎えに来てくれてよかったね、ユリト!」
「いやべポ妹の意味はそうじゃ無くてな……?」
「ペンギン、諦めろ……べポだぞ……」
べポさんの言葉にぴりついた空気はそれで発散され、私も思わず笑った。海賊同士はいろいろあるのだろうが、イゾウさんも呆れた溜息をもらしているのでもういいらしい。
「またね、ユリト!」
「はい、また」
イゾウさんの前に出れば、べポさんにハグをされて、ペンギンとシャチさんには頭を撫でられた。ローさんは砂で汚れるのにも関わらず、砂浜にしゃがむとしっかりと目を合わせて頭を撫でてくれた。
「親切にして下さってありがとうございました」
お礼を言えば頭を撫でていた手が滑り、とんと私の胸を指した。
「……お前は自分の血が万能薬と言ったな。でもそれは違ェ。心の傷に薬は効かねェ」
それを忘れるな、とローさんは言った。その目が少し寂し気で、彼自身が癒えない何かがあるのだろうと思ったから、目線を合わせるようにしゃがまれているのをいいことにするりと首に手を回すと軽い抱擁を交わした。あとからイゾウさんに何か言われそうだけど。
「覚えておきますから、力になれることがあれば言ってくださいね」
「……ませたガキだな」
いい女になりそうだ、とにやりと笑われる。それに笑い返せば、ローさんは立ち上がって、買った服が入っている袋と小さな小袋を私に渡すとさっと踵を返した。
「出航だ」
『アイアイ、キャプテン!!』
ドームのようなものが広がったかと思えば、一瞬で消えた姿に目をぱちくり。イゾウさんの方を振り返れば「能力者だ」と短く言われてああ、と。
「トイレとか急いでるときに便利そうな能力ですね」
「本気で言ってそうなところ感心するな」
あれはそういう能力じゃねえぞとイゾウさんに笑われつつ、船に戻った。
そして行われる服の贈り合い。
「もっと似合わないかと思って選んだんですけどおかしいですね……」
「似合わないものを贈ろうとするのもお前さんだな」
私が贈ったのはベージュのアンクルパンツと、ゆるっとした白い半そでパーカー。アンクルパンツの方は裾のところが赤のチェックになっていて地味にダサいのにダサく見えないのが不思議だ。年齢に合わない若い格好でもさせれば似合わないかなと思ったのだけれど、やっぱり顔のせいなのか普通に似合ってしまってちょっと残念。
イゾウさんからは深い紫色の生地に白と赤の椿が描かれた羽織を貰った。洋服の時でも上着として羽織れると聞いたし、羽織は持っていなかったので普通に嬉しい。
お礼を言って部屋を出ようとすれば引かれた腕。いつの間にか取り上げられていたポシェットが机の上で開けられていて、もらったビブルカードと、予備の試験官が転がっているのを見つけて。恐る恐る振り返ればにっこり笑うイゾウさんがいて冷や汗たらり。
「まずは昼寝だ。起きたら説教。いいな」
「……はい」
怒っている時は素直にうなずくに限る。
人のざわめき。市場の商人たちの活気ある声。
この島は割と治安がいいからと私はイゾウさんと島に降りた。治安がいいのに広い島で、海賊にも寛容な島はあまりないからみんなも喜んでいた。きっと今夜船に戻る人は少ないだろなぁなんてぼんやり思っていれば、「野暮なこと考えるなよ」とイゾウさんには笑われてしまったけれど。
「欲しいものはねえのか」
「毎回聞いてくれますけど、答えても答えなくても勝手に買ってきますよね」
「お前が必要なものも言わねえからだろ」
「じゃあ今回も何も言いませんけど、何を買うんですか?」
「花でも贈ってやろうか?」
「枯れてしまうので遠慮しておきます」
雑談をしながらぶらぶらと目的なく街を歩く。人の波にのまれそうになると、すいっと腕が伸びてきて引き寄せられる。途中で面倒になったのか手をつながれた。……心配性だ。
「うろちょろするな」
「だって人を避けなきゃじゃないですか」
「堂々と歩いてりゃ、人なんざ勝手に避けるさ」
横暴な言葉に溜息一つ。それはきっと海賊だからできることだ。やっぱり体格もそうだけれど、雰囲気とか全く違うし。一般人の私にはいくら堂々と歩いていても足を引っかけられて転ぶのが落ちだろう。
