14.眠りの秘密は寂しいもの
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
14.眠りの秘密は寂しいもの
『この匂い……』
ゆらゆらと揺れる視界の中で父を見た。一定のリズムでなる電子音と、布擦れの音。リンとなった鈴の音には聞き覚えがあった。
-おとーさん……-
『そうか……戻ってこなくたっていい。幸せになりなさい』
母さんには言っておくよ、と父は笑ったようだった。
何を言っているの。何も見えないの。違うの。私は、帰りたいの。どうして戻ってこなくていいなんて言うの。
『おやすみ、ユリト』
促される眠りはすごく寂しかった。
「ユリト」
「ん……」
名前を呼ばれて目を開くとイゾウさんがいた。名前を呼ぶと大きく息を吐くイゾウさんはなんだか少し疲れているようで。不思議に思って首を傾げればべちっと額を叩かれた。
「あほ」
「……私、寝てましたよね?何かしました?」
「血を使うなって言っただろ」
どうやら私はイゾウさんが胡坐をかいた上に座っているようだった。船首の上。海風が頬を撫で、少しだけ髪を乱した。私を抱えるようにしているイゾウさんの手がその髪を捕まえ耳にかけてくれた。
自分の肘の内側に採血のテープが張ってあるのを見て、寝る直前のことを思い出した。そうだ。イゾウさんの怪我がひどくて、私が無理やり血を飲ませたんだ。その時もバカか阿保か忘れたが怒られて地味に痛い鉄拳を落とされて。謝ろうとしたらふっと意識が飛んで。
「万能な血が何もリスクがねぇ訳ないだろ。使ったら使った分お前は寝るぞ」
「……それも父と同じですか?」
「あいつは家族の夢を見ると言っていたな。だから永遠の眠りにつかねぇといけないつって死んだのさ」
「父は生きてますよ」
「こっちの世界では死んだ」
「生きてて欲しかったんですか?」
「人に人生を決められるほど虚しいものはねェだろ」
それはつまり、「こちらの世界で」生きてて欲しかったということではないのか。そう思ったけど、きっと尋ねてもイゾウさんは答えないだろうから私は代わりに溜息をついた。
「人生を決めてくれた方が生きやすいと思いませんか?」
「生きやすくとも、生きていたいと思わなきゃ意味ねェさ」
ふっと目線がこちらに向けられた。私は居心地が悪くて目をそらした。だって、何か咎められているみたいで。そしたらまるで赤子をあやすかのように背を叩かれて、少しむっとしてしまう。別に私は子どもじゃないし、拗ねてなどいない。
「意地を張るところが子どもだろ」
「私何も言ってません」
「わりィな。顔に描いてあったもんだからよ」
「意地悪」
「お前さんもな」
言いつつイゾウさんは私を立たせた。転ばないようにしっかりと手は握られたままだから、それに促されて船首から降りると甲板には誰もいなかった。聞けば、もう夕餉の時間だと言われて驚いた。空を見上げたけどまだ日が高い。
「日が沈まねェ航路ぐらいあるさ」
「……なんでもありですね」
言われれば昼間にしては少しくらいかな、とは思うがまさか夜だとは思えない。きらめく星も、夜を照らす月も見えない。月よりも明るい太陽が甲板を照らしているのに私の心は真っ暗で、見えない道の真ん中に立たされているかのようだった。
ふっと顔に影が落ちた。顔を上げると一瞬で唇をかすめ取られ、硬直していればもう一度今度は少しだけ長く押し付けられて離れた。
逆光で表情はよく見えない。でも、いつもの笑みは浮かんでいないことは分かった。
「言わなくても伝わっちまうって言うのは便利だが、不便だな」
言わなくても伝わると言うなら私のこの葛藤も伝わってるんですか?と尋ねたかった。でも尋ねなかったのは怖いからだ。伝わっていても伝わっていなくても、私は決められないから。
戻るか、戻らないか、私は揺れている。
「戻って来なくていいって、言われたんです」
そう言うとイゾウさんは目を見開いた。「それは……」と言いかけて、そのきれいな唇は閉じてしまったから私は自嘲気味に笑ってしまった。
「どうしたらいいんでしょうね」
「……自分で決めろ」
「意地悪」
「何とでも言え。俺は他人の人生を決めたくねェ」
決めたくねェ、と口の中で転がして少しだけ彼らしくないなと笑った。珍しく本音が素直に滲んでいたから。でも、それでも彼は明確な言葉を言わない。お互い様だけれど、お互い、ひどく臆病だ。私はともかく、彼は海賊だと言うのに。
