Last Week
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「よし、できた!」
皆が寝静まった夜。
私は三冊目の"ノート"を完成させたところで、ひと段落つく。
「荷物でも、まとめるか」
といっても、別に大した荷物なんてないんだけど。
来た時に持っていた着物は気が付いた時には捨てられてたので、
銀時さんに買ってもらった着物が何着かと簪だけ。
「でも、これ持っていくのもなあ」
なんとなく気が引けてしまってううんと唸る。
「何してんだ、お前」
「うわっ」
背後から銀時さんがひょいと顔を覗かせる。
「銀時さん、寝てたんじゃなかったんですか」
「便所に起きたらリビングの電気がついてたから」
そう言って銀時さんはリビングのソファに座り込む。
あれ、トイレ済ませて寝るんじゃないの?
「で?こんな物準備して、お前は何してるんだ?」
テーブルの上に置いてある三冊のレシピノートを手に取りパラパラとめくりながら銀時さんはそう言った。
「今日が、最終日なので片づけを」
「はあ?何の」
私の言葉に銀時さんはきょとんとする。
「え、いや依頼の」
「はあ?」
銀時さんは意味が分からないとばかりに首を傾げる。
「ほら、今日で一か月なので」
「はあ?」
「銀時さんのお嫁さんも、終了ですよ
短い間でしたがお世話になりました」
そう言って頭を下げる。
「……」
「…………」
「……あの、銀時さん?」
長い沈黙、何も言わない銀時さんを不審に思って、下げた頭を上げる。
なんか、私最近こんなのばっかりじゃない?
「お前、馬鹿だろ」
「えっ」
心底呆れた顔をした銀時さんと目が合う。
「はぁ……」
銀時さんは大きなため息をついて、片手で自らの顔を覆った。
「そういう契約でしたし、これ以上は迷惑かけられません」
「馬鹿だとは思ってたけどここまでとはなあ……」
「なんですか、その言い方」
「お前、行く宛他にあんの?」
「そ、それは……今はないですけど……」
私の言葉に、銀時さんはまた大きくため息をつく。
「結構覚悟決めて言ったつもりだったのに、ダッセぇ」
「え、何がですか」
「なんでもねえよ」
そう言って銀時さんはどこかへ行ってしまった。
寝たんだろうか、なんだったんだろう。
「色々、あったなあ」
一通り荷物を詰め終えて、寝静まった万屋を眺める。
「これも、返さなきゃか」
自分の左手の薬指にはめられた指輪。
プラスチック製の簡素なものだけど、
わざわざ気を遣って買ってもらえたのが嬉しくっていつもつけてたっけ。
「楽しかった、なあ」
私の作ったご飯を毎日おいしそうに頬張ってくれる神楽ちゃんや新八くん。たまにおいしいお酒を持ち寄って月でも見ながら銀時さんと晩酌もしたっけ。
「もっと、一緒にいたいなあ」
思わずつぶやく。
ダメだ。彼らは一か月という契約と、報酬があったからこそ私を迎え入れてくれた。勘違いしてはいけない。彼らの優しさに、甘えすぎてはいけない。
「なら、居ればいいじゃねえか」
「え、」
銀時さんの声に、振り返る。
「寝たんじゃ、ないんですか」
「暴走する馬鹿放って寝れるわけねーだろ」
銀時さんはそう言って私の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
ああ、なんか泣きそう。
「あ、あの銀時さん……
迷惑を百も承知でお願いがあるんですけど」
「何だよ」
「あと、一か月ほど、依頼を延長してもいいですか……?
報酬は先月の倍出すので……」
そう言うと、銀時さんは少しだけ驚いたように目を丸くしてから
綺麗に口の端を吊り上げた。
「へえ?一月でいいの?」
「へ、」
「そもそも水戸家と関わりなくなったくせにそんな金あんの?」
「な、なんとかします……」
「じゃ、来月まででいいか?」
銀時さんはあっさりとそう言った。
「い、いいんですか」
「ま、実際助かってるしなあいてもらって困ることはねえかな」
「私、まだここにいても、いいんですか」
「だから、そう言ってるだろ。誰も迷惑だなんて思ってねえよ」
銀時さんはそう言って優しく笑った。
ああ、この顔。いつもやる気なくて、ふざけてるくせに、
たまにこういう顔するの、ほんとにずるい。
「……いつまでなら、いいですか」
「あ?」
「いつまでなら、ここに置いてもらえますか……?」
一か月、そのつもりだったのに、ついわがままになってしまう。
ダメ、この人たちの、優しさに甘えちゃ、だめ。
「いつまで、ねえ……」
銀時さんは少し考えるような素振りをしてから、またソファに腰掛けて、ポンポンと隣を叩く。
座れということだろうか。
「なんですか、」
おとなしく彼の隣に腰かけると、
目の前に用意された小さな箱。
「やるよ」
「話聞いてます……か、」
脈絡のない銀時さんの言葉に首を傾げながら箱を開く。
「これ、」
「流石に、これのまんまじゃカッコつかねえだろ」
銀時さんは私の左手をそっと手に取り、
久しぶりに開いていた薬指に、それを通した。
小さなダイヤが飾られた、シンプルな指輪。
「銀時さん、」
「なんだよ」
「プロポーズ、みたいですよ」
「みたいじゃなくて、そのつもりなんですケド?」
銀時さんは私の言葉にもう一度ため息を付いてから、
照れ臭そうにそう言ってダイヤの指輪に口づけをした。
見覚えのない彼のしぐさに、どきりとする。
「言っただろ、華月姫か、"坂田"はるか、選べって」
「え、あれそういう……?」
「で、返事は」
言葉が出ない。
不安そうにのぞき込む彼にも伝わるように、何度も頷いた。
準備されていた平穏な幸せは、あの日私が自ら捨てた。
私が選んだのは、あなたがくれた私の全部。
「よろしく、お願いします。来月も、来年も」
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