希望的観測
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「う~~~~~ん?」
いつものようにカウンター席に座るかわいらしい常連のお客様。
いつもの優雅な雰囲気はどこへやら、今日はうんうんと唸りながら目の前の本とにらめっこをしている。
「ぼたんちゃん、どうかしたの?」
めずらしい。単純にそう思って声をかけながらチラリと本を盗み見る。
「あむろさん」
ぼたんちゃんは困った表情のまま顔を上げて俺の方を見た。手元にある本に埋め尽くされている数字と記号。どうやら彼女は数学の課題に苦しんでいるようだった。
「もし、よければ、教えて頂けませんか……」
軽く周囲を見渡して、たいしてお客さんがいないことを確認してから、だんだん尻すぼみになりながら、恥ずかしそうに彼女はそう言った。正直、普段の余裕たっぷりな雰囲気からして頭はいい方だと勝手に思っていたため、ぼたんちゃんが勉強できないことが意外で仕方がなかった。
「いいよ、僕にできることであれば」
「何にやにやしてるんですか気持ち悪い」
彼女の年相応な珍しい一面を見ることが出来て、無意識のうちに緩んだ顔を指摘される。いつもは本心など見せずに過ごしているはずなのに、この子の前ではいくらか気が抜けてしまうのはどうしてなのだろうか。
そんなことを考えながら、彼女が悩まされている問題集に今度はしっかりと目を向ける。
「どこが分からないの?」
「ぜんぶ」
「全部」
思わず復唱してしまう。ぜんぶ。問題集の範囲は基礎の基礎である四則の計算。どうやら彼女は数学がかなり苦手のようだ。
「なんでマイナスとマイナスでプラスになるのか分からない」
オセロなの?なんて首をかしげて尋ねてくる彼女に俺もはてなを浮かべてしまう。
オセロってなんだ。
「例えばぼたんちゃんが-2個のリンゴを持ってるとすると」
「-2個のリンゴを持つってどういう状況なの」
「じゃあ腐ったリンゴを持ってることにしよう」
「腐ったリンゴ両手で持ってるの?わたし」
「で、そのリンゴを二つとも僕が回収したら嬉しいでしょ?」
「???うん、嬉しい、かな?」
「じゃあ嬉しい、ってプラスになるねってこと」
「全然わからない」
正直、自分でもなにを言っているのか分からない。
「腐ったリンゴなくなったら嬉しいけどプラスにはならなくない?
頑張ってゼロに戻るくらいじゃない?
むしろリンゴ自体は減ってるんだからやっぱりマイナスだよ」
「そこはほら、腐ったリンゴだから」
「ばっとあっぷるの罠!」
全く話が進まない。算数の話をしているのであって、現実的な八百屋の財政状況の話をしているわけではないのだから、そこまでシビアにならなくてもいいのに、とは思いつつ彼女の主張も最もなのでなんとも言えない。勉強が出来ない子って、こういうところろいちいち考えちゃうんだなあ、なんて自慢じゃないけど学生時代の成績は常にトップクラスだった。なんというか、今初めて勉強が出来ない人たちのことを理解できた気がする。嫌味でもなんでもなく、ただ純粋に。
「わかった、じゃあオセロでいいから、
オセロでいいからマイナスとマイナスでプラスになるって覚えて?」
「え、じゃあなんでプラスとプラスはマイナスにならないの?」
「いいリンゴもらえたら嬉しいでしょ?」
「うん?」
「嬉しいとプラスだから」
「うん…?」
自分でも笑えるほどにひどい説明だと思う。教師の偉大さをひしひしと感じ始めている。
「私リンゴそんなに好きじゃないんだけどな、皆はリンゴもらえたら嬉しいのか…」
なんて、また関係ないところで躓いているぼたんちゃんをみてため息をつく、これは、結構面倒なことを引き受けてしまった気がする。