切望的進化論
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チリン
聞きなれた涼やかなベルの音が耳に響く。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、安室さん」
ベルの音に反応してこちらを向いた透と目が合う。
軽く挨拶を交わしてから、私はいつものようにカウンターへ座る。
「いつもの!」
私が短くそう言いきれば、透はくしゃりと笑ってはいはいとカップを手に取る。
「ぼたんちゃんは、いつもブラックだね」
「そう!お砂糖入れすぎちゃうと味わかんなくなっちゃうでしょ」
「流石だね」
別に、昔からブラックコーヒーが飲めなかったわけではない。
ただどうしても気疲れすることが多くて、
落ち込むことが多くて、無意識に糖分を摂取しようとして当時は甘いものを口にすることが多かったように思う。
「そうかな、」
「ぼたんちゃんは大人だね」
「ありがとう」
透は楽しそうにそう言う。
だいたいこういう時はからかってる時だ。相手にするだけ無駄、と
適当に返事をする。
ああ、自分を殺そうとした男にこうして毎日会いに来てるなんて、
私は馬鹿なのだろうか。
以前の私と関わりのある人物には極力近付くべきではない、
それは分かっているのに。どうして、
…どうしても、あの時の、透の表情が私の頭の奥に染みついて離れてくれやしない。
「……どうかしたの?」
他愛もない話を続けているいると、突如透は黙りこくって、
私の方をじっと見つめてくる。
「ああ、いや、なんでもない。気のせいだから」
「気のせい?」
透の言葉に思わず聞き返す。
「……昔の彼女に、ぼたんちゃんがどうも重なって見えて」
「安室さんって、そういう趣味なの?」
「違うよ。……なんていうんだろう、雰囲気、かな」
「世界には、自分とそっくりな人が3人いるっていうからね」
「……そうだね」
透は曖昧に笑った。
その笑顔が、あの時の顔になんだか似ていて胸が苦しくなる。
「安室さんは、好きだったのその人のこと」
なぜだか、思わずそんなことを口走っていた。
聞いたって意味ないことは自分がよく分かっているはずなのに。
「もちろん、愛していたよ」
「へえ?」
「信じてないだろ」
「安室さん、思ってもないこと平気で言いそうだもん」
「ひどいなあ、……でも」
透はしばし間を置いて、私の目をまっすぐ見ながら言った。
「愛していたよ、本当に」
まっすぐな、綺麗な瞳。
そう、この人はいつもそうだ。
口先ではペラペラと嘘ばかりで信用ならない癖に、
瞳だけはいつもまっすぐで、正直で。
「幸せ者だね、彼女さん」
「どうかな、きっと僕は嫌われているだろうな」
「そうかな」
「そうだよ、きっと」
そう言って透は自嘲気味に笑った。
「あの時、僕は彼女を助けられたはずなのに
探偵の仕事を優先してしまったんだ。」
「探偵の、仕事?」
「いや、なんでもない。君にする話じゃなかった。」
透はそう言ってへらりと笑った。
見慣れた、薄っぺらい笑い方。
きっともうこれ以上聞いても彼は話はしないだろう。
「そう」
私はコーヒーを飲み終えて、席を立つ。
「ありがとうございました。また」
「ええ、また」
チリン
透の見送りで店を出て、いつも通りだらだらと歩き続ける。
「透は、あのとき、私を、助けたいと思っていた?」
(僕は彼女を助けられたはずなのに)
頭の中で彼の言葉が反芻する。
そんな馬鹿な、あり得ない。
だって、それなら、私は。
「あの人のこと、嫌う理由がなくなるじゃない」