おべんとまじっく
なまえへんこう
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「いやどういうこと?」
スマホに新しく増えた"伏見 臣"の連絡先を見ながら、
部屋でひとりため息を付く。
あのあとそう名乗った大男は、私が悩んでいるのをいいことに、
あっという間に連絡先を交換した上に、
明日の13時、同じ場所で。なんて一方的に約束までつけて去っていった。
モデル、ねえ。
撮影のモデルにはある種自身がある。
というのも私はこれでもティーン誌で表紙を飾ったこともあるほどの人気モデルだ。
自分で人気、とかいうの気が引けるけど。
素直に頷けないのにはある理由がある。
その理由こそが、私がダイエットを志すきっかけなのだけれど。
それは二か月前のある雑誌の撮影の時のこと
_________________________________________________
「佳奈ちゃーん、もうちょっとリラックスしてー!
もうちょっと目線左ー!!」
撮影をはじめて一時間ほど、
他のモデルに比べて私だけ撮影時間が2倍ほど長い。
なかなかスタッフさんたちのOKが出ないのだ。
焦りと共に引き攣ってくる表情。
全然気持ちは乗ってないのに、プログラムされたかのように、
体は絶えずポーズをとり続ける。
「佳奈ちゃん、ちょっと休憩にしようか」
私の焦りがカメラマンにも伝わってしまったのか、
気を遣われてしまう。
「大丈夫です。まだいけます」
「うん、カメラのフィルムも交換したいし、一回休憩ね」
はやく切り替えてこい。
言い方こそ優しいが、現場の空気全体からその雰囲気が伝わる。
「はい、すみません」
いたたまれなくなって、ひとまずお手洗いに駆け込んだ。
思わず鏡を見る。ああ、ひどい表情。
これは撮影を止められても仕方ないかもしれない。
「ていうかあ、佳奈の撮影にいつまでかかってんの?
まじでありえなくな?」
「それなーあいつ3年前に表紙飾ったっきりお荷物なのまだ気づいてないのかな超ウケル」
「わかる、この1年で急激に劣化したよね」
「やだリサ正直すぎない~~?」
「マヤこそ顔笑ってるよ~~~」
「なんにしろまじで邪魔だから早くきえてほしー!
お前の時代なんかとっくに終わったんだっつーの!」
廊下から声が聞こえる。
リサとマヤ。
ここ半年くらいで急に伸びた新人モデルで、私の後輩。
私、そんな風に思われてたんだ。
結構かわいがってる後輩のつもりだったんだけど、
そう思っていたのは私だけみたいだ。
「ばっかみたい」
目頭が熱くなる。
あーあ、もうやめてやろうかな。
どうせ私は劣化した時代じゃないモデルみたいだし。
実際にお仕事がどんどんと減ってきていることが、
彼女たちの言葉が単なるでたらめでないことの何よりの証拠で、
誰よりも私が一番身に染みて分かっていることだった。
今いただいてるお仕事で引退に使用かな。
そう考えながら楽屋に戻るなり、鞄に入っている雑誌を手に取る。
「best shot」という週刊誌。
プロアマ問わずテーマに合わせた写真を公募の上、掲載している。
場合によってはポージングの参考になるからと毎週欠かさず買っている。
本当は、ファッション雑誌買った方が何倍もためになるのかもしれないけど。多分、写真そのものがそれなりに好きなんだろうなあ。
「素敵……」
思わず声がこぼれる。
パラパラと適当にめくっていた雑誌の、
あるページに目を惹かれてページを捲る手を止める。
夕焼けの海岸と、赤い髪をした男の子。
「この子、なんて顔で笑っているの」
泣いたような笑ったような。
見るだけで心がぎゅっと締め付けられるようで、でも幸せそうに笑っている。
どんな経験をすれば、こんな表情が出来るのだろう。
どんな腕があれば、モデルのこんな顔引き出せるのだろう。
私は一瞬でその写真の虜になってしまう。
「ああ、だめだなあ」
火が、ついてしまう。
モデルとして、プロとして。
こんな写真を魅せられては。
「超えてみたくなっちゃうじゃん」
その写真の投稿者"ヴォルフ"の正体を私が知るのは
まだもう少し先のお話。