このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ジョルブ

まだまだ肌寒い日が続く春の日、温室のドアを静かに開くと局所的な初夏の暖かさが肌を撫でるように滑り抜けていく。
世界からまるで切り離されたような密閉されたこの空間で、花達は外の寒さなど露知らずその身を美しく彩らせている。
温度差でぶるりと身を震わせながらいつものテーブルへと足を運ぶ。温室の一番奥に位置する日当たりの良いテーブルがジョルノの作業場である。
重い荷物をテーブルへと下ろし、一息つく。ここまで運んでくるのは苦ではないがPCしか入っていないバックがこんなにも重たく感じるのは日々の疲れのせいか。そんなことを考えるだけ無駄だと思考を振り払いいつもの作業へと取り掛かる。
作業と言えどここで行うほとんどが資料作りやレポート作成であり、キーボードを叩くだけに過ぎない。長時間ブルーライトを浴びるので視力の低下は著しく、そろそろ眼鏡を買うことも視野に入れて置かねばなるまい。フーゴ辺りにでも眼鏡屋を紹介して貰おうかと作業の片手間にメールを送り、文章の作成へと勤しんだ。




どれほど経っただろうか。画面の中の文字を追い続けて疲弊しきった眼球を解すように皮膚の上から軽くマッサージをする。
天井を仰ぐともう日は傾いており辺りは夕方の色へと変わりつつある。今日はここまでにしておくかとPCを閉じ、背もたれへと寄りかかる。
ーー今日こそ彼は起きてくれるだろうか。
そんな淡い期待を寄せながらジョルノは席を立った。

温室より少し重たい扉を開け、念の為鍵をかける。どうせ彼がこの鍵を開けてでていくことは無いだろうが、念には念を入れて。
柔く風が頬を撫でる。鳥たちが木の上で戯れ、小動物が草を食む音がする。ここは隣の温室と違い心地よい生き物の気配が沢山ある。とはいえ元は無機物であったもの達なのだ。草むらを跳ね回るウサギも、木の上で歌うシジュウカラも、ここの生き物達は全て自分が作り上げたものであり、もちろん彼も例外ではなかった。

「こんばんは。今日も一日いい天気でしたね。」
ーーブチャラティ。
ジョルノはその空間の中心で眠りこける彼、もといブチャラティへと声をかける。
まるで彫刻のような彼は息こそいているものの今日も死んだように眠り続けている。
今までで彼が目を覚ましたことは1度も無い。
陶器のような肌に黒髪がよく映える横顔は生前と変わりなく美しさを失わずただそこにある。
3年前にジョルノの手によって生み出された彼に生前というのはおかしな話だが、ジョルノにとっては生前という表現が1番ふさわしかった。確かに彼と生きた記憶があるし、彼の魂が天に昇るのを鮮明に覚えている。
しかし自分も彼もギャングでは無いし、普通の堅気の人間として全うに生きている時点で過去の記憶にある彼では無いことはよく分かっているつもりだ。最も彼に至っては未だに目覚めたこともなければ外を出歩いたことも無い訳だが。人間ですらない彼は本当に自分の知るブチャラティなのだろうか。容姿だけの他人かもしれない。否、その可能性が高いことは百も承知である。彼の器を作ったとて彼の魂が宿ってくれているかは確かめようもないからである。

「ねえ、ミスタもフーゴもアバッキオもナランチャもトリッシュも皆居るのにアンタだけどこを探したって見つからないんです。」
「だから僕がアンタを作る他ないと思ったんだ。生命への冒涜だとか命に対する侮辱だとかそんなことはもうどうでも良くて。僕はただ、もう一度アンタと話がしたかったんですよ」

ーー聞こえてますか?ブチャラティ。
閉じられた瞼を優しく指でなぞりながら物言わぬ生命に語りかける。まるでアンタは死んでるみたいだ。あの時と違うのは血の通った温かさとしっかりと心臓の鼓動が感じられることくらい。
記憶の限り彼を再現したつもりだ。
………下半身を除けばの話だが。
ブチャラティの下半身は人間のものでは無い具体的に言うと牡鹿の体をくっつけてある。一般で言うところのケンタウルスのようなものである。

「本当はちゃんと人間にしたかったんですけど、人体を丸々作るのは僕でも難しいみたいで、何度やってもどこか零れ落ちてしまうんです。」
「だから他の動物も混ぜてバランスを取るしか無かった。こんな姿でアンタを作り出してしまってすいません。」

返事が帰ってこないことなど、とうの昔に分かったつもりでいた。しかし沈黙ばかりが募る一方的な会話にも満たない独り言は虚しさだけを残していく。
自分が作った時点でもう彼でないことは分かっていた。自分が欲した〝ブチャラティ〟でないことなど理解していた。
それでも、もしかしたら、などと自分らしくない淡い期待などを抱いてしまう。

「早く目覚めてください。アンタを作ってもう春が3回も過ぎ去ってしまった。」

ジョルノ・ジョバァーナは今日も目覚めぬ彼が戻ってきてくれることを切に願いながらゆっくりと流れる時間の中を彼の命を肌に感じながら静かに漂っている。
1/1ページ
    スキ