イゾウさんは今日、珍しく洋装だ。いつも結い上げている髪は一本にまとめられ、細身の黒のパンツに、白い半そでのシャツ。ものすごくシンプルな格好なのにさっきから行きかう人たちが二度見するのはやっぱり容姿のせいだろうか。和服の時はどちらかと言えば綺麗だからと言うことではなく、珍しいから視線が集まるから今日は少し変な感じだ。
「イゾウさん服とか買わないんですか?」
「なんだ。見繕ってくれんのかい?」
「うーん」
にやにやしているイゾウさんを上から下まで見て、首をひねった。だって絶対何を着せても似合う。いっそ女装でもさせようかと一瞬思ったが、もともと化粧をする人なんだから特に違和感もなくむしろその辺の女の人よりも綺麗になってしまって、船のみんなが嘆きそうだ。でも、服は少し見繕ってみたい。
「じゃあ、贈り合いしませんか。この島治安がいいんですよね?」
「贈り合いねェ……治安はいいが、他の海賊はいるから一人では歩くな」
イゾウさんが近くにいた隊員さんに声をかけた。私に付くように指示された隊員さんは快く引き受けてくれて、そこでイゾウさんと別れた。
その結果今に至る。
「ねえねえユリト!これとかいいんじゃない?」
「べポ、それは女ものだ。選ぶのは男ものだぞ」
「ユリト!!これ、これ!!こういうの着せればいいんじゃね!?」
「いや、その……」
あーだこーだとお店の中で言うのは、白熊のべポさんと、ペンギンさんにシャチさん。イゾウさんの服を一緒に見繕ってくれているのだけれどどうしてこうなった。三人(?)のつなぎにかかれているおそらく海賊のマークであろうそれに溜息が出てしまう。
イゾウさんと別れてすぐ、隊員さんとはぐれてしまったのだ。イゾウさんと歩いていた時はぐれなかったのは、イゾウさんだったからなんだなと分かったけれどもう遅い。名前を聞く前にはぐれた隊員さんはともかく、私は戦えないからとりあえず船に戻るかと決めたはずだったのだけれど、その道中べポさんにぶつかってしまって。
お互い不注意だった事故だったのだけれど、体格差のせいで私が転倒。慌てるべポさんに白熊がしゃべっていることに驚く私。声に出したら「熊なのにしゃべってすみません……」とめちゃくちゃ落ち込まれ、焦っているところに駆けつけてくれたのがペンギンさんとシャチさんで、二人が手早く擦りむいた腕を処置してくれたのだ。
おそらく、私の年齢を下に見ているようで服が見たいと伝えたら『「キャプテン」が来るまでは暇だから!』と怪我をさせてしまったお詫びにと『女の子一人じゃ危ないよ!』とのべポさんの一言でついてきてくれたのだけれど、できれば私はその「キャプテン」と言う人が戻ってくる前に帰りたい。
キャプテン=船長さんであることは察しがついているのだ。気性の荒い人ではないことを願うばかり。
「キャプテン遅いなぁ……」
「切らしてた薬品多かったもんなァ」
「ユリト、脱水になるから飲んでおけよ」
「ありがとうございます」
何とか服を選んで(結局自分とペンギンさんとで選んだ)ベンチで休憩しているとペンギンさんが飲み物をくれて、この短時間ですごくよくしてもらっているなぁとストローを加えていればふっと影が落ちた。
「……その子どもはどこで拾ってきたんだ」
「「キャ~プテ~ン!!おかえりなさ~い!!」」
私が振り返る前にすごい速さで三人が「キャプテン」に飛びついた。かなりの勢いだったけれどその人は全く揺らがず、ついでに表情も変わらなかったがどこか嬉しそうではあった。「戻った」と答えながら、クマのある目が私に向く。
長身でモデルみたい。もふもふの帽子に、長いコート。肩に担いでいる刀も長く、きっと私が持とうとしても引きずるだろう。
「で?その子供は?」
「あ、あのね。俺がぶつかっちゃって怪我させちゃったから一緒にいたの!」
「……診せろ」
担いでいた刀をペンギンさんに預け膝を付いたことで近づいた金色の目。目つきはきついが、かぶっている帽子のせいか雰囲気はあまり怖くはない。
すでに処置をしてある腕をそっと取られ、打ち身がないかとか曲げた時に痛みがないかを聞かれた。その姿は真剣で、海賊だろうけれど医療の知識が深い人なんだと言うことはすぐに分かった。
「これは……採血でもしたのか」
処置してあるところ以外は異常なしと診断したのか、刺青の入った手が肘の内側を指す。少し青くなっているそこを特に隠すこともないので「そうです」と答えれば眉間に皺が寄った。どうしたんだろうと思えば、「あ」と口を空けて見せられたので、つられて口を空ければぽいと何かが放り込まれた。甘い……チョコレートだ。