私は家族が大事だ。家族が、父と母が幸せならそれでいい。いや、それがいい。だから早く戻ろうと思っていたのに、戻って来なくて言いと言われた。見た夢は現実だ。目を覚ましても現実だけれど、夢も確かに現実で、「戻って来なくてもいい」と言ったのは確かに私の父だった。家族が大事で、家族を幸せにしたかったのに、戻ることは必ずしも二人の幸せにつながらないらしい。
ぐっと腕を引かれ、強く抱きしめられた。私はただそっと目を閉じた。
「ここで抱きしめ返してこねェとこ、お前さんだよなァ」
「イゾウさんが決めてくれたら、」
「決めねェよ」
体が少し離れて、ぐっと深く唇が重なった。決めないという癖にそういうことはするんだなあなんてぼんやり。そしたら鼻をつままれて、苦しくって口を空けてしまえば、ぐいっと舌が割り込んできて好き勝手口内を荒した。息をするために口を空けたというのに全く息が吸えなくて、さらに時たまくすぐるように舌が動くものだから腰も抜けてしまった。
「待つ。俺はいくらでも待ってやる。だから……自分で決めろ」
「……ふらふらしている女なんて嫌でしょう?」
「若ェうちから地に足つけて立ってたらそっちの方が心配だなァ」
「イゾウさんっていくつなんですか?」
「どうだろうな」
もう一度ぎゅっと抱きしめられて、体が離れた。それから私の顔を覗き込んで「リンゴだな」なんていつものように笑ってくるからうんと背伸びをして今度は私が唇をかすめとってやった。
「……それが答えか?」
「どっちの気持ちも嘘じゃないんです。でも」
「いい。分かってる。十分だ」
ぽすり。頭を撫でられて私たちは食堂に向かった。
少し遅れての食事はいつもと変わらず賑やかで、エースはお皿に顔を突っ込んで寝ているし、マルコさんはサッチさんを鬱陶しそうにあしらっているし、ハルタさんはニコニコしながらビスタさんやナミュールさんとお酒を飲んでいた。
その中でそっとご飯を食べて、部屋に戻ってシャワーを浴びた。切った手首がちょっと染みた。お風呂から出るとイゾウさんが包帯を巻きなおしてくれて、そのまま二人で一緒の布団に入って寝た。
夢は見なかった。
『この匂い……』
ゆらゆらと揺れる視界の中で父を見た。一定のリズムでなる電子音と、布擦れの音。リンとなった鈴の音には聞き覚えがあった。
-おとーさん……-
『そうか……戻ってこなくたっていい。幸せになりなさい』
母さんには言っておくよ、と父は笑ったようだった。
何を言っているの。何も見えないの。違うの。私は、帰りたいの。どうして戻ってこなくていいなんて言うの。
『おやすみ、ユリト』
促される眠りはすごく寂しかった。
「ユリト」
「ん……」
名前を呼ばれて目を開くとイゾウさんがいた。名前を呼ぶと大きく息を吐くイゾウさんはなんだか少し疲れているようで。不思議に思って首を傾げればべちっと額を叩かれた。
「あほ」
「……私、寝てましたよね?何かしました?」
「血を使うなって言っただろ」
どうやら私はイゾウさんが胡坐をかいた上に座っているようだった。船首の上。海風が頬を撫で、少しだけ髪を乱した。私を抱えるようにしているイゾウさんの手がその髪を捕まえ耳にかけてくれた。
自分の肘の内側に採血のテープが張ってあるのを見て、寝る直前のことを思い出した。そうだ。イゾウさんの怪我がひどくて、私が無理やり血を飲ませたんだ。その時もバカか阿保か忘れたが怒られて地味に痛い鉄拳を落とされて。謝ろうとしたらふっと意識が飛んで。
「万能な血が何もリスクがねぇ訳ないだろ。使ったら使った分お前は寝るぞ」
「……それも父と同じですか?」
「あいつは家族の夢を見ると言っていたな。だから永遠の眠りにつかねぇといけないつって死んだのさ」
「父は生きてますよ」
「こっちの世界では死んだ」
「生きてて欲しかったんですか?」
「人に人生を決められるほど虚しいものはねェだろ」
それはつまり、「こちらの世界で」生きてて欲しかったということではないのか。そう思ったけど、きっと尋ねてもイゾウさんは答えないだろうから私は代わりに溜息をついた。
「人生を決めてくれた方が生きやすいと思いませんか?」
「生きやすくとも、生きていたいと思わなきゃ意味ねェさ」
