切望的進化論
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「お前が彼を支えていくんだぞ」
口うるさい親父を黙らせるために透を家に呼べば、
次はそんなことを言い始める。
「だから興味ないってば」
親父は透が気に入らなかったのか、最近は特に小言が多い。
「そんなに透が気に入らないのなら、
抱えなかったらよかったのに」
きっと、この親父は私に跡目を継いでほしいのだろう。
冗談じゃない。
「とにかく、もうあとは透と勝手にやってよね」
親父にそう吐き捨ててピシャリと自室の鍵をかける。
これ以上なんの文句があるというのだ。
笠村以外の男に跡目を渡したかった親父のために別の男を用意した。
どうしても親父に取り入りたい透のために家に招いた。
「いつもそう」
男なんて、いつもそんなものなんだ。
私のことなど道具としか見ていない。
なら役目の終わった道具はもうそっとしといてくれやしないだろうか。
いつまでもいつまでも、私はこの檻から抜け出せないままなのだろうか。
「お嬢、少しよろしいでしょうか」
「シロ?え、え」
決算報告会の数時間前、透と笠村の決着を見届けるために出席の準備をしていたときだった。
突然自室の前に立つ男に声をかけられる。
「なにか?」
準備をひと段落させてから、自室の扉を開ける。
「これを」
「なに、薬?」
私の長年の側近であるその男は、小さな薬のカプセルを差し出した。
「遅効性の毒物です」
「何を言っているの」
「あなたは今夜、あの安室とかいう男に射殺されます」
「それで?これなら楽に死ねるとでも?」
冗談めかしくそう尋ねると、白崎は黙って小さく頷いた。
「ふざけないで」
「あの男は潜入しているサツです」
「それなら、なおさら殺しなんてするはずないでしょ」
「組を始末できるのなら、いくらでももみ消しますよきっと」
白崎はそう言って、無理やり私の手のひらに薬を握らせた。
「必要ないわ」
「なら、これも一緒に」
そう言ってポケットから何かを取り出したかと思うと、
先ほどと同じようなカプセルを、今度は私の反対の手に差し出した。
「解毒剤です。6時間以内であれば死ぬ前に解毒できる」
「なるほど?なにもなければ解毒剤を飲んで、終わり。と」
「ええ、」
「ずいぶん準備がいいのね」
「大事なお嬢に何かあってからでは遅いですから」
私は両の手に置かれた薬を見つめる。
この男の話が、本当かどうかも分からないけれど。
「いいわ、信じてあげる」
私はそう言って、白崎の目の前で毒入りのカプセルを飲みこんだ。
「お嬢はやはりそうでなくては」
白崎はにこりと笑って、そのままどこかへと消えてしまった。
ようやく始まった決算報告会は、一発の銃声によって騒然とする。
「シロ、?どうして」
突然聞きなれない女性の声の方を振り向けば、
親父に向けて銃を構えている白崎の姿があった。
状況を理解しようとフル回転している頭とは裏腹に、全く動かない体。
私はただ親父に弾が命中して、広間が阿鼻叫喚する様を
スローモーションのように見ていた。
「シロ……?」
白崎が、親父を撃った。数時間前に聞いていた話と違いすぎる。
それだけでも受け入れがたいというのに。
あの、聞きなれない女の声。あれはあきらかに白崎の口から発されていた。
ああ、背筋が凍り付く。
「いつから、」
その女が本性で、白崎として身を潜めていただけだとしたら?
私を幼少期から世話してくれていた白崎は?
「まさか、」
最初から、そんな人間はいなかったとでも言うのだろうか。
ああ、なにも考えられなくなっていく。
「牡丹さん!こちらへ!」
呆然と立ち尽くす私の腕を、引いて透は勢いよく広間を飛び出した。広間を抜けても屋敷の様子はさほど変わりなく、
もはや屋敷中が騒然としている。
「透、どこに行くの」
広間から離れて、どんどん人気のない場所へ足を進める透。
屋敷内で唯一の出入り口である門からは反対へ向かっているようだ。
透に腕を引かれて走り続ける。
なんだろう。体が思うように動かない。
白崎に渡された毒薬が回ってきているのだろうか。
体が、灼けるように熱い。
「安全なところまで」
「ないわよ」
「なら、があなたを守ります」
「……そう」
守る、透はそう言った。私を守ってくれるのだと。
そうだ。きっと白崎の言葉が嘘だったのだ。
私はあの女に騙されてしまったに違いない。
使われていない倉庫に入って少し落ち着いたころ
私は懐に入れてあるもう一つの薬を取り出そうとした。
「もう、終わりにしましょう」
「っ、」
透の言葉に思わず息を飲む。
冷たい言葉。
初めて見た。透のこんな怖い顔。
抱きしめられていた彼の胸の中で、頬に当たる小さな違和感。
心臓の音が鳴りやまない。冷や汗が首筋を伝っているのを感じる。
ああ、信じたくない。
そっと指を滑り込ませれば、簡単に奪えてしまうのは、
なぜかもう見慣れてしまった拳銃で。
「あーあ、痛くしないでって言ってるのに、
愛しい恋人の最期のお願いも聞いてくれないのね」
既に立ってるのもやっとの状態で、追いやられた壁際にもたれかかる。
「愛しい恋人?まさか、どこにいるんですか」
透は、私の頬に拳銃を突きつけた。
「最低。」
私を撃った直後の透の表情が苦々しく歪んでいたのは、
きっと私の願望で、妄想だろう。