「何があって頻繁に採血してるのかはしらねェが、内出血がひでェ。採血が終わったらきっちり5分は押さえろ。おそらく軽い貧血も起こしてるだろうから、しっかり飯を食え。そもそも女は貧血になりやすい」
もごもごと咀嚼している間に、キャプテンさんは小さな巾着にチョコの小袋をいくつか入れると私に持たせた。お礼を言えばくしゃりと髪が撫でられて。とてもやさしい。
たぶん悪い人ではない気がする。そう思って名前を尋ねれば「知らないのか」と言われたが、答えてくれた。
「トラファルガー・ローだ。」
トラファルガー、と口ずさめば「ローでいい」と返ってきてありがたくそうさせてもらった。さすがに名前を呼ぶのに噛むのは避けたい。
それから「おれも」「おれも」と小袋にお菓子を詰める三人を尻目にローさんは私がさっき買った服を取り上げて、歩き始めた。荷物を取り上げられてしまったし、ついてこいと言っているようだったのでその背を追いかければそこはレストランで。困惑してる間にポンポンと注文をすませたローさんに食えと言われてご飯を食べた。パンよりもご飯をもぐもぐ食べていたらなぜか少し笑われた。
「パンは嫌いか?」
「どっちも食べますが、ご飯派ですね」
「俺の気が向いてるうちならどこにでも連れて行ってやるが?」
「えっと……じゃあ」
ここまで来たらとわがままを言ってみれば、少し驚いた様子だったが「分かった」と私が言ったお店に連れて行ってくれた。
ほんの少しの爪を渡して、交換してもらったのは一枚の紙。ビブルカード。
「よくビブルカードを知ってたな」
俺たちのことは知らない癖に、とニヒルに笑うローさんに曖昧に笑った。やはりそれなりに名の知れた海賊なのだろう。
大事な人が自分のカードをくれたのだと話せば、そうかとうなずいてくれてローさんのカードを差しだされた。
「え、もらえませんよ」
「別に持っていて困るもんじゃねェだろ。交換だ」
半ば強引に交換させられ、私の紙の切れ端はローさんの手の中に。なぜこんなにも気に入られているのか分からない。気に入られないよりはいいのかもしれないけれど、でも無条件によくされるのは申し訳ない。
「どうして良くしてくれるんですか?」
「……俺の気まぐれだ」
ぽすんと頭を撫でてくるその手は優しく、どこか面倒を見るお兄さんのようで。妹でもいるのかな。私に合わせるような歩幅。少し先を歩いているのにたまに振り返る。
のんびりと街を歩いて、海の近くまで戻ってきていた。べポさんとシャチさんがつなぎをまくって海で遊んでいる。そのシャチさんの背中にガーゼやら包帯やらが巻かれているのを見つけて、私は腰につけていたポシェットを漁った。
取り出したのは試験官。それを見たローさんの目がいぶかし気に揺らいだ。
「お前の血か?」
「そうです。お礼に、とこれを差しだすのは控えめに言っても気持ち悪いかと思いますけど、役に立つと思うので」
簡単に説明をして受け取ってもらえば、ローさんはシャチさんを呼んだ。「目をつぶって上向け」と言われたシャチさんは素直にもそうしたが故にずぼっと試験官をつっこまれて。
「ゴッホ!?なっ、きゃぷ、げっほ!!?」
むせつつも喉が動いて飲み込まれたそれ。ローさんが追いはぎのようにシャチさんの背に張られたガーゼをべりっとはがすものだから、「いってェ!!?ひどいっすよキャプテン!!」とシャチさん。
「……お前体に異常は?」
「へ?……あっれ、体軽い!!ていうか傷治ってないっすか!?」
すげえ!!と感動しているシャチさんに、試験官を見つめるローさん。
「今のどこで買った薬っすか?ていうか酒?」
「……酒?」
「あれ、酒じゃないんですか?無理やり口に入れられたんでよく分かんなかったですけど、めちゃくちゃうまい酒だと思ったんすけど」
ローさんが試験官に少し残った血を揺らし、それを指に垂らすと匂いを嗅いだ後口に含んだ。自分の血だと思うと大変微妙な気持ちになるが、ローさんは顔色一つ変えずにじっと何かを考えていた。
「これのせいで血を採られてるのか?」
「採られてるのではなく、採っていただいてるんです。役に立てるように」
じわじわと眠気が昇ってくる。べポさんに「眠いの?」と聞かれたけれど大丈夫だと笑った。
