雨と猫
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夏油から逃げるように帰り、自宅玄関に駆け込む。
走って帰ってきたからまだ息は苦しかったけれど、乱れた息を整えようといったん深呼吸をして落ち着けた。
まだ学校から帰る時間ではなかったし、息が荒い僕を見て真人は驚いているようだった。
「こんなに急いでどうしたの。それにまだ学校が終わる時間じゃないよね?何か……あった?」
「はぁ……。ごめん、いきなりで驚いたよね。真人に話さないといけないことがあるんだ」
迎えに出てきてくれた真人に『話がある』と伝えリビングに行く。
話があると伝えた時から真人はソワソワしているように見え、落ち着かない雰囲気だった。
僕の様子が気になるのか先に真人の方から聞いてくる。
「話って何?紫苑ってば最近様子がおかしいよ」
「……隣のクラスに呪いが視える人がいたの知ってる?愛園さんっていう髪が綺麗な女子生徒なんだけど」
夕陽が窓から差し込むリビングでそう切り出した。
愛園さんのことを絞り出すような声で聞けば、真人はしばし思い出すような仕草を見せる。
そして、なんてことないように言い切った。
「あぁ、一人俺のことが見えてる生徒がいたね。それがどうかした?」
「その人さ、先週から行方不明なんだ。先週の金曜……真人は家にいなかったけど、どこにいたの?……いや、こんな風に聞いても無駄か。真人だよね?やったのは」
率直に真人がやったんでしょと伝えれば飼い猫はすっと目を細めた。
真人にとっては聞かれたくない話だったらしい、辺りの空気が重く不穏なものへと変わる。
しばらく重苦しい沈黙が続いた後、ようやく真人は口を開いた。
「……そうだよ。だけど、ソイツは紫苑の家族でも友達でもないだろ?それを確認してどうするつもり?」
「どうするも何も……ただ知りたいんだ。本当のことを言ってくれる?」
真人の放つ重圧に負けないよう、必死に言葉を絞り出す。
愛園さんの事も本当は聞かない方がいいんだろう。
でも、このまま他の人の死を見て見ぬふりし続けて真人と暮らしていくのは僕にとって苦しいことだった。
「……好奇心は猫をも殺す、ってことわざ知ってるかい?世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「知ってる。それでも……聞きたいんだ」
こちらを見下ろしてくる真人の瞳を見つめ返す。
本当は怖くてたまらないけど、何とか体の震えを抑え込んでいた。
「紫苑、君って本当に愚かだね。これ以上余計なこと聞かないよう忠告までしてあげたのに、そんなに俺を怒らせたいんだ?まさか、俺が改心するとでも?」
『君はもっと賢いと思ってたんだけどなぁ』と、ツギハギの手が僕の頬をするりと撫でる。
真人の手は人のものとは思えないほど冷たく、重い死の気配を纏っていた。
急にそういう風に触れられて体がビクッと震える。
「もういっそのこと、俺だけの物にしちゃおうかな?」
『真人を咎めているわけじゃない』、そう伝えたくても震え始めた体はいっこうに治まらずなかなか口を開けない。
真人は僕の次の言葉を待っているのかじっと見つめてくる。
その視線は呪霊の非情さも含んでいて、ここで伝える言葉を誤ればこの関係も終わりになるんだろう。
これが最後になるんだとしても、僕は自分の思いを伝えたくて必死に言葉を紡いだ。
「……違う!っ、僕が言いたいのは……」
そこで愛園さんからもらった連絡先を真人に見せた。
何度もポケットから取り出して確認していたからか、くしゃくしゃの紙に過ぎないけど。
「今日、呪術師に会ったんだ。それで……真人を祓ってくれるって言われた。隣のクラスの人もこの連絡先に話せば真人を祓ってくれるって。
だけど、なんでかな……?」
そのまま呪術師の連絡先が書かれた紙をグシャッと握りつぶし、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