ふっと目線がこちらに向けられた。私は居心地が悪くて目をそらした。だって、何か咎められているみたいで。そしたらまるで赤子をあやすかのように背を叩かれて、少しむっとしてしまう。別に私は子どもじゃないし、拗ねてなどいない。
「意地を張るところが子どもだろ」
「私何も言ってません」
「わりィな。顔に描いてあったもんだからよ」
「意地悪」
「お前さんもな」
言いつつイゾウさんは私を立たせた。転ばないようにしっかりと手は握られたままだから、それに促されて船首から降りると甲板には誰もいなかった。聞けば、もう夕餉の時間だと言われて驚いた。空を見上げたけどまだ日が高い。
「日が沈まねェ航路ぐらいあるさ」
「……なんでもありですね」
言われれば昼間にしては少しくらいかな、とは思うがまさか夜だとは思えない。きらめく星も、夜を照らす月も見えない。月よりも明るい太陽が甲板を照らしているのに私の心は真っ暗で、見えない道の真ん中に立たされているかのようだった。
ふっと顔に影が落ちた。顔を上げると一瞬で唇をかすめ取られ、硬直していればもう一度今度は少しだけ長く押し付けられて離れた。
逆光で表情はよく見えない。でも、いつもの笑みは浮かんでいないことは分かった。
「言わなくても伝わっちまうって言うのは便利だが、不便だな」
言わなくても伝わると言うなら私のこの葛藤も伝わってるんですか?と尋ねたかった。でも尋ねなかったのは怖いからだ。伝わっていても伝わっていなくても、私は決められないから。
戻るか、戻らないか、私は揺れている。
「戻って来なくていいって、言われたんです」
そう言うとイゾウさんは目を見開いた。「それは……」と言いかけて、そのきれいな唇は閉じてしまったから私は自嘲気味に笑ってしまった。
「どうしたらいいんでしょうね」
「……自分で決めろ」
「意地悪」
「何とでも言え。俺は他人の人生を決めたくねェ」
決めたくねェ、と口の中で転がして少しだけ彼らしくないなと笑った。珍しく本音が素直に滲んでいたから。でも、それでも彼は明確な言葉を言わない。お互い様だけれど、お互い、ひどく臆病だ。私はともかく、彼は海賊だと言うのに。
私は家族が大事だ。家族が、父と母が幸せならそれでいい。いや、それがいい。だから早く戻ろうと思っていたのに、戻って来なくて言いと言われた。見た夢は現実だ。目を覚ましても現実だけれど、夢も確かに現実で、「戻って来なくてもいい」と言ったのは確かに私の父だった。家族が大事で、家族を幸せにしたかったのに、戻ることは必ずしも二人の幸せにつながらないらしい。
ぐっと腕を引かれ、強く抱きしめられた。私はただそっと目を閉じた。
「ここで抱きしめ返してこねェとこ、お前さんだよなァ」
「イゾウさんが決めてくれたら、」
「決めねェよ」
体が少し離れて、ぐっと深く唇が重なった。決めないという癖にそういうことはするんだなあなんてぼんやり。そしたら鼻をつままれて、苦しくって口を空けてしまえば、ぐいっと舌が割り込んできて好き勝手口内を荒した。息をするために口を空けたというのに全く息が吸えなくて、さらに時たまくすぐるように舌が動くものだから腰も抜けてしまった。
「待つ。俺はいくらでも待ってやる。だから……自分で決めろ」
「……ふらふらしている女なんて嫌でしょう?」
「若ェうちから地に足つけて立ってたらそっちの方が心配だなァ」
「イゾウさんっていくつなんですか?」
「どうだろうな」
もう一度ぎゅっと抱きしめられて、体が離れた。それから私の顔を覗き込んで「リンゴだな」なんていつものように笑ってくるからうんと背伸びをして今度は私が唇をかすめとってやった。
「……それが答えか?」
「どっちの気持ちも嘘じゃないんです。でも」
「いい。分かってる。十分だ」
ぽすり。頭を撫でられて私たちは食堂に向かった。
少し遅れての食事はいつもと変わらず賑やかで、エースはお皿に顔を突っ込んで寝ているし、マルコさんはサッチさんを鬱陶しそうにあしらっているし、ハルタさんはニコニコしながらビスタさんやナミュールさんとお酒を飲んでいた。
その中でそっとご飯を食べて、部屋に戻ってシャワーを浴びた。切った手首がちょっと染みた。お風呂から出るとイゾウさんが包帯を巻きなおしてくれて、そのまま二人で一緒の布団に入って寝た。
夢は見なかった。