「ペンギン」
「はい」
残りの血をペンギンさんが袋にパッキングして、それをつなぎのポケットに入れた。それからローさんは私の方に向き直るとべしっと。……額が地味に痛い。
額を押さえながら見上げれば、呆れたような金色の目と合った。
「都合のいい話には何かあるのが常だ。血の使い方を間違えればお前の命が危ェんだろう?海賊だって分かってる人間にそうひょいひょい渡すもんじゃねェ」
「……ローさんは医者でしょう?」
「海賊の、な。医者だからこその忠告だ。使い方がよく分かってねえ薬品ほど危ェものはねェ」
海風が吹き抜けて、その瞬間素早くローさんの後ろにべポさんとペンギンさんとシャチさんが並んだ。そのすぐにふわりと知った匂いが鼻に届いて、温かい手が肩に置かれた。
「ユリト」
軽く引き寄せられて、頭を撫でられる。その手が滑ってぎゅっと私の手とつながれた。さくりと砂浜が音を立てる。イゾウさんの背中に視界を遮られて、見えるのはゆらりと揺れる黒い髪だけ。
「
「有名な海賊団に貸しを付けとくのも悪くねえだろ」
イゾウさんが首だけで私の方を見るから、軽く首を横に振った。海賊船に乗っていると言った覚えはない。どこで気づいたのかは分からないが、怪我はないし、むしろ良くしてもらったから荒っぽいのは嫌だと手を握ればイゾウさんは何も言わなかった。
「お兄さんが迎えに来てくれてよかったね、ユリト!」
「いやべポ妹の意味はそうじゃ無くてな……?」
「ペンギン、諦めろ……べポだぞ……」
べポさんの言葉にぴりついた空気はそれで発散され、私も思わず笑った。海賊同士はいろいろあるのだろうが、イゾウさんも呆れた溜息をもらしているのでもういいらしい。
「またね、ユリト!」
「はい、また」
イゾウさんの前に出れば、べポさんにハグをされて、ペンギンとシャチさんには頭を撫でられた。ローさんは砂で汚れるのにも関わらず、砂浜にしゃがむとしっかりと目を合わせて頭を撫でてくれた。
「親切にして下さってありがとうございました」
お礼を言えば頭を撫でていた手が滑り、とんと私の胸を指した。
「……お前は自分の血が万能薬と言ったな。でもそれは違ェ。心の傷に薬は効かねェ」
それを忘れるな、とローさんは言った。その目が少し寂し気で、彼自身が癒えない何かがあるのだろうと思ったから、目線を合わせるようにしゃがまれているのをいいことにするりと首に手を回すと軽い抱擁を交わした。あとからイゾウさんに何か言われそうだけど。
「覚えておきますから、力になれることがあれば言ってくださいね」
「……ませたガキだな」
いい女になりそうだ、とにやりと笑われる。それに笑い返せば、ローさんは立ち上がって、買った服が入っている袋と小さな小袋を私に渡すとさっと踵を返した。
「出航だ」
『アイアイ、キャプテン!!』
ドームのようなものが広がったかと思えば、一瞬で消えた姿に目をぱちくり。イゾウさんの方を振り返れば「能力者だ」と短く言われてああ、と。
「トイレとか急いでるときに便利そうな能力ですね」
「本気で言ってそうなところ感心するな」
あれはそういう能力じゃねえぞとイゾウさんに笑われつつ、船に戻った。
そして行われる服の贈り合い。
「もっと似合わないかと思って選んだんですけどおかしいですね……」
「似合わないものを贈ろうとするのもお前さんだな」
私が贈ったのはベージュのアンクルパンツと、ゆるっとした白い半そでパーカー。アンクルパンツの方は裾のところが赤のチェックになっていて地味にダサいのにダサく見えないのが不思議だ。年齢に合わない若い格好でもさせれば似合わないかなと思ったのだけれど、やっぱり顔のせいなのか普通に似合ってしまってちょっと残念。
イゾウさんからは深い紫色の生地に白と赤の椿が描かれた羽織を貰った。洋服の時でも上着として羽織れると聞いたし、羽織は持っていなかったので普通に嬉しい。
お礼を言って部屋を出ようとすれば引かれた腕。いつの間にか取り上げられていたポシェットが机の上で開けられていて、もらったビブルカードと、予備の試験官が転がっているのを見つけて。恐る恐る振り返ればにっこり笑うイゾウさんがいて冷や汗たらり。
「まずは昼寝だ。起きたら説教。いいな」
「……はい」
怒っている時は素直にうなずくに限る。