Third Week
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翌朝、なにやら騒々しい足音で目が覚める。
「…なに、」
おぼろげな視界を開くように目を擦りながら体を起こす。
見慣れない天井、そうか。私帰るんだっけ。
「華月様、お迎えに上がりました」
少しずつ頭が冴えてきたころ、部屋の襖が勢いよく開く。
水戸家お抱えの使用人だろう。顔なんていちいち覚えちゃいないけど。
「入室を許可した覚えはないわ」
「奥様のご指示ですので」
私のことなどお構いなしとばかりに、彼女はずんずんと部屋に侵入してくる。
「屋敷に戻ります」
そう言って、服や髪、私の支度を淡々と整え始める。
「帰る気なんてないわ」
「結納の準備が残っております」
「必要ないわ」
「そういうわけには参りません」
私の反論もそこそこに流されて、あっという間に支度が完了する。
「さあ、参りますよ」
「わ、ちょっとっ」
動く気のない私の動きを予想して、
使用人のその女は私の腰に手を回すなりそのまま担いで移動する。
「こんなことして、わかっているんでしょうね」
「奥様のご指示ですので」
それ以降、私が何を言っても彼女がそれ以外の言葉を発することはなかった。
「おおお姫よ!!ようやく戻ってきてくださったのですね!」
「はあ、」
屋敷に戻ると、一番最初に出迎えたのはこのタコ王子。
近付いただけでもじめじめとして、なんだか生臭い。
「あなたの身に何かあったらと思うと不安で不安で……!」
「それはどうもご心配をおかけしました」
私はタコの隣を通り過ぎて自室に向かう。
「すみません、少し疲れてしまったので今日は休みますね」
「そうですか、君たち!姫のお休みを手伝って差し上げなさい!」
私の言葉にタコが使用人たちに声をかける。
「必要ないです。お気遣いありがとうございます」
私は使用人たちにそう言い放って、一人自室へと戻った。
往生際が悪い。分かっている。
無駄な抵抗だ。分かっている。
あれは夢だったのだ。
「分かってるよ、全部」
こんな家の娘に生まれた以上、政略結婚なんて当たり前で。
それ相応に自由にさせてもらっていた。
「ありがとう、名前も知らない商人のお兄さん」
自室の窓のそばでポツリと呟く。
遡ること一月ほど前、結納まで二カ月と迫ったある日の事。
当日の打ち合わせのために、関係者が屋敷へと集まっていた。
私もその席には参加していた。
時代遅れも甚だしい暖簾の奥に追い込まれてしまったのだけれど。
「華月様、何やら浮かないご様子で」
その打ち合わせも終わったころ、その商人の男は暖簾越しに私に声をかけてきた。
「いいえ、お家のためだもの。私は幸せよ」
それが立場あるものの責務なのだから。
「ああ、ほいじゃあ気のせいだったようだ」
「ご心配をおかけしたみたいね」
「にしても残念じゃ、姫さんのために家出の計画練ってきたのになあ」
「家出?」
「まあ、ずっとってのは難しいでしょうけど。
ちぃとくらい立場忘れてのんびり過ごすお手伝いくらいはさせてもらおうと思うていたんですがなあ」
必要ないならよかったですわ、そう言って遠のいていく足音を、私は引き留めずにはいられなかった。
「……話くらいなら、聞いてあげてもいいわ」