切望的進化論
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「だから、なぜだかずっと忘れられないんです。
落としたハンカチを拾ってあげただけの彼女のことが」
そんなに面白くなくてすみません。
安室さんは小さく眉を下げて笑った。
数年前に、すれ違っただけの名前も知らない女性。
彼はそんな素性も知れない女をいまだに忘れられないというのだ。
「連絡先とか交換しなかったんですか?」
「園子さんはハンカチを拾ってもらっただけの通行人と
連絡先を交換しますか?」
「うーん、しないかも」
「そういうことですよ」
安室さんは、そう言うと雑談もそこそこにキッチンに戻っていってしまった。
「でも、意外だったね、安室さんってモテそうなのに」
「ねー、そんなよく分からない一目ぼれ?を
何年も拗らせてるなんて」
安室さんが去ってから、JK達は彼の話に花を咲かせる。
本人、そこにいる気がするんだけど。
「うーん、でも、ちょっと素敵なお話じゃない?
すれ違っただけの人に何年も想ってもらえるって」
「はぁ?そんなん安室さんレベルのイケメンじゃなかったらただのストーカーでしょうが」
「も、もう園子」
「でも、どうかなあ」
私の隣に腰かけていた歩美ちゃんが、もう残り少なくなっているメロンソーダを吸いながら首を傾げた。
「なんか、それだけって感じじゃない気がする」
「っ、」
彼女の声に、思わず息を飲んだのは、
カウンターの奥にいる彼か、それとも。
「あ、」
ふと、ポケットにしまっていた自分の携帯が鳴っていることに気付く。
「ごめんなさい、お会計お願いします」
「はい、ただいま」
「ごめんなさい、迎えが来たので今日はこのあたりで失礼しますね」
歩美ちゃんの発言にさらに盛り上がりを見せた三人に、声をかけて席を立つ。
まあ、あの様子じゃ聞こえているかどうかは微妙なところな気もするけど。
「ぼたんちゃんごめんね、騒がしくなっちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「もう陽も傾きかけてるし、よかったら送ろうか?」
「いえ、迎えが来ているので大丈夫です」
レジを処理しながら安室さんがそう言う。
なんだか、彼は私のことを気にかけてくれている気がする。
「それじゃ、お仕事頑張ってください」
そう言い残して、ポアロを出る。
「なにしてるの」
ポアロから徒歩数分の場所にあるコンビニ。
そこの喫煙所で煙草をふかしている男に声をかける。
「すいません、一本だけ」
片手で軽く謝りながら、黒づくめの男はそのまま煙を吐き出す。
「全く、なんで私が迎えに来たアンタを待たなきゃいけないの?」
「そんなに早く来ていただけるとは思わなかったもので」
「いいから、早くいくわよ、クロ」
「わ、お嬢、ちょっと待ってくださいよ!」
「その呼び方やめてって言ってるでしょ?」
待ちきれなくなって一人歩きだす私を見て、
半分くらいになった煙草を急いで消して後ろから追いかけてくる男は黒田。最近は私の側近として仕えてくれている。
「に、してもアンタも物好きね、
給料もまともに払えないってのに」
「俺はずっとお嬢をお守りするって、
龍太郎の親っさんについた時に決めたんで」
「別に、筋を通す相手ももういないでしょう」
「ええ、俺が好きでやってることなんで」
黒田はにこにこと笑っている。
なんだか、この男はここ数年ですごく表情が豊かになった気がする。
「前はずーっと仏頂面だったのにねえ」
「そらまああれは仕事ですから」