おべんとまじっく
なまえへんこう
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「悪いな、驚かせただろ」
悪い奴らじゃなんだけどな、なんて伏見くんは苦笑い。
あのあと、私の寝床の準備を整えていてくれたであろう伏見くんは、
一通り準備を終わらせてから、談話室じゃ視線が気になるだろう、と
自身の部屋へ招いてくれた。
正直、余計に緊張する。
「ああ、うん」
伏見くんの声かけに適当に返事をする。
正直頭はまだぐるぐるしている。情報が整理しきれてない。
今晩は伏見くんと一つ屋根の下で、あの写真は実は伏見くんが撮っていて、なぜか今私は伏見くんのお部屋にお邪魔していて。
「おおう!?俺っちは佳奈サンと楽しくお話していただけッスよ!」
あのあとお互いに自己紹介を済ませた。
七尾太一くん。笑顔が素敵な彼は伏見くんのルームメイトらしい。
「あ、そう!私が勝手に驚いちゃって、太一くん達は別になにも、」
「驚いた?」
「あの、伏見くんが"ヴォルフ"だなんて知らなくて、」
「っ、なんで宮下がそれを?」
「え、」
まただ。
伏見くんの目つきが途端に鋭くなる。
あの名前には、何かあるのだろうか。
「写真!!!雑誌の写真ッスよ!!」
伏見くんの豹変ぶりを察した太一くんが、さっき私に見せた雑誌を伏見くんに手渡す。
「ほら、これ」
「あぁ、」
伏見くんは雑誌を一目見てから、合点がいったように声を漏らした。
「もー、臣クンってば、公演の宣伝のために役名で応募したことすっかり忘れちゃってるんッスから!」
「役?」
そういえば劇団員って言ってたっけ。
「臣クンが主演だったときの役の名前が"ヴォルフ"だったんッスよ!」
「なるほど」
だからみんな驚いていたのかな。
「に、しても宮下がこの写真を知っていたなんてな」
「うん、この写真にすっごく勇気もらえたの。
撮影がうまくいかなくて、落ち込んでたとき、この雑誌をたまたま見つけて、こんな素敵な表情を引き出すカメラマンが、モデルがいるんだって思ったら、負けてられなくなって」
「もしかして、前に言ってたのって……」
「うん、この写真見てたら、なんだか燃えてきちゃって
だから、この写真のカメラマンさんには人知れずすっごく感謝してて」
まさか伏見くんだなんて、思わなかったけど。
私の言葉をひとしきり聞いてから、
太一くんと伏見くんはお互いに目を合わせてから、なんだか恥ずかしそうに、嬉しそうに笑った。
「俺も、たくさん助けてもらったよ。この写真には」
伏見くんが雑誌の写真を大切そうに撫でながらそう言った。
ああ、伏見くんのこんな優しい目は初めて見たかもしれない。
自分に向けられているわけでもないのに、なんだかどきりとしてしまう。
「大切、なんだね」
「この日は、とっても楽しかったッスもんね!」
「そう、だな」
2人はもう一度目を合わせて笑う。
今度はふんわり。とても優しく、慈しむように。
「なんだか妬けちゃうな」
きっと、色んなことを一緒に乗り越えてきたんだろうな。
かけがえのない、仲間って感じ。羨ましい。
「え、」
私の言葉に伏見くんが反応する。
「改めて、伏見くん、太一くん本当にありがとう」
実際に会ったら、言いたかった言葉。
まさか本当に会えるとは思ってなかったし、
まさか同じ大学の生徒だなんて予想もしてなかったけど。
改めて姿勢を正してから、目の前の2人に告げる。
「お礼を言うのは、俺っちの方ッスよ」
「え?」
「佳奈サンッスよね。ずっと臣クンのモデル役、してたの」
「え、うん」
「最近の臣クンは本当に楽しそうだったんッス!」
だから、ありがとうッス!なんて、太一くんはまたにこにこ笑顔でそう言った。
「おっと、俺っち、幸チャンに呼ばれてたッス!」
ふと、太一くんはそう言うと部屋から出ていってしまった。
「………」
「……」
沈黙。
なんだろう。この空気。
なんというか、絶妙に恥ずかしい。
「宮下」
「は、はい」
突然、伏見くんに名前を呼ばれて返事をする。
声、裏返っちゃった気がする。
「宮下」
「ど、どうしたの」
伏見くんに、もう一度名前を呼ばれる。
眉間にしわを寄せて、何かを考えているようだった。
「……お前はいつもまっすぐ向き合ってくれるのに俺は言えないことばっかりだ」
長い沈黙のあと、伏見くんは小さく呟いた。
言えないこと。
きっと"ヴォルフ"に関係しているんだと思う。
役の名前だけであんなに険しい顔、するだろうか。
しかも伏見くんだけじゃない劇団の人まで。
考えないようにしてたけど、伏見くんのこの表情からして、
何かあるのは間違いじゃないだろう。
まあ、でも
「ふーん、そっか」
「そっか、って……」
「別に、それで困ったことないし」
「それは、そうかもしれないけど」
「それに、それで今の伏見くんが何か変わるわけでもないでしょ」
「なら、言いたくないことは別に言わなくてもいいんじゃないかな」
私だって、伏見くんが思ってるほどまっすぐじゃないかもしれないし。
「………」
伏見くんは黙って俯いた。
きっとそれほどに言いづらいことなのだろう。
「まあ、さ」
私は俯いている伏見くんに続ける。
「撮影の合間の、雑談でさ
いつも通り、のん気に話できるようになったら、その時教えてよ」
そのとき、いっぱい話をしよう。
そう言うと、伏見くんは、
なんだか泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
「そうだな」
また来週、いつもの場所で
次は何の話をしようか。
今度はどこかに出かけてみようか
難しいことはお互いに必要なくて
ただおいしいごはんと、君がいればそれで充分。
「ねえ、伏見くん、来週はどこに行く?」
あなたに出会えただけで、それで充分。
-fin-
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