真人は僕の行動が意外だったのか、驚いたような表情で僕を見つめる。
自分の思いを伝えるのは今しかないと震える声で飼い猫へ語りかけた。
「……僕ね、どうしても真人にいなくなって欲しくないって思っちゃった。真人は呪いだから一緒にいちゃいけないのに。人と呪いが分かり合えるはずないのに。
それでも……まだ君と一緒にいたい。真人と一緒に生きていたいんだ」
そして、目の前で立ちすくむ真人に思いきり抱きついた。
服も髪も僕と同じ洗剤、シャンプーを使っているからか家族のように感じる。
僕は目の前にある温もりをどうしても手放したくなかった。
「紫苑……」
急に抱きつかれた真人からは困惑した感情が伝わってくる。
こんな風に言われるのは真人も想定外だったのかな。
もう言いたいことは言い切ったし、どうにでもなれとよりキツく抱きしめる。
だけど、真人は背中に手を回しそっと抱きしめ返してくれた。
「ごめん俺、紫苑を助けたかったのに……結局困らせてばかりだね」
「ううん、いいよ。何となく分かってたから」
抱きしめられたままだから耳元で真人の声が聞こえる。
その声は何だか申し訳なさそうで、本当に謝ってくれているんだと感じた。
夕陽が射し込む静かな部屋の中、しばらく僕たちはそうして抱き合っていた。
__________
「そういえば、もう1つ」
「ん、なに?」
抱きついたまま顔をあげれば真人と目が合う。
青と灰の瞳は未だに不安そうに揺れていて、この話を持ち出した僕に罪悪感を与えた。
だけど、真人と一緒に生きていくと決めた以上僕も強くならないといけない。
「僕にも……呪術を教えて」
「俺が守ってあげるからいいのに。けど、声をかけてきた呪術師が気になるからね。いいよ。俺が手取り足取り優しく教えてあげる」
「……!よろしく、真人先生」
「ははっ、先生か。いいねその呼び方♪」
呪術を教えてくれるよう頼めば承諾してくれた。
素人がどこまで強くなれるのかは分からないけど、何も対策しないよりはマシだ。
とりあえず訓練は明日からにしようと話し合った。
走って帰ってきたからまだ息は苦しかったけれど、乱れた息を整えようといったん深呼吸をして落ち着けた。
まだ学校から帰る時間ではなかったし、息が荒い僕を見て真人は驚いているようだった。
「こんなに急いでどうしたの。それにまだ学校が終わる時間じゃないよね?何か……あった?」
「はぁ……。ごめん、いきなりで驚いたよね。真人に話さないといけないことがあるんだ」
迎えに出てきてくれた真人に『話がある』と伝えリビングに行く。
話があると伝えた時から真人はソワソワしているように見え、落ち着かない雰囲気だった。
僕の様子が気になるのか先に真人の方から聞いてくる。
「話って何?紫苑ってば最近様子がおかしいよ」
「……隣のクラスに呪いが視える人がいたの知ってる?愛園さんっていう髪が綺麗な女子生徒なんだけど」
夕陽が窓から差し込むリビングでそう切り出した。
愛園さんのことを絞り出すような声で聞けば、真人はしばし思い出すような仕草を見せる。
そして、なんてことないように言い切った。
「あぁ、一人俺のことが見えてる生徒がいたね。それがどうかした?」
「その人さ、先週から行方不明なんだ。先週の金曜……真人は家にいなかったけど、どこにいたの?……いや、こんな風に聞いても無駄か。真人だよね?やったのは」
率直に真人がやったんでしょと伝えれば飼い猫はすっと目を細めた。
真人にとっては聞かれたくない話だったらしい、辺りの空気が重く不穏なものへと変わる。
しばらく重苦しい沈黙が続いた後、ようやく真人は口を開いた。
「……そうだよ。だけど、ソイツは紫苑の家族でも友達でもないだろ?それを確認してどうするつもり?」
「どうするも何も……ただ知りたいんだ。本当のことを言ってくれる?」
真人の放つ重圧に負けないよう、必死に言葉を絞り出す。
愛園さんの事も本当は聞かない方がいいんだろう。
