希望的観測
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「好きです、付き合ってください」
目の前の男の子にそう告げられる。彼の名前は水谷くん。下の名前は……なんだったかな、思い出せない。たしか同じクラスで、隣の席、だった気がする。そんな曖昧な存在である水谷くんは、私の何を気に入ってくれたのかはよく分からないが、現在進行形で真っ赤な顔をしてこちらを見つめている。ああ、そうか
「えっと、ごめんなさい」
私の返事を待っていたのか、なんてようやく気づいてから返事を返す。
「どうして?」
水谷くんが食い気味にそう尋ねてくる。どうしてって言われてもなあ…
「ほかに、好きな奴でもいるの?」
水谷くんにそう聞かれて少し返答に戸惑う。まあ、いないって言ったら嘘になるけど。
「いるんだ」
急にコナンくんのような鋭さを発揮してくる水谷くん。この子、こんな子だっけ。全く記憶にないけど。水谷くんは私の沈黙を肯定と受け取ったらしく、興奮した様子でさらに教理を縮めながら尋ねてきた。
「誰、それ」
「誰って言われても……」
「早川?」
「誰それ」
水谷くんが誰かの名前を挙げた。恐らく学校の男子の名前なのだろう。私は全く身に覚えがないけど。
「じゃあ、垣内?」
「だから誰」
というか、これはいまなんの時間なのだろう。水谷くんおすすめの男子を紹介されているの?水谷くんの好みがわかるってこと?別に知りたくなかったんだけどなあ。とりあえずハヤカワくんとカキウチくんは今度調べてみよう。私がそんなことを考えていたからか、全く興味がないことが分かったのだろう。水谷くんは学校内ではないと予想を付けた。なるほど、水谷くんのおすすめは二人しかいないってことね。
「俺の知らない奴?」
「まあ…」
曖昧にしか答えない私に、水谷くんは少し苛立っているようだった。そんな顔されてもどうすることもできない。申し訳ないけど。
「そいつに会わせて」
「は?」
「そいつに会って、俺よりも相応しかったら諦める」
だから、会わせて。
それからの水谷くんは何を言ってもそれしか返さない。これは話をしようとするだけ無駄なやつだ。私は早々に諦めて踵を返す。
「会わせてくれるまで、諦めないから」
背後の水谷くんがそう叫ぶ。うーん、別に諦めてほしいとは言ってないんだけどなあ。気持ちに答えられないのは申し訳ないけど、私の気持ちが私だけのものであるように、水谷くんの気持ちは水谷くんだけのものだと思うから。でもきっとそんなことを言ってしまえば変に勘違いをさせてしまう気がする。諦めなくてもいいんじゃない?なんて、言ってしまえば彼はどう思うだろうか。お友達からお願いします!なんてことになりかねない。いや、まあお友達になるのは構わないんだけど。
「そういうこと?」
水谷くんの愛の告白から数週間後、下駄箱を開けると下駄箱の中にこれでもかと敷き詰められた紙が、はらりひらりと何枚か零れ落ちてしまう。ラブレターにしては数が多いなと思って手に取ると、それはこの一週間の私の写真だった。学校帰りのものから、私服で出かけているときのものまで。しかも丁寧に写真の裏にはすべて手書きで"水谷"と名前が書いてある。これ、書くの大変だっただろうな。犯人が明らかになっているからか、あまり恐怖を感じなかった私は、のんびりとそんなことを考える。に、しても、なるほど、彼の中で"諦めない"はこういうことになるわけ?これはどちらかというと脅しに近いんじゃないんだろうか。これで自分のことを好きになってくれる女の子がいると思っているなら、彼は女心を一から勉強したほうがいいと思う。
もったいないなあ、と思いつつそのあたりに捨てるのも心配だったので、念のために焼却炉に持っていって全部焼却処分してしまう。自分の写真が焼かれている様子を見るというのはあんまりいい気分ではないが、このままゴミ箱に捨ててしまうと、この量はどう考えても不審がられる。しかも水谷くんのサイン入りなもんだから、彼の将来を考えても見られるべきではないだろう。
その日は特に気にすることもなく、そのまま帰ったのだが、この行為が一週間も続くとなると話は別だ。
「水谷くん」
やっぱり隣の席だった。
さすがにもう覚えたその横顔に声をかける。
「佐藤?なんか用か?」
水谷くんは嬉しそうに私のところにやってくる。あれに罪悪感がないってなるとやっぱりこの子サイコパスの気があるんじゃないだろうか。ちょっと心配になってきた。
私は水谷くんの顔を見てから、軽くため息を付いてこう言った。
「わかった、会わせるから」
それで、諦めてくれるんだよね?
期待を込めてそういうと、水谷くんは素晴らしい笑顔で
「俺よりふさわしかったらな!」
と自信満々に言った。
本当にその自信はどこから来るのか。是非とも見習いたいくらいだ。