切望的進化論
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
平日の昼下がり。
ランチの時間も過ぎて、客足も少し落ち着いてきたころ。
「安室さーん、休憩今のうちに休憩入っちゃってください」
梓さんの提案に甘えて、賄いを作り始めたときだった。
「あの人……?」
店の外を歩くスーツ姿の男性。
移動中の営業マンが多く、さほど珍しくもない光景なのだが、
なぜだかその男から目が離せない。
「……どこかで、」
そう、どこかで会ったような気がする。
が、思い出せない。
自分でも、かなり記憶力のいい方だという自負はあるが、
スーツの男などこの世にごまんといる上に、
顔が見えたのは移動中の一瞬だけ。
「まあ、いいか」
考えても思い出せないものは仕方ないだろう。
賄いのパスタが出来上がったところで、記憶を掘り起こすのを諦める。
「わあ、いい匂いですね!」
表に立っていた梓さんが出来上がった賄いの匂いにつられてやってくる。
「ああ、梓さんの分も作っているので、もしよかったらお先にどうぞ」
「え、そんな!悪いですよ」
「いいんです、実は僕、まだあまりお腹いてなくて」
昼飯抜きで仕事をすることも珍しくないから嘘ではない。
申し訳ないです、なんて断り続ける彼女であったが、
自身の腹の音が大きく鳴り響いたあたりで、
「すみません、お言葉に甘えます」
と賄いの皿と一緒に奥へ引っ込んでいったときだった。
チリン
「いらっしゃいませ」
入り口のベルが、新たな来客を知らせる。
つい、反射で声をかけた先にいたのは
「こんにちは」
「ぼたんちゃん、今日は早いんだね」
紺でまとめられたセーラー服に身を包んだ
かわいらしい常連さんだった。
「そう、明日からテストだから、」
「ふうん、勉強は大丈夫なの?」
慣れたようにカウンターに腰かけながら、軽口を言い合う。
「別に、まあ大丈夫じゃない?」
「数学が心配だけどね、いつもどおりでいい?」
「それはもう安室さんに教わったから大丈夫!
ええ、いつもの一つお願い」
彼女のオーダーに従って、いつも通りホットコーヒーを一つ。
ぼたんちゃんは湯気の立っている淹れたてのコーヒーカップを手に取ると、しばし香りを楽しんでから、少しずつ飲んでいる。
「勉強、本当にしないんだ」
しばらくたってものんびりとコーヒーを楽しむ彼女に思わず声をかける。
流石に前日くらいは勉強目的で来たのかとも思ったが、どうやら予想は外れたらしい。
「アツアツのコーヒーを放置するなんて、大罪でしょ」
ぼたんちゃんはそう言って、カップから立つ湯気にふうっと息を吹きかける。
彼女がかなり優しめな計算問題に四苦八苦していたのは記憶に新しい気がするのだが、どうやら本当に勉強する気はなさそうだ。
「そうだ、安室さん」
コーヒーカップに夢中な彼女ままの彼女が、ちらりと視線だけこちらに向けて声をかけてくる。
「この前は、ありがとうね。」
「この前?」
「水谷君」
「ああ、」
水谷君、そう言われてハッとする。
そう言えばこの前、やけに目つきの鋭い男の子を連れてきてたっけ。
「彼、あれからコーヒーにハマったみたいでね、
最近は休みの日に一緒にカフェ巡りしてるの」
「相変わらず中学生らしからぬ生活だね」
「そうかな、好みの問題じゃない?」
「そうかもね」
でしょ?そう言って彼女はふわりと笑った。
珍しい、表情。
よほどその彼とのカフェ巡りがお気に召したようだ。
「ところでぼたんちゃんは毎日ポアロに来てるけど、
部活とかしてないの?」
「うーん、そういうのはもういいかなって」
「もう?」
「うん、一年生の時にテニス部だったんだけど、疲れちゃって」
「なんだかぼたんちゃんらしいね」
「でしょ?」
そういってまた彼女はくすくすと笑う。
客足の引いた昼下がりに、こうして彼女とのんびり話をする時間は、案外自分でも気に入っていたりするのだ。