Last Week
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目の前の鉄の扉を蹴破ろうとして我に返る。
今この場で、船内が乱闘騒ぎになったらどうなるか。
「アイツが先だな……」
大きく息を吸って、吐き出す。上下する肩の動きに合わせて、
ひとまず、ひとまず溜飲を下げる。
今すぐにでも迎えに行って攫ってしまいたい気持ちを押し殺して、
鉄の扉をノックする。
下賤な笑い声がぴたりと止まる。
いやにしんとした張り詰めた空気。いや。さっきまでの丸聞こえだから。警戒するの遅いから。
「すみませーん、お荷物持ってきたんですけどー」
今度は部屋の奥に聞こえる声で。
「あ、ああ、入れ」
部屋の奥から、先ほどの男の声がしたかと思うと、
扉のロックが解除されたようで、固く閉ざされた鉄の扉が自ら開き始めた。
「失礼しまーす」
部屋の中は無機質な床の上に、荷解きが終わっていないと思われる荷物が乱雑に置かれていた。
「ん?あれ……」
ほとんどが積荷のままの状態だというのに、
部屋の奥に一つだけ、荷解きがされて綺麗に磨かれたショーケースがある。乱雑な部屋とのあまりのアンバランスさに思わず目を惹かれる。
「これか?これはこの船内のジオラマでな!」
苦労して作らせたんだ。などとヌメリーノ様は嬉々として語り出した。
「へえ、素敵なご趣味ですね」
想像以上に気さくなお方のようで、近くで拝見させていただいた。
俺、ただの荷物運びの雑用だよな?
よほどお気に入りだったのかもしれない。
と、いうかこの船、この天人のものだったのか。
てっきり快援隊のものだと思っていた。
「君にもこの素晴らしさがわかるかね!
このこだわり抜かデティール!なんとも美しいだろう!」
ヌメリーノ様は愉快つらつらとしゃべり始めた。
俺は適当に相槌を打ちながら、ジオラマを観察する。
最奥の広々とした部屋が現在地だろう。
だとすれば、一つ下の階の無駄に飾り立てられている部屋が恐らく………
「素敵なものを見せていただき、ありがとうございました!
僕は仕事が残っておりますので!」
そう断りを入れれば、男はしゅんとして部屋から見送ってくれた。
やはり、あの人そんなに悪い人ではないのか?
それかただただ驚くほどに間抜けなのだろうか。
早々に部屋を飛び出して、下の階へ向かう。
階段を探すのも降りるのも面倒で、吹き抜けになってる廊下の手すりから飛び降りる。
「あのジオラマが正しければ、おそらくこの先が……!」
廊下の突き当りを曲がった、奥の広い部屋。
黄金に飾られた重々しい扉が目に入る。
「ここか……?」
外から様子を窺ってみるも、特に物音はない。
恐る恐る扉に触れると、鍵はかかっていないようで、重い扉がわずかに動く。
先ほどの部屋とは対照的なセキュリティに少し驚きつつ、
音を立てないように細心の注意を払いながら部屋の中へ入る。
「っ、銀時、さん?」
広い部屋の奥には、色鮮やかな着物と煌びやかな装飾品に飾られたはるが艶やかな玉座の上に小さく腰かけていた。
「よう、迎えに来た」
「帰ってください」
俺の言葉にはるは間髪入れずにそう言った。
「お前なあ…」
「依頼の期間中でしたね。説明なしにすみません」
はるは表情一つ変えずに俺に声をかけ続ける。
目も顔もこちらに向いているのに、どこか遠くを見ているような。
「おう、探したぞ」
「ごめんなさい。
依頼は本日で終了で結構ですのでお帰りください。成功報酬は代理の者より後日お渡しに参ります」
息継ぎもなくはるはつらつらと吐き捨てた。
「……お前の親父に頼まれた。娘を助けてくれって」
「っ、」
俺の言葉に、光のなかった目に一瞬だけ彩りが戻る。
「水戸家当主からの正式な依頼として来ている。お前の気持ちなんて知ったこっちゃねえんだよ」
「必要ありません、帰ってください」
依頼主の名前を聞いて、一瞬たじろいだはるではあったが、
目を伏せたまま再び同じ台詞を繰り返した。
「だから、俺はお前の父親に頼まれて「本当に当主様からのご依頼ですか?」…は?」
俺の言葉に被せて、はるはくすりと笑いながらそう言った。
「どうやって依頼を受けたかは知りませんが、
頼貞公直々にお会いになったとでも?」
「いや、万屋の前に手紙があって……」
「へえ?手紙。」
「ああ、お前の持ち物にあったのと同じ三つ葉の柄が入ってた!」
俺がそう言うと、はるはこらえきれないとばかりに大きく口を開けて笑った。
「あははははは、ばっかじゃないの?」
「……あ?」
玉座から、見下ろす瞳。
それは俺の知っているはるとはあまりにも別物で。
「そんなもの、誰にだって偽造できるわ。」
高圧的な態度、いつもと違う言葉遣い。
「そんなことして誰が得するっていうんだ」
共に過ごして来たはずの記憶の中の彼女が、薄れていくような。
「さあ?興味もないわ」
目の前の女は、冷ややかな目を向けたままだ。
少しの沈黙の後
女はふい、と俺から目を背ける。
「私の依頼は今日で終了。
怪しい手紙は信憑性のない誰かの悪戯。
あなたの依頼は以上です。下がりなさい。」
冷たくそう言い放つと、女は手に持っているベルをちりんと鳴らす。
ベルの音に反応して、扉から屈強な男たちがわらわらとやってきた。
「なんだか商人が迷い込んできちゃったみたい。出口までご案内してあげて」
「本当に、それでいいんだな」
女は答えない。
「お前の人生、それでいいんだな、はる!」
黄金の扉は固く閉ざされる。
女からの返事はない。