切望的進化論
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ぼたんちゃんがポアロに最後に来た日から、数年が経過していた。
あの日を境にぱったりと現れなくなったぼたんちゃん。
在りし日の彼女と被って仕方がないあの少女には、聞きたいことが山ほどあったというのに。
ポアロの常連、ということ以外はぼたんの情報はほとんどなく、
彼女が自らの意思でポアロへ向かうことをやめてしまえば、
小さな関係はいとも簡単に終わってしまう。
あれから、僕自身もポアロのアルバイトを辞めて、
"本来の仕事"に集中している。
理由は単純で、"安室透"という男になりすます必要がなくなったからである。
積年の悲願を達成したはいいものの、
その後の事務処理で忙殺される毎日。
「降谷さん、少しお休みになってください」
警察庁で缶詰になること三日目、見かねた部下に声をかけられる。
「問題ない」
「自己管理も仕事の内、とおっしゃったのはアナタです」
さっきから全然進んでいませんよね
呆れたように部下にそう言われてしまえば、
もう降参するしかなかった。
「まさか部下に諭される日が来るなんてな」
「明日、有給申請しておきましたので」
「気が利くのか強引なんだか」
机の上の書類を全て取り上げられる。
休み、か。
そういえばずっと取ってなかった気がする。
「後は任せる」
「ぜひそうしてください」
いつの間にか頼もしくなった部下の背中を見届けつつ、
言われたとおりにおとなしく帰宅することにする。
「……電車にするか」
問題ない、といえば問題はないのだが。
部下に集中力不足で帰宅を進められてしまった手前、
車を運転して帰るのは少し不安があった。
いや、特に問題はないし前までであればこの状態で組織の呼び出しに応じることも多かった。が、今はこれ以上追われることもないだろうと運転を避けて帰ることにする。
「ギットギトのラーメンが食べたい。」
いつもなら家で作って食べているが、こってりしたパンチのつよいラーメンを思う存分かき込みたい。
確か最寄駅の近くにラーメン屋があった気がする。
今日の夕飯はそこで済ませることにしよう。
そう思いながら改札を抜けた時だった。
「あ」
目の前の女性の鞄から、かわいらしい布がひらりと落ちるのが見えた。
きっと改札を通る際に出したICカードかなにかを出した拍子にでもすり抜けたのだろう。
「あの、」
「はい?」
僕の声に振り向いた女性の姿を見て目を疑った。
見間違えるはずもない。
あの日と同じ姿の、彼女が、桐堂 牡丹がそこにいた。
「これ、落としましたよ」
「あら、ありがとうございます」
呆然と立ち尽くす僕を見て、彼女は何事もなかったかのようにそう言うと、僕の手からハンカチを受け取ってまた歩きだしてしまう。
彼女は僕を見て何も思わないのだろうか。
いや、違う。きっとよく似た他人だ。そうに決まっている。
だって彼女は僕がこの手で……。
「あ、あの」
「はい?」
僕は思わずもう一度彼女に声をかける。
「こんな綺麗な女性と出会えたのに、こんなところでさようならをしてしまうのはもったいない。どうですか?この後お時間でも」
声が震える。
あの日と同じ言葉を一言一句、繰り返した。
彼女と初めて出会ったあの日の言葉を。
できることならもう一度、彼女との出会いからやり直すことが出来れば。
そんな自己中心的な感情をひた隠しながら。
彼女は僕の言葉に一瞬だけ目を見開いた。
数秒間を置いてから、彼女はくすくすと笑ってこう言ったのだ。
「じゃ、おいしいコーヒーでもどう?」
君ともう一度出会うことができるのならば、
今度は全部、正直に話すから。
どうか許されるならば、あの日の答え合わせをさせてくれないか。
これか、僕と彼女の最初の出会いになるように。
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