でも、このまま他の人の死を見て見ぬふりし続けて真人と暮らしていくのは僕にとって苦しいことだった。
「……好奇心は猫をも殺す、ってことわざ知ってるかい?世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「知ってる。それでも……聞きたいんだ」
こちらを見下ろしてくる真人の瞳を見つめ返す。
本当は怖くてたまらないけど、何とか体の震えを抑え込んでいた。
「紫苑、君って本当に愚かだね。これ以上余計なこと聞かないよう忠告までしてあげたのに、そんなに俺を怒らせたいんだ?まさか、俺が改心するとでも?」
『君はもっと賢いと思ってたんだけどなぁ』と、ツギハギの手が僕の頬をするりと撫でる。
真人の手は人のものとは思えないほど冷たく、重い死の気配を纏っていた。
急にそういう風に触れられて体がビクッと震える。
「もういっそのこと、俺だけの物にしちゃおうかな?」
『真人を咎めているわけじゃない』、そう伝えたくても震え始めた体はいっこうに治まらずなかなか口を開けない。
真人は僕の次の言葉を待っているのかじっと見つめてくる。
その視線は呪霊の非情さも含んでいて、ここで伝える言葉を誤ればこの関係も終わりになるんだろう。
これが最後になるんだとしても、僕は自分の思いを伝えたくて必死に言葉を紡いだ。
「……違う!っ、僕が言いたいのは……」
そこで愛園さんからもらった連絡先を真人に見せた。
何度もポケットから取り出して確認していたからか、くしゃくしゃの紙に過ぎないけど。
「今日、呪術師に会ったんだ。それで……真人を祓ってくれるって言われた。隣のクラスの人もこの連絡先に話せば真人を祓ってくれるって。
だけど、なんでかな……?」
そのまま呪術師の連絡先が書かれた紙をグシャッと握りつぶし、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
真人は僕の行動が意外だったのか、驚いたような表情で僕を見つめる。
自分の思いを伝えるのは今しかないと震える声で飼い猫へ語りかけた。
「……僕ね、どうしても真人にいなくなって欲しくないって思っちゃった。真人は呪いだから一緒にいちゃいけないのに。人と呪いが分かり合えるはずないのに。
それでも……まだ君と一緒にいたい。真人と一緒に生きていたいんだ」
そして、目の前で立ちすくむ真人に思いきり抱きついた。
服も髪も僕と同じ洗剤、シャンプーを使っているからか家族のように感じる。
僕は目の前にある温もりをどうしても手放したくなかった。
「紫苑……」
急に抱きつかれた真人からは困惑した感情が伝わってくる。
こんな風に言われるのは真人も想定外だったのかな。
もう言いたいことは言い切ったし、どうにでもなれとよりキツく抱きしめる。
だけど、真人は背中に手を回しそっと抱きしめ返してくれた。
「ごめん俺、紫苑を助けたかったのに……結局困らせてばかりだね」
「ううん、いいよ。何となく分かってたから」
抱きしめられたままだから耳元で真人の声が聞こえる。
その声は何だか申し訳なさそうで、本当に謝ってくれているんだと感じた。
夕陽が射し込む静かな部屋の中、しばらく僕たちはそうして抱き合っていた。
__________
「そういえば、もう1つ」
「ん、なに?」
抱きついたまま顔をあげれば真人と目が合う。
青と灰の瞳は未だに不安そうに揺れていて、この話を持ち出した僕に罪悪感を与えた。
だけど、真人と一緒に生きていくと決めた以上僕も強くならないといけない。
「僕にも……呪術を教えて」
「俺が守ってあげるからいいのに。けど、声をかけてきた呪術師が気になるからね。いいよ。俺が手取り足取り優しく教えてあげる」
「……!よろしく、真人先生」
「ははっ、先生か。いいねその呼び方♪」
呪術を教えてくれるよう頼めば承諾してくれた。
素人がどこまで強くなれるのかは分からないけど、何も対策しないよりはマシだ。
とりあえず訓練は明日からにしようと話